今年で64回目となるカンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル2017が、6月17日~24日までフランスのカンヌで開催されました。博報堂グループは2013年から連続してセミナーを実施しています。カンヌでは定番となりつつあるセミナー、今年のテーマは、“Appetite Creativity” (食欲をそそるクリエイティビティ)という、なんとも美味しそうな講演は、人が食欲をそそる動機づけになぞらえ、人を振り向かせるクリエイティビティのあり方について、3名のスピーカーが軽快な掛け合いで説き聴衆を沸かせました。
セミナーのサマリーをご紹介します。
日時:2017年6月18日12:00-12:45
テーマ:Appetite Creativity (食欲をそそるクリエイティビティ)
講演者:
皆川 治子 (博報堂 グローバルMD推進局/博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所)
細田 高広 (TBWA\HAKUHODO)
橋田 和明 (博報堂ケトル)
日本人が1日に受け取る広告メッセージや企業からの情報は3,000から4,000と言われ、そのうちの98%以上が無視されているというデータがあります。ブランドのメッセージを送る行為は、大量の情報で“満腹状態”の生活者に対して、別の“お皿”を食べさせようとするようなものです。だとしたら私たちは、クリエイティビティで、生活者の“食欲(Appetite)”をそそる工夫が必要です。ブランドのことをもっと知りたい、そのサービスを体験してみたい、そのプロダクトを所有してみたい、という生活者の欲望をていねいに引き出すことが求められています。
広告の技術が進化を続けるいまの時代、私たちは完璧な情報提供を目指してしまいがち。ところが完璧な情報は、生活者が想像したり興味を持つきっかけを奪ってしまっているかもしれないのです。完璧な情報による広告が実は完璧ではなくて、“不完全さ”こそが魅力になったりします。そのヒントは、“Imperfection creates the perfect appetite(不完全さが完璧な食欲をつくる)”といフレーズにあるかもしれません。
いまの時代に広告業界がどうやって生活者の“食欲”をつくれるのか、そのヒントをご紹介します。
パン屋やうなぎ屋の店先での香ばしい匂い、焼肉屋や中華料理屋で焼く音など、私たちが「シズル(Sizzle)」と呼ぶものには、食欲を掻き立てるチカラがあります。食べることは、五感を駆使した総合的な体験。そのうちの嗅覚や聴覚だけで感じることによって、五感全部で体験したくなります。
たとえば製品の技術を説明するのに、製品のデモをするだけだと、その技術の魅力は伝わりにくい。その技術の、いちばん人を魅了する強いポイントに絞って体験化してみる。その限られた不完全な体験は、完璧な体験を求める気持ちを刺激するはずです。制限された体験が理解を促進させることに繋がります。
美味しそうな匂いや音につられてお店に入ったら、メニューを眺めますね。高級なレストランでは、文字だけのメニューが多く、そこに並ぶ料理の名前にも、想像力を掻き立てる工夫が凝らされています。
不完全な情報は、人の想像を促します。いま、広告の手口は、言葉と写真だけじゃない。すごく進んだCGがあり、4K、が当たり前になり、VRがあり、4Dシアターのような五感で体験する装置があります。だけど、どんな映像技術も、人間の脳には勝てません。脳内シアターの力を信じてみましょう。ついついVRで…と言いたくなるときにこそ、いちど立ち止まって考えてみましょう。情報を制限するとイマジネーションが生まれます。
多くのレストランが、ダウンライトや店内のレイアウトによって、外からのノイズをできる限り排除しようと工夫を凝らしています。食事と会話だけに集中できる環境をつくりあげることで、感覚を研ぎ澄ませるよう促しているのです。
情報過多の時代には、まず、ブランドのメッセージに耳を傾けてもらえる環境をつくる必要があります。すべてのノイズをシャットアウトして、ブランドの声だけが聞こえる環境をつくる。受け手にとっては、不完全で不便な環境を、あえてつくってみる。だけど、そこに魅力的なコンテンツを用意することとセットなら、喜んで飛び込んでくれるはずです。感覚を制限すると没入感が生まれます。
料理の中身と順番がわかる「コース料理」ではなく「おまかせ」は、次は何が出てくるんだろう?という好奇心をくすぐります。「おまかせ」を提供するシェフは、お客さんのことをよく知ったうえで、あえてメニューの文脈を壊すのです。
アドテクノロジーで、完璧なターゲティングができるようになり、完璧なコンテキストで受け手にメッセージを届けられるようになり、ひとりひとりに最適化されたコンテンツで世の中は溢れているからこそ、広告の文脈をあえて壊すことで、コンテンツが逆に力を持ち、好奇心が生まれます。
高級レストランの料理に比べて家庭料理は、使っている素材も、調理器具も、お皿もかなわないけれど、毎日でも食べ飽きない、愛してやまない究極の味。レストランに比べたら、正に不完全。でも私たちが本当に好きなものって、そもそも不完全なものでは? つまり、みんな完璧な理想なんか求めてなく、等身大の「不完全」を愛しています。それは、まさにいま、広告の世界で起きていることです。かつて広告は究極の理想を見せるものでしたが、いまは逆に、人間の不完全さを祝福しようという流れがあります。理想を制限したら、共感が生まれるのです。
広告テクノロジーの進化は、我々に「完璧さ」を求めています。ですが、欲望を掻き立てるクリエイティビティは、不完全さから始まるのではないでしょうか?
不完全な、説明できない、ミステリアスな何かを大切にしましょう。何か引き込まれる、の「何か」に向き合ってみましょう。そこにきっと未来のクリエイティビティのヒントがあるはずです!
マスメディアからニューメディアにわたり、KPI開発、PDCA管理まで広くマネジメント。コミュニケーション全体を俯瞰する。直近ではデータによるコンテンツの配信分け、コンテンツとオーディエンスのマッチング分析、オーディエンスのナーチャリングモデル開発に携わる。マスメディア、デジタルメディア双方に通じるジェネラリストであり、テクノロジーにも精通。カンヌライオンズ2015年クリエイティブデータ部門審査員、アドテック、カンヌ、I-COM等グローバルスピーカー。
2005年に博報堂入社。ロサンゼルスの広告会社TBWA\CHIAT\DAYへの出向を経て、2011年からTBWA\HAKUHODOに所属。主にグローバルブランドを担当し、2012年から5年連続でカンヌライオンズを受賞しているほか、国内外で多数の受賞歴がある。2015年には「North Asia Creator of the Year」に選出。2016年にはカンヌライオンズで審査員を務めた。著書に『未来は言葉でつくられる』(ダイヤモンド社)がある。
2002年に博報堂に入社し、マーケティングプラナーとアカウントプランニングを経験したあと、博報堂ケトルに出向し、PRの世界に飛び込む。現在は、PRを中心とした統合キャンペーンを得意とするクリエイティブディレクター。
Yahoo! JAPAN「HANDS ON SEARCH」ではカンヌライオンズPR LIONSのシルバーを受賞。他、12のカンヌライオンズ、4つのアドフェスト・グランプリ、D&AD イエローペンシル、One Show ゴールド、New York ADC ゴールド、New York Festivals ゴールド、東京ADCなどの受賞歴をもつ。
カンヌライオンズ2017アーカイブ
【カンヌライオンズ Vol.2】博報堂DYグループ審査員5名に聞く、受賞の傾向
【カンヌライオンズ Vol.1】博報堂DYグループから5名が審査員に決定。