WEB・雑誌の編集者、TV・ラジオのプロデューサー・ディレクター等のメディア・キーパーソンと連携し、ニュース性の高いコンテンツを開発するプロジェクトチーム「tide(タイド)」。tideチームリーダーの川下和彦が、時のメディア・キーパーソンの方々と「潮流のつくり方」を語るシリーズです。
第4回のゲストは日本を代表する建築家の隈研吾さん。話題の新国立競技場設計・建築の裏側やチームづくりの秘訣などについてうかがいました。
川下:本日はお忙しいところありがとうございます。私たちが取り組んでいる「tide」というプロジェクトは「潮流」という意味ですが、逆から読むと「edit(編集する)」になり、時代の潮流はすぐれた編集によって生まれると考えて活動しています。
申し上げるまでもないですが、隈先生は現在2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、メイン会場となる新国立競技場建設の陣頭指揮を執られている最中です。一度決定した案が白紙撤回されるなど、異例の事態を経ての大役を担われることになったわけですが、隈先生は今どのようなことを考えて現場に立たれているのでしょうか。
隈:建築というのは、実現することに意味があります。そこには、お金を出す人、使う人、あるいは規制する人といったように、利害が対立する人たちが大勢かかわってくる。そうした人たちの集まりで動いているんです。対立を激しくしようと思えばいくらでも煽ることはできますが、そうするといつまでたっても建築は実現しません。ですから必要なのは、利害関係が対立する人たちの間でいかにミーティングポイント、つまり合意点をつくっていくかなんです。それこそが建築を実現させるための唯一の道とも言える。建築家の仕事って、そのミーティングポイントを探ることなんですよ。
川下:一般的に建築家というと、いわゆる「エラい先生」がご自身のつくりたい建築物を主張される様子をイメージしてしまいがちですが、隈先生はそれとは随分異なる印象です。
隈:建築家がそれをやってしまうと収拾する人がいなくなってしまいますから(笑)。確かに日本の建築家というのは、特に1970年代から2000年くらいまでの間、いかに強烈なアイデアを出すかということが求められていました。その結果、本来調整役であるべき人がアーティストになってしまっていたのです。でももう一度、建築家は調整役としての立場に立ちかえるべきなんじゃないかと思うんですよね。それに、ありとあらゆる制約の中からミーティングポイントを紡ぎ出すという意味では、実は調整役は最大のクリエイターと言えると思いますよ。
川下:なるほど、確かにそうかもしれないですね。では、新国立競技場のプロジェクトの場合、具体的にどのような制約があるのでしょうか。
隈:それはね、山ほどありますよ(笑)。一つ挙げるとすれば、コストとスケジュールが尋常じゃないほど厳しいということ。それを守るために工事部隊はもう必死になっているわけです。僕の役割は、そこで「状況は厳しいけれども、コストとスケジュールを守りながら質のいいものをつくっていこう」と言い続けること。でもそれを頭ごなしに叫ぶだけでは、遅かれ早かれ破たんしてしまいます。チーム全体が、厳しい条件下でも大きな目標を達成するための努力をしたいと思ってもらえるように、相手への伝え方などには気を使っています。
川下:隈先生が参加されることになったやり直しコンペは、これまでにない短期決戦で挑まれることになったと伺いましたが、そのような中でどのようにチームをまとめていかれたのでしょうか。
隈:そうですね。コンペでは2カ月の間に積算(工事費見積もりの算出)も含めた案を出さなくてはなりませんでした。通常は積算だけで2カ月かかるんですが、その間に設計も終えなければいけなかった。結果的に設計屋のチームも工事のチームも積算するチームも、パラレルで並走しながら進めていきました。そんな状況だったので、ある意味互いを信頼して団結しなければクリアできなかった。厳しい状況だったからこそかえって結束が生まれのではないかと思います。
川下:多勢の意見の違う人たちをまとめることは相当大変なことだと察します。そこからさらに視野を広げると、新国立競技場の設立をめぐっては無数の関係者がいらして、対立意見のオンパレードになっているのではないでしょうか。そこに「調整役」として隈先生が立たれることになったのは、神様のきまぐれというか、必然だったような気もします。
隈:僕自身、まさかこんな展開になるとは夢にも思っていませんでした。ただ、たまたまここ外苑前に僕の事務所があり、国立競技場は目と鼻の先ですから、身近な地域の話として注視はしていました。結果的に僕みたいな小さなアトリエをベースに設計を行っている人間に大きなゼネコンの方が声をかけてくださって、この巨大プロジェクトにかかわることとなった。どうせだったら、楽しんでやるしかないなと思いました。仕事を楽しむということは、仕事がちゃんと実現するようにスムーズに持っていくことが大前提となります。これはプロジェクトの大小に関係ありません。参加している人がみんな幸せに最後まで仕事ができるようにするというのが、建築家の職務なんです。
川下:仕事をしていて隈先生が一番楽しいと感じるのはどのようなときですか?
隈:僕にとって最高に楽しい時間はミーティングです。一人で考えるとなると、「僕が描いた線でこれが決まっちゃうのか」などと考えて結構なプレッシャーになるものですが、建築を個人競技ではなく、チームで動かす団体競技だと考えれば、ミーティングが急に楽しくなるんですよ(笑)。
川下:そうなんですね。建築家の方って、一人でアイデアをひねり出すようなイメージがあったのですごく意外です。建築業界でミーティングを重視するようなやり方は珍しいのではないでしょうか?
隈:そうですね、日本では珍しいかもしれません。でも今、世界で元気のいい建築事務所を見てみると、どこも割と似たようなやり方をしていますよ。一人のボスが引っ張っていくというよりは、みんなで意見を出し合って、それをボスがうまい形でまとめていくというやり方です。そういう意味では、建築家としての定義は随分変わっているような気がしますね。
川下:ご著書を拝読しましたが、隈先生はミーティングではオノマトペを多用されるとか。理詰めで進めていくというよりは、肌感覚や手触りといったところを大切にされているのでしょうか。
隈:そうですね。理詰めでやっているとどうしても理屈っぽい人間の意見が通ってしまいますから。たとえば僕らのチームには外国籍のメンバーもたくさんいるので英語でミーティングを行うことが多いんですが、そうすると英語圏の人間は論理立ててバシッと意見を言えてしまうので、どうしてもその人の意見が通りやすくなる。でもそれだとちょっとつまらないなと思うんです。ロジックよりも、空間のことがよくわかっている人間の意見もちゃんと通るようにしたいので、ミーティングもあまりロジカルにならないようにしています。
川下:具体的にはどのようにミーティングを進められるのでしょうか?
隈:皆で模型を見ながら、「これは取ろうよ」「これはこうした方がよくないか」という感じで自由にどんどん意見を言い合います。ロジックではなくて、空間感覚みたいなものが支配する、言わば“模型中心会議”です。人数は最大で6、7人くらい。それくらいの規模で、模型の実物を見ながらだと、新人でも硬くならずに気楽に意見を言えるような雰囲気ができるんですよね。
川下:なるほど。そうやってディスカッションしていく中で、たくさんのアイデアが結合するというか、「これいいかも」という解に収束していくわけですね。
隈:そうですね、面白いことに、ひとりで悶々と考えていてもなかなかひらめかないけど、皆で好き勝手にいろんなことを発言していると、その中から不思議とひらめきが生まれます。そこで何かひっかかりが見つかれば、今度は「この方向はすごく面白いから、この先をちょっとみんなで考えてこようか」と言って、次のミーティングにつなげていきます。この過程がすごく楽しいんです。
川下:本当に楽しそうですね(笑)。新人でもどんどん自由に発言できるような雰囲気づくりから重視されているんですね。時間は問わず、やるときはずっと、という感じですか?
隈:いえいえ、とんでもない。会議を長くやるとみんな疲れちゃうので、長くはやりません。せいぜい10分です。
川下:えっ、10分ですか(笑)!
隈:3~4分でもいいくらいですよ(笑)。ぱっと集まって、だだっと模型を見て、「これいいね」「こうするとどうかな」「これでいこう」という感じで。別に緊張感はなくて、リラックスした雰囲気です。
基本的に長い会議はダメだと思うんです。「建築とはそもそも云々……」などと説教じみたことを言う人が出てきたりして(笑)、その人が自慢するだけの時間になってしまいがちでしょう。会議のための会議になってしまいますよね。そうではなくて、ここでは、どれだけ面白い解を出せるか、いい結果を出せるか、という意識を皆が持ってやっている。だからたとえ数分間の会議でも非常に生産的にできるし、ちゃんと結果に繋がるんだと思います。
川下:それはかなり意外でした。面白いですね。
川下:建築以外のものをつくってみたいというお気持ちはありますか?
隈:ありますよ。同じことを繰り返しやっているとどうしても飽きてしまうので、自分で自分を飽きさせないためにも、絶えず違うことをやっていたいなと思っています。未知の世界に踏み込んでいけるから、わくわくするんですよね。たとえばいまは「布」の使い方、可能性に興味があります。建築ってすごく固いものだから、何かやわらかいものをつくりたいと思ったんですよね。カーテンやじゅうたんといったものに、すでに挑戦しています。
川下:建築物ではないものをつくるとなると、その場合は普段と異なる人を集めてチームをつくられるのでしょうか?
隈:製品ごとに違いますね。うちの事務所内に、アムステルダムでファブリックの修行をしてきた子がいるので、布を扱うときは参加してもらいます。その子もそうですが、ここで働いているスタッフは、別に建築を専門的に勉強してきた人ばかりというわけではないんですよね。
僕は必ず全員の面接をするんですが、チームの多様性を担保するためにも、採用するときは、なるべく気取ってなくて面白い経歴を持っている人を選んでいます。「この人がチームに加わって、一緒に仕事をすると楽しそうだな」と思えるかどうかがすべて。国も文化も、勉強してきたことも異なる、さまざまなバックグラウンドを持った人間が集まっているから、お互い刺激しあいながらやっていけているんだと思います。
川下:先生の話をうかがっていると、チームづくりにおいてもそうですが、縦割りの専門性に閉じるのではなく、境界をとっぱらうことを大切にされているように感じます。でも、これは今の建築業界では異質ではないでしょうか。
隈:そうですね。僕自身、最初は建築は自由な世界だと思って入ってきたわけだけど、実際には「業界内」にいろんなしがらみがあるわけで。正直、息苦しさを感じながら仕事をしていた時期がありました。でも2000年くらいから少しずつ海外での仕事が増えてきて、専門性に閉じない世界の仕事のやり方に接することで、また急に建築をやっていくことの面白さを感じられるようになってきました。
川下:前回、映画プロデューサーで作家の川村元気さんにお話をうかがった際、ヒットの打率が高い方は、圧倒的にインプット量が多いという印象を受けました。川村さんの場合は、映画や小説という大量のエンタメコンテンツに接されているように思いましたが、隈先生もインプットを大切にされているのでしょうか。もしそうだとすると、具体的にどのようなところからインプットを得られているのでしょうか。
隈:僕の場合は「人」です。海外に行くととにかくいろんな人に会うし、会うだけではなくて食事も共にする。たとえばクライアントと会うときは、情報のインプットの場であると同時にこっちが試される場でもある。「こいつは意外と教養あるな」とか「いろんなものを観ているな」と思ってもらって初めて、「じゃあ、こいつに頼んでもいいか」と信頼してもらうことになる。そういうコミュニケーション、信頼づくりから、建築が生まれていくんです。何か情報を得るにしても、ネットで探すのではなくて、この人はこう言っていた、あの人はああ言っていた……というように、意見を信頼できる人をどれだけ見つけられるかが大切だと思います。
川下:先生にとってのインプットは、生身の人というわけですね。
隈:業界を問わず、いろんな人と会う中で波長が合うなと感じられる相手がいれば、また酒を飲んだり、電話で話してみたりする。人の見方はそれぞれ違うわけだから、人の数だけ世界も違って見えます。いろんな人経由で、いろんな世界を見ていくことを続けていると、あるとき突然「そうか、あれはこういうことだったのか」という気づきが得られたりするんです。何かこちらの心に響いてくるものを持っている人と出会うことは、本当に面白いし、すごく重要。僕にとってのインプットはそういうことですね。
川下:隈先生は、建築で大切なのは社会の無数の矛盾を受け入れて、インテグレーション(統合)することであるとおっしゃられていますが、それは広い意味で「編集」とも言えるのではないでしょうか。
隈:そうですね。そのためには、ある情報やものを、離れた所から切り張りしてまとめる、ということではなくて、やはり自分が裸になって、身をさらしていかなくてはならないと思います。一度裸になった状態で、いろんな情報を自分に中に取り込んでいるような人が面白いと思うんです。新国立競技場だって、いざ人目にさらされれば「カッコいい」とか「カッコ悪い」とか、いろいろ言われるわけで(苦笑)。それでも頭のなかだけで整理しようとするのではなく、身をもってやってみる、そして、その時々でいいものを出していけるように日々努力するしかない。そういうことがこれからは重要かなと思います。
川下:ネットで検索できる情報をつぎはぎするだけではなく、実際に体を使って生の情報を自分の中に取り込んでいくことが大切なのですね。
大変刺激的なお話をたくさんうかがうことができました。
本日はお忙しいところありがとうございました!
1954年神奈川県生まれ。東京大学院工学部建築学科修了。1990年隈研吾建築都市設計事務所設立。1994年コロンビア大学大学院建築・都市計画学科講師 (ニューヨーク、アメリカ)。慶応義塾大学理工学部教授、イリノイ大学客員教授 (シカゴ、アメリカ)などを経て現在東京大学教授。代表的な仕事に「亀老山展望台」「石の美術館」「竹の家」(中国)「サントリー美術館」「KITTE」など。『10宅論』(ちくま文庫)、『負ける建築』(岩波書店)、『自然な建築』(岩波新書)、『建築家、走る』(新潮文庫)など著書多数。
PRディレクター /tideプロデューサー
2000年博報堂に入社。マーケティング部門を経て、PR部門にてジャンルを超えた企画と実施を担当。自動車、食品・飲料、IT、トイレタリーなど、幅広い領域で大手クライアント業務を手掛ける。「tide(タイド)」を発足後、積極的に社外のコンテンツホルダーと連携し、幅広いネットワークを持つ。著書に『勤トレ 勤力を鍛えるトレーニング』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)等がある。