ドライブを楽しむために、ペダルワークの快適さ等を実現するドライビングシューズ。ネグローニは、日本では珍しい、国産ドライビングシューズのブランドです。運転時の性能に加え、歩行もしやすく「普段でも履ける」センスの良いデザインが人気の秘訣で、業界関係者の枠を超え、世界中にファンが存在しています。中でも、全国の有名百貨店で開催されるパターンオーダー会には多くの人が来場されており、オーダー件数だけで毎回100件を超える等、圧倒的な人気を誇っています。
鷹野:宮部さんお久しぶりです。セミオーダーのシューズをここで作ったのは、もう1年前になりますね。
宮部:そうですね。その節はありがとうございました。
鷹野:こんなカタチでインタビューさせてもらえる日が来るとは、とても感慨深いです。さっそくですが、まず御社について教えてください。
宮部:48年前に祖父がマルミツという製靴会社を創業しました。私は三代目になります。二代目の父は、靴の構造から工場のあり方、ビジネスモデルなど先進的なことを考えるのが好きで、いきついた答のひとつがOEMをベースにした事業運営でした。一方で靴デザイナーとしても活躍していて、自分自身でデザインした靴も製造していました。ちょうどバブルのころで、本当に多くの靴をつくり多くの靴を納めていましたね。バブル崩壊後は、靴を納めていた問屋が次々となくなっていきましたが、素早い状況判断で業態転換をしたことが幸いして、生き残ることができました。そうした動きの中で、父が2000年にネグローニを興したわけです。
鷹野:なるほど。ネグローニとはどんな意味なのですか?
宮部:当時父がブランドの構想をバーで練っていた際に、よく飲んでいたカクテルが『ネグローニ』だったんです。イタリアのカミロ・コンテ・ネグローニ伯爵が考案したカクテルですね。彼は趣味人として知られ、同じく多趣味であった父も自分自身と重ね合わせていたようです。
鷹野:ドライビングシューズというカテゴリーはなかなか珍しいですね。
宮部:クルマ、オーディオ、クレー射撃など、父はとても多趣味なひとでした。その中からクルマと靴が融合し、趣味の延長としてドライビングシューズ「ネグローニ」はまずスタートしたんです。
デザイナーでもあった父は、ディテールが大切なレディース靴のデザインが本当に得意でした。特に素材への思い入れもめっぽう強く、原皮には相当こだわっていました。そこは私もまったく同じなので、やはり親子だなと思います。「いい素材を使うのは当たり前だよね」というのが父と共通した信念であり、ブランドの原点・絶対的な武器ともいえる。素材へのこだわり、細部へのこだわりを失うことは、ちょっと耐えられないですね。
鷹野:宮部さんは、いつからネグローニに参加されたのですか?
宮部:今から8年ほど前ですね。私はもともとグラフィックデザインや雑誌の編集の仕事をしていました。父と一緒に仕事をしたのは4年ほどです。父が他界し、会社を引き継ぐことになりました。そこでまず行ったのが大きなビジネスの方向転換です。具体的には、父が進めてきたOEMからの完全な脱却でした。
鷹野:それはすごい決断でしたね。
宮部:当時OEM先の倉庫に行く機会があり、そこでとてつもない量の不良在庫を間のあたりにしたんです。正直愕然とし、OEMに依存する商習慣・ビジネスの構造に大きなリスクを感じました。顧客の顔が私たちからは全くみえていなかったんですね。
常に私はものごとをロジカルに考えます。情報だったり、世の中の流れだったりを見て、合理的に考えて、そこから今後OEMビジネスは続かないと判断したわけです。現にその後OEM先はそのブランドを終了しました。
鷹野:ギリギリの判断でもあったわけですね。
宮部:ええ。一番のターニングポイントでしたね。ただ恐怖感というのは、実はあまりありませんでした。半年あれば何とかなると思っていましたから。ある意味退路を絶って、顧客の顔がわからない、納品して終わりのB to Bビジネスから顧客と直接やりとりできるB to Cビジネスへの転換をどう図っていくかということに、楽しみながら邁進していましたね。
鷹野:そこから、後のネグローニ・ドライビングシューズ宣言につながるのですね。
宮部:父が始めるまでドライビングシューズというカテゴリーは、日本にはほぼありませんでした。ネグローニブランドを展開していく上で、ドライビングシューズにこだわっていく、ここはとても大切にしたい。他の靴をつくるのはルール違反とさえ思っていたので、それもあってドライビングシューズ宣言をしたわけです。
いざ宣言をしてみると、今まで感じていたドライビングシューズしかつくってはいけないというある種の束縛から、逆にドライビングシューズだったらどんなものをつくってもいいと広く考え直すことができたんです。そうすると気が楽になって、自然とアバンギャルドなアイデアまで考えられるようになりましたね。
鷹野:ネグローニの現在の製品は、かつてお父様が立ち上げられた時のものとガラッと変わっていますよね。
宮部:そうですね、父が立ち上げたネグローニですが、父から引き継いだ時に自分なりにネグローニのルール作りを徹底的に厳格にやりました。ネグローニをより強くしていきたい、本格的なブランドにしていきたい。これも私が常にロジカルに考えている現れです。
例えば色。
商品同士を並べた時に、今までの商品は色がぶつかって濁って見えたり、色の相性が何となく悪く感じられたりしたので、気に入らない色を大胆に外しました。その上で、スエードをイタリアのものにする、モデルごとにバランスよく色を配置するなどと、いろいろなルールを決めていきました。
鷹野:色のネーミングなどにもこだわりを感じます。
宮部:ハイ、それはそれはもう時間をかけて決めています。例えば「スモーキングカーフ」という革も、響きとかも含めてスタッフであれこれ議論をしながら決めて、その後スタッフ全員でそのネーミングを使っていくと、1年もたつとお客様にもしっかり浸透し、今や「スモーキングカーフ」で注文が入ってきます。名前に命がこもるというのでしょうか、ネーミングの楽しさがそこにありますね。ネーミングに限らず全てにすごくこだわっています。
鷹野:思わず、声にだしてみたくなりますね。
宮部:商品ラインナップも、クルマブランドをヒントに構成しています。
それまでは何となく新作を出していましたが、商品の「シリーズ感」やモデルの「ストーリー性」を大切にし、3部作で1シリーズとして発表することにこだわりました。これをいくつも作っていく。3部作の中で、色や素材のバリエーションを見せることにしています。靴は新作が出ると、前のモデルは切り捨てられることが多いのですが、クルマはそうではないですよね。私たちも新しいモデルを出しても、前のモデルを切り捨てることはせず、クルマならマイナーチェンジ程度、アップデートに近い変化にしています。
鷹野:靴業界の常識に縛られずに、外の世界から柔軟に取り入れているのですね。
宮部:そうですね。またオーダーメイドも行っているので、お客様から直接アイデアをいただいたりすることもありますね。こちらが全く想像していなかったアイデアをいただくこともあり、驚きの連続です。そんな時、ほんとうにお客様に成長させてもらっているという実感がありますね。そういった意味でも、お客様の手に確実に届けられるものをつくりたいと思っています。
鷹野:カラー設定やネーミング、ラインナップ構成をはじめ、ネグローニのブランドルールづくりは多岐にわたっていますね。そこに共通する思いには何があるのでしょうか?
宮部:自分たちができることは徹底的に自分たちでやる、DIYの精神ですね。それは製品周りに限ったことではありません。メーカーは得てしてモノづくりに特化しがちですが、我々ネグローニは、靴の素材選びから製造、販売、ウエブの制作に至るまで、ブランドに関わるすべてをまずは自分たちでやっています。例えばウエブ制作ですと、デザインやコピー、写真、WEBのコーディングまで自分たちで楽しんでやっています。もちろん専門家に任せる部分はありますが、自分たちでできるだけやることで、いい経験を積むことができますし、楽しみながら徹底的に自分たちの力でブランドを扱うことができる。
ものづくりから販売、ブランディングまで、すべての領域で同じウエイトをかけ、同じように大切にしたいんです。素材である革に対する熱意から販売に対する熱意まで、きれいにつながっていること、これを理想としています。そこから血の通ったブランドが生まれてくるんです。ひとつでも手を抜いたら中途半端になり、お客様の購買につながらないのではないでしょうか。
鷹野:なるほど。すべての活動がブランドの大切なタッチポイントということですね。
またネグローニは、他企業とのコラボレーションもかなり手がけられています。何がきっかけになっているのでしょうか?
宮部:ヨーロッパの自動車会社とのコラボが最初で、その時は自動車会社の人と話をするのも初めてでした。そこでコラボの楽しさを知り、夢があるなと思いました。相手を抱擁し、相手から抱擁されるのがコラボの楽しさです。多くの気づきを体感することができる。大きな企業が相手では飲み込まれるのではないかと心配する声もありますが、そんなことはありませんね。ブランディングを真剣に考えていた時期だったので、とてもいい刺激になりました。
鷹野:コラボにあたっては、いろいろと細かな取り決めがありますよね。
宮部:そうですね、特に欧米系の企業には、見た事も無いほど分厚いグラフィックガイドラインがあったりするわけです。最初は驚きましたが、食事をとりながら現場レベルでのディスカッションをフランクに行えたことが本当に財産になっていますね。お互いのブランドが強みを出し合いながら高め合いながら、互いのルールを守りつつ進めていく楽しさ。時間をかけて想いを共有することが大切ですね。こういう機会を楽しみながら、縁あるブランドとこれからもコラボレーションを進めていきたいと思っています。
鷹野:これからのネグローニについて、教えてください。
宮部:どうすればワールドクラスになれるかを考え研究し取り組んでいますね。すでに多くのプロジェクトが進行中です。
英国をはじめヨーロッパと日本では、靴の源流というか、生い立ちが違い過ぎているんです。英国などでの靴づくりは、ほんとうにいいものを求める貴族のために始まっているのに対して、日本は、戦後の復興を支えた人たちのための安くて丈夫なものでした。そういった多くの違いを1つずつ理解し乗り越えて、本当にいいものをつくっていく必要があります。なので「メイド・イン・ジャパン」ではなく、「メイド・イン・我々」で戦う必要がありますね。
また、例えば2030年問題ですね。自動車の電動化・自動運転化が進む中で、ペダルコントロールはいらなくなりますよね。そうするとドライビングシューズはどうなるのかといったことも考えていかなければなりません。大きく変化し進化する可能性に満ち満ちているんです。
今後なにが起きるかわからない世の中、ある意味遊びをもった状態でイマジネーションをふくらませ、あらゆる情報を入手しながらアップデートしてつづけることで、ネグローニをあるスタイルやカルチャーを持った、世界で最も知られたドライビングシューズブランドにしたいと考えています。
鷹野:最後に、今後のものづくりについてアドバイスをお願いします。
宮部:かつてのものづくりやビジネスには「勝ちパターン」があったと思います。しかし、いろいろなことがリアルタイムで書き換えられ、アップデートされていく現在においては、先人の知恵も経験則も役立ちません。では、どう対処するか。私は常に観察すること、「筋トレ」のように観察を続けることが重要だと考えています。世の中やブランドの動きを観察することは誰にでもできる。観察したことを理解し、自分たちに使えることを抽出する、「観察・実験・検証」が大切なのです。
ブランドに関わって動いている海外の人たちは、驚くほど情熱的で、ハートで動いているように見えます。ネグローニも商品から接客に至るすべてに渡って、血の通ったライブ感のあるエンターテイメントのようなブランド、面白くて楽しめて、また会いたい、またほしいとお客様に思ってもらえるブランドでありたいと考えています。
鷹野:今日は、ほんとうにありがとうございました。
■ご参考■
NEGRONI(ネグローニ) http://negroni.jp/
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今回は「形」の視点で、「ネグローニ」から読み取れるこれからのブランド作りのヒントをご紹介したいと思います。
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