広島県呉市南東の瀬戸内海に浮かぶ、下浦刈島(しもかまがりじま)。そこに、今から128年前、明治23年の創業以来、レモンや甘夏、はっさくなどの在来種の柑橘を、無肥料、無農薬で作り続けている農場「中吉屋」があります。様々な柑橘の中でも、今回取材するブランドは、120歳の木になる「中吉屋の厳選在来種レモン」。
在来種・無肥料・無農薬でつくられた中吉屋のレモンは、通常のレモンよりもごつごつと大きく、自然な色合いをしています。
個性的な自然派レモンですが、販売を委託していた先代までは既存の農産物規格規定で「規格外」とされ、安売りされることも多かったそう。しかし4年前に4代目の北村昂陽さんが継いでからは、自身で販路を開拓し、今ではレモン1つを1,000円以上で販売。愛用する飲食店も拡大しています。
竹本:中吉屋の柑橘はすべて「在来種・無肥料・無農薬」とお聞きしました。またそれを創業以来、貫いているというところが素晴らしいですね。
北村:そうですね。曾祖父にあたる先々代の時代に周りの農家が農薬や肥料を用いた栽培に切り替えた時期があったそうですが、先々代は無農薬、無肥料を貫き続けたそうです。地域では変わり者扱いをされていたそうですが(笑)。
竹本:今でこそオーガニックは評価されますが、当時は大変だったでしょうね。
ところで、家業を継ぐ前はどんなことをされていたのですか?
北村:東京で芸術系の大学を出た後、TVの制作会社で働いていました。農業を継ぐつもりも、正直全く無かったんです。
竹本:東京で働いていらっしゃったのですね。
北村:はい。そこで驚いたのですが、当時の同僚がレモンが木になることを知らなかったんです。その時にはじめて自分の育った環境が特別だったことに気づきました。
竹本:それが継ぐきっかけになったと?
北村:その頃は90歳の祖父が農園を経営していたのですが、売り上げも減る一方だったので、家業をたたもうとしていたところでした。それなら私たちがやります、と地元の小学校を定年退職した母と自分で手を挙げました。
竹本:決意したとはいえ、東京での仕事に心残りはありませんでしたか?
北村: TVの制作会社で働く傍ら、デザインの仕事もしていました。何かを「つくる」仕事をしたいと思っていたからです。ただ、どちらも人から頼まれたものをつくる仕事だったので、なかなか0から自分でつくる機会はなかったんです。つくる仕事をしているようで、本当の「Maker」にはなれていない。次第に自分のブランドを持ちたいという気持ちが強くなっていきました。
竹本:そんな時に、家業が特別だと気づいた…。
北村:はい。自分は当たり前だと思っていた家業にこそ、他にない資産が詰まっているのだと気づいたんです。“自分のブランドを持つこと”に挑戦できる場は東京ではなくて家業の方だと思いました。
竹本:家業とはいえ、まったく異なる世界で0からやっていくには大変なことも多かったと思います。
北村:一番苦労したのは伝え方ですね。在来種・無肥料・無農薬に価値はあると分かりつつも、それをどう伝えていいのかが分からなかった。最初は自分で営業に回っていましたが、30件中30件断られる始末で…。
竹本:今振り返るとなぜそのような状況だったと思われますか。
北村:お恥ずかしい話ですが、自分自身、自分の商品の何がすごいのかを分かっていませんでした。当時は汚いダンボールに収穫した柑橘をごそっと入れて、汗だくで訪問し「ぜひ買って下さい!」と頼んで回っていました。ただ、こだわりのあるレストランほどそういう「必死感」は求めていなかったんですね(笑)。
竹本:なるほど。そこからどのようにセールススタイルを変えられたのですか?
北村:まず、今までは商材はその時とれた全ての柑橘を優先順位つけずに持っていっていましたが、レモンに絞りました。在来種・無肥料・無農薬による違いが最も明確に現れているのがレモンだったからです。一口食べてもらえさえすれば「これは別物だ」と十分伝わるものだったんです。そこからは、一つのレモンを中吉屋のロゴを入れ、特注した箱に詰めて持っていくように変えました。会社の名刺も、レモンの皮を素材に作りました。
北村:それと、話法も変えました。「ストーリーとして魅力的か?」をとにかく意識するようにしています。例えば、「明治23年創業の農家のレモンです」というよりも、「創業時から無農薬、無肥料で栽培し続けてきた120歳の木からとれたレモンです」と伝えた方が魅力的に感じませんか。そういうちょっとした伝え方も気を付けています。
竹本:なるほど。私も普段仕事でクライアントの情報発信のお手伝いをしていますが、キーワードの設定や発信内容の順序など、情報編集の工夫次第でステークホルダーの反応が変わることを感じています。まさに情報の伝え方の大事さを実感するお話です。
竹本:伝え方を変えて、すぐに結果は出始めたのですか?
北村:いえ、しばらく試行錯誤を繰り返していました。
ある日、とある料理雑誌をめくっていた時に、北海道の一つ星レストランが紹介されていて。料理一つ一つにポエムのようなタイトルがついているのですが、それぞれに魅力的なストーリーが詰まっているんです!すごく尖っていてかっこよくて…。ひと目見て、「この人にレモンをぜひ使って欲しい!」と思い、レモンを持ってシェフに会いに行きました。
竹本:北海道まで、直接向かわれたのですね!
北村:自分の熱意を直に伝え食べて貰えれば可能性はあるのではないかと思いました。そして採用いただけることになったんです。このレモンジャムも、そのシェフに監修いただき作りました。素材に本当にこだわって生まれたものです。
竹本:そのレストランと関係ができたことでどんな影響がありましたか?
北村:当時は実績がなかったので、選んでもらえて自信がつきましたね。安売りをするのをやめよう、こちらもプロフェッショナルとして対等な立場でレモンを紹介していこうと決めたのも、この出来事がきっかけです。
竹本:成果がでるようになって何か心境の変化はありましたか。
北村:そうですね。心の余裕が生まれたことで、「原理原則」をおさえられるようになったと思います。
竹本:原理原則とはどういうことでしょうか。
北村:例えば、今作っているジャムの味を決めるのは熱とペクチン(レモンの種、皮から取れる成分)と酸味のこの3つなんです。そのバランス次第でおいしさが決まる、そういう原理原則です。今までは原理原則は無視して調味料やスパイスをどんどん加えて、味を濃く濃くしていたように思います。最近趣味でも料理をするのですが、本当に美味しい料理ってシンプルなものだと思うんですよ。
在来種・無肥料・無農薬も、ブランドとして価値があるから守っているというより、それが自然にとって、人間にとって一番良いからです。
竹本:なるほど…!先程心の余裕とおっしゃいましたが、どうしたら原理原則は見極められるようになりますか。
北村:自分が常識だと思っていることを常に疑う目線をもって、現地をしっかりと見ることです。農業だと「雑草は良くない」というのは常識のようですが、手を入れすぎてダメージを与えてしまう場合もあります。相性のいい雑草は何で、どの程度が良いのか現地で向き合い続けることで分かってきます。
竹本:その考え方は、企業のブランディングにも活かせると感じます。通例を疑い根気強く商品やフィールドと向き合うことで、本物の価値が見出せるのかもしれません。
竹本:これから中吉屋として挑戦したいことはありますか。
北村:実は、レモン畑の山の一番上に一日一組限定のヴィラ(宿泊施設)を建設したいと思っているんです。
竹本:ヴィラですか!?大変興味深いです。ぜひ詳しく教えてください。
北村:実は、家業を継ぐにあたって、それが一番やりたかったことでもあるんです。子どものころ、祖父に連れられてレモン畑の上からみた日の出の美しさが忘れられなくて。この景色を他の人にもぜひ見て欲しいなと思っていました。
竹本:ということは、レモンやジャムを売るための販促活動の一環ではなく、もともとの夢を実現しようとされているのですね!面白いです。家業を継がれて4年目ですが、今取り掛かろうと思った理由はなんですか?
北村:まずは事業を立て直すのが先決だと思い、レモン自体のブランディングやジャム作りを先行させてきました。しかし4年間やってきて、今は「一緒にやりたい」と言ってくれる友人も多数出てきました。ヴィラは、そんな応援してくれるみんなが関われるプロジェクトにできるのではと思っています。
竹本:事業の基盤を固めて、徐々に仲間の輪を広げられてきたからこそ、一番やりたかったことに満を持して取り組めるということなのですね。今回は素晴らしいお話をありがとうございました。ヴィラ、完成したら絶対いきます!
■ご参考■
中吉屋 http://nakayoshiya.jp/index.html
【撮影協力】桑原雷太
博報堂ブランド・イノベーションデザインでは、これからのブランドには「志」「属」「形」の3要素が不可欠だと考えています。「志」はその社会的な意義、「形」はその独自の個性、“らしさ”、「属」はそれを応援、支持するコミュニティを指しています。(詳しくはこちらをご覧ください)
今回は「志」の視点で、「中吉屋レモン」から読み取れるこれからのブランド作りのヒントを考えてみたいと思います。
>>博報堂ブランド・イノベーションデザインについて詳しくはこちら
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