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ブランドたまご 第15回 / 老舗の「おこし」が洋菓子に!新人と中途社員の商品開発物語「マシュー&クリスピー」

2017.02.28
#ブランディング#博報堂ブランド・イノベーションデザイン
ニューヨークで人気のお菓子をヒントに生まれた「マシュー&クリスピー」。左から、あみだ池大黒の前川さん、博報堂ブランドデザインの加藤、あみだ池大黒の岡崎さん。
「ブランドたまご」とは、生まれて間もない、まさにこれから大きく羽ばたこうとしている商品ブランドのこと。中でも、伝統を活かしながら革新を起こしている魅力あふれるブランドに注目し、その担い手に博報堂ブランドデザインのメンバーが話をうかがう連載対談企画です。
第15回に登場するのは、しっとり食感がクセになる、新食感の洋菓子「マシュー&クリスピー」の開発を担当した、あみだ池大黒の岡崎一弘さんと前川由紀奈さん。200年以上続く老舗和菓子屋から、どのようにしてハッピーでキュートな新ブランドが生まれたのか、お聞きしました。聞き手は、かわいいお菓子が大好きな博報堂ブランドデザインの加藤由佳です。

洋菓子と和菓子の融合。ヒントはニューヨークにあった!?

「マシュー&クリスピー」は、大阪のお土産として有名な「岩おこし」を手掛ける「あみだ池大黒」の洋菓子ブランド。2015年に生まれました。江戸時代後期から200年以上の歴史を持つ「おこし」がベースになっているとは思えないほどのポップでカラフルなデコレーションで、若い女性を中心に人気が広がっています。

カラフルでかわいい「マシュー&クリスピー」。若い女性を中心に人気が広がっている。

加藤:マシュー&クリスピーを取り上げていた記事を読んだのですが、これが「おこし」の一種だと知ってすごく驚きました。そして、若い社員の方がこのブランドを作ったと知って、またまた驚いて…。どんな会社なんだろうと、今日はお会いするのを楽しみにしていました。
そもそも、マシュー&クリスピーを考えるきっかけは何だったのですか。

岡崎:最初は、百貨店さんからのお誘いでした。私たちの会社は、伝統的な「岩おこし」と呼ばれる和菓子を作っているのですが、それ以外にもテーマパーク向けに新しい商品を開発したり、マシュー&クリスピーの4年前には「pon pon Ja pon(ポンポンジャポン)」という一口サイズの洋菓子風「おこし」を発売したりしてきました。百貨店さんにあみだ池大黒の企画力を買って頂き、「洋菓子コーナーで何かやってみないか」とお声を頂いたのがきっかけです。

加藤:おこしと言えば和菓子なのに、洋菓子コーナーでのチャレンジだったんですね。

岡崎:実は私自身は、元々は洋菓子メーカーで20年勤めた後、数年前にあみだ池大黒に転職してきたんです。

開発を担当した前川さん(左)、岡崎さん(右)。

加藤:そうなんですね! 岡崎さんはなぜ転職を決めたんですか?

岡崎:ずっと洋菓子を作っていたんですが、日本人としてどこか洋菓子に馴染めないというか、心に染みてこないところがありました。もっと、洋菓子と和菓子の良い所を融合させて、日本人に合うような新しいものが作れたら…。そう考えていた時に、「ポンポンジャポン」を見て衝撃を受けたんです。おこしなのに、洋菓子のフレーバーで味付けするなんて面白い会社があるんだな。この会社だったら枠にとらわれずに、面白いものづくりができそうだな。そう思って転職を決めました。

加藤:じゃあ、そんな岡崎さんにとってマシュー&クリスピーの開発は念願のプロジェクトだったわけですね。

岡崎:はい。洋菓子のアイデアを色々と考えている中で、ある情報を入手したんです。それは、アメリカではマシュマロを溶かしたものでパフを繋げる「ライスクリスピートリート」というジャンルのお菓子があるらしい、と。調べてみると、ニューヨークに専門店まであって、カラフルで可愛いお菓子が売られているんです。

加藤:「ライスクリスピートリート」ですか。聞いたことはありませんが、どんなものだったんですか。

岡崎:実際に、ニューヨークに行き、ライスクリスピートリート専門店を視察してきたんです。飾り付けがとても可愛くてとても人気のお菓子なのですが、実際に試食をしてみたら、正直言って大味で余韻がなく、パサつくところが気になりました。このままでは日本では売れないけど、あみだ池大黒の技術で日本人の味覚に合わせて美味しくしていけば、新しい洋菓子が生まれるんじゃないか…。そう考えました。

加藤:とはいえ、これまで作ってきた岩おこしとは、全く別物ですよね。会社の中ではすんなり受け入れられたのですか。

岡崎:そうですね。あみだ池大黒には、おこしの職人はいますが、洋菓子のパティシエとかデコレーションを専門としているスタッフはいませんから、最初は難しいかな、と思いました。ところが、試作品を会長や社長に見せたら「おもしろい!」という評価をもらい、そこから本格的にスタートしていきました。

7か月間の苦労の日々を振り返る前川さん。

700回近いやり直しの末、悲願の「柔らかいおこし」が生まれた

加藤:マシュー&クリスピーをゼロから作っていくプロセスの中で、一番大変だったことは何ですか。

前川:私が大変だったのは、トッピングの下の土台の部分を作ることです。プロジェクト開始からお店のオープンまで約8ヶ月だったのですが、そのうち7ヶ月ぐらいは土台作りばかりしていました。

加藤:えっ。そんなに大変な仕事だったんですね。前川さんはもともと、洋菓子作りの知識があったんですか。

前川:いえ、全然ありません(笑)。私は新卒であみだ池大黒に入社したのですが、趣味でお菓子作りをしていた程度です。就職する時に、好きなお菓子作りを仕事にしたいとは思っていましたが、正直言えば、私が姫路出身だからか、大阪名物である「おこし」の存在は知りませんでした。たまたま就職合同説明会で、あみだ池大黒に出会い、面白そうな会社だなと思ったことがきっかけで、そこから知りました。

加藤:私は関東出身なので分からないのですが、関西の方にとって「おこし」とは今はどういう存在なのですか?

岡崎:お年寄り世代には大阪名物として有名ですが、若者への知名度は低くなっています。原因の一つに、若者の堅さ離れがあります。「岩おこし」というくらいなので、当社の伝統的なおこしはとても固いんです。もちろん固いお菓子が好きな方もいらっしゃいますが、若者を中心に柔らかいものを好む傾向にあります。ですので、当社としては若者にターゲットを広げること、そして柔らかいおこしを開発することは、会長、社長を筆頭に長年の悲願で、それを実現したのがこのブランドなんです。

前川:よろしければ加藤さんも、マシュー&クリスピーを召し上がってみて下さい。

加藤:ポンポンジャポンは食べたことがあるんですが、マシュー&クリスピーははじめてです。どんな柔らかさなのか、実際に食べさせて頂きたいと思います。

(マシュー&クリスピーを口に含んで)
あ、すごい! やわらかい! これは、空気がはいっているからでしょうか。

すすめられたので、早速かぶりつく加藤
予想外の柔らかさに驚きの表情を浮かべる

前川:ありがとうございます。はい、空気を含ませて柔らかくまとめているんです。

加藤:使っているパフも違いますよね。

岡崎:そうですね。「ポンポンジャポン」よりも小さいパフを使っています。

加藤:うーん、やわらかい!「ポンポンジャポン」との一番の違いは、しっとり感ですね。バリッという音も鳴りませんね。

前川:そのしっとり感を出すのが大変だったんです。特に、柔らかさを持続させるのが難しかったんです。試作品を一週間後に食べたら「えっ、こんなに固くなっている。ショック…。」そういう事をずっと続けて、ようやく理想の柔らかさが実現できるまで7ヶ月かかったんです。

加藤:土台ばかりをそんなに何度も作り直すなんて…。何回ぐらいやり直したんですか。

前川:1日5〜6回は作り直したので、単純に計算すれば、月100回、7ヶ月で700回。実際はもう少し少ないと思いますが、記録を付けた「おこしノート」が5冊目まで行きました。

加藤:そんな苦労の末に生み出したマシュー&クリスピーは、お二人にとっては子どもみたいなものですよね。7ヶ月間の中で、不安になることもあったと思うのですが。

前川:もちろん、あります。一番煮詰まった時は、ニューヨークの専門店にアルバイトとして潜入して、レシピを見てきた方が早いんじゃないか、と思ったことさえあります(笑)。

岡崎:その頃、僕はよく夢にマシュー&クリスピーが出てきていましたね(笑)。どうしたらよいか本当に悩んでいた時に、いろんなメーカーさんに相談して、ある材料を教えてもらったんです。その材料がばっちりはまって、そこからはスムーズにいくようになりました。

加藤:そして、念願の柔らかいおこしが誕生したんですね。

岡崎:はい。これは発売後の話ですが、会社の玄関に歴代のおこしが展示されているガラスのケースがあるのですが、その中にマシュー&クリスピーを飾って頂いたんです。200年の歴史の中に置いて頂いたのが、とっても嬉しかったですね。

お二人の話から、会社の自由な雰囲気が窺える

商品アイデアは誰が考えてもOK。垣根の低さがチャレンジ文化の源に

加藤:会社としてもそれだけ念願だったということですね。
ところで、マシュー&クリスピーは細部にまでこだわったデコレーションの可愛さもヒットの理由だと思うのですが、こういう手作業で細かいデザインをやることに対して、通常は会社の内部から「ラインが大変だからダメ」「コストが合わない」などのお話が出ることが多いと思うんです。なぜ御社ではアイデアが実現できたんですか。

岡崎:実は、マシュー&クリスピーのデコレーションは、これまで、あみだ池大黒の商品定番のおこしなどの包装工程を担当していた、若手の新人社員たちが行っているんです。

加藤:えっ、マシュー&クリスピーのために、全く新しい作業が生まれたんですか。

岡崎:はい。若い女性達がチームでやっているのですが、みんな器用にこなしているし、何より楽しそうなんです。手間がかかるからやめてくれという声は出ませんでした。

加藤:あみだ池大黒の社員の方は、部署に関わらず皆が新しい挑戦に対して前向きなんですね。そういう社風というか文化は、どのようにして作られるんですか?

岡崎:うちの会社の社是に、「のれんは絶えず創り直していくもの」という言葉があるんですね。のれんにあぐらをかかずに日々進化していこうという精神が根付いているので、チャレンジしようとしている人に対してみんな協力的です。

前川:社内の様々な人が、ふと開発室に来て、「地方のおみやげで、こんな新しいの見つけたよ」と言ってサンプルとして持ってきてくれたりします。みんな、新しいものに興味があるんですね。
あと、入社間もない若手でも、「面白いものが出来たから見て下さい」って直接社長に話せる機会もたくさんあります。

加藤:部門や役職の垣根が本当に低くて、フラットなんですね。
では、最後にお聞きしたいのですが、お二人は今回おこしの世界を変えていこうと新しいブランドを生みだしたわけですが、一方で伝統的なおこしについてはどうお考えですか? やっぱり残したいのか、それとも…。

岡崎:私は、まずはマシュー&クリスピーが日本のお菓子として定着してほしいという想いが一番ですね。今回の開発も、原点としては「新しい大阪名物を作りたい」という想いからスタートしています。色々とあって神戸からのスタートになりましたが、マシュー&クリスピーを関西を代表する名物にしたいというのが私の想いです。

加藤:新しい名物を作る、という想いがあったんですね。

岡崎:はい。もちろんマシュー&クリスピーをきっかけに、既に大阪名物になっている岩おこしを若い人に知って欲しいという気持ちもあります。マシュー&クリスピーの基礎にもなった岩おこしから繋がる伝統的な技法は守り続けたいです。
ただし、いくら伝統の技術を使っていたとしても、お菓子なので美味しくないと意味がありません。現代の嗜好に合わせて常に変えていって、お客様がよくよく調べたらおこしの会社だったのね、となるのが理想です。

前川:私も岡崎さんと近い想いを持っています。おこしが培ってきたお米とお米を繋げる技術を使って新商品を開発していきたいと思う一方で、伝統から全く離れて「おこしの会社なのにこんなものもできるんだ!」と思われるような商品も出していきたいですね。
そのためには、おこしを知らなかった学生時代の自分に戻れるように、世の中の流行っているものにアンテナを張り巡らせて、いつでもおこしの世界から一歩出られるようにしたいです。

加藤:色々とお話しをお聞きして、おこしの可能性を感じました。今日はありがとうございました。

取材終了後、百貨店のマシュー&クリスピーの店舗にてお土産を購入
笑顔が素敵なスタッフの皆さん

■ご参考■
マシュー&クリスピー http://www.maandch.com/

ブラたまEYE ~編集後記~

博報堂ブランドデザインでは、これからのブランドには「志」「属」「形」の3要素が不可欠だと考えています。「志」はその社会的な意義、「形」はその独自の個性、“らしさ”、「属」はそれを応援、支持するコミュニティを指しています。(詳しくはこちらをご覧ください)
今回は「形」の視点で、「マシュー&クリスピー」から読み取れるこれからのブランド作りのヒントを考えてみたいと思います。


【形】後世まで残る丈夫な“土台”を創ることが出来ているか
NYでは一般的な「ライスクリスピートリート」からインスピレーションを受け、“おこし”とは思えない柔らかな食感と、目を惹く色鮮やかなデコレーションを融合させたマシュー&クリスピー。
私は取材前、200年の伝統ある“おこし”から、この新しいジャンルのお菓子にたどり着くまでが、最も大変だったのではないかと想像していました。
しかし実際、お二人の熱量は「どうやったら後世にも残っていく、“柔らかいおこし”ができるか」に注がれていたことに、私はハッとさせられました。
前川さんは、“おこしの土台”を7ヶ月で700回作り直し、ノートが5冊を超えるまでの地道な研究をしていました。また岡崎さんは、「おこしを単に洋風にすれば良いってわけじゃないんですよね。これからの日本で定番化する味、食感にするにはどうすればよいのだろうか?」と一過性に終わらせない、細部へのこだわりと向き合っていました。
入社前はおこしに特別な想い入れがなかったお二人が、なぜここまで熱量を持ってこだわり抜けたのか。それは単なる新商品開発ではなく、“後世につなぐ次のおこし”という「これからの伝統となる“土台”を創っている」という意識がどこかであったからではないでしょうか。「会社の歴代代表商品を飾るショーケースに、マシュー&クリスピーが入り、200年の歴史に仲間入りできたことがとても嬉しかった。」お二人の安堵と達成感あふれる笑顔を見た時、ふとそんなことを感じました。
「10年、100年たっても変わらず残る“土台”を創ることが出来ているか。」この問いに答えられるか否かで、ブランドの寿命は、もしかしたら測れてしまうのかもしれません。この取材を通し、そんな視点をお二人の姿勢から教えていただきました。

>>博報堂ブランドデザインについて詳しくはこちら

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