入山 先ほど、「出島」での新規事業創出をうまくやるには「社長なり経営陣が容認してくれる」必要があるとおっしゃっていましたよね。やはり、経営トップの意向はプロジェクトの成否に大きく影響しますか?
高松 はい。すごく大きなポイントです。実際、QUANTUMで新規事業の創出をお手伝いしていた大企業の中には、トップが変わったタイミングでプロジェクト自体が消滅してしまったというケースもあります。
入山 費用対効果の面など、プロジェクト一つ一つの詳しい状況が分からないので全部を一緒くたに語るつもりはありませんが、大企業が再びイノベーションの生まれやすい組織に変わるには、経営トップの意向が大きいですよね。
中でも、最近私がいろんなところで話しているのが、日本の大企業のトップには「センスメイキング理論」の視点が足りない、ということで。
高松 どんな理論なのでしょう?
入山 米ミシガン大学のカール・ワイク教授が提唱した理論で、不確実性の高い状況においては「accuracy(アキュレシー / 正確性)」が経営の足を引っ張ってしまうという考え方です。
変化していく市場環境の中では「将来の正しい答え」なんてないはずなのに、日本の大企業は何事も正確な分析をしてから動こうとします。分析が不必要というのではなく、正確な分析だけに頼ろうとするのがダメなのです。
じゃあ何が大切になるかというと、「plausibility(プロウジビリティ )」、つまり「納得感」です。不確かな状況下では、何のためにビジネスをやっているのか、何のために仕事をするかという腹落ちがないと、誰も前に進めませんから。
この腹落ちを生むためにも、経営者はしっかりとビジョンを掲げなければなりませんが、日本の大企業の多くはビジョンが形骸化していたり、社員が腹落ちしていなかったりします。
だから、口では「変化しなければならない」「イノベーションが必要だ」と言っていても、誰も動かない。場合によっては社長自身さえも腹落ちしていないから、行動を変えられずにいるというわけです。
高松 我々がプロジェクトをご一緒する際、オーナー社長の会社だと比較的長くお付き合いすることになるケースが多いんですね。なぜだろうと考えると、今のお話に出てきた「納得感」、ビジョンの持ち方に差があるような気がするんです。
入山 そうですね。実際に、オーナー社長の方が、任期の短い雇われ社長よりもビジョナリーな場合が多いと言えると思います。
私も何度かお会いしている日本電産の永守さん(永守重信氏。日本電産の創業者で現・代表取締役会長兼社長)くらいになると、常に30年は先の未来を考えながら経営戦略を立てるそうです。最近お話しした時は、「2025年くらいに自家用ドローンの時代が来る」「ドローンには当然モーターが必要だから、(「世界No.1の総合モーターメーカー」という目標を掲げ、実際にそうなった日本電産としては)売上もまだまだ伸びるんだ」とおっしゃっていました。
また、同族経営になると、もっとロングタームでビジョンを語るようになります。彼らは自分の子どもや親族に会社を引き継ぐ時に、ベストな状態にしていたいと考えますから。
高松 なるほど。
入山 話がちょっと逸れましたが、経営者にとって最も重要な仕事とは、社員が腹落ちできるビジョンを作ること、そしてそのビジョンを浸透させることなのは、間違いありません。
高松 ビジョンらしきものを示す社是はあっても、浸透していない大企業も多いじゃないですか。となると、どうやって皆を腹落ちさせればいいのでしょう?
入山 死ぬ気で議論して、ビジョンを腹落ちするものに軌道修正しなければならないでしょうね。この手の議論というのは、主観が入っていていいのです。経営陣や社員が持っている主観を徹底的にぶつけ合うべきです。
で、どうしてもビジョンに合わないという経営メンバーには、辞めてもらうのがベターチョイスです。他の考えは全部違っていいけれど、ビジョンだけは一緒じゃないと事業を前に進められませんから。
歴史の長い大企業の場合、確かに過去に掲げたビジョンが時代に合わなくなってしまうケースがありますから、今話したようなプロセスを繰り返し行わなければなりません。日本では、これを避けている経営者が多いように感じています。
入山 逆に、グローバルに成功している大企業の経営者は、どうやって腹落ちするビジョンにし続けるか? を真剣に考えています。かつ、それを仕組み化して継続させるところまで考えているのです。
例えば米化学企業であるデュポンには「100年委員会」というのがあって、経営幹部は「これから100年先の未来がどうなるか?」を真剣に考えています。
また、独のシーメンスは、世界的な未来の潮流を「メガトレンド」と称して分析することで、先行投資する分野を決めています。日本だとここ最近注目されるようになったIoTについても、シーメンスはこの「メガトレンド」にしたがって20年近く前から投資をしていました。
本当は日本の大企業も、このくらいのロングタームでビジョンを再検討しなければならないはずなんです。QUANTUMでも、大企業発のイノベーションを活性化させるにはこういったビジョンメイクのお手伝いをしたらいいかもしれませんよ。
高松 実は最近、ある大手企業から「204X年に向けたビジョン策定に力を貸してほしい」というご要望をいただいたばかりです。
入山 そうなんですね! 私はずっと日本の「ビジョンなき経営」に警鐘を鳴らしてきたので、そういうお話を伺うとちょっと安心します。ただし、「腹落ち」まで持っていけるかが、チャレンジですね。ところで、QUANTUMはどんなビジョンを掲げていらっしゃるんですか?
高松 「Be A Founder」を行動指針に掲げてやっています。今までにないプロダクト、事業、企業を連続的に創造する場所としてスタートアップ・スタジオを運営していくには、社員全員がFounder(創業者)のように仕事をしなければならないと考えているので。
社員構成についても、できるだけダイバーシティな環境にするために多様なバックグラウンドを持つ社員を採用してきました。起業経験がある人やビジネスコンサルティングをやってきたような人、大企業出身のエンジニア・デザイナーなど、どの社員も「Be A Founder」という指針に共感して来てくれたと思っています。
入山 ビジョンに共感している人たちがダイバーシティな環境で仕事をする。イノベーションを生むために、本当に大切なポイントですね。ただ、ダイバーシティな環境にはいろんな考えを持った人が集まって来るので、議論をすれば必ず揉めますよね?
高松 そうですね。
入山 そこに経営の大変さがあるわけですけど、本来、議論のないイノベーションなんてないんです。日本企業の一部の人たちは、いまだに全会一致でイノベーションが起こせると思っている節があります。でもそれは絶対にあり得ない。
高松 「全会一致のイノベーションはない」というのは、とても良い言葉ですね。QUANTUMのようなまだまだ小さな会社で経営者をやっていても、全会一致を求めたくなってしまいますから。
入山 でも、ことイノベーションにかかわる経営判断は、とにかく議論し合うことでしか下せないじゃないですか。大企業だと、その結果派閥争いが起きたりもしますが、そこに皆が腹落ちできるビジョンがあれば無用な諍いも起きないはずです。
高松 最近は、スタートアップの方が大企業よりもビジョナリーだったりしますしね。その理由が入山さんのお話で腹落ちしました。
入山 ちなみにこうなってしまったのは、今、大企業の経営ボードにいる方々の多くは、若いころのキャッチアップ型の時代に、成功事例を経験しすぎていたからでしょう。やったことのないビジョンメイクは当然苦手だし、「ビジョンのような生ぬるい話より、成長戦略を教えてほしいんだ」という経営者が多勢だと思います。
高松 我々が支援している大企業でも、経営層の方々の中には目先の課題解消から入ろうとする人が多いと感じています。
「デザイン思考で〜」「リーン・スタートアップで〜」という最新の手法についてはよく知っているものの、もっと根本的な「自分たちがやる意義」であったり、それに連動する地べたを這うようなオペレーション改革の部分にはタッチしないというか。
入山さんが以前、あるセミナーで「大企業の中でイノベーションを生もうとしている社員には、その時点でS評価(最高評価)をあげなさい」と話していましたが、そういう制度面も含めてガラリと変えていこうとしている経営陣の方はまだまだ少ない。
そこで最後にお伺いしたいのは、これまでビジョンメイクとその浸透を軽視してきたような方々が、今から変わることができるのか? という点です。
入山 うーん、とても難しい質問ですね。経営陣に入るまでの30〜40年で確立されたマインドセットを今から変えてくださいと言っているようなものなので、人によっては「無理です」と言わざるを得ないかもしれません。
ただ、「そもそもこの会社はなぜ生まれたのか?」という創業の思いに立ち返った上で、もう一度フレッシュな今の言葉でビジョンを作り直すというのはできるかもしれません。
実際、欧米のグローバル企業では、コングロマリット化して巨大になった後、改めて創業の思いに立ち戻ってビジョンを再定義し直すところが増えています。
例えばユニリーバは今、「環境負荷を減らし、社会に貢献しながらビジネスを成長させる」というビジョンの下で、「環境負荷の半減」、「10億人のすこやかな暮らしの支援」、「数百万人の暮らしの向上」などを主要な目標にしています。
これらのビジョンや目標には、ユニリーバで最初の製品となったサンライト石鹸が、不衛生が社会課題となっていた当時の英国に衛生的な習慣を広めるきっかけになったという背景が隠されています。
つまり、「不衛生をなくす」という創業の思いをベースにしながら現代風に再定義することで、「すこやかな暮らしの支援」や、そのために「環境負荷の半減」を目指すというような目標を掲げているのだと思います。
こういう事例を見つつ、「経営者のやるべき仕事はビジョンを掲げ、浸透させることだ」とマインドを変えてくれる人がどれだけいるか。この点が、日本発のイノベーションを再び活性化する鍵を握ると考えています。
そして、それよりも下の世代で、これからエグゼクティブになっていくような人たちは、イノベーションにつながるような「知の探索」をたくさんしておくことが何より大切だと思います。
その上で、経営陣に当たってもアイデアを採用されそうにない時は、社内で一見浮いているように見えるけれど経営陣に一目置かれているような「優れた見識を持つ変わり者の先輩」を見つけて味方にしておくのも大事かもしれません。
高松 なぜですか?
入山 そういう変わり者の多くは、イノベーションにつながるかもしれない突拍子もないアイデアが好きだからです。彼ら・彼女らを味方につけると、何の後ろ盾もない状態で「イノベーションが大事だ!」「だからこんな事業をやらせてほしい」と経営陣に提案するより、アイデアを採用してもらえる確率が高まるでしょう。
高松 いずれはQUANTUMも、大企業の“未来のエグゼクティブ”にそういう頼られ方をする存在になれたらいいなと思います。今日は貴重なお話をありがとうございました。
Profile
入山 章栄
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年から現職。経営戦略、グローバル経営を専門とし、国際的な主要経営学術誌に多く論文を発表している。著書「世界の経営学者はいま何を考えているのか」「ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学」は、共にベストセラーに。
高松 充
博報堂にて営業職、在米日本大使館駐在を経て、TBWA\HAKUHODOで経営企画職、CSO、CFOを歴任。人材、ブランド、技術、チャネルなど、大企業が保有する豊富な資産を活かしたスタートアップとの共創により、日本独自のイノベーションを起こし続けたいとの思いから、スタートアップ・スタジオ「\QUANTUM」を創業し、2016年より現職。好きな言葉は「New is better than good」。常に新しいことに挑戦し続けるためのモットー。『キャンペーンアジアパシフィック』から「ニュービジネス・ディベロップメント・パーソン・オブ・ザ・イヤー」を受賞。