-中平さんは2013年に中途採用で入社したのですよね?
中平:前職の広告会社でも戦略のみならず、営業からプロモーション、クリエイティブまで様々なプラニングに携わっていましたが、特定領域の競合案件よりクライアント伴走型の仕事にやりがいを感じて博報堂に転職しました。転職してからはストラテジックプラナー(以下、ストプラ)として約10年、様々な得意先の戦略開発をサポートしてきました。
-2013年当時からいままで、求められるスキルはどのように変わったと感じますか?
中平:DXが進んでツールも高度化し、分析できるデータが増えたことで多くの課題が分かるようになりました。またそれに対する打ち手も多様化して、色々な戦術が選べるようになりました。ただその一方で、部署ごとに問題意識やプライオリティが違うこともあって、“いま何をすべきか”の判断やコンセンサスを取ることが難しいと感じることも増えました。だからこそ、上位概念である戦略を決めることが大事ですし、そもそもこのブランドが提供する価値は何か?パーパスは?と、川上に上っていく作業も大切になってきます。また、戦略をつくるだけでなく実行まで伴走をすることが求められるようになりましたね。僕は前職でさまざまな職種を経験していることもあって、CM、デジタル、メディア投下など、ヨコの連携が重要であることは肌で感じていました。それがうまくできたのがライオン株式会社「クリニカ」の仕事だったと思います。
-ライオン「クリニカ」の事例について聞かせてください。
中平:ロングセラーのオーラルケアブランドである「クリニカ」を、2014年のリステージから約6年間担当させていただきました。僕はストプラとしてコミュニケーション戦略の立案を担当していたのですが、クライアントから「一番ブランドを理解しているストプラに、WEBサイトで何を発信するべきかをリードしてほしい」と言われ、リステージにおけるオウンドメディアの開発にも参加することになりました。商品情報のみならず、何を発信すべきか。デジタル広告での誘引だけでなく、自然検索で何を見てもらうか・・・など、ストプラとしてコンテンツや導線設計などの具体アクションまで考えました。開発から分析までみっちり取り組んでいたので、一時期はデジタルスタッフだと思われていたくらい(笑)。当時のストプラとしては、かなり異質な存在だったと思います。これまでの業務はバトンタッチ型で、それぞれの部門のプロが担当することが通例でしたから。
-そういった働き方をすることで気づいたことはありますか?
中平:密に議論をする中で、社内のクリエイティブやPRのスタッフに戦略に関する指摘をされてハッとすることも多く、“実行力の高い戦略”をつくるうえで学びが多い業務でした。得意先との距離が近くなることで考えが販促に寄りすぎていないか?自分の領域だけで視野が狭くなっていないか?など。常にチームとライブ感を持って取り組むことで視点が増え、たくさんの相乗効果が生まれるんだなと実感しました。
さらに得意先のマネージャーや宣伝部と一体となってブランド運営全体に携わったことも大きかったですね。部門によって戦略の解釈が変わることもあるし、いろいろな立場の人と仕事をすることで、戦略を書き換えた方がいいと気づくこともありました。
実は前職のとき、クライアントに「広告会社は“戦略”といっても“広告の領域だけ”だから狭くていいよね…」と言われたことがあって。それが個人的にずっと引っかかっていたんです。クライアントと同じようにブランド活動全体の戦略に関わることが大事だと思っていたので、幅広い領域に携われたことが大きな経験でした。
-最近、多く耳にする「パーパス」についても担当されていると聞きましたが、パーパスを作る際は、中平さんはどのような役回りを担っているのでしょうか?
中平:株式会社LIFULLとの業務では、企業広告を担当する中で企業の「パーパス」を考えることがありました。かなり早い段階から、多様性や社会課題に問題意識をお持ちで、色々な事業を検討されていたため、他社とどう違うのかが最もキーでした。アウトプットを生み出す1年くらい前から、ワークショップや仮コンセプト開発、調査などを行って方針を定めていきました。同じ業種でも競合他社と何が違うのか、どんな存在なのか。得意先キーマンと議論を重ね続けたのですが、「昭和時代に作られた常識や商習慣、発想が今の生活者を苦しめていることがあるよね」という発見がありました。「その”当たり前”だと思う枠を一度取り払って考えてみると、実は無限の可能性がある。それを気づかせ、チャレンジを応援することが企業の本質なんだ」という話になりました。この経験から”ご提案”というよりも、得意先とひざ詰めで具体的に議論していくことが重要だったと感じました。僕らは生活者発想という視点で外部から考えますが、事業者としての視点や発想をマッシュアップすることで、具体的でユニークなものに昇華していくプロセスがとても勉強になりました。
-パーパスづくりに取り組まれている企業は多いと思いますが、中平さんなりの「型」のようなものはあるのでしょうか?
中平:型については、僕自身もはじめから答えを持っているわけではなく、会社ごとに歴史も強みも様々ですのでクライアントといっしょにつくりあげるものだと思っています。ひとつ言えることは、通り一遍のオリエンを受けて外から考えるのでは、表層的なものしか出てこないということです。言葉にできないけど困っていること、対外的に言うほどではないがプライドを持っていることなどを引き出したり、それを丁寧に言語化したりというキャッチボールを重ねることでしか見えてこないものがあると感じています。
-対話しながら見つけていくということですね。
中平:同じ会社にいても、皆さんそれぞれの立場と正義感で達成したいことがある。企業を新しく変えていこう!というタイミングでは特に難しく、これまでの歴史や強みで何を残すのか、ゴールのイメージがズレてしまっていたり、レイヤーや時系列なども噛み合わなかったりすることが往々にしてあります。それを僕のような外の立場から考えて、どう決めていくかプロジェクトフローを、またその一つ一つのプロセスをどうするかをリードします。目線を合わせて、様々な角度の議論を繰り返して最終的に皆さんが合意する一枚の地図にまとめていく。それの一連のプロセスも含めて「パーパスをつくる」ということなんじゃないかと思っています。
立場が違う人の結節点がどこなのか、本当に求心力があるものは何なのかを見つけるには、社員へのインタビューやワークショップが有効で、様々な種類の論点やアセットが沢山見つかります。また自社内だけでは気づきにくいこともありますし、思い込んでしまっていることもあります。そのため、「言っていることは間違いではなく、レイヤーが違うのかもしれません」とか「ご意見はパーパスのこの部分にちゃんと反映されていますよ」などファシリテーターとして外部の僕らを活用いただくことで、構造化が早く様々な異なるピースも一つの絵にしやすい作用もあると思います。
-自分の気持ちが反映されているという納得感や、自分たちのものだと思えるパーパスをつくることが大事なのですね。
中平:そうですね、言葉の開発も難しいですが、一連のコンセンサスを取るプロセスがすごく大切だと痛感しています。ビジネスはさまざまな人のコミュニケーションで動いているので、共感と納得感がないとはじまりませんよね。いかに会社の文化として「流れるように」つくるかが大切。パーパスとして集約されているものも、因数分解していくとどこかのレイヤーに自分の持っている課題や想いが反映されている。そう思えるからこそ同じ方向に向かっていけるんだと思います。パーパスを決めた後のインナーコミュニケーションでもそこを重視しています。
-今後の展望として、どんな業務に取り組んでいきたいか、聞かせてください。
中平:いろいろなクライアントからパーパス策定のご相談を受けるのですが、キャッチコピーや企業タグラインというよりも、強い企業に変えていきたい!とか、そのための“求心力の源泉”が欲しいのではないかと思うことが多いです。その様な、「何か変えていきたい」という思いはあるけど困っている方、これまでのマーケティングのやり方を変えていきたいと考えている方とご一緒できたらうれしいです。
広告会社は広告のことしか考えないと思われがちですが、僕はこれまでの営業やプロモーションといった幅広い業務経験とストプラという立場で、かなりフラットに事業やマーケティング全体のなかでのやるべきこと、実行すべき優先順位を考えることができると自負しています。
パーパスをクリエイティブにつくるだけでなく、一貫したアクションとして、企業活動やマーケティング、コミュニケーションの実行に移していくところまでが仕事だと思っています。僕はクライアントに育てていただいたという思いが強くあるので、自分がいることでクライアントの求める成果を何倍にもすることが出来たら、それが何よりのやりがいです。
2004年総合広告会社に入社し営業職や統合プラニング職を経て、13年博報堂入社。トイレタリー、自動車、情報サービス、食品など様々な企業を担当。ブランドやコミュニケーション戦略をはじめ、パーパスやインナーコミュニケーション、オウンドメディアまで統合的にサポート。共著に『超図解・新しいマーケティング~5分でわかる「博報堂の流儀」~』。