スマート×都市デザイン研究所長 / 博報堂ブランドデザイン副代表
海。
海沿いのまちは、開放感がひとしおだ。
駅前の交差点。
南北に延びる道路を横断し60mほど進むと、海にまっすぐ飛び込んでいく国道499号線。海の上にも道が刻まれていて、長崎まで続いている珍しい国道だ。
振り返ると、そこに駅。
空港からなんと2時間。揺られてきたバスから降り立って、おっとビックリ。
このまちにはちょっと、と感じてしまうくらいみごとな駅舎は3年前にリニューアルオープン。あの観光列車のななつ星などを手がけられた水戸岡鋭治氏デザインによるものだ。
へえ〜っ!
ドキドキしながら駅なかに入ってみると、壁に沿ってたくさんの本が並んでいる。図書室だ。そこに設えられたテーブル&チェアに学生たちが座って、談笑している。なんか楽しそう。邪魔にならないようゆっくり、足音を立てないようもう少し奥に入ると、パッと開けてそこには吹き抜けの広いホールがあった。二階のフロアからも見下ろせるようになっていて、立体的な構成がとっても心地よい。ここでは、まちの各種催しやワークショップ、そしてジャズライブが毎月開かれるんだそうだ。奥は駅の改札とホーム。その隣には、地元の粋なお土産物ショップと地元素材をふんだんに使ったレストランが併設されている。
駅にひとがいる。
列車は一時間にー本くらいしか来ないけれど、確かに駅のそこここにひとがいる。いま地域で駅が賑わうのは、とっても珍しい光景かも。
賑わいを受け継ぐための、新たな仕掛けを備えた駅。集まりたくなるその仕掛けが多彩に織り重なっていて、まさにこのまちの迎賓館、という装いになっている。ここ阿久根駅は間違いなく、いまでもまちの中心的な存在だな。
駅との出会いが、このまちへの期待感を上げていく。
駅前のあの交差点を左に折れると、道路の左右に商店の面影が遠く遠く見えなくなるまでびっちりと続いている。
静かだ。
にぎわう駅とのコントラストが、かなり心にズキンとくる。
今は昔、朝4時半。
これでもかと漁港からイワシが水揚げされ、ひっきりなしの箱詰め作業が始まり、つづく。何時間も経った後に、ようやくひと段落。三々五々集まった人たちは家路に急ぎ、ひとっ風呂浴び、朝ごはんを食べ、それぞれの仕事に向かう。
これが、ここ阿久根に、ふつうにあった日常の光景。
びっくりするくらい毎朝毎朝水揚げのあったあのイワシは、いったいどこへ行ってしまったのだろう。20年とも25年とも言われる豊漁の周期が、なかなか戻ってこない。それに合わせるように、商店街も行き交うひとびともまばらになっていった。
店の多くは魚屋さんが毎日毎日てんてこ舞いだった、いまはこちらの一軒だけ。
そんなことを語らいながら、人懐っこい老夫婦が、今日のオススメをいろいろと見せてくれた。
今回わたしを呼び寄せてくれた大先輩と商店街を歩き進めると、寿司屋さんを超え、橋を渡ったあたりでアーケード街が現れた。
あっ、ここからいまの商店街がつづくんだな?
などと思ったのも束の間、シャッターの閉まった店舗・店舗・店舗・・・
ここまで多分1キロ弱は歩いている、その間に開いていたお店は、ほんの数軒。この先にも賑わいの雰囲気は、ない。
地域の現実を、まざまざと見る瞬間だ。
「今日の宿は、いわしにしたよ」
「えっ?」
「最近オープンしたばかりの宿なんだよ」
茶目っ気たっぷりの大先輩は、声をキラキラさせ、静まり返った商店街のはずれまでわたしを導いていってくれた。長い長いアーケードの先、商店街の端っこに、この街には珍しい大きなビルがあった。
元は生命保険会社のビルだったらしいこの建物。鉄筋3階建てだ。
今は地元の水産加工会社が、リノベしてオープンしたばかりらしい。イワシビルと書いてある。
「なるほど、ビルの名前だったんですね」
一階にはパッケージがキュートな水産加工品のお土産物とたい焼きの美味しいカフェアンドショップ(あれ?イワシじゃなくてたい焼きだ)。二階は水産加工会社の見学工場になっていて、そして三階が今日泊まるホステルらしき宿。仮にホステルの稼働率が悪くても、一階と二階で採算がとれる仕組みになっているところが面白い。
「今日のお泊まりはお一人ですから、どのお部屋を使ってもらってもいいですよ」
おっ、地域あるあるがここでもまた・・・
ホステルのなかに入っていくと清潔感あふれる佇まい。そして、茶室に入るが如く頭を垂れてくぐって入る、秘密基地のようなお部屋。
大きな3階建てのテナントビルに、たった一人での宿泊(正直怖いです・・・)
何度も起きてしまい、つどつどお手洗いに・・・
そこには、たくさんのイワシが、いろんな魚たちが、心地好さそうに泳いでいた。
なんだ、ここにいたんだ、商店街の終着点に。
イワシビル
かつてのまちのシンボルを、このビルに再インストールしてるんだな、願いを込めて。
地域を元気にするデザインの力を改めて強く感じる、イワシビルと多目的空間のあらたな駅。このまちに骨太の両極はできた。ここは、あの電気通信の父寺島宗則が生まれ育ったところ。2地点をつなぎ、エネルギーを通わせる。紡いでいく光のような新たな賑わい・電動・鼓動は、着実に確実に生み出されていくんだろう、一軒一軒が放つ灯となって。かつてのいわしの大群のように、キラキラ瞬きながら。
次回は、あれから です。
*トコトコカウンター:2016年4月より訪れた場所ののべ数
http://www.city.akune.kagoshima.jp/ 阿久根市役所
http://go-akune.jp/ 阿久根市観光サイト アクネ うまいネ 自然だネ
*写真4は鹿児島県枕崎市の小泉智資副市長よりご提供頂きました