28日には、『「カンヌライオンズ2016」から見えたデジタルの未来』と題したセッションに、博報堂インタラクティブデザイン局クリエイティブ開発部の林智彦が登壇しました。
林はセッションに先駆け、「カンヌライオンズは、広告ではなく、事業のクリエイティブアワードへ向かっていると思った。 今年のカンヌライオンズでは、そんな時代だからこそ可能な、『クリエイティビティで何ができるか?』という問いかけがあり、 現場の1部門だけではできない、骨太な挑戦マインドによる成果が評されていた。」とコメントしています。
そして、セッションの中で、これまでのやり方にとらわれず、新しいインパクトを世の中に生み出していった世界の施策を紹介しました。
レポート内容は、以下をご覧ください。
自分はもともと映像やCMとは違う道を歩んでいて、企業のサービスを開発したり、4年半独立してデジタルの分野で仕事をしたり、ロボットのスタートアップ企業を立ち上げたりしていました。
そんな自分にはカンヌは関係ないと思っていましたが、カンヌから「広告」の文字が消え、「クリエイティビティ」にフォーカスされた2011年あたりから興味をもち始めました。
それまでデジタル分野でそれなりに実績は出していましたが、これからはデジタルだけではなく、イベントや映像など、様々な施策と一体化していくことが大事だと思っていたので、世界No.1が集まるカンヌに興味を持つようになりました。
元々カンヌに集まっていた広告のクリエイターが離れていくのとは逆の流れです。笑
カンヌに興味を持ったもうひとつの理由として、企業の現場やマネージメント層の方々と仕事をする上で、正解が見えにくくなってきたというのもあります。たとえば、「やっぱり流行のAIかな?」というような話になるなど、単に流行りに乗りたいだけで、企業として本当にしたいことが何なのかが見えなくなっている状況が多くありました。そんな中、面白い作品、優秀な作品が集まるカンヌにはヒントがあるのではないかと思い、今年初めてカンヌに参加してきました。
今年初めて参加して面白かったのはイノベーションライオンです。Googleの「アルファ碁」(AI囲碁)や、クルマ映像撮影・CGシステムの「BLACKBIRD」が受賞するなど、「これのどこが広告なのか分からない」というものが数多く受賞していて、「クリエイティブとは何なのか」「広告とはなにか」という問いかけが起きているのが自分の課題状況と重なりました。
また、「クリエイティブとデータの掛け算とは何なのか?」というような議論が起き、INGバンクの「The Next Rembrandt」(レンブラントの絵画をデータ解析して、人工知能が3Dペイントで描いた存在しないレンブラントの次回作)が受賞していたのも印象的でした。
元々広告文脈だけで参加者が全員理解可能だった場が、現実の変化にともない、広告・テクノロジー・事業など、様々なプレイヤーが歩み寄っている。そして、お互いまだちょっと理解できなかったり、評価がかみあっていない。今年のカンヌは、そんな状況なのかなと思いました。
実際に仕事の現場でも、クリエイティブとテクノロジーとデータマーケティングの意見が個人的には、これまでの固定観念を捨て、正解を編み上げていくこんなシチュエーションには、ワクワクするタイプです。笑
そんな今年のカンヌのテーマをあえて一言にするなら、「広告・マーケティング施策として」、「企業全体のアクションとして」、また「生活者によろこんでもらえるものとして」、「クリエイティビティで何ができるのか」が問われているのかなと思いました。
それでは実際に受賞した作品の中で、クリエイティビティの力でそのテーマに答えていたもの、そしてこれからのデジタルの未来にとってヒントとなりそうなものをご紹介したいと思います。
(1)REI 「#OptOutside」(外に出よう) チタニウム部門のグランプリ
米国のブラックフライデー(クリスマス商戦幕開けで、小売店にとって売り上げが一気に上がる日)に、買い物だけでなく大自然の中にも出かけてほしいというメッセージを伝えるため、アウトドアショップのREIは、この日一斉に全店舗を休みにしました。この取り組みはSNSで広く拡散し、60億以上のメディアインプレッションを獲得しました。
この作品のクリエイティブな点は、「自分たちがやりたかったことは何だったのか」を徹底的に考え抜いている点です。流行りのデジタル技術でできることはたくさんありますが、創業の目的などに立ち戻るということは、今の多くの企業にとって重要なことのように思います。
(2)UNDER ARMOUR 「RULE YOURSELF」(陰の努力が、あなたを光の当たる場所に導く) フィルムクラフト部門グランプリ
スポーツ用品メーカーのUNDER ARMOURは、今年31歳になる米競泳選手マイケル・フェルプスが、リオオリンピックに向けて黙々と、過酷なトレーニングを続ける様子を映像化。「陰の努力が、あなたを光の当たる場所に導く」というコピーと、「RULE YOURSELF(自分を支配する)」というタグラインが印象的な作品です。
この作品も、非常によく企業のメッセージを凝縮しています。デジタルの時代、アクションにつなげる施策が多い中、このような映像化もあるという一例でした。
(3)Sweden 「The Swedish Number」(スウェーデン人がランダムに観光案内してくれる電話番号) サイバー部門ゴールド
スウェーデン政府が行った、ある番号に掛けると、ランダムにスウェーデン人に電話がつながり、自国について案内してくれる、という施策。公的な目的を持つクラウドソーシングという新しさと、実際にこの施策がローンチされて使われた、という事実が多くの人に勇気を与えました。
この施策の中にはヒントがたくさんあると思います。「スマホに触れている気持ちをつかまえる」というのは、アイディアのひとつとしてあると思っています。毎朝、人々がスマホに触れてタイムラインを見る時というのは、何か面白いことが起きないかなと思ったり、新しい世界に触れたいという期待があります。そういう気持ちを上手く捕まえていると思いました。
また同じ考えで、次のMTVの施策は、人々の「スマホに触れている気持ちをつかまえる」を見事に捕えていると思いました。
(4)MTV 「ビデオミュージックアワード」(アーティスト広告をユーザー加工素材として提供)プロモ&アクティベーション部門シルバー
米MTVによる恒例のビデオミュージックアワードを活性化するために、アワードの事前広告はすべて緑の背景による「未完成の素材」として掲示しました。その上で、ユーザーが自由に背景を編集できるようにして、本番の広告として紹介。誰もが映像を作れるようになってきた時代のファン巻き込み施策だと言えます。
今の時代、テクノロジーの手段だけで何とかしたいというよりは、企業のメッセージをどうアクションに繋げたらいいか、そのための手段は何か、そういう考えがクリエイティビティにとって大事だと思います。以下の2つの作品は、素人のアイディアのように考えて、それをちゃんと形にして実現にまで持って行っている好例でした。
(5)DB Export 「Brewtroleum」(世界を救うためにビールを飲む)
ニュージーランドのビールブランドDB Exportによる、ビール生産をする際に出る副産物から燃料を抽出するという施策。本物の燃料スタンドをニュージーランド中に建築。その数、50カ所。ちなみにBrewtroleumとは、「Brew=醸造」と「Petrolium=石油、原油」を組み合わせた造語であり、「ビール粕燃料」という意味になります。
(6)バーガーキング 「McWhopper」
「国際平和デー」に向けて米バーガーキングが、普段は競合している米マクドナルドと“停戦”して、一緒にマッシュアップバーガーを作ることを提案するというPR施策。15段広告の活用などでうまく好意を形成し、大量のPR露出とファン化に成功。提案したのはニュージーランドの広告会社で、自国で得意先に自主的にプレゼンテーションしたところ、最初は難しいという反応だったというが18カ月をかけて粘った結果、本国である米国で実施されました。
これらの事例は、プロモーションの世界だけでなく、マネージメント層など全てのレイヤーの人が一緒に取り組んでいて、企業の活性化にもつながるいいアクションだと思いました。
これらの2作品からは、「実現力」というヒントが読みとれました。
以上の受賞作品を通じて見えてきた「カンヌで評価されていたもの」、また「自分たちの普段のコミュニケーションに使えそうなキーファクター」をまとめると、大きく以下の3つにまとめられると思います。
1.自分たちのメッセージに立ち返る
AI、VR、データマーケティング、コーポレートアクセラレーター…、デジタルの発展で選択肢が急増し、どの道が正解か、ある意味浮き足だっている企業も多いのではないでしょうか。
もちろん急速な変化に対応することは重要ですが、そのためにも、自分たちの、創業者の根本におもいっきり立ち戻ってみてはどうでしょうか?
「#OPTOUTSIDE」の事例以外に、日本でも創業者のビジョンにおもいっきり立ち返りっている事例もでてきています。
2.スマホに触れている気持ちをつかまえる、デジタルに寄り添うフィーリングを捕まえる
今スマートフォンを触っている時の気持ちはなんでしょうか。実はみなさん、新しいものを求めてソーシャルメディアに触れつつ、ちょっと飽き飽きした気持ちを感じないでしょうか?
批評家の東浩紀氏は「弱いつながり」という言葉で、普段のソーシャルメディアが実は視界を固定化しているため、リアルに旅に出て、いろいろな新しいつながりをつくることを提案しています。
事例でご紹介した「The Swedish Number」は、まさにこうした「何かラッキーなことないかな」「新しいこと起きないかな」といったスマホを触るときの気持ちをつかまえ、「弱いつながり」を楽しくつくることに成功しています。
3.実現力
「McWhopper」や「Brewtroleum」を日本に還元しようと思うと、「こんなのできっこないよね〜!」と言い合ってほっこりし、実施しやすいけど、一番やりたいものではない施策の日々に戻っていく情景が浮かびます。
でも、それが本当に企業や生活者のためでしょうか。
自信喪失しがちな企業や生活者が多い今の日本で、この会社イケてる!夢がある!と思ってもらえるのは、子供の様なアイデアを、アクションとして全力で実現してしまう「実現力」「勇気」ではないでしょうか。
僕自身、「これ実現できるの?」とどこかで怒られたサービスやマーケティング施策の方が、世の中にインパクトを与え、世間に味方になってもらっている気がします。
プレイヤーや価値軸が様々に歩み寄っている今の状況では、こういった視点を踏まえながら、企業の経営層の方々とディスカッションを重ねたり、現場から話を作っていくことで、デジタルを利用しただけの小手先ではない、意味のあるアウトプットになるのではないかと思いました。
今年のカンヌを通じて感じたのは、カンヌライオンズは「広告」から「企業のクリエイティブフェス」、もしくは「事業のクリエイティブフェス」へと、時代の変化と対応している、という点です。メディアの使い方や表現だけでなく、事業全体として何ができるのかが評価されるのは、新しいものが生まれてくるいい流れなのではないかと思います。デジタルの未来が、5年後、10年後どうなっているのか予想はつきませんが、益々面白くなってくるだろうと楽しみにしています。
<終>
林智彦
株式会社 博報堂
インタラクティブデザイン局 クリエイティブ開発部
サービス開発・コミュニケーションのプロフェッショナル。慶應義塾大学環境情報学部卒。最先端のテクノロジーを活用した、インタラクティブ・プランニングを得意とし、米Creativity誌による「Creatives You Should Know」世界8組中の1組に選ばれる。文化庁メディア芸術祭エンターテイメント部門大賞、SXSW Interactive Award Finalistなど受賞多数。
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博報堂インタラクティブデザイン林智彦のレポートが、日経デジタルマーケティングに掲載されましたので、お知らせいたします。
6月下旬に開催された「カンヌライオンズ2016」には、今年も斬新な切り口の施策が世界各国から集まった。現地に飛んだ博報堂インタラクティブデザイン局の林智彦氏が、その模様をレポートする。
→続きは、日経デジタルマーケティングのページ(有料)へ
【Vol.4】カンヌライオンズ2016、博報堂グループ、カンヌのセミナーで熱く語る!
【Vol.3】カンヌライオンズ2016、博報堂DYグループ審査員4名が感じた今年の潮流
【番外編】カンヌライオンズ2016で審査員を務めた細田高広(プロモ&アクティベーション部門)と志水雅子(ダイレクト部門)のインタビュー記事、Advertimesに掲載
【番外編】北風勝 常務執行役員のカンヌライオンズに関するインタビュー記事、SENSORSに掲載