──博報堂入社以来、コピーライターとして活躍されていましたが、そんな細田さんが、「言葉」と「経営」を結びつけて考えるようになったきっかけを教えていただけますか?
2000年代後半のリーマンショック直後の景気低迷期頃、広告だけの力に限界を感じるようになりました。実態とかけ離れたイメージを企業広告で伝えても、生活者に見透かされます。プロダクトの魅力が乏しければ、どんなに優れたプロモーションを行っても、効果はありません。経営やプロダクト・サービスの開発段階から関われないか、と考えるようになったのは自然なことでした。
転機となったのは、米国ロサンゼルスにあるTBWA\CHIAT\DAYへの出向です。同社は広告を制作するクリエイティブエージェンシーでありながら、そこで活躍するコピーライターたちは、広告の言葉にとどまらず、ブランドの未来や新事業・新製品の方向性を決定づけるような言葉を真剣に考え、クライアントにぶつけていました。米国での経験を通じて、経営にこそ「クリエイティブな言葉」が必要だと確信するようになったのです。
2012年に帰国すると、日本企業は大きな変化のうねりの中にありました。
その一つが、活発化していた事業再編の動きです。リーマンショック後の苦境から脱するため、かなり踏み込んで事業の「選択と集中」に取り組む企業が増えました。財務的に健全な事業が残される一方、会社の歴史を支えてきたような事業が清算されることもあった。経営の健全さと引き換えに、自社のアイデンティティが見失われるケースが多発していたのです。こうしたリストラ後の企業において、自社の価値や目指すべき未来像を再定義する作業が必要になってきました。
もう一つの変化が、日本企業の本格的なグローバル進出です。メーカーだけでなくサービス業なども相次いで海外市場を目指すようになりました。
しかし、たとえ日本で有名な企業であっても、ひとたび海外に出てしまえば、どんな会社なのかを簡単には理解してもらえません。グローバルで通用するためには、自社が何を信じ、何を目的として、どんな事業を、どんな強みで営んでいるのかを明確に伝える「普遍的な物語」が求められます。
この2つはまさに今、多くの日本企業が直面している喫緊の課題であると同時に、言葉のクリエイティビティでしか解が出せない問題です。経営と言葉は今こそもっと結びついて論じられ、実践されるべきだと考えました。
──「言葉の経営」と対比して、「数字の経営」についても指摘されていますね。
はい。日本企業がこれまで特に重視してきたのは、「数字の経営」だったと思います。たとえば、業績やシェアなどの数字をベースにして、その延長線上に「前年度比10%の売上増」といった成長を描き、数値から計画を立てるという具合です。
もちろんこれは健全な経営の考え方です。しかしながら過去の数字を見ているだけでは、経営環境の急激な変化に対応できません。前年度比10%の売り上げ増を目指すことが至上命令になっている環境下では、既存のビジネスを破壊するような提案は生まれようがないのです。反対に大企業が取り組むにふさわしいイノベーションは、誰も想像していなかった地点にゴールを設定して、そこに思い切って踏み出すところから始まります。「誰も想像もしてなかったゴール」とは、言葉でこそ設定できるものなのです。
たとえば、ビル・ゲイツは、まだ多くの人々がコンピューターと無縁だった時代に、「すべてのデスクと、すべての家庭にコンピューターを」という言葉をビジョンとして掲げ、ウィンドウズでまさにそれを実現しました。「ポケットに入るラジオ」というコンセプトがなければソニーの超小型トランジスタラジオはなかったでしょうし、「1000曲をポケットに」という言葉がなかったら、アップルのiPodも、誕生していなかったはずです。
数値としての経営目標だけを追いかける環境では、前例のない思いつきのようなアイデアは生き残れません。「いつ完成するかも分からない」「市場があるかもわからない」との経営会議で潰されてしまうのがオチです。
経営には、経済合理性や採算性といった数字で検証していたら選べない選択肢があります。その選択をあえて行うには、判断を正当化する「言葉の力」がどうしたって必要なのです。
繰り返しになりますが数字の経営も健全な経営のためには大切。数字「だけ」に偏っているのが問題なのです。数値を重ねても、価値は生まれないということを忘れてはなりません。
──最近は日本でも、経営理念(ビジョン)を社内に浸透させ、その実現に向けて企業活動を行う「ビジョナリー経営」が重視されるようになってきています。しかし、人と組織を力強く導くような言葉で、自社のビジョンをうまく表現できている企業はごく一部の印象ですが、細田さんはどう感じられていますか?
実際のところ、日本企業の多くでは「ビジョン」が機能していません。原因を考えてみましょう。
機能するビジョンのひとつの条件は「見える言葉」であることです。そもそもVISIONとは視覚を意味する英語ですから。たとえば日本では、「誰もが笑顔になれる社会の実現に貢献する」といった曖昧なビジョンをよく見かけます。この言葉では目指すべき場所の景色を見せることができていないため、仲間たちをどこにも導けないのです。
我々は「言葉の解像度を上げること」を常に提案しています。誰もが笑顔になっているとしたら、その場所はどこで、何を見て、どんなことをしているのか。自社はその風景にどんな価値を提供し、人々に笑顔をもたらしたいのか。そこを深く追究していくことが必要なのです。言葉を詰めると、思考もまた詰まっていく。
ココ・シャネルは「女性のからだを自由にする」という言葉でビジョンを語りました。
シャネルが登場するまでの20世紀前半の女性服は、男性の好みで女性に買い与える、男性目線の服でした。コルセットで体を過度に拘束し、装飾品を飾り付けたドレスはまさにその象徴です。シャネルが目指したのは、窮屈に拘束されてきた女性の体と心を解き放つこと。女性のからだを自由にすることで、女性の働く自由をつくる。働く女性が増えれば、自ら本当に着たい服を選ぶことができる。言い換えれば、シャネルは女性の時代をデザインしようとしたのです。
よく知られているのが、女性服からコルセットをなくしたことです。他にも、動きやすいジャージ生地を使ってドレスをつくったり、ハンドバックが主流だった時代に女性の両手を自由にするショルダーバッグを開発したりしました。
この様に解像度の高いビジョンをひとつ掲げれば、ビジョンに照らされるように新しいコンセプトも次々と生まれてくるのです。「次は女性の何を自由にする?」という問いが現場で議論されていたに違いありません。
シャネルのビジョンがもしも「女性を幸せにする」という抽象的な言葉だったら、こうした一連の革新的なプロダクトは生まれなかったことでしょう。
もう一つ重要なのが、ビジョンには本来、賛否両論がつきまとうものだと認識することです。誰もが手放しで「いいね」と賛同するようなビジョンは、凡庸で、当たり障りのないものである可能性が高い。耳障りのいいだけの、単なるポエムだと思った方がいい。ビジョンは、現時点でまだ実現していないことを語るもの。実現してないからにはそれなりの理由があり、反発や無理だという声があがって当然なのです。
多くの経営者が解像度の高いビジョンを提示できず、抽象的な言葉に逃げてしまうのは、社内外の摩擦を恐れてのことでしょう。それでは意味がありませんよね。異論や反論を巻き起こすビジョンこそ、創造的なディスカッションを生み出し、イノベーションにつながるような発想を育てられるのです。
──ただ、複数の事業部を抱えている企業が、賛否両論が起こるような刺激的なビジョンをつくるのはなかなか難しい気がしますが……。
トップが賛否両論を引き受け、意志をもって決めるのが理想的です。しかし実際には、プロジェクトチーム形式で進めたいと仰る経営者は少なくありません。各事業部からメンバーを集めて、全員が納得するビジョンを見つけるのは正直、難しい。参加者が部署の利害を背負っているため、最大公約数的な結論になりがちなのです。それでもいくつかのポイントを押さえれば、議論の質は十分に向上することがわかってきました。
プロジェクトチームでビジョンをつくる場合、参加者全員に思考のモードを大きく変えてもらうことが重要です。私がよく提案するのは「バックキャスティング」という手法。これは、未来のある時点で「こうありたい」という目標を設定し、そこから逆算していますべきことを考えていく、という方法です。
目の前にある事業の現状をベースに考えても、創造的な未来はイメージできません。馬車を改善しても、鉄道は生まれないとはよく言ったものです。反対に、参加者全員に「20年後、どんな製品を生み出していて、どのような会社として社会から評価されていたらベストか?」と問いかけ、自社のあるべき未来像を自由な発想でディスカッションしいく。そこから逆算して10年後、5年後にやるべきことを考え、それを言葉に落とし込んでいくのです。
こうしたプロセスを踏まえることで、参加者が利害関係を超えた、大きな視点から発言できるようになります。
いちど未来をイメージしたら、あえて過去を遡って過去の自分たちを再定義する作業も有効です。たとえば、家電メーカーが自らを家電メーカーというフレームで捉えているうちは大きな変化は起こしにくいものです。しかし、会社の歴史をあらためて振り返って「家電の会社」ではなく、「誰よりも家族を見つめてきた会社である」、あるいは「女性を自由にしてきた会社である」などと捉え直したとしましょう。すると、次の家族のために、次の女性の理想像のために、何ができるか?と考えることになる。家電のフレームから離れることで、発想が自由になる。会社の新たな使命が見えてくる。もはや、つくるべきものは電気製品ではないかもしれない。それでいいのです。
生産しているモノが、そのまま、生み出している価値になるという捉え方は20世紀までの幻想。世界中の自動車会社が、こぞってモーターカンパニーから、モビリティカンパニーと言い始めた理由は、生産するモノ自体と生活者が求める価値のズレが無視できなくなってきたからでしょう。
このように自社が生み出してきた価値(ミッション)を再定義する作業は、変革の足場をつくる上で大きな意味を持ちます。
未来のあるべき姿をつきつめるビジョンの言語化と、過去の自分たちの役割を再定義するミッションの言語化の往復運動が、次なる事業戦略という物語の骨子をつくるのです。
──なるほど。長年、人と企業を「言葉」によってつなぐコピーライターとして活躍されてきた細田さんだからこそのメソッドですね。
そうかもしれません。そもそも、「自分の会社の本質的な価値は何か?」と問われても、意外と社内の人間は言葉で表現できなかったりします。だからこそ、外部の目線でそこを明らかにし、もっともふさわしい言葉に置き換えていく。それが我々の重要な役割です。
でも、コピーライティングと決定的に違う点もあります。それは言葉にして終わりではないということ。ビジョンを掲げた後のプロセスにも注力する必要があります。ビジョンを実現するための計画はどう立てるべきか。組織はデザインされるべきか。どう個人の評価とむすびつけるか。ビジョンをアクションにつなげる設計と実行が欠かせません。
いずれにしても「言葉の経営」と呼べる側面から価値をつくりだすこと。事業計画を小説や映画よりも刺激的で創造的な物語にすること。こうした経営のテーマに対して、広告業界の人材はもっと貢献できると私は信じています。
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細田高広
博報堂入社後、米国のTBWA\CHIAT\DAYを経て現職。日産、アディダス、AIG、ユニクロなどのグローバルブランドを担う一方、多くの企業において経営者のパートナーとなり企業ビジョンや事業・商品コンセプトの策定に関わってきた。2016年にはCampaign誌によるNorth Asia Creator of the Year、およびアジアのマーケティング業界を代表する40歳以下の40人(40 UNDER 40)に選出。その他、カンヌ金賞、スパイクスアジアグランプリ、Clioグランプリ、ACCグランプリなど国内外で受賞多数。著書に「未来は言葉でつくられる」(ダイヤモンド社)などがある。