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アジアの未来を一歩先を行く生活者の価値観から捉える ASIAN TRIBES Vol.1

2018.03.19
急成長するアジア市場への進出を考えるとき、もはや日本で成功しているビジネスモデルをそのまま輸出するタイムマシン型の手法は通用しづらくなっている。これからは現地の生活者の価値観の変化を捉え、それに寄り添った商品開発や事業展開を行うことが求められており、その鍵になるのが、トライブ(先進的な生活者たち)だ。アジア諸国にはどのようなトライブがいるだろうか。

はじめに:トライブとは

──時代の変化を写す先進的な生活者「トライブ」を通じて、未来を導く

我々、博報堂グループのSEEDATAは、数年後に社会一般にあらわれてきそうな考え方や行動を、すでに体現している人たちを「トライブ」と呼んでいます。彼らの持っている先進的な価値観を理解できれば、それが世の中に浸透していく3~5年後の未来において、生活者の行動や社会のあり方はこう変わるのではないかという仮説を導き出すことができます。

例えば、シニアの美と健康の未来を洞察するために、老いさえも魅力として捉える60代シニア女性を「おてんばマダム」というトライブとして捉え、リサーチを行なったことがあります。彼女たちの象徴的な行動の一つに、メガネの度数を低くして、あえて視界をぼやけさせたままにするというものがありました。身体補助道具に依存しすぎると老化が促進されると考えているため、あえて少し足りないような状態に眼鏡の度数を調整していたのです。ここから「3~5年後の60代シニア女性は、自分を補助する道具を使うことが、身体機能の弱体化につながると考える。補助ではなく、むしろ積極的に負荷を求めるようになるだろう」という仮説を作りました。

こうした仮説を持つと、自社の有するリソースを使ってどんな価値を提供すれば喜ばれるのか、そのためにはどのような機能を持った商品を開発すればよいかなど、未来の生活者視点での商品やサービスの開発を進めることができます。

このトライブリサーチの手法は、国内だけでなく海外における事業拡大や商品開発を目指す際にも効果的なアプローチです。本連載では、海外市場の中でも、これからますます重要になるアジアを中心に、先進的な生活者たちを取り上げます。第一弾となる今回は「食事/飲料消費の変化」「ミレニアルズと宗教」という2つの観点から、我々が見出すアジアのトライブをご紹介します。

ASIAN TRIBE #001 伝統料理に対するアレンジ欲求を持つ「DIY・フーディーズ」

──インドネシアでは、慣れ親しんだ料理を楽しみたい一方で、健康的な食生活を実現するために伝統料理をアレンジする生活者が増加

アジアの生活者の食生活に関するトレンドを俯瞰すると、健康志向が高まっているという大きな流れを見て取ることができます。マレーシアでは子どもの肥満が社会問題になり、ジャンクフードを食べないようにする食の啓蒙活動が広まるなど、健康問題は個人でも社会全体でも大きな関心ごとになっています。

こうした流れにおいてアジアの生活者たちの中に、日々できる工夫として、自国の伝統的な食に一手間加えることで、より健康的で自分好みなものを作り出そうとする【DIYフーディーズ】がいます。「日本食」のようなわかりやすい健康的な食事も一方では人気があるのも確かですが、彼らはあくまで自国の伝統料理をアレンジすることで身近なところから健康を目指そうという人たちです。例えばインドネシアでは、レンダンという角煮のような伝統料理を、あえて肉を使わずにキノコなどの食材を用いて健康的なレンダンを調理する方法が注目を集めています。手間暇をかけてご飯を楽しむことや、他人と異なるアレンジをして食事を楽しむという傾向が今まで弱かったインドネシアの生活者が、これまでは店で買っていたものなどを、あえて自らの手で作る傾向が強くなっている。慣れ親しんだ伝統料理を楽しみたい一方で、健康的な食生活への見直しを行いたい。DIYフーディーズを注意深く見てみると、そんな欲求がインドネシアの生活者の中で登場してきているのではないかと考えることができます。

こうした現地の生活者の食に対する価値観の変化を捉えることで、国によって全く異なる食という領域においてもビジネスの機会を見出すことが可能になります。自分なりに少しアレンジをしたいという彼らのDIY欲求を深く掘り進めば、食関連のリソースを持つ日経企業が、現地でのビジネス拡大策を講じるヒントを得ることが可能だと言えるでしょう。

ASIAN TRIBE #002 ヒジャブを通じて自己表現をする「カジュアル・ヒジャビスタ」

──ミレニアルズ世代を中心に、ヒジャブを自由に着こなし、ハラルコスメを愛用する、宗教に対してオープンな向き合い方を持った生活者が増えている

ムスリム女性が顔を覆うために装着するヒジャブをカジュアル、ファッショナブルに着こなす【カジュアル・ヒジャビスタ】というトライブがいます。アジアには大小様々なムスリム国家がありますが、特にその数の多いインドネシアを中心に、若者のイスラム教に対する考え方がよりオープンになってきている印象です。その大きな背景には、アメリカのミレニアルズ・ムスリムたちがファッションのトレンドをムスリムの格好に取り入れ、ミップスター(ムスリム・ヒップスター)と呼ばれて支持されている、といったグローバルな変化があります。

こういった宗教との向き合い方の変化はアジアにも波及しており、例えば、これまでは戒律の問題でヒジャブを外すことができなかったムスリムたちが、ヒジャブそのものをアレンジすることでアニメキャラクターの髪型のコスプレをするなど、趣味やファッションを楽しむ姿勢が見られます。ここで重要なのは、彼女たちは決して戒律を破っているわけではなく、あくまで戒律の範囲内でムスリムファッションの可能性を探索しているという点です。ムスリムのあり方を否定するのではなく、伝統を理解した上で自分なりのアレンジをすることの可能性が認識され始めたことで、これまでヒジャブを巻くことを倦厭していた若い層も積極的にヒジャブを巻くようになってきています。そういった流れに呼応して、「30秒で簡単にヒジャブを巻けるtips動画」などもインドネシア国内で注目を集めており、これまで「ややこしくて古臭い」と思っていた人たちが日常的に取り入れるための手助けとなるものも充実してきています。【カジュアル・ヒジャビスタ】を観察することによって、アジアにおけるファッションの潮流を掴むだけでなく、彼女たちが宗教をどのように解釈しているかという重要な価値観を掴むことができると考えられます。

また、若いムスリムたちが関心を示しているのはヒジャブだけではなく、化粧品もいま注目を集めるカテゴリーのひとつです。これまでヒジャブ同様に戒律の厳しかった女性の化粧ですが、ハラルフードならぬハラルコスメが登場し、若い女性に新たな選択肢を与えています。これまで礼拝中は化粧を落とすことが当然のように求められてきたムスリム女性ですが、ハラル素材でできているハラルコスメなら礼拝中も付けていて大丈夫、という価値観が広がっています。礼拝中はさすがに、というムスリムの間では水溶性のマニキュアが流行るなど、ムスリムの様々な価値観に対応した商品が登場し、それらを個人が信条に従って選択する。こうして若者を中心に、宗教との向き合い方も徐々に変化しています。

アジア市場におけるトライブリサーチの有効性とは?

──変化の早いアジアだからこそ、1~2年後の生活者の価値観を読み解くことが重要

海外市場への進出や現地でのビジネス拡大を考える際に有効な分析手法は、もちろんトライブリサーチだけではありません。PEST分析に代表されるマクロ的な視点からの分析は、長期的な市場動向を見通すことができるため、進出の是非や市場の選定などにおいて従来通り重要であると思います。

ただ昨今の急激な成長に伴って、アジア諸国の生活者は、以前にも増して多種多様な価値観を持っていると考えられます。さらに急激な経済成長が続く状況は、生活者の価値観の変化のサイクルも早めるでしょう。日本国内のトライブの価値観が、一般社会にあらわれるまでに3~5年かかるとしたら、アジアにおいては1~2年ほどのスピードで変化が見られるようになると考えられます。このように、めまぐるしく変化するアジア市場に対して、生活者の変化を捉えず、日本国内で成功したモデルを、そのまま現地の市場構造に当てはめるようなタイムマシン的な経営手法は今後ますます通用しなくなるでしょう。実際に飲食やアパレルなど、現地の一般生活者を顧客とする日経企業のアジア市場撤退例は挙げればきりがありません。

多様な価値観を持つ生活者が登場し、なおかつ変化の早い現代のアジアにおいては、長期的かつマクロ的な市場動向の見通しだけでは、どうしても手探りの状態で事業を進めることになりかねません。そこで、ミクロ視点のトライブリサーチを通じて、1~2年先の現地の生活者の価値観や消費行動に対する確からしい仮説を得ることができれば、具体的な事業推進の打ち手を決めていくことが可能になります。変化し続けるアジア市場において、現地の生活者の価値観に寄り添った商品開発や事業展開を、確信を持って行えるようになる。国内はもちろん海外で事業を推進する際に、トライブリサーチが有効な手段の一つになると考えています。

Profile

林 直也
同志社大学商学部卒。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)修了。
Royal College of Art(王立美術院)、Pratt Instituteにてデザインエンジニアリング、インダストリアルデザインを学ぶ。2015年よりプランナー兼アナリストとしてSEEDATAに参加。現在は国内外の先進的な生活者の調査、及びコンサルティング業務に従事。

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