「hibi」は、マッチ型のお香です。マッチと同じようにさっと擦れば、10分間素敵な香りを楽しむ事ができるこのお香は、兵庫県のマッチ会社とお香会社、地元のデザイン会社の3社が一丸となって生み出しました。インターネット通販はもちろん、書店や雑貨店、そして遠くはフランスのセレクトショップでも取り扱われており、高い注目を集めています。
今までは別々に用意していたマッチとお香が一つになった−−−。ありそうで無かったこの形を実現するのに、実は3年以上かかったそうです。今回は現代において需要が少なくなりつつあったマッチ業界・お香業界の中で、「擦って火をつける」行為を日々(hibi)の生活に残そうと試行錯誤する若い経営者達の物語です。
美田:実は私、最近引っ越したんです。新しい部屋にあわせたアロマやディフューザーをインターネットで検索している時に、「hibi」を見つけました。で、「なにこれ!お香なのにマッチの形してる!これ一つで済むんだ!」と、新しい形に目から鱗が落ちました。こんなユニークなブランドが生まれた経緯から教えて下さい。
嵯峨山:「hibi」を本格的に発売し始めたのは2015年の10月からなのですが、マッチを何とか復活させようと活動し始めていたのは、もっともっと前からです。最初にデザイナーの堀内さんに会ったのは、いつ頃だっけ。
堀内:2007年頃ですよね。実は、義理の父と嵯峨山さんに共通の知り合いがいたんです。その方が偶然持っていたレトロなマッチのラベルがたくさん載っているカタログのようなものを見た時に、この柄をTシャツにしたり、キーホルダーにしたら面白そうだなとひらめいて。すぐに嵯峨山さんにアポをとって、「はじめまして。ところでこの柄を使って商品開発しませんか」と、いきなり3時間ぐらい話し込みました。そこから生まれたのが、マッチデザインファクトリーというブランドです。マッチのレトロな柄を生かして、雑貨としてマッチを売り出していくプロジェクトが始まりました。
マッチは、今ではホームセンターで12個250〜300円で売られています。ところが、マッチデザインファクトリーのプロジェクトで作ったオシャレな雑貨としてのマッチは、20代〜30代の女性が5個セット600円程度でも買ってくれました。
嵯峨山:同じものなのに、見せ方を変える事で価値が数倍になる。この体験は、マッチメーカーとしては衝撃的でした。その経験があったからこそ、「hibi」ブランドを作る時には、いままでは費用をかけていなかった世界観を作るというようなブランディングにまで力を入れました。
美田:なるほど、マッチを使った新しい取り組みは以前からなさっていたんですね。では、アロマとマッチを結びつけたきっかけは何だったんですか。
嵯峨山:レトロ柄の復刻版や、茶殻を再利用したマッチなど、色々な事を試行錯誤してきました。でも、正直に言って、日常の中でマッチで火をつけるシーンを増やす事は難しい。とはいえ、昭和4年創業の我が社のルーツはなんとか残したい。考えに考え抜いて出た答えは、「火をつける道具」を残すのではなく、「擦って火をつける行為」を残そう、という事でした。その視点の切り替えをした後に、最初に思いついたのがお香や線香です。さっそく、ある知り合いに、「マッチ型のお香の開発を一緒に面白がってくれるお香メーカーさんはいませんか?」と聞いたところ、大発の下村さんをご紹介頂いたんです。
下村:最初に嵯峨山さんのお話を聞いた時の素直な感想は、「マッチ型のお香って、嵯峨山さんは簡単に出来ると思ってるんだろうけど、むちゃくちゃハードル高いぞ」でした。一番の懸念点は、強度です。普通のマッチは木で出来ているけれど、お香は粉で出来た粉物です。頭に火をつけた拍子にぽきっと折れて、机の下に飛んでいってしまった…なんてことがあったら怖いですよね。だから、難しいなぁと思ったんです。
美田:それでも引き受けようと思った理由は何だったんですか。
下村:難しそうやけど、誰もよう出来へん。ウチにしか出来ない仕事なら、おもしろいやん、と思ったからです。よく嫁に「あなたの根拠の無い自信はどこから来るの?」と言われるのですが、難しいと思いつつも、何とかなりそうだという予感もありましたね。
というのも、「hibi」プロジェクトの前に、紙製のお香という新しい商品を開発していたんです。その時の経験から、紙の繊維をお香の粉に混ぜれば強度が出る事は分かっていたので、大変だけれどなんとかなりそうだと考えていました。
嵯峨山:下村さんにお願いして、一番最初に出来上がったプロトタイプは割り箸並みの太さがあって、喫茶店で堀内さんに見せたら「ダサい」と言われましたね(笑)
下村:太いとデザイナーにダサいと言われ、細いと折れやすい。強度や細さ、燃えやすさなどの究極の公約数を見つけるために、ウチであらゆる配合を試していったら、結局3年もかかってしまいました。二人とも、よく待っていてくれたね。
嵯峨山:途中で辞めようかな…(一同笑)と思わなかったのは、やっぱり「hibi」の完成型が3人の頭の中にはっきりイメージできたからですね。いままでにないものが出来る。世の中があっと驚く。そう確信していたからこそ、信じて待つことができました。
下村:やっている最中はしんどかったですが、今では「hibi」が世の中から注目されているので、苦労がむくわれたなと思っています。東京の展示会に出品した時に、一生懸命頑張った職人を連れて行ったんです。そうしたら、お客さんから直接「おもしろい」と言ってもらえて、かなり喜んでて。職人自身も、私が思ったよりも積極的にお客さんと話していましたね。今ではがぜん張り切って楽しくやってくれていますよ。
美田:そうして生み出された「hibi」ですが、今後「hibi」ブランドを育てていく上で一番大切にしていることは何ですか。
嵯峨山:目先の利益よりも、ブランドの世界観を大事にする事です。よく「先走っちゃあかん。今は耐える時で、お声がかかったからといってどこでも売ってはあかん」と言われるんです。ついつい売上げの数字に気を取られてしまいますが、売り方や見せ方から生まれる世界観が見えない付加価値になる事を常に意識しています。
下村:私にとって一番大事なのは、この二人のパートナーです。私は、車で例えるならば、エンジン作りに徹していたらよいので、楽なものです。そのエンジンを小型車にするか、スポーツカーとして売るのかは二人に任せています。その代わり、自分にしか出来ない最高のエンジンを作ります。経営者なので色々やりますが、自分が向いているのはものづくりだと知っています。しかも、待っていてねと頼めば3年も待ってくれる仲間です。本当に良いパートナーに巡り会いましたね。
美田:兵庫県の伝統産業であるマッチとお香に、デザインでそのルーツを残そうとするクリエイターが融合した、とても素敵なチームですね。実は博報堂ブランドデザインでも、企業のブランディングに加えて、最近は色々なまちや地域のブランディングをお手伝いするケースが増えていますが、やはり地場産業の活性化は大事なポイントとなってきています。
堀内:どこの地域でもそうですが、地場産業が廃れていくとまちから若い人がいなくなります。「hibi」が注目を集めることによってマッチ業界や淡路島のお香業界のイメージが良くなり、そんな会社で働きたいと思う20代の若者達が増えれば、街が元気になる。すぐには難しいけれど、地場産業を活性化する事で地域を活性化させる事が私の理想です。
嵯峨山:私もそういう形を目指したいですね。マッチ業界は右肩下がりで設備も古くて、言わば3K(きつい、きたない、危険)の仕事です。でも、その技術がなければ「hibi」は作れないわけです。しかし、今のマッチ業界に魅力を感じて就職希望者が来てくれるかといえば、厳しいでしょう。もしも「hibi」が新しいスタンダードになって、それを作っている神戸マッチという会社に若い人に興味をもってくれたら、次の世代にマッチのルーツを受け継いでもらう事も出来るはずです。
美田:嵯峨山さんはマッチのルーツを残す事にとてもこだわっていらっしゃいますね。
嵯峨山:そうですね、マッチを擦るという行為を残していきたいですね。今となってはライターやコンロなど便利な火をつける道具がたくさんありますが、マッチを擦る行為が一番火を体に近いところで感じさせるものだと思うんです。原始的だからこそ、火が近ければやけどする、火を上にすれば消える、などの火の原理も直感的に分かります。水、空気、火といった人間の原点を感じる瞬間を日々の生活に残したいと思っています。
美田:なるほど、だからブランド名が「hibi」(日々)なんですね。では最後に、各地で伝統産業を継いで、試行錯誤しながら悩んでいる皆さんのような若手経営者に向けて、アドバイスをお願いします。
下村:まずは、とりあえずトライしてみる事です。嵯峨山さんに初めて会った時には、「なんて難しい事を言うんだ」と思いましたが、やってみたら形になりました。チャンスはピンチの顔をしてやってくる事もあるんです。逆もしかりですが。つまり、やってみないと分からないということです。
嵯峨山:パートナーを見つける事ですね。「hibi」はこの三人が集まらなければ実現しませんでした。何度も一緒にメシ食ったり飲んだりしながら、気心が知れる仲になったのが良かったですね。
堀内:私からのアドバイスは、使う人の事を考える事です。商品開発の基本ですが、悩める地場産業の多くが技術先行型で、商品の使い方や使われるシーンがイメージできていないところが多いと感じます。政府の地方創生予算もあるので、これからもっと地域発の商品は増えていきますが、売り場には限りがあります。「伝統」や「文化」が武器にならない時代がすぐに来ます。「made in Japan」も武器にならない。その時にどうすれば選ばれるブランドになるのか、緊張感を持って挑戦し続けたいと思っています。
美田:そういう意味では、ブランドという考え方は大きな企業だけでなく、地域の小さな会社にとっても大事なものですね。
嵯峨山:私が代表をしている神戸マッチという会社は祖父が創業したのですが、神戸マッチに入社する前、外資系メーカーで数年間働いていました。その時にもブランドという言葉は知っていましたが、ブランドとは「冠」「看板」のようなものだと思っていました。ブランドの認知度が高いからお店に置ける、人に会える。しかし、「hibi」ブランドを作る過程で、ブランドという言葉に対するイメージが大きく変わりましたね。ブランドとは形とかカッコ良さではなく、経営者の想いや理念が中心にあって、そこからふつふつとできてくるものだと実感しています。
堀内:ブランドとは、蓄積です。商品の形や香りだけでなく、あらゆる活動スタイルの積み重ねですので、それはすぐに完成するものではなく、1年、5年、10年と、長い年月をかけて作り上げていくものだと思います。「hibi」ブランドも、まだ始まったばかり。日々の蓄積が大事だと思っています。
美田:今日は本当にありがとうございました。
■ご参考■
http://hibi-jp.com/
博報堂ブランドデザインでは、これからのブランドには「志」「属」「形」の3要素が不可欠だと考えています。「志」はその社会的な意義、「形」はその独自の個性、“らしさ”、「属」はそれを応援、支持するコミュニティを指しています。(詳しくはこちらをご覧ください)
今回は「形」の視点で、「hibi」から読み取れるこれからのブランド作りのヒントをご紹介したいと思います。
「hibi」を生み出した嵯峨山さんは、「発想が変わった瞬間があった」とおっしゃっていました。それは、「いかにしてマッチを未来に残すか」ではなく、「いかにして擦るという行為を未来に残すか」と視点を変えた瞬間です。その発想転換が、3年の歳月をかけても変わらず「hibi」というブランドの核としてあり続けています。
そのブランドを象徴的に表現する「形」は、商品やロゴだけではありません。「hibi」の象徴的な形は、「擦る」行為であり、そこにはマッチのルーツを残したいという経営者の志が強く宿っています。擦って火をつける、その火がお香に燃え移り、香る。擦るという行為から始まるブランド体験は、私たちの五感を刺激するものでもあります。
マッチの形だけを継承するだけでなく、「行為」に「らしさ」を見定めているその視点は、老舗や伝統産業ならずとも、ブランドを未来へと繋いでいく上で大事な発想ではないでしょうか。日本人ならではの「所作」にも通じてきます。未来へ何を残すのか。「らしさ」の見定めの柔軟さが、ブランドの展開・拡張に対する自由度を高め、魅力の大きさに繋がっている。しかも、本質的に伝統を大切にできている。「hibi」という商品はそれを言葉ではなく感覚的にも伝えるブランドになっているのです。
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