──個人の信用度の可視化が進む中国では、従来のように資産を増やすことよりも、自分自身の信用を上げることを重視する生活者が登場している
人の信用度を可視化する取り組みが急激に進んでいる中国では、「資産」よりも「信頼」を蓄積することを重視し、そうして蓄積した信頼によって生計を立てようとする【クレジット・スコアラー】というトライブが存在しています。背景には、中国のEコマース企業アリババが、学歴や職歴、交流関係、料金の支払い履歴や消費の特徴などの情報を元に、個人がいかに信頼に値する人間かを数字で可視化する芝麻信用(セサミ・クレジット)というサービスを提供していることがあげられます。一定値以上の信用度を有していると、デポジットの支払い無しでの自転車シェアサービスの利用や、飛行機の優先搭乗が可能になるなど様々なメリットを享受することができます。中国の一部の生活者の間では、このセサミ・クレジットのスコアをSNSでシェアすることがトレンドになったり、スコアを上げるための講座が人気を集め始めています。
これまでは、多くの資産を持つほど豊かな経済活動を行うことができるというのが一般的でしたが、今後は、資産の代わりに多くの信用を持つことが重要になるかもしれません。ジェレミー・リフキンの著書『限界費用ゼロ社会』で語られているように、あらゆる消費活動がシェアによって成り替わり、サービスを使うために”貨幣で購入する”のでなく”信用で借りる”ということが多くなっていくでしょう。こうしたシェアリングエコノミーが拡大し続けると、「資産を稼ぐための仕事」よりも「個人の信頼を蓄積するための活動」を重視する【クレジット・スコアラー】のような価値観は、今後広く普及していくと考えられます。
クレジット・スコアラーの持つ価値観を捉えることは、信用を元にモノやサービスを共有することが当たり前になる近未来における生活者の価値観を先取りして理解することにつながるでしょう。
──「身の回りの空気の質が健康や美容に強く影響する」という考えを持ち、空気の清潔さや取り入れ方に強くこだわるという生活者が登場している
大気汚染が深刻化する中国には、「取り入れる空気が健康や美容に強く影響する」と考えて、その清潔さや取り入れ方に強くこだわる【エア・セレブ】というトライブが存在しています。近年中国では、高価格帯の機能性マスクを購入する生活者が急速に増加しています。また中国・韓国の化粧品会社は、皮膚をスモッグや公害から守る「抗大気汚染(アンチポリューション)」スキンケアへの取り組みを強化しており、このアンチポリューションは、美容業界の新たなバズワードになる勢いです。
1970年代以降、中国共産党の掲げた「発展こそ至上命題である」というスローガンを土台に、右肩上がりの経済成長を見せる中国ですが、それに伴う大気汚染が深刻化しています。特に都市部の空気の悪化は顕著で、中国のみならずシンガポール、インドネシア、マレーシアにおける煙害の健康被害は年々大きくなっています。また大気汚染の深刻化と皮膚のしみとの関係が明らかにされた研究も発表され、大気汚染が健康だけでなく美容に対する悪影響も問題視されています。
これからは、大気汚染に起因する健康被害や肌の状態を悪化させるリスクが、今まで以上にクローズアップされ、紫外線や乾燥などと同じか、それ以上に生活者が対処しなければならない課題となるでしょう。すると「空気が健康や美容に影響する」と考え、そのケアに多くの時間とお金を投資する【エア・セレブ】のような生活者がより増加していくと考えられます。
彼らの持つ価値観を捉えることは、ヘルスケアや美容化粧品、家電メーカーを始めとした様々な業界の企業にとって、有益な示唆を与えるでしょう。
──中国を始めとしたアジア諸国には、店舗を持つ代わりに、低コストで手に入る乗用車を改造し、その車内を売り場にして商売を行なっている生活者がいる
※car + entrepreneur(起業家)=car-trepreneur(カー・トレプレナー)
アジア諸国の街中には、食材から衣料品まで、様々な商品を販売する露天商がひしめき合っています。その中には、乗用車を店舗のように使用し、商品の販売を行なっている生活者が存在しており、我々は彼らを【カートレプレナー】というトライブとして捉えます。彼らは、商売のために作られた移動販売車ではなく、あくまで一般的な自動車を改造し、車内に簡易の店舗を作り上げ、街の一角に乗り付けてその場で商売を行います。衣服を並べて服屋として使ったり、調理設備を取り付けて料理を提供したりするなど、その用途は様々です。
近年のめまぐるしい経済成長に伴い、中国の都市部には多くの地方出身者が流入し様々なビジネスを始めています。ビジネスを始めようにも土地や資金力のない若者や地方出身者たちにとって、店舗を構える必要がなく、少ないコストで参入できる露天商は恰好のフィールドです。また、無許可で露店を営業することが政府に厳しく規制されている中国において、素早く移動できる自動車は商人たちが取り締まりから逃れる手段にもなっています。このような背景から、カートレプレナーは都市部でビジネスを始める若者たちから注目を集めています。
現在、中国国内で急速に使用が拡大しているアリペイやWechatペイなどのモバイル決済は、店舗だけでなく露天商への支払いにも用いることができます。これらの普及が露天商の市場規模の拡大をもたらし、【カートレプレナー】のような人々はさらに増加すると考えられます。
こうした無店舗販売の手法は、今後中国を中心に屋台ビジネスの盛んなアジア諸国で広がり、消費者の動向に影響を与えていくでしょう。彼らの実態を調査することは、企業が現地でビジネスを展開する際に大きなヒントとなるのではないでしょうか。
──韓国では「毎日行う化粧」と「一生変わる整形」の中間を求めて、半年から数年間で元に戻る半永久的な整形を求める生活者が増加している
韓国といえば美容大国として知られ、整形等の美容医療が発展しています。日本では否定的に受け取られがちな整形も韓国では一般に受け入れられて来ました。こうした美容に対する独自の考え方を持つ韓国の生活者の一部では、変化が永続的に持続する従来通りの美容整形ではなく、一定期間のみ容姿の変化が維持されることを求める【半永久コスメ族】というトライブが存在しています。
例えば、一度使用すると唇に色素が沈着し、一週間ほど効果が続くティントリップといった化粧品が2015年頃から人気を博していました。最近では、眉毛の薄い部分に色素を注入することで、2~3年間いつでも完璧な眉の状態を維持することのできる眉タトゥーが流行しています。通常のタトゥーとは異なり、皮膚の浅い部分に色素を注入するため一定期間が経過すると自然に消えるという点で人気となっているようです。
こうした流行の背景には、恒常的に美しい自分でありたいという従来の整形に求める考え方がある一方で、そのときどきの流行や、変化する自分の好み、就職や結婚などのライフイベントに合わせて、自分の容姿をある程度調整できるようにしていたいという【半永久コスメ族】の持つ価値観が増加してきていることが考えられます。
美容に対して先進的な価値観を有する彼女たちの調査は、日本国内における美容整形のあり方を再構築するヒントになるだけでなく、新しいアプローチの化粧品の開発などにも有益なものになるでしょう。
──これまでは大学受験のための教育に投資を行っていたパパたちだが、一部では子どもの将来の仕事を見据えて、早期教育を行うパパたちがいる
昨今、韓国の小中高生の間では、WordやExcelといった基礎的なコンピュータースキルだけではなく、プログラミングスキルを習うことがブームになっています。政府は2018年にプログラミング教育の義務化を実施し、プログラミングに関する韓国語の書籍や塾などが次々と登場。そこで一部の韓国の父親は、自らがプログラミングを勉強して、それを子どもに教えるということをしているようです。このような父親たちのことを私たちは、韓国の【早育パパ】と呼びます。
早育パパの行動の背景には、韓国の大卒者は就職が困難であるという問題があります。一部のメディアでは未来を描けず「恋愛」「結婚」「出産」「人間関係」「マイホーム」「夢」「就職」の7つを放棄した韓国の若者を、「七放世代」と呼んでいます。大学受験に向けて熱心に教育投資を行っていた韓国の親たちですが、大学に入っても就職できないという状況から、受験戦争を勝ち抜くためではなく、大学の先を見据えた就職戦争を勝ち抜くための教育投資が早期化しているようです。
日本では既に早期教育に先進的に取り組むママのことを「早育ママ」というトライブ名で調査しました。幼少期からビジネス雑誌を子どもに読み聞かせするママなど、一般の生活者とはかけ離れた特異な教育内容や高い教育意識を発見することができました。これらの調査結果をヒントにすることで、従来の教育内容とは一味違う、新しい事業アイデアの発想が可能になります。
韓国の【早育パパ】を調べることは、国内で教育系の事業を営む企業の海外進出のヒントになるだけでなく、日本にも訪れつつある脱学歴社会における教育のあり方や、親子の関わり方を洞察することができるでしょう。
我々、SEEDATA ASIAは、1年後に当たり前になるであろう考え方や行動を先取りしているアジア諸国に暮らす旬な生活者たち = アジアのトライブを独自のアプローチで発見・定義し、リサーチを行います。デプスインタビューやエスノグラフィーなどの定性調査を、現地に慣れ親しんだアナリストと協力して実施することで、アジアのトライブの持つ考え方や日常生活における課題を導き出し、1年後の現地の生活者の変化の兆しを捉えることができます。こうした変化を捉えることは、国外市場における事業推進に役立つだけでなく、国内での新事業や新商品を考える上でも有意義です。本連載ASIAN-TRIBESでは、我々が発見したアジアのトライブたちを紹介していきます。
*SEEDATAへのお問い合わせはinfo@seedata.jpまで。
Profile
林 直也
同志社大学商学部卒。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)修了。
Royal College of Art(王立美術院)、Pratt Instituteにてデザインエンジニアリング、インダストリアルデザインを学ぶ。2015年よりプランナー兼アナリストとしてSEEDATAに参加。現在は国内外の先進的な生活者の調査、及びコンサルティング業務に従事。