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すべての若者たちが、未知の課題に挑むための創造性を持っている ~「生活圏2050プロジェクト」#03(後編)

2018.10.11
連載コラム第3回は、次世代の担い手を育てるアート&サイエンスの教育機関として全世界都市をネットワークする「サイエンスギャラリー・インターナショナル」の活動。エグゼクティブディレクター、アンドレア・バンデリ博士との対話、その後編です。「生活圏2050プロジェクト」リーダーを務める博報堂クリエイティブ・プロデューサーの鷲尾和彦が、既に今各地で始まっている新しい生活圏づくりの取り組みを伝えます。
※前編はこちら →
※サイエンスギャラリー・ダブリン 「LIFE AT THE EDGES」展

W:
実際に、ここではワークショップやレクチャーなども受けられるのでしょうか。

A:
エデュケーションプログラムは、私たちの中心的な活動です。大学の正式なカリキュラムではないですが、トリニティ・カレッジの教授も加わりながら、極めて自由なプログラムを提供しています。ギャラリーの展示企画と連動し、その背景にある科学的な探求、そしてそれが私たちの日常にどのように密接に関係しているのかということを学べるプログラムや、その他にはデジタル領域の技術、ビデオグラフィーなどのプレイフルなプログラムも用意しています。また多様な背景の学生たちが集まって、アイデアをプロトタイプに落とし込んでいく「アイデアトランスレーションラボ」というプログラムも人気です。そしてもう一つ重要なのは「倫理」に関連するプログラムです。これは非常に重要なテーマです。サイエンスやテクノロジーは極めて早いスピードで動くもので、個々人の判断だけでは追いつくことが難しいところがあります。だからこそ、理論的にも、倫理的にもそれらが私たちの生活に何をもたらすのか、あるいは何が脅威となるのかを学んでおく必要があります。

W:
先ほど、企業からの支援も受けているというお話がありました。具体的にはどのような関係なのでしょうか。

A:
いまは共同研究というスタイルが多くなっています。10年前は、世界的なIT企業やコンサルティングファームなどがスポンサーになる場合、どちらかといえばサイエンスギャラリーの社会的なミッションや若い世代を支援する姿勢に対して応援しようという発想が多かったのですが、最近では少し状況が変わりました。
今では、彼らは従業員や彼らの顧客にとって直接的なベネフィットをもたらす取り組みを一層志向しています。また大手コンサルティングファームなどでは、自ら独自の「ラボ」を作るところも増えていますね。サイエンスギャラリーのスポンサーであった某コンサルティング会社も、その後、自分たちでラボをつくりました。私たちと同じように、やはり1階部分はオープンなスペースにして、一般の人も入ってこられるようにして。
しかしその場合、やはりいくらオープンスペースといっても、実際に訪れる人の数も限定的なようです。結果的に、集まってくるアイデアの幅も限られてくる。
私たちは毎回訪れる人たちの多様な反応や声を拾い上げていますし、また非常に幅広い学生、研究者、多様な領域の専門家のネットワークを持っています。その点が彼らとは少し違うでしょうか。
ダブリンには多国籍企業のヘッドクウォーターも多く集積していますから、企業との共同の機会は引き続き非常に多いですが、企業内の研究員と、大学、そしてサイエンスギャラリーのネットワークとの共同という形式が現在では主流ですね。「人工知能」などの最新のトピックスに関しても、一緒に取り組んでいます。
また最近では、世界経済フォーラム(World Economic Forum)のような国際機関との協働も始まっています。

※サイエンスギャラリー・ダブリン 「LIFE AT THE EDGES」展

W:
今、サイエンス、テクノロジー、そしてアートやデザイン、こうした多様な領域の融合や触発が重要だということは、日本でも世界各地の都市を尋ねても、誰もが口を揃えて言うわけです。実際その通りだと思います。しかし、それを実現していく「ソーシャルスペース(社会的空間)」とは、どのようにして実際に作り出せるのか、そしてそれは誰がマネージメントできるかということに関しては、まだまだいろいろな課題があります。企業は彼らの独自のラボをつくろうとする。社会的空間とはやはり行政が考えるべき場所かもしれませんが、行政だけではそこまでの学際的なナレッジをファシリテーションすることはなかなかできません。個々人のアーティストや研究者たちは、本来はむしろ自由に自らの探索と創作を追求する方が私個人としては本来重要な仕事だと思います。では私たちはどのようにそんな「場」をつくることができるのか? 誰がマネージメトできるのか。私自身、いつもそのことを考えています。
その意味でも、社会的空間(ソーシャルスペース)としての「大学」という場所が持っている可能性はとても重要なのだと感じています。日本でもそのことに共感する人は多いと思いますが、しかしなかなかここまで都市に開かれたオープンな空間というのは正直見られません。

A:
日本の状況もよく分かります。というのも、実はこの国でも基本的にはあまり状況は変わらないからです。世界的な状況を見ても、伝統的な大学のあり方とは、やはり研究室に閉じこもっていてあまりオープンとは言えないものです。企業など外部との共同研究もあるでしょうが、それらは個別的で、特定の企業にとっての研究支援であったりします。だからこそ「サイエンスギャラリー」の存在がユニークであるのだと思います。

※サイエンスギャラリー・ダブリン 「LIFE AT THE EDGES」展

W:
今年の春には、サイエンスギャラリー・メルボルンのメンバーを、日本にお呼びすることができました。ある地方都市で、新たな文化イニシアティブをつくるためのカンファレンスに参加いただきました。とても刺激的なプレゼンテーションを行っていただき、たくさんヒントをいただきました。

A:
サイエンスギャラリー・インターナショナルは、現在では世界6都市に広がっていますが、一番新しい仲間が、今年9月にオープンするロンドンのキングス・カレッジの「サイエンスギャラリー・ロンドン」です。キングス・カレッジも、トリニティ・カレッジ同様、ロンドンの中心地に位置していて、やはり地区の再開発プロジェクトの一環として組み込まれています。ここの設計と非常に良く似ていますが、もう少しロンドンの方が規模としては大きくなりそうです。
ヴェネチアやメルボルンのサイエンスギャラリーも、やはりそれぞれの大学を中心としながら都市における「イノベーション地区」開発のプロジェクトの中心として設立されています。
ヴェネチアはコンテンポラリーアートの世界的な中心地ですが、さらにサイエンス領域をも取り組むことで、成長しようとしています。メルボルンはどちらかといえば都市としては孤立していたところですが、今新しい都市開発を進めていて、サイエンスギャラリーはメルボルン大学とともにその中心に位置付けられています。また国際的なネットワークを構築することにとても真剣に取り組んでいます。またインドのバンガローでは州政府が中心となって地元の3つの大学を連携させ、サイエンスギャラリーを設立しました。
それぞれ、都市とその母体になっている大学が連携しあい、グローバルな視点とローカルな視点とを併せ持った活動を展開しています。そして、それぞれが独自性を持ちながらも、互いの活動や最新の話題、運営ノウハウ、人的なリソースやネットワークを交換しあう「ネットワーク」モデルを形成しています。

※サイエンスギャラリー・インターナショナルの国際ネットワーク(ウェブサイトより)

W:
サイエンスギャラリーが、スタンドアローンの取り組みではなく、「ネットワーク」モデルであること、そこがもっとも大きな強みだと感じています。

A:
まさにその通りです。テクノロジー、サイエンスをテーマにした文化・教育施設、あるいは民間のイノベーションハブといわれるような施設は、今世界各地で多数存在しています。しかしその多くはまだまだスタンドアローン型です。

W:
具体的に、世界各地のサイエンスギャラリー同士との連携はどのようにして行われているのでしょうか。

A:
例えば、こんな事例があります。 2015年にダブリンで実施した「BLOOD」展。これは、「血(BLOOD)」を、生と死、健康と病気など、私たちの生命、文化、社会のポジティブな面とネガティブな面と表す象徴として捉えるというテーマの企画展でしたが、その後、2017年にはメルボルンとロンドンでも同じタイトルの展示が開催されました。しかし中身は、常に各地で再構成され、全く同じではありません。同一テーマを共有しながらも、それぞれの場所ごとにオープンコールが行われ、その都市や地域社会の社会課題に適したプロジェクトが選ばれ、展示内容が再編集されていくのです。例えば、メルボルンでは、伝統的なアボロジニーの文化を反映したプロジェクトが、新たにオープンコールによって加えられました。共通して展示されるプロジェクトもありますが、それらはグローバルな視点で考えるべき問いを投げかけているものです。
重要なのは、単に情報を共有しあうだけでなく、今世界共通で考えるべき同時代的なテーマを、各都市で、それぞれのローカルの視点で、その場所で暮らす人々の目線に落とし、その地域社会に関係性の深いテーマとして考える機会をつくろうとしていることです。私たちはこの仕組みを「リ・キュレーション(Re-Curation)」と呼んでいます。

※サイエンスギャラリー・インターナショナル「BLOOD」展 左からダブリン展(2015年)、メルボルン展(2017年)、ロンドン展(2017年)

W:
「リ・キュレーション」していくことで、グローバルな視点とローカルな視点が浮き彫りにされ、そのテーマが持つ意味が見えてくる。それが互いに交換されていき、また各地にフィードバックされていくということですね。

A:
こうしたネットワークの可能性を高めるためにも、各地のサイエンスギャラリー間で、展示エキジビションの企画内容、一般の人たちの反応、セミナーやワークショップのプログラム企画、メディエーターのトレーニング方法、アーティストや研究者との人的リソースなどを、日頃からオンラインや定期的なミーティングを通して共有しあっています。お互いのナレッジ、リソース、経験をシェアしあうことで、各ローカル拠点が最低限の資金運営で非常に効果的でインパクトのある企画が実施できるというのも、私たちのネットワークモデルのメリットです。

※トリニティ・カレッジ(ダブリン大学)

W:
科学的探求とは本来グローバルなものであるわけですが、同時にその成果はそれぞれの地域社会の持つ生活文化や社会課題と深く繋がっていくことで、その価値が生かされていくのだと思います。その意味では、サイエンスギャラリーの国際的ネットワークは、世界共通の「コモンセンス」と、ローカルな視点、その両方を得たり、学ぶことができるというわけですね。
実は、今、日本社会のことを想像しながら聞いていたのですが、正直まだまだ課題が多いなあと言う印象です。世界的なネットワークとの接続という点においても、日本の大きな課題だと感じます。

A:
ロンドンも、ヴェネチアにも、たくさん素晴らしいギャラリーや文化施設はあるわけです。でも彼らがどうしてサイエンスギャラリーをつくりたいと思ったのか。それは国際的な創造性のフロー(流れ)の中に入っていくこと、このネットワークの一員になることに価値を見出したからです。日本の大学や都市はこうした発想をどのように受けとめるでしょうか?

W:
日本には、科学や芸術の優れた探求、そしてその担い手が非常に多く存在していると思っています。また京都のように、世界的に見ても、科学や芸術に関する長い歴史や土壌を持った都市があるのも確かです。しかし、重要なのは、やはりどのような社会的な空間をその都市が必要としているのか、そしてどのような主体が実際に存在するのかということが大きなポイントだと思います。つまり、広義での「ガバナンス」に関する課題です。

※サイエンスギャラリー・ダブリン 「LIFE AT THE EDGES」展

A:
大学の質ということは重視しますが、それを支えている都市やそこに暮らす人たちが自らのアイデンティティ、いわばローカリティを大切にしているような場所にこそ、これからは成長の可能性があるように思います。オープンなマインドを持って、次の世代のために新しいチャレンジに挑もうとするところは、世界中どこでもそういう都市ですからね。

W:
世界の潮流の中で、都市としてどのようなヴィジョンを持ち得るか。どのような人が集まり、どのような文化を育てていこうとするのか、その点が重要だと思います。そうでなければ、多様な主体が協力しあう関係はなかなか生まれにくい。大学単体でもないわけです。

A:
日本でもローカリティと世界的な感覚とを併せ持った都市がきっと生まれてくるだろうと期待しています。

※サイエンスギャラリー・インターナショナル
https://international.sciencegallery.com/

サイエンスギャラリー・インターナショナル エグゼクティブディレクター
アンドレア・バンデリ博士 Dr. Andrea Bandelli
Executive Director, Science Gallery International

アムステルダム自由大学にて、「Scientific Citizenship」の博士号を取得。STEAM教育を通じて全世界の若者の創造性を育成するグローバルネットワークである、サイエンスギャラリー・インターナショナルのエグゼクティブ・ディレクターを務める。90年代初頭からNEMOサイエンスセンター(アムステルダム)やマイアミ科学博物館など、学校や美術館での教育プラットフォームの開発を手がける。NISE(Nanoscale Informal Science Education network)の元パートナー、ドイツ博物館(ミュンヘン)理事。世界中の有力な美術館と協力して、科学、芸術、民主主義、市民参加に関連した多数の国際プロジェクトの指導を行ってきている。

鷲尾 和彦(わしお・かずひこ)
博報堂クリエイティブプロデューサー、「生活圏2050」プロジェクトリーダー

戦略プランニング、クリエイティブ・ディレクション、文化事業の領域で、数多くの企業や地方自治体や産業界とのプロジェクトに従事。プリ・アルスエレクトロニカ賞審査員(2014〜2015年)。主な著書に『共感ブランディング』(講談社)、『アルスエレクトロニカの挑戦~なぜオーストリアの地方都市で行われるアートフェスティバルに、世界中から人々が集まるのか』(学芸出版社)等。

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