6回目に登場するのは、博報堂国内専門事業統括局付であり、瀬戸内海地域の観光地経営組織「せとうちDMO」の立ち上げメンバーでもある木村洋。10月に愛媛県内子町にオープンさせたばかりの古民家宿泊施設 Setouchi Cominca Stays「織-ORI-」(おり)の建設においてこだわったこと、今後の計画、そして広告会社が地域でできることなどについて聞きました。
僕が現在の所属である国内専門事業統括局に異動したのが2015年。そして2016年の4月から、ここ広島を拠点に仕事をしています。実はそれまでの18年間、外資系のITクライアントを中心に長らく営業をやっていたのですが、会社人生も残り10年を切ったあたりで「いままでとはまったく違うことをやりたい」という衝動に駆られるようになりまして(笑)。知人から地方業務の話をあれこれ聞いて面白そうだなと感じていたこともあり、一念発起して国内専門事業統括局のビジネスプロデューサーという形で1年間博報堂グループの地域会社をサポートする仕事をしました。そしてちょうどそのころ、瀬戸内7県が連携した「せとうち観光推進機構」通称せとうちDMOが発足することになります。観光庁が主唱してできた地方創生のための観光振興組織で、メンバーは各県や地銀、そして僕のような民間事業者が20社ほど。基本的な考え方に「観光業を主要な成長産業と位置づけ、インバウンドをターゲットにして観光振興を図る」とあり、主に海外マーケットへの観光プロモーションを行う「観光推進機構」と、100億円のファンドを運用しながら観光事業者へ事業支援を行う「瀬戸内ブランドコーポレーション」という組織に分かれて活動しています。私は後者に所属することになったのですが、ファンド運用などの資金調達に関しては素人ですから、それとは別にこの組織の収益化を図って持続可能な開発ができるようにする自主事業を自分のマーケティングナレッジを活かし、ゼロから考えました。ちなみに僕自身は東京の人間で、地方での生活経験もありません。ご縁をいただいたものの、この地域や観光についても、投資についても右も左もわからないような状態からすべてがスタートしたような状態でした。いろいろ模索し、ようやくたどり着いたのが、この「せとうち古街計画」です。
「せとうち古街計画」とは、瀬戸内7県に数多くある空き家古民家や古い街並みを観光資源として活用し、エリア全体をリノベーションするという計画です。もともと僕自身が古い旅館に泊まる旅が好きだったということもありますが、何かビジネスの種はないかと休みの日にバイクに乗ってあちこち周ったところ、とても魅力的な古民家が数多くあった。これらを宿としてリノベーションしたら、貴重な古民家を維持保存しながら外国人向けのビジネスをおこせると思ったのです。さまざまな調査結果を見ても、欧米系外国人やアジアの親日国の旅行者の間では、日本の古い街並みや日本らしい宿に泊まるニーズは非常に高いこともわかっています。
当時はまだ簡単な企画書があった程度でしたが、せとうちDMOの構成メンバーでもある伊予銀行を通じて、愛媛県内子町で一棟貸しの宿をやりたいと考えている方を紹介していただけたのを皮切りに、あれよあれよという間に計画は動き始めました。まだ実績はなかったにもかかわらず、せとうちDMOという新しい組織がユニークな取り組みを行っているということでメディアの取材も受けることになり、そうするとそれを見たまったく別の行政の方から相談がくるといった形で連鎖反応がおこり、本当に思いもよらない大きな反響がありました。なぜここまで注目を集めることになったかというと、やはり「古街計画」そのものがソーシャルビジネスとして、地域の課題と向き合うという前提につくれたということが大きいと思います。人口減少、それに伴う空き家対策、なかでも歴史的建造物の保存、それから雇用創出や定住促進、あるいはUIターン就業促進にもつながる可能性があるからです。
愛媛県内子町のプロジェクトでは、2016年の6月に計画が始動し、すぐに物件が決まって、大きなコンセプトが固まったのが年末ごろ。ファンド、補助金を駆使して資金調達をかけ2017年5月ころから実際の工事が始まり、この10月、古民家宿泊施設 Setouchi Cominca Stays「織-ORI-」(おり)として完成しました。古街計画全体で大事にしている考え方として、瀬戸内出身でもある民俗学者の宮本常一氏が言った「古民家はその土地から生えている」という言葉があり、どんな宿をつくるにしても必ずその土地のエッセンスを大切にし、土地へのリスペクトを表すことにこだわっています。また、外国人が無理なく楽しめるようなしつらいにすることも重要。たとえ「畳の部屋で過ごしてみたい」という声があったとしても、実際に外国人が畳に布団で寝てみると腰を痛めるということもある。僕らだってそうですが、風呂だってトイレだって、やっぱり古いだけだと快適には過ごせません。ですから内子の宿では、内子和紙を内装に使ったり、土間のたたきに内子産の石を使ったりと「土地に生えた家」らしさを追求しながら、近代的にリフォームし床暖房も完備させるなど、快適に過ごしてもらうための最新の設備も両立させています。
ひとつ事例ができると、次はプロモーションのステージに入ります。ここからはレガシーな販促集客という博報堂として手慣れた領域になります。僕らが古街計画を進めている地域というのは外国人旅行者が知らない小さな街ばかりで、そこに集客をしなければならない。カギとなるのが、彼ら旅行者がよく使う「off the beaten path(踏みならされていない道)」という言葉。つまり、京都は素晴らしいけれども、何度も行ったし、人も溢れている。他にオーセンティックな日本を見られる場所はないだろうか……というのが、いまのインバウンドのニーズなのです。僕らが価値提供できるのはそこだと思っていて、これから適切なチャネルを通じてプロモーションしていけば、「off the beaten path」を求める人たちがやって来るはず。まさにマーケティングの知見が求められていくフェーズとなると考えています。
具体的な動きとしては、エクスペディアというグローバルOTA最大手のグループ子会社であるバケーションレンタル会社のHomeAway(ホームアウェイ)と戦略提携を結んだところですし、フォロワーが何十万人もいるような海外パワーブロガーを招聘しブログやSNSで情報発信してもらうインフルエンサーマーケティングを行っていて、早速反応も出てきています。
内子以外では、すでに瀬戸内各県の30カ所くらいから引き合いが来ています。また岡山県津山市では城下の古い街並みを再活性化させるという4カ年計画のプロジェクトの基本計画策定を進めていて、来期以降に実践フェーズに入る予定です。
KPIとして掲げている数字が、このエリアに5年間で100棟の古民家活用事例をつくるということ。たとえば1エリアに5棟ずつくらいの場所をつくることができれば、そこを周遊するようなモデルルートもできる。インバウンドに効率よくプロモーションし、エリア全体のイメージが良くなることで口コミが広がれば、瀬戸内をデスティネーションとしてブランド化していくことができる……そういった、いわば川上から川下までを完璧にモデル化した事例を、いままさにつくろうとしているわけです。ある意味DMOの理想形であり、これを軌道に乗せるということが僕自身の設計、ライフワークといえるものにもなりつつあります。
僕自身、地方に来て改めて気付いたことが、地方のビジネスにはマーケティング、そしてブランディングが決定的に欠けているということです。素材はあるのに、どうしていいかわからない、あるいはブランディングできる人が誰もいないという状態です。広告会社に対しても「TVCMをつくる会社」くらいのイメージしかないので、僕らに対しても最初はかなり怪訝な顔をされてしまう。でも実際に現場で課題を抱えている行政や、何とかして町おこしをしたいと考えている地元の方に対して、僕ら博報堂の知見やスキルで答えてあげられることは本当にたくさんあると思っています。
ONESTORYやwondertrunkなど、ローカルbizを志向している博報堂DYグループの組織とはすでに連携しながら新しいチャンレンジを始めています。博報堂という企業はこれまで、基本的にBtoBの受注型ビジネスをメインとしてきました。でもこれから、特に地方に関しては自分たちがリスクをとり、ナレッジを活用して事業に踏み出していくということも、新しいビジネスのあり方として必要なのではないかと考えています。
とはいえ、いまはとにかく、僕のマーケッターとしての知見が地域のあらゆる課題の解決に活かせる立場にいる、ということが面白くて仕方がない(笑)。将来的にそれらが実を結んだとき、地方創生における博報堂の真価が認められるのかもしれませんが、いまはただ、目の前の仕事に全力を尽くしたいと思っています。
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