「うるわし」は創業70年の老舗の和紙問屋、株式会社オオウエの4代目(候補)の大上博行さんが2016年に立ち上げた和紙と暮らしの読みもの&オンラインストア。オンラインストアでは、和紙のオリジナルブランドでサイト名にもなっている「うるわし」をはじめ、「OFF」「和紙田大學」なども販売し、伝統工芸品という確立されたイメージを持つ和紙を、“今愛される和紙”に変革させています。
オンラインストアでは、和紙のことを熟知する大上さんが作り手の想いや和紙づくりの過程と共に、商品が受け手に提供する価値を丁寧に紐解いています。和紙問屋としてのキュレーター的役割と、それに対する大上さんの姿勢そのものが体現され、和紙に馴染みのない初心者の方から、専門的な知識を有した方まで幅広い方に愛されるサイトです。
美田:本日はよろしくお願いします。四天王寺の本当に近くにあるんですね。
大上:そうなんですよ、聖徳太子のお寺ですね。オオウエはこの四天王寺にちょうど70年前の1948年に創業して、祖父と祖父の叔父さんの2人で始めました。戦後の成長期、復興で紙が必要になっていくなか、印刷屋さんなどとお付き合いが広がり、BtoBでのビジネスを中心に和紙問屋としてやってきました。
美田:早速ですが、まずは和紙問屋のお仕事についてお話しいただけますか?
大上:問屋にもいくつか種類がありますが、オオウエは代理店機能を兼ねた問屋です。基本的には紙を漉(す)いているメーカーから、直接和紙を買って、使い手さんに売っています。メーカーは1回に漉く量が多く、使い手さんが使うような少ない量だけを漉くことができないので問屋が間に入り、在庫して、そこから売っています。変わりつつありますが、ひと昔前はこのように商流を整理するという役割が強かったです。
美田:市場をコントロールするような存在だったんですね。
大上:仰るとおりで、和紙を欲しい人がたくさんいた頃はメーカーで対応するのが難しかったので、問屋がそこを担っていました。ただ最近はECサイトでお客様に直販することも増えてきているので、在庫と商流の整理をする役割としての問屋の必然性がなくなってきていると感じます。
美田:在り方が変わってきているんですね。
大上:そうですね、なのでキュレーターのように使い手さんの要望に合わせて全国から選んで和紙を提案したいですね。それが大阪にある和紙問屋の本来的な役割なのかと思って。例えば産地問屋はその土地だけの和紙を扱いますし、メーカーは自分だけの和紙を使って欲しいとなります。使い手さんはそんなに和紙に詳しいわけではないので、そういうところに問屋の価値もまだまだあるのではないかと。
美田:他の伝統産業のメーカーさんも直販が増えた一方、まとまったお客さんの声を聞きにくかったりして、改めて問屋さんがその役割を果たしていたのだと、再認識したと聞いたことがあります。
大上:昔から情報を持っていたのが問屋で、その存在価値は都会のお客さんの声を拾ってくるところ。これからも使い手さんの近くにいたいですし、70年やっているなかでそこは変えずに続けていきたいと思っています。
美田:これからの問屋さんに求められる姿と、それに対する大上さんのお考えがよく理解できました。ちなみに、もともと家業を継ぐつもりがなかったとありますが、どういうきっかけで戻ることにしたんですか?
大上:きっかけは祖父から「オオウエが下降気味やから、お父さん手伝ったってくれへんか。」みたいな感じで、言われたことです。
美田:それで、家業を継ごうと?
大上:子どもの頃は嫌だったんですが、秘境専門の旅行会社で働いたり、趣味で放浪していた時に「日本って何が面白いの?」と聞かれても答えられず、海外でも日本のことを話せる人を増やすために、国語の教師になりたいと思ったんです。ちょうどその頃に後継ぎの話をされて、海外に出る人や日本人が、和紙の良さ=日本の良さとして文化を伝えられるようになれば…と、いろいろ経たのちだったので腹に落ちたんです。小さい会社なので、自分が頑張れば好きなようにできるという思いもあって。
美田:秘境専門の旅行代理店のご経験から、専門性があれば尖れるということを体感されていたのですね。
大上:それはすごくありましたね。和紙自体が紙の中でもニッチだろうなと思いましたし、秘境専門の旅行会社と和紙屋さんって似たようなもんかなって。少し簡単に考えてた部分はありましたね(笑)
美田:そんな中、何がきっかけで問屋業だけでなくものづくり業も始められたのですか?
大上:入社3年目ぐらいにデザイナーさんと一緒に、和紙を手に取りやすくするための見本帳を作ったんですよ。今までの見本帳は情報を詰め込んだだけだったので、使い手であるデザイナーさんが喜ぶアレンジをしました。例えば活版印刷の見本を入れたり、和紙にシルク印刷したり、オフセット印刷だとどうなるかなど。細かなことですけど、すごく評判が良かったんです。
美田:わあ〜これは素敵ですね。
大上:デザイナーの福嶋賢二さんにお願いして、創業70年の歴史の中で初めてデザイナーと何かを作るということをしました。オオウエが和紙を出し、福嶋賢二さんがデザインし、その頃流行りだしていた活版を船木印刷さんにお願いして出来上がりました。見本帳はもらっておしまいみたいなケースも結構あったので、当時なかなかビジネスにはならなかったんですけれど…
美田:ここからご自身のブランドを?
大上:デザイナーさんが紙を買うまでに至らなかったことがたくさんあって。デザイナーさんもクライアントさんのお仕事で「絶対和紙がいいんです!」と、ゴリ押ししてくれる場面ってなかなか難しく。
美田:確かに、なかなか使ったことないものを提案するのは難しそうです。
大上:だから「和紙ならこんなものができますよ」という生きた見本がなきゃ説得力がないと思ったんです。この和紙商品をきっかけに、「意外と和紙も使えるな」と見本帳が売り物になるものを作りたくて。それで「OFF」を立ち上げました。オオウエ(O)と船木印刷(F)さんと福嶋賢二さん(F)で、和紙と活版のブランドで「OFF」、あとは肩肘張った場面をONとするなら、気楽に使うことをOFFと捉えようよという、ダブルミーニングで。
美田:メーカーになることにためらいはなかったんですか?
大上:すごくありました。でも何かしないと変われないというのもありましたし、せっかく仲良くなった人たちもいたので、後押しされて始めました。
美田:「OFF」の他にも「和紙田大學」や「うるわし」という和紙ブランドを展開されていて、ひとつひとつのイメージがかなり違う印象がありますが、あえてですか?
大上:あえて、とんだギャグに振ったものもあれば、ちょっと北欧チックな色入れたデザインもあって。「和紙ってこうだよね」と決めつけずに、僕たちのやるブランドが和紙を使う発想のきっかけになればいいなと思うんです。だから違えば違う方がいい。
美田:いいですね、どんどん広がりますもんね。可能性を広げるということでは、「うるわし」のサイト名が“暮らしの読み物&オンラインストア”となっていて、読み物が先にくるのにはどういった想いがあるのでしょうか?
大上:和紙は値段も高く、特別な理由がないとお財布は開かないですよね。和紙の一番の魅力は、語るべきことが多いことだと思っていて、例えば、たくさんある産地人たちの物語や、歴史も長いですし、機械か手漉きかなど、しきたりも知ったら面白いことがたくさんあって。それらをひとつひとつ話すことが、和紙の楽しさなのかなと。いきなり買ってもらおうとするのは大変なので、サイトでは、紙芝居で人を惹きつけて最後に飴を売る、といった感じでやっていきたいなと思ったんです。
美田:すごい情報量ですもんね。でも今までそういう情報ってあんまり外に出てこなかったような…
大上:そうですね。ネットがない時代の問屋は、和紙メーカーの情報を出さずに、自分たちだけで持つ傾向にありました。それは問屋に聞かないと特定の和紙が手に入らなかったからです。今は調べれば分かるので、和紙の情報を全部提供しています。情報を全部出しても、オオウエから買いたいと思ってもらいたいんです。情報を握っているからではなくて、情報を出しているからこそ信頼もできて、しかもあんなに知ってる問屋だったら一緒にやりたい。問屋が入って多少高くなっても、それ以上の価値があるからお客さんに買ってもらえる。そうしていきたいですね。
美田:その時の価値とは、大上さん的にはどういうものですか。
大上:自分たちのブランドだけではなく、使い手さんがこの和紙を使ってお客さんにどう見せたらいいかまでもプロデュースしながら一緒に相談できるようになりたいなと思っています。
美田:先日「和紙田大學」のデザイナーさんにお会いした時、「この商品がお客さんにとってのコミュニケーションツールになればいい」とおっしゃっていて、すごく面白いなと思ったんですよね。
大上:和紙を使う意味は、すごく広義でのコミュニケーションじゃないかなと思っています。連絡はメールで済むけれど、切手を貼ってお手紙を書くときは何かの感情を伝えたい時だから、一番情報量の多い手書きで和紙を使うのかなと思います。パッケージが和紙なら、心遣いができている商品に見える。一味違うコミュニケーションをとりたいから、和紙を使うんだなと思ったんですよ。
美田:たしかに和紙田大學のぽち袋をもらったら、発話量は絶対増えますよね。
大上:和紙田大學に関しては、和紙ではなく、そのコミュニケーションや発話量を売っていて、そこを大事にするブランドに育てたい。結局人は何を求めて和紙を買うんだろうと考えた時、和紙が欲しくて買うというよりも、例えば、お世話になっている先生に手紙を書くための礼儀を求めて買うのかなと。和紙田大學の商品を買う=コミュニケーションを買って、自分だけじゃ無い誰か他人に対する思いを乗せるツールというか。
美田:それが本質的に大事にされたい部分だと。
大上:和紙にまつわる文化や、他人への思いやり、ちょっと笑かしたりだとか相手のことを考えることが、和紙を介してずっと育まれてきたんじゃないかなと思って。
美田:便利な時代だからこそ、形に残るコミュニケーションにあえてニーズがあると思います。アナログならではの愛おしさ、手がかかるけど手応えがあるというか。
大上:僕はアナログ自体がエンターテインメント化すると思っていて。デジタル化が進んだからって、わざわざ体験しに行くことは無くならないかと。手紙は自分と相手を通したレジャーなんだなと思うんですね。昔は伝達手段がメインだったけど、気持ちが交流できることの余白というか、楽しみというか…そこは残っていくんじゃないかなと思います。
美田:ブランドを通じて和紙っていいなと思った人がとる行動はどんなもので、その先にどういう受け皿を用意しておこうとか、今後の展望や成し遂げたいことはありますか。
大上:“入り口になること”に徹底したいなと思っています。オンラインでは全部の産地の顔が出て、商品をフラットに評価して良さが分かったうえで買えるサイトを作りたいですし、この本社ビルを、全国の和紙から選んで見本帳が作れるようなギャラリーにしたい。日本人も外国人もみんなが来られるような場所で、最適な和紙を見つけるための媒介役に徹したいですね。コストを減らすために情報をオンラインに集約して、弊社の利益をその分少し抑えることで産地の取り分を増やしたいなと。サイトで色んな産地に旅ができるみたいな感じにしたくて。
美田:だから便箋のシリーズも「和紙をめぐる小さな旅」というネーミングになったんですね。
大上:そうそう。そのコンセプトでチャレンジしたのもそういうとこで。和紙から全国の産地の空気感が感じられると、1枚のただの紙の価値が何倍にも感じられるかなと。野菜と一緒で、産地の顔が見えると価値がすごく上がる。さらに、それは問屋しかできないのではないかと。まだ構想段階でビジネス上いろいろ大変なんですが(笑)
美田:オオウエさんのビジネスとして、利益を抑えて儲からないのはいいのかなって思っちゃいます。
大上:そこは、サンプルなどにきちんとお金をつけるのが肝かなと。意外とお金を出してでも見本帳が欲しいという人はたくさんいるので、色んな産地をキュレーションした見本帳を商品にしたいなと。全国からチョイスした「ポスターに向いた刷りやすい和紙シリーズ」のような見本帳をたくさん作って、本のように1,000円で売る。いいなと思ったらサイトで買えて、私はこうやって使いましたよ、まで一連で流せるようなそんな仕組みを作りたいですね。極力産地を立てるけれども、問屋としての力をちゃんと発揮したいなと。
美田:和紙のプラットフォームのようですね。今まで業界がチャレンジされてこなかったことかと思いますが。
大上:ビジネスはよく30年で1周するといいますが、うちはもう2周させてもらってます。機械漉きに移ったり、変化したから残れたのかもしれませんが、ここ40年くらいはほとんど同じことのみで、多分もうそろそろ寿命がきているんじゃないかと。20年前にはなかったオンラインという武器ができたなかで、少し遅いぐらいですが、それをきっちりと使うというのは大事だなと思っています。やはり紙業界なので、紙から離れるのが一番遅い業界ですよね。
美田:究極の対極にいる感じしますもんね。
大上:そうなんですよ。あまりテクノロジーに縁がなさそうで、かつ複雑そうに見えるけれど、でも実はITで化ける可能性がある最後の一番面白い業界なのではないかと思っていて。
美田:そうですね。透明性を高く保ちながら価値を作っていくのは難しいかと思いますが、これからの世の中に寄り添った在り方のように感じました。大上さんの知識と実践されていることが興味深かったです。本日はありがとうございました。
■ご参考■
和紙と暮らしのよみもの&オンラインストア「うるわし」http://uru-washi.com/
【撮影協力】桑原雷太
博報堂ブランド・イノベーションデザインでは、これからのブランドには「志」「属」「形」の3要素が不可欠だと考えています。「志」はその社会的な意義、「形」はその独自の個性、“らしさ”、「属」はそれを応援、支持するコミュニティを指しています。(詳しくはこちらをご覧ください)
今回は「形」の視点で、「うるわし」から読み取れるこれからのブランド作りのヒントを考えてみたいと思います。
>>博報堂ブランド・イノベーションデザインについて詳しくはこちら
【ブラたまSNS】
最新記事情報や取材裏話などを配信中!