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ブランドたまご 第8回 / 「肉派」必見!デザイナーが魚屋をつくったら?「sakana bacca(サカナバッカ)」

2016.12.14
#ブランディング#博報堂ブランド・イノベーションデザイン
サカナバッカ中目黒前にて。左より、博報堂ブランドデザイン阿部成美、今回取材にご協力いただいた渡邊陽介さん。
「ブランドたまご」とは、生まれて間もない、まさにこれから大きく羽ばたこうとしている商品ブランドのこと。中でも、伝統を活かしながら革新を起こしている魅力あふれるブランドに注目し、その担い手に博報堂ブランドデザインのメンバーが話をうかがう連載対談企画です。
第8回に登場するのは、おしゃれで楽しい新感覚の鮮魚店「sakana bacca(サカナバッカ)」(以下サカナバッカ)でアートディレクター/デザイナーを務める渡邊陽介さん。いわゆる“魚屋さん”のイメージを覆すようなデザインはどうやって生まれたのか。そして、背景にあるコンセプトとは―。
日頃から週末にはサカナバッカを訪ねる博報堂ブランドデザインの阿部成美が、サカナバッカ誕生の裏側や、店舗デザインにこめた想いなどに迫ります。

いろんなおいしい魚をもっと楽しく。 水産業に新風を吹き込むサカナバッカ

「サカナバッカ」を運営するのは、ITを活用した新しい水産流通のあり方を提案している株式会社フーディソン。サカナバッカをはじめ、飲食店向けの鮮魚注文サービス「魚ポチ」を運営するなど、その斬新な取り組みが水産業界に新風を吹き込んでいます。「産地のおいしい水産品をもっと楽しく」をミッションとする実店舗サカナバッカの一号店が武蔵小山に誕生したのが2014年12月。以来、東急沿線を中心に6店舗を展開。おしゃれで活気ある店内には、全国各地の産地から届く新鮮でおいしい鮮魚が所狭しと並び、それぞれの街で確実にファンを増やしています。

実に多種多様な魚が並ぶサカナバッカ店内の様子。魚の食べ方に応じてその場でさばいてもらうこともできる。

阿部:実は普段からサカナバッカの中目黒を愛用していて、ぜひ取材させていただきたいと思っていたんです。一番特徴的なのは、“魚屋さん”らしからぬおしゃれな店舗デザインだと思いますが、誕生の経緯を教えていただけますか。

渡邊:運営会社であるフーディソンが目指すのは、水産流通のプラットフォームを再構築し、水産業界全体を活性化させること。いま魚屋の数はだいたい1万軒くらいで、30年前と比べると約半分までに減っています。ここが減ってしまうと、いくら漁師さんが頑張って魚を収穫しても生産しても消費者へ届きません。我々が作るプラットフォーム上では最終消費者に魚を届ける事は非常に重要なので、魚屋は是非ともやりたいと考えました。
でも実際に物件を探す段階になると、汚い、臭い…など魚屋のネガティブなイメージが強くて、オーナーさんは簡単にはOKを出してくれなかったんですね。だったら、ポジティブな新しい魚屋のイメージづくりからスタートしようと。ですから我々の目指す魚屋さんは、大前提として、明るくてクリーンなイメージである必要があったんです。

阿部:そうなんですね。デザインのほとんどを渡邊さんが担当されているそうですが、具体的な方向性はどのように決まっていったんですか?

渡邊:お店作りにあたっては、魚に対する価値観を変えられるような場にしたいと考えました。いま鮮魚の価値が下がっていて、大量に魚を獲っても漁師さんはほとんど儲からない。漁師さんや産地へも還元できるよう、消費サイドでの価値を高める工夫が必要だと思いました。先ほど言った汚い、臭いといったネガティブなイメージを払拭することはもちろん、よくあるような、全部切り身で、味気ない白いトレーに入っているとか、背景には日本海の波しぶきの絵が飾ってあるとか(笑)、そういう定型からは脱したいよね、などと話しながら、お店のコンセプトとデザイン的な方向性を同時進行で詰めていきました。
全国の産地にはさまざまな種類のおいしい魚がある。それを知り、経験し、もっと楽しめる場にできたら――そんな考えをまとめて、コンセプトとしては「産地のおいしい水産品をもっと楽しく」という言葉に落とし込みました。あと、魚を一匹まるごと見てみると、結構迫力があったりする。魚をさばく様子だけでも、見ていて単純に楽しい。だからまな板の辺りがよく見えるように、窓の開口部を大きくしたりと一つ一つのエレメントがサカナバッカらしい楽しさを表現するようなデザインにしました。

阿部:確かにサカナバッカのお店に行くと、「もっと楽しく」という気持ちが伝わってきます。魚のことを知るのも経験するのも、楽しさにつながりますよね。行けば自分が知らない魚があって、お店の人に聞いてみるのも楽しいですし、解体ショーをはじめとするイベントもよく開催されています。照明も、魚が陳列してあるアイスベッドは特に明るくしてあるから、魚をじっくり見る楽しさもある。
コンセプトのようなロジカルな部分とデザインの部分を、行き来しながら同時に考えていかれたんですね。私たちがブランディングするときも、デザインと一緒に方向性を考えることが多いです。人の心に届く何かをつくるためには、論理的な部分と同様、感覚的な部分も大事。だからすごく共感します。

デザインをつくるのではなく、 “コミュニケーションのために必要なもの”をつくる

阿部:特にイメージしているターゲット層はありますか?

渡邊:開店当初は主に20代後半、30代くらいの女性が来て楽しんでもらえる店にできればと考えました。その人たちは、これから出産して子育てなどを始めたりと、食の文化を次世代に伝えていく層なんですよね。そこに届けることができればと考えました。そういうお客さまが「いままであまり魚を食べなかったけど、この店に来るようになって魚を食べるようになった」と言ってくれると本当にうれしいですね。ターゲットについては、最初に顧客像のプロフィールのようなものを考えました。また、そのほかロゴ表記やデザインのガイドラインも明確に決めています。

阿部:なるほど。確かにお店に行くと、商品パッケージから店舗全体まですごく統一感を感じます。ガイドラインがしっかり定まっているからなんですね。

渡邊:店舗ごとに店長の個性もありますし、街の個性もある。でも一方で、サカナバッカに対してお客さんが持っている期待を裏切らないのも重要です。まだまだできていない部分も沢山ありますがサカナバッカの文化をしっかり作って、お客さまにも働く人にもイメージとして自然に浸透していくようにできれば、と思います。

阿部:一方的な押し付けになるのではなく、「ブランドらしさ」が自然に浸透していくというのは難しいところですよね。

渡邊:はい。だから作りっぱなしではなくて、お店で働く人たちとのコミュニケーションも大事だなと思っています。
街の個性という点でも、客単価はもちろん、お客さまの生活スタイルや料理にかける時間などに結構違いがある。ですから、商品の品ぞろえなどにはある程度の柔軟性も必要です。

阿部:芯となる想いはしっかり共有しつつ、柔軟な部分も必要なんですね。
そもそもサカナバッカが開業した背景には、水産業界に対する問題意識があったわけですが、お店からはそういうメッセージがいい意味で感じられません。あくまでもお店はお客さま目線でつくられているのかなと感じました。

渡邊:たぶん、一番強い想いを持っていた代表の山本があえて僕たちの好きにやらせてくれたのがよかったのかもしれないですね。だから僕らもフラットな状態で、純粋に楽しい店づくりを考えることができたのかもしれません。
とはいえ最初は、切り身はほとんど置かずにすべてまる一匹のまま売ってみたり、商品点数も少なく、やたらと既存の魚屋との差別化やとがった感じにこだわっていました。それがたぶん押しつけだったんでしょうね。やっぱりあまり買ってもらえなかった(苦笑)。いまはお客さんの食べ方に応じた商品も用意しますし、品ぞろえも増やして活気ある雰囲気を大事にしています。店舗がおしゃれすぎると毎日行きたいと思えないでしょうしね。

阿部:確かに、おしゃれだけどおしゃれすぎない(笑)、入りやすい雰囲気です。やっぱりデザインの役割は大きいですね。

渡邊:グラフィックデザインを作るというよりは、コミュニケーションのために必要なものを作るという感覚でいるんです。最終的に誰かが楽しいなと思ったりおいしそうだと思ったりしたら、そこでコミュニケーションは生まれていると思うんですよね。そういう風に相手が反応するもの、タッチポイントをデザインでつくっていけば、その集合体がコミュニケーションになっていくのだと思います。

阿部:楽しい、面白い、もっと知りたい…そういう反応の集積がコミュニケーションなんですね。

水産業はコンテンツの宝庫! 続けるなかで見つけていった、魚屋「らしさ」の大切さ。

阿部:フェイスブックではレシピや産地紹介などの動画をアップされていて、勉強にもなるしすごく面白いです。あの動画も渡邊さんがつくられたんですよね?

渡邊:はい、我々のチームで作っています。魚や水産業にある画一的なイメージとは違う部分を出せたらいいなと思ったんです。だからふだんから、魚屋出身のスタッフにいろいろと相談しながら面白いテーマを探しています。魚をさばく様子もそうですが、水産業界の中では当たり前でも普通の人にとっては新鮮で面白いことがたくさんあるんですよね。

阿部:ブランディングをするときも、その企業のことをもっと知るためにヒアリングにうかがうんですが、先方にとっては当たり前でもこちらからすると「すごい!」と驚いてしまうことがあります。中にいると気づかない魅力って実はたくさんある。だから第三者的な目線が入る意味があるんですよね。

渡邊:そうですね。僕たちも毎日発見ばかりです。魚や水産業ってコンテンツの宝庫なんですよ。

阿部:最近「サカナって、おもしろい」というコピーも各所で使われていますね。これ、シンプルだけどすごく腑に落ちたんです。とても直感的でストレートで、まるで皆さんの口から思わずこぼれた一言のよう(笑)。

渡邊:実際に動画をつくったり企画を考えたりするなか、気づけば一日に何度も「面白い!」と口にしている。そんな、僕らがいまやっていることを表現するとこういう言葉になったという感じです。この言葉は、まだ何もやっていない立ち上げの時に使っていても実感がない、押しつけ感のあるコピーになっていたかもしれません。でも、皆で試行錯誤いろいろ活動を続けて来て、自分達が楽しめているからこそ生まれた言葉かもしれません。

阿部:なるほど、だから私の中にもスッと入って来たんですね。
皆さんが活動を続けてきて、楽しめるコンテンツにたくさん触れてこられたからこその言葉。実感から生まれた感じがします。
改めて、サカナバッカだからこそできることって何だと思いますか?

渡邊:たとえば同じ魚が量販店で安く手に入るとしても、あえてサカナバッカに来てくれて、ここで買うからおいしいと言ってくださるお客さんがいる。お客さまをそういう“気分”に変えることって、うちだからこそできているのかなと思います。そうやってお店のファンになってくれている人たちは皆さん、やはり熱い期待、想いをもって来店されているなと思います。
あと、意外だったんですが、おしゃれとかかっこいいとかよりも、皆さん「魚屋らしい」ところに反応してくれるんですね。威勢のよさとか、新鮮さとか、魚屋さんが昔から持っていた特性、らしさこそが面白いし、それをまわりくどくなく潔い表現で出していくことが大事なんじゃないかと思っています。

阿部:なるほど。とても面白いですね。私たちがブランドについて考えるとき、まずこれまで培ってきたことを示す過去の輪があり、一方でこれから築いていこうとする未来の輪がある。二つの輪を並べてみて、両方が重なる中心の部分に、これからも受け継いでいくべき価値の核があると考えるんです。

いまおっしゃった活気ある雰囲気などは、昔から魚屋さんにあって、これからも大切にすべき価値なんだなと感じました。
最後に、これからの展望について教えていただけますか?

渡邊:店舗に行くと、お客さんから「これどう食べればいいかしら」とか「これどんな味なの?」とか話しかけられるんですが、僕なりに一生懸命答えると喜んで買ってくれたりする。そんな体験ができると本当にうれしいし、楽しいです。働いているスタッフとのコミュニケーションも考えながら、そうした、魚を通じたコミュニケーションをもっと増やしていきたいですね。それによってできることがたくさんある気がします。
あとは、夕飯何にしようかなと考えたときに、自然に魚を選ぶ人が増えたらいいですね。究極ですが、肉に勝てたら、と思っています(笑)。

阿部:目標は大きいですね!いろいろとお話をうかがって、ますますサカナバッカのファンになってしまいました!本日はありがとうございました。

■ご参考■
サカナバッカ http://sakanabacca.jp/

ブラたまEYE ~編集後記~


博報堂ブランドデザインでは、これからのブランドには「志」「属」「形」の3要素が不可欠だと考えています。「志」はその社会的な意義、「形」はその独自の個性、“らしさ”、「属」はそれを応援、支持するコミュニティを指しています。(詳しくはこちらをご覧ください)
今回は「形」の視点で、「サカナバッカ」から読み取れるこれからのブランド作りのヒントをご紹介したいと思います。
【形】最後まで「魚屋らしさ」から逃げない。
一般的な魚屋に比べ洗練され、進化した印象を受けるサカナバッカですが、「おしゃれにしようと思って作ったわけではない」という渡邊さんの意見には驚きました。むしろあえて不格好にしたところもあるそう。一体どういうことなのでしょうか。
渡邊さんは店舗のコンセプトを決めた後もロジックとデザインを行き来しながら店舗を作っていました。また、店舗ができた後もお客様の反応を聞き、それに応じてデザインを更新しています。従来の魚屋が持っている「汚い」「臭い」というイメージを払しょくしつつも、従来の魚屋が持ってる「威勢のよさ」「新鮮さ」は活かしていく。そうした繰り返しの中で、既存の魚屋を否定するのではなく、新しさも魚屋の良さも併せ持つ「サカナバッカらしさ」がシャープに分かるようになってきたそう。すると、今回作ってみたポップは洗練されているが勢いを感じないからやめよう、といったひとつひとつの判断ができるようになったと言います。
新しいブランドを生み出す場合、鋭いコンセプトを生み出せるかどうかでその成功を決める、と考えがちです。しかも、それがこれまでの価値から遠いほどインパクトがあり、新しいと考えられがちだと思います。しかし、あまりに新しすぎるとお客さんがついて来られない事にもなりかねません。「過去の輪・未来の輪」のような視点を使いながら第三者の冷静な目でも見ることで、独りよがりではない「ブランドの魅力的ならしさ」を追求する。そうすることで、何がお客様の魅力となり、逆に何が魅力とならないのかを判断でき、よりお客さんの心を掴むような商品を生み出すことができるのではないでしょうか。
>博報堂ブランドデザインについて詳しくはこちら
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