博報堂人が、社会テーマや旬のトピックスを題材に、生活者の暮らしの変化を語る対談企画「キザシ」。
第ニ回目は、脳科学者で医学博士の中野信子さんをゲストに、博報堂ソロ活動系男子研究プロジェクト リ―ダー・荒川和久(あらかわ・かずひさ)が、増え続ける「ソロ男(ソロダン)に見る男と女の生き方」をテーマに語ります。
荒川:2010年の国勢調査では、男性の生涯未婚率は20%でした。それが、2015年に実施された調査では25%に達するだろうといわれています。そして2030年には30%、実に男性の3人に一人が生涯未婚になるのではないかと予測されています。一度も結婚したことがない男性がそれほど増えているにも関わらず、いまでも世の中では、あまり話題にされないんですね。
中野:光が当たってこなかったということですね。
荒川:そうなんです。調べてみると、実はそういう男性たちは、消費意欲がすごく旺盛だということがわかった。十分にマーケティングの対象となり得るということで、20代から50代の未婚男性で、一人暮らしをしていて経済的にも自立をしている人を「ソロ活動系男子」略して「ソロ男(ソロダン)」と名付け、「博報堂ソロ活動系男子研究プロジェクト」を立ち上げました。
中野:男性のそういう性向については、理解できるところがあります。実は、どちらかというと男性のほうが孤独を好むと言われているんですね。テストステロン(※男性に多く分泌される男性ホルモンのひとつ)の影響で孤独を好むという。だから、一人でいてもそんなにおかしくはないはずなんです。
荒川:孤独を好むというのはまさにその通りで、ソロ男は、とにかく一人の時間がないとストレスになるんです。当然ソロ男の中には彼女がいる方もいっぱいいるので、デートはします、でも、家で一緒に寝たくないんですね。
中野:わかります。と私が言うのは、実感としてわかるのではなく、テストステロンが高い状態の人はそうなりやすいという論文があるのでわかります。
荒川:なるほど。
中野:男性がストレスを解消する方法は、女性とは違う。女性は、人と話をしたり共感を得たり、コミュニケーションの中でストレスを発散するんですね。でも、男性はそうじゃない。共感や空気を読む領域というのが脳にはあるのですが、男性はその領域が女性より発達していないんです。どうして一人になって自分を癒す傾向が男性に発達したのかというと、これは推論としてですが、狩猟採集生活においては、傷の治癒や体力回復という喫緊の課題が男性にはあるので、一人で穴倉にこもって自分を癒すことのできる人のほうがその日のパフォーマンスは高い。だから、一人になる傾向の高い人が生き残ったという、そういう理屈なんですね。ですから、男性にとって一人の状態が必要だということは、そんなにおかしいことではない。ところが女性は男性とコミュニケーションをとって癒されたいと思うので、その辺にちょっと齟齬が生じますよね。そういう男性の性向を理解しない女性は、男性にとって負担になるというのはよくわかる話だなと思います。
中野:ソロ男というのは、これまで潜在的に存在していた、表面化しなかった存在ですね。
荒川:でも、高度経済成長期にほぼ100%結婚しているということのほうが、実は異常なんじゃないかと思います。
中野:そうですよね。専業主婦というのも、実はイレギュラーな存在だと思う。もうああいう時代の再来はないのではと思います。あの形式の結婚が人間には合っていないですし。
荒川:結婚に求める条件みたいなものを調べると、既婚男性は専業主婦タイプを求めるんですね、圧倒的に。一方ソロ男は、専業主婦タイプじゃなくてバリバリ働いてくれなきゃ嫌だと言うんです。お互いに自立しましょうということなんです。
中野:個人的には、そう思います。ソロ男には、経済的にも精神的にも適度な距離を取りたいという願望があるんでしょうね。
荒川:ソロ男には、ソロ男的な指向性を持つ、いわば「ソロ女」みたいな女性が合うはずなんです。けれども、今までそういうマッチングを誰も考えなかったんですね。結婚しない男と結婚しない女が合うとは、誰も考えないじゃないですか。
中野:次は「ソロ女のススメ」を、ぜひ(笑)。
荒川:『結婚しない男たち』(ディスカヴァー携書刊)という本を出版したのですが、女性から「男性のことだというけれど、これは私のこと」という指摘をすごく受けているんですよ。マーケティングの本なのですが、ほぼ婚活本として扱われているんです(笑)。
中野:ほんとですか? でも、ソロ男もソロ女も、新しい形というよりは自然な形に帰ったという感じじゃないですか。
荒川:そうだと思います。ソロ男的な人達はいつの時代にもいたのではないかと思うんです、本当は。ソロ男は、結婚してもいいと思っているし、「子どもが欲しい」という人も43%います。けれども、男は外で働き、女は家を守るというような概念に縛られると、ちょっと違うなと思ってしまう。婚活する女性とソロ男の齟齬がそこにあるんです。
中野:婚活市場にソロ男の求める女性はいない、と。
荒川:昔はおせっかいなご近所さんがいて「あんたにはあの子が合うから」と、肌感覚でマッチングさせていたじゃないですか? あれは意外によかったんじゃないですか(笑)。
中野:確かに(笑)。あれは大事かもしれませんね。婚活とお見合いの違いは自薦か他薦かですよね。自薦は、結婚したい、つまり男性に頼りたい人が多いのではないでしょうか。それで、ソロ男は引いちゃうんでしょうね。他薦では、自分から積極的にアピールしない女性が相手だという点が、男性にとって心の癒し的要素になるんでしょうね。日本の未婚率とお見合い結婚率の推移には相関関係がある気がします。
荒川:既婚男性がソロ男の人にするアドバイスの一つとして、人として子どもを産むために生まれてきたんじゃないか、というものがあるようです。
中野:そんなことはないですよね。子どもを産まない個体もいっぱいいるし、バリエーションの一つです、それは。
荒川:要は、社会通念のようなものからの視点ですね。ところがソロ男というのは、どちらかというと個人の視点で考えるんですね。この溝は絶対に埋まらないんじゃないかと思うんです。
中野:すごくおもしろいですね。国家対国家もしくは組織対自分みたいな対立項があるときに、自分のことを重要視するか、組織の共同体の論理を重要視するかというのは、ちょっと遺伝的な性格もあって…。
荒川:遺伝的に違うんですか?
中野:違います。ドーパミンの分解酵素が違うんですね。活性が違う。例えば、テストを行うとします。私が被験者に対して、このゲームではこちらの文字のグループのほうの正解率が高い、一方、こちらのグループの文字のほうは正解率が低いと、ルールを教えるとします。その通りに解いたら文字が出てきますから、正解か不正解かボタンを押してくださいという単純なテストなんです。解いているとフィードバックが来るので、徐々に私の言ったことが間違いだったんじゃないかと気付きます。それはその通りで、私が間違いを教えているんです。このとき、被験者の反応は二通りのグループに分かれます。まず、わかっていても私の言う通りにやるグループ。もう一つは、私の言う通りにしないで自分のルールでやるグループ。この二つの遺伝子を調べると、ドーパミンの分解酵素が違う、活性が違うということがわかったんです。分解酵素の活性の高いほうがドーパミンを早く代謝してしまうので、自分で意思決定することの喜びは少ないんです。
荒川:そうなんですか。
中野:一方で、ドーパミン分解酵素の活性が低いほうは、自分で意思決定する喜びがあるんですね。ソロ男もそういうことかもしれないですね。自分でルールをみつけて行動する。社会通念はどうあれ、自分の満足感のほうが大事ですというような。
荒川:確かに、ソロ男にはそのような傾向が見られます。なぜマーケティングターゲットにならなかったのかというと、そもそも男性って、頑固であまのじゃくでめんどうくさい性格なんだと思うのですが(笑)、ソロ男の場合は未婚だということが、さらにそれに拍車をかけているのかもしれません。まず、「人にすすめられたものは買いたくない」ので、広告が効かない。だから相手にしないという論法でした。いままではそこで終わっていたんです。
荒川:いまソロ男は、結婚しない代わりに、自分のお金と時間を趣味に費やしています。例えばアニメ、アイドル、アキバ文化なども、言ってしまえばソロ男がつくっているようなものですよね。実は、映像やデザイン、クリエイティブ系の仕事の方はソロ男率が圧倒的に高いんですよ。
中野:うちの旦那さんは美大の先生。そういえば隠れソロ男ですね(笑)。
荒川:昔、オタクっていうとちょっと異様な感じがしましたよね。でもいまは、アキバのオタクは普通に受け入れられている。そのように、ある程度年月を経るとソロ男も世の中に承認されていくんじゃないかと思うんですよ。
中野:強制的に結婚しなければならなかった時代が終わったんだと思います。
荒川:とはいえ、まだ結婚して一人前だという通念は根強いですよね。業界によっては、結婚してないとダメ、結婚しないと昇進させないなどという話もあるくらいで。
中野:結婚して家を持つということは、一種の貧困ビジネスだと言われています。結婚して家を持つと、奥さんがいて住宅ローンもあるので、逸脱したことができなくなります。だから、足枷になるので安心できますということ。そういう意味もあるんです。
荒川:そういうところで追い込まれるソロ男は、「俺ってダメな人間なんだ」「一人前じゃないんだ」というようなメンタリティになってしまう。
中野:そういう業界に合っていないだけですよね。フランスの男の人たちと、結婚についてディスカッションしたことがあって、「日本の女性は専業主婦願望が多い」と言ったところ、「専業主婦って何?」と聞かれて、「ハウスワイフ」と答えたんですね。そうしたら、「頭がおかしいのか?」と。「そんな女性を俺たちが養うわけがないし、そんな女性のどこが魅力的なんだ」と。「魅力のない女にそんなお金を払う余裕はない」「輝いている女性とだったらデートもしたいし、プレゼントもしたいし、一緒に生きていきたいと思う」と言う人がいっぱいいて。そう言われちゃうと言い返すことがないなと。
荒川:自由であるとかお互いを尊重し合うって、過度に干渉しないことと一緒だと思うんですけれど、そうできる相手であればソロ男の結婚も、いまの結婚制度でも成り立つだろうと、僕は思っています。
荒川:婚活本として扱われがちですが(笑)、『結婚しない男たち』はマーケティングの本なので、ソロ男はなぜ消費をするのかについて、私なりに検証して仮説を立てています。やはり承認欲求と達成欲求があって、ソロ男は妻もいないし子どももいないので、消費をすることで幸せを感じるのではないかということなんですね。「セロトニン消費」と「ドーパミン消費」と名付けました。脳科学など全然勉強してないのに、勝手にそういう言葉を使わせていただきました(笑)。
中野:すばらしい! ちょっと感動しています。
荒川:ソロ男が自分の部屋にこだわったりするのはセロトニン消費なんですよ。自分の聖域だから、ものすごくしっかりしたものにしたい。旅行もそうですね。
中野:癒しですね。
荒川:そうです。ドーパミン消費は達成欲求だから、アイドルにお金をつぎ込んだりするとか、コレクションをするなど。そのことにものすごく幸せを感じている。だから、消費で幸せを得ているソロ男に対して、我々広告会社もメーカーも流通も、もっと彼らの幸せについて考えていかなければいけないんじゃないかと、本の中で結論付けています。
中野:旧価値観の男性とソロ男的な新しい男性は、だいぶ違う気がしますね。
荒川:おそらく、結婚しなくなる女性もこれから増えてくると思うんです。家族や子どもに幸せを求めることをしないのであれば、じゃあどこに幸せを求めるかというと、男女ともに同じような行動を取らざるを得ないような気がしています。それは消費であったり、何か新しいものをクリエイトすることに幸せを求めるようになる。彼らは「新しい文化を生み出していく」とも言えるんじゃないかと思うんです。ただ、そうなったとき、世の中がどうなっていくのかということは考えないといけないですよね。30年後には65歳前後が最も大きな人口ボリュームになり、人口の半分が独身生活者になります。そうなれば、市場も変わるし、世の中の考え方も変わっていきます。結婚にしても、家と言う単位に個人が属するという考え方ではなく、まず最初に個人ありきで、個人同士が互いを認め合いながら生活をし、共同体をつくっていく、というふうにかたちを変えていかないと、なかなか難しいんじゃないかという気がするんですね。
中野:いまとなっては、まず専業主婦を養えるだけの収入がある人がわずかですし、やはり正しく現状を認識すべきことをもっとやらなければいけないし、多層的に語られなければならないソロ男現象というものがあると思いますね。
荒川:今は存在しないテクノロジー、たとえば人工子宮が出来るというような話も聞きますが、またがらりと変わってきそうですね。
中野:私もそう思います。いま、現に代理母がありますもんね。人間が生まれるのは自然な出産だけではないという時代になっていくかもしれませんね。
荒川:つがいで子どもを育てるのではなく、個人が個人を育てる世の中っていうものが存立するかもしれません。そういういままでにない価値観を発想したり、研究したりするのは、ソロ男のような気がしています。偏見ですけれど(笑)。
中野:本当にそういうふうになると思います。今ある社会の延長というよりは、ドラスティックな変化が起きるように思います。
荒川:そうなってくれたらいいなと僕は思います。
<終>
【プロフィール】
東京大学大学院医学系研究科脳神経専攻博士課程修了後、フランス国立研究所にてニューロスピン博士研究員として勤務。2015年より東日本国際大学教授。脳や心理学をテーマに研究・執筆活動を精力的に行っている。
自動車・飲料・ビール・食品・流通・通販等幅広い業種の企業プロモーション業務を担当。アンテナショップ、レストラン運営、デジタルソリューション開発も手掛ける。