さて、後編です。前編を振り返ってみると、生活者を取り巻くデジタルデバイスの利用、音楽の視聴環境が多様化し、その環境の中で音楽を楽しんでいるということがわかりました。加えて様々な生活者の側面を捉えた音楽のヒットの定義について議論すべき時期に来ているということを示しました。後編では、大晦日に1年間の「音楽のヒット」を振り返るNHKの「紅白歌合戦」について触れ、2017年における「音楽のヒット」について考察していきたいと思います。
2017年の音楽のヒットを振り返るには、ビルボードのようなヒットチャートもありますが、それ以外にも年末の音楽特番を分析するのも一つの方法ではないでしょうか。その中でもNHKで放送される「紅白歌合戦」は、子供からお年寄りまで幅広い生活者が触れるため、各年代でヒットしたアーティストを取り上げ、全ての年代に理解してもらえる工夫を施す必要があります。
実際、「紅白歌合戦」のアーティストの選定を見てみると、選考基準が以下のようになっています。(※1)
自主調査などもありますが、パッケージの売り上げだけでなく、有線やデジタル環境も考慮に入れた選定を行うことで、まさに前編で挙げた環境の多様化を捉えようとしています。また、当日の演出を見てみても様々な角度から番組への興味をひくための「Feed」を散りばめる工夫が随所に見られました。
ここで、「Feed」についておさらいしておきましょう。「Feed」とは「作品そのものではない情報」のことです。ついつい生活者が食いついてしまうような、作品周辺にある小ネタや作品批評等の周辺情報・生活者によってSNS等でシェアされる評判情報などを私たちは「Feed」と呼んでいます。(詳しくはリレーコラム#1を参照)2017年の紅白歌合戦は例年にも増して「Feed」を意識した演出が多かったと思います。総勢46組+司会3名が総出演の「グランドオープニング」の映像もその1つでしょう。
番組本編を振り返ると、様々な「Feed」が”仕込まれて”いました。AKB48は視聴者の投票で当日披露する曲を決めたり、Perfumeも毎年恒例となったクリエイティブテクノロジーを駆使した演出をしたり、全年代に広くわかってもらうための「Feed」を散りばめて生活者を引きつける工夫をしていたと思います。
それでは、そんな「Feed」は生活者にきちんと届いていたのでしょうか。ここからは、Twitterのデータとコンテンツファン消費行動調査のデータを活用して見ていきましょう。図1は出演アーティストの12月のtwitterでの反応状況を示したものです。12月のデイリーtweet数平均(A)と、12月31日のtweet数(B)、さらに通常のtweetに比べて紅白当日にバーストしたかを見るために、
リフト値=12月31日のtweet数(B)/12月の月間平均tweet数(A)
を算出し、リフト値の上位10位までをピックアップしてみました。
図1 2017年紅白出演者(12月平均1,000件以上)のツイート数のリフト値ランキング
出典:弊社バズ分析ツールTopicFinderより作成(※全ツイート数の10分の1データ)
ランキングは、1位三浦大知、2位Perfume、3位欅坂46と「Feed」満載のステージを繰り広げたアーティストが並びました。
次に、この上位3つのアーティストに注目していきましょう。それぞれのアーティストのファン構造をコンテンツファン消費行動調査で可視化してみました。(図2)
図2 アーティストの利用者性年代構成比
まず、三浦大知は女性10〜40代が多いのがわかります。Perfumeは、男性40代と女性10・20代で多く、欅坂46は10・20代のボリュームが多いファン構造になっています。共通して言えるのは全ての年代を引きつけるためには、高年齢層の取り込み方が大事だということです。実際、それぞれのアーティストで次のような「Feed」が仕掛けられていました。
この「Feed」が果たして、高年齢層を引きつけて、全ての年代を広く紅白へといざなうことができたのでしょうか。それを紐解いていきましょう。
三浦大知の売りはなんといっても圧倒的なパフォーマンス力にあります。そんな彼が、紅白で挑戦したのは、”前代未聞の無音ダンス”でした。音が流れない紅白という圧倒的なインパクトと、生放送でのシンクロダンスでこれまでのファンもそうでない人も引きつけたいという狙いだったと思います。実際のツイートでも高年齢層がテレビの音が出ていなくて焦ったという話題も出ていました。
○代表的なツイート例「Twitterより引用」
“紅白で三浦大知の無音ダンスを見ておじいちゃんおばあちゃんがテレビの音が出てないよって焦ってて思わず吹いてしまった”
失敗のできない生放送での無音ダンスを多くの人が固唾を飲んで見守ったことでしょう。12月31日のツイートのリフト値を見ても、初めて三浦大知のステージを見たであろう50代以上が127%と多く反応しており、広く生活者を巻き込むことができていました。(図3)
図3 三浦大知の12月31日ツイート年代構成のリフト値(出典:Topic Finder)
Perfumeのステージでは、”Rhizomatiksプロデュースによる最新テクノロジーと、オープニングも担当したMIKIKO氏振付ダンスパフォーマンス”が2017年も行われました。今年のパフォーマンスではNHKホールを飛び出して、渋谷の街を使った演出を行っており、サーチライトやスペクトラムアナライザ(※2)が自然に組み合わされていて、現実に行われていると勘違いした人が多く見られました。実際にはテクノロジーを活用して演出が行われていたのですが、どんな技術が使われているのかSNS上では議論が巻き起こり、まとめが作られるほどでした。(※3)
○代表的なツイート例「Twitterより引用」
“perfumeの渋谷あれどうなってるの。全てのビルに年末出勤の人がいたの?”
“紅白歌合戦のPerfumeのパフォーマンス、背景のビル群から出ているサーチライトとビルの窓を使ったイコライザーはおそらく合成。リアルタイムなのに、カメラが動いてもズレずに追従しているから、ダイナミックVRの技術を応用しているっぽいな… すげえ…”
図2を見ると、 Perfumeのファン構造は若年層が多いですが、30・40代が118%、50代以上が112%といつものファン以外も、Twitter上で詳しい技術の解説などの話題を繰り広げていました。(図4)こちらも三浦大知同様、広い年代を巻き込むことに成功しています。
図4 Perfumeの12月31日ツイート年代構成のリフト値(出典:Topic Finder)
欅坂46のファン構造は、10・20代が多く、6割を占めています。そのため今年のステージでは高年齢層を取るべく、”内村光良と欅坂46の「不協和音」のダンスコラボレーション”が行われました。2017年の総合司会の内村光良はかねてから欅坂46のファンと公言しており、待ち望まれていたコラボでした。しかし、実際のパフォーマンスではコラボ以上に、1日に一度踊るのがやっとだと言われる「不協和音」を二回踊ることが心配だというファンの声が多く聞こえてきました。
○代表的なツイート例「Twitterより引用」
“【欅坂46】内村光良さんとのコラボがついに実現!新衣装をきて『不協和音』を披露【NHK紅白歌合戦】”
”内村がてちに「大丈夫?」って声掛けた時めっちゃ感動。内村さんやさしいな。”
リフト値を見ても、10・20代が102%とこれまでのファンが目立ちました。(図5)背景を知らない人からすると、単なるコラボレーションですが、ファンからすると、心配ながらも親心で見守るということが起こっていたステージだと思います。ただ、仮に高年齢層の巻き込みが課題だと捉えた場合は、通常のファン層がより盛り上がっただけで、うまく作用しなかったとも言えます。
図5 欅坂46の12月31日ツイート年代構成のリフト値(出典:Topic Finder)
今回、2017年の「紅白歌合戦」で話題になった3組を取り上げ、生活者の巻き込み方、実際の反応はどうだったのかを分析してきました。そもそも音楽のヒットが多様化している中で、全ての人に一様に受け入れられるコンテンツ作りは非常に大変です。「紅白歌合戦」では、アーティストの選定を工夫し「Feed」を散りばめることで、各アーティストを全世代にわかってもらう工夫を行っており、成果が出たアーティストとそうでないアーティストがいたことがわかりました。SNSなどを通じて「Feed」を拡散させることで若年層の興味関心を引くアプローチは想像しやすいですが、高年齢層を取り込んでいくことは難しいということも分析の結果わかりました。コンテンツビジネスラボでは、今後「Feed」を活用した高年齢層へのアプローチを研究していきたいと思います。また、気は早いですが、2018年の紅白はそういった視点で初めてのアーティストも見てみるのはいかがでしょうか。
※1:Huffington Post Japan
紅白歌合戦、出場歌手の選考基準は? 「NHKのど自慢」の曲目も参考に
http://www.huffingtonpost.jp/2017/12/25/kohaku-sentei_a_23316518/
※2:スペクトラムアナライザ
電気信号や電磁波に含まれる周波数を分析し、周波数別の強度を2次元的に表示する計測器。
音の波形を解析しリアルタイムに表示する演出などにも用いられる。
https://www.weblio.jp/content/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%B6
※3:togetter
#紅白歌合戦2017 のPerfumeの演出が自然すぎて凄さが伝わらない「VRとMRを重ねてるのか」「途中でLIVEが消えてる!」
https://togetter.com/li/1185488
2015年博報堂入社。初任で現職に。統計解析を活用したマーケティングツールの開発やHDYオリジナル調査の企画・分析業務、ARやVRなどのテクノロジーを活用した次世代顧客接点の研究開発などに携わる。コンテンツビジネスラボのメンバーとしては、社外でのセミナーや講演会などコンテンツビジネスの専門家として活動中。担当は音楽と競馬。社内同期のクリエイティブユニット「VOID SETUP()」としても活動を行う。
※執筆者の部署名は、執筆時のものであり現在の情報と異なる場合があります。
★アーカイブ★
コンテンツファン消費行動調査2017分析リレーコラム#1「変わるコンテンツファンの消費行動 2010→2017」
コンテンツファン消費行動調査2017分析リレーコラム#2(スポーツ)「若年層で進むライブストリーミング観戦」
コンテンツファン消費行動調査2017分析リレーコラム#3(アニメ)「デジタルとリアルを行き来するアニメファン」
コンテンツファン消費行動調査2017分析リレーコラム#4(音楽編:前編)「色んなヒットの形があるから音楽は面白い」〜音楽市場のヒットを再定義する時代へ〜