──リモートワークができる環境が充実し始めたアジアのリゾート地を、短期間で移動しながらフリーランスとして働くミレニアル世代が増加
リモートワークをする土壌が整ったことで、定住せずに各地を転々としながらフリーランスとして仕事をするノマドと呼ばれる人々が増加しています。リゾートとして有名なインドネシアのバリや、安価で仕事ができるカフェなどが多いタイのチェンマイは彼らから注目を集めており、多くのノマドワーカーたちが移り住むようになってきています。国境を超えて、働きやすい街に数ヶ月単位で移動しながら働く人たちを、我々は【パラダイスワーカー】というトライブとして捉えます。
東南アジアは、物価の安さに加え、海や森などの自然が豊富なことで、以前からバックパッカーたちに人気の土地でした。それがネット環境が整備され仕事ができる環境が充実し始めたことで、リモートで仕事を行うデジタルノマドたちが集まる場所に変化しているのです。最近はカンボジアのシェムリアップなどにもコワーキングスペースが登場し始め、新たな活動拠点として注目を集めています。
彼らは観光やアウトドアスポーツ、現地グルメなど、リゾート地ならではのコンテンツを楽しみながら、コワーキングスペースを頻繁に利用して作業を行います。パラダイスワーカーの生活にはフレキシブルに時間を使って仕事ができるという利点があり、例えば午前はビーチでサーフィンを楽しみ、午後はコワーキングスペースにこもってエンジニアとして仕事をするというような働き方も可能です。また、そこに集まる同業者の中で交流が生まれ、コミュニティを形成して友人や仕事仲間といった人間関係を作り出していきます。高度なスキルを活かしながらアジアの土地を短期間で移動する彼らの働き方は、オフィスとカフェを行き来する一般的なノマドワーカーの働き方の一歩先をいくと言えるでしょう。
こうした【パラダイスワーカー】の価値観は、未来の働き方はもちろん、住まい方、余暇の使い方などを考える上で、様々な示唆を与えてくれるでしょう。彼らが集まる街の様子や彼らの行動を観察することで、コミュニティをベースにしたスペース設計や街づくりのヒントを得ることができ、インバウンド観光促進や地方創生活動などに応用することも可能です。
──女性の社会進出が進むインドネシアとマレーシアでは、社会課題の解決のために自ら起業するムスリム女性たちが登場
※lady + entrepreneur(起業家)=lady-preneur(レディ・プレナー)
世界の多くの国で、STEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics)分野でのジェンダーギャップが指摘される一方、ムスリム国家では大学でSTEMの分野を専攻する女性の割合が高いという特徴があります。イスラム教徒が人口の大部分を占めるインドネシアとマレーシアでも同様に、いわゆる「リケジョ」が多く、両国では女性の社会進出が進んでいると言われています。
近年マレーシアでは、多くの起業家が誕生しており、中でも女性の社会進出の流れとともに若年層の女性起業家が特に増加傾向にあります。彼女たちの多くはハラルフードやムスリムファッションなど、イスラム圏ならではの課題を女性の視点から解決するビジネスを始め、強い共感を集めています。こうしたマレーシアの女性起業家たちを【レディ・プレナー】というトライブとして捉えています。
例えば、11歳の時におもちゃの販売でビジネスを始め、その後学生向けヒジャブのオンライン販売で起業したマレーシア最年少の起業家とも言われる少女が話題になっており、年齢や性別にとらわれず起業しやすいマレーシアの気風が伺えます。本連載のvol. 1で紹介したようにムスリムファッションを楽しむ【カジュアル・ヒジャビスタ】のような女性が増加していることから、特にファッションや美容の分野での起業は盛んになっているようです。
女性進出の時代の先陣を切り、起業に挑戦するマレーシアの【レディ・プレナー】を調査することは、日本とは生活様式の異なるイスラム圏で、忙しく働く女性たちが求めている商品やサービスのヒントを見出すことが可能です。また、ムスリムである彼女たちの働き方やキャリア観を知ることは、日本にいるだけではなかなか実感することのできない、アジアのミレニアル世代の宗教と働き方の関係性を理解することにもつながるでしょう。
──タイでは、都市部で働いて経験を積んだ後、生まれ育った故郷を活性化するためにビジネスを始めるミレニアル世代が増えている
2025年までにはアジアの人口のほぼ50%が都市部に住むようになると予測されています。 地方の人々がより良い教育と雇用の機会を求めて大都市に移住する中で、そのほとんどは故郷に戻らず都市部で働き続けることを選んでいます。このような背景から、アジア諸国でも日本と同様に地方の過疎化が進んでいます。
しかし、近年では人の流れの逆転が起こっており、都市部から農村部へと移り住む人が増加しています。農村出身の若者の一部は、大学を卒業した後に自身のルーツを求めて故郷に戻り、地域の発展のために自ら事業を始めています。彼らは農村の経済を活性化させるため、最新のテクノロジーや大学で学んだノウハウと地元の資源を組み合わせてビジネスを行います。自らの故郷で地域の発展のために様々な事業を行うタイの若者たちを、我々は【ハングリー・ターン】と呼んでいます。
彼らが活躍している地域の例として、タイ東北部のイサーンがあります。イサーンでは、eコマースと地域の伝統技術を組み合わせたビジネスや、地元で養殖が盛んな昆虫の、海外向けの健康食やコスメの原料としての販売といった事業が生まれています。もともとイサーンという地域では、家族や身内のために農作物を育てる農家が多く、都市部との社会的な関係性の薄さから、人々からあまり関心を向けられていませんでしたが、現在ではイサーンで事業を起こす【ハングリー・ターン】たちの活動が地元住民や海外からの注目を集め、この地域を訪れる人が増えているほどです。
「Uターン」や「Iターン」と言われるように、日本でも同様に地方で生活することにメリットを見出す若者が増えています。都会の喧騒から離れた地方での暮らしに、現代の若者たちは魅力を感じているのです。これと同様に地方での生活を選ぶハングリー・ターンですが、彼らの場合は、地方の活性化やビジネスでの成功という目標を持っている点が特徴です。
こうしたタイのミレニアル世代の考え方を鑑みると、現在あまり注目を浴びていないようなアジアの地方都市にこそビジネス・チャンスが生まれるかもしれません。こうした流れの最先端にいる【ハングリー・ターン】について調査をすることは、他の東南アジア諸国で起こるこうした働き方について先取りして理解することにつながります。
──世の中に流通する製品を生み出してやろうという野心を抱え、個人でプロダクト開発に取り組む、深センのミレニアル世代。
中国の経済特区の一つであり、急速な成長を遂げている深センは、いまや「紅いシリコンバレー」と呼ばれるほど起業家精神に溢れた人々が活動をしている都市になった。そんな深センには【メイカー(創客)】と呼ばれている人たちが存在しており、単に製造会社に従事してものづくりに励む人たち(メーカー)とは異なる働き方を実践している。顧客のニーズに合わせてプロダクトを開発しようとするのではなく、個人である【メイカー】たちは自分の欲求に基づいて考えついたアイデアを、なんとかしてハードウェア製品に落とし込むために、日夜手を動かしてものづくりに励んでいるのだ。
深センでは「衆創空間」と呼ばれるものづくりのためのスペースが充実しており、無料での工作機械の使用はもちろん、個人向けに機材の使い方や加工テクニック向上のための講習会が定期的に開かれている。
また年に1度「メイカーフェア」と呼ばれる、製品の大規模な展示会も開催されており新しいアイデアやノウハウも共有される。さらには電子パーツの問屋、金型や組み立て工場などが密集しており、安く素早く製品を生産しやすい環境が整っているため、プロトタイプを開発しやすく、クラウドファンディングでお金を集め、SNSでマーケティングを行い、再び深センで製品開発を行うというエコシステムができあがっている。個人で商品を開発しようと試みる【メイカー】たちにとっては、豊富な機材へのアクセスだけでなく、同じような志を持つ人々とのコミュニティが形成しやすいのは大きなメリットだ。
もはや模倣品を安価に作り出すといった中国の持っていた従来のイメージとは違い、ファーウェイやテンセントなどの巨大企業を生み出しているイノベーション都市、深セン。その環境を体験しようと多くの日系企業が現地視察に向かっているが、その際には現地の【メイカー】のような生活者たちの考え方や働き方を調査することこそ有効なのではないだろうか?現地の生活者の視点に立って、都市のエコシステムを理解することこそが、形だけではなく、実際にイノベーションを促進するスペースやコミュニティの設計に活かすことができるだろう。
──30代でお金の心配から開放され、好きな場所で好きな仕事をして生きていけるように20代を過ごすミレニアル世代が増えている。
※FIRE(Financially Independent, Early Retirement)
2016年に発売されベストセラーとなった書籍『ライフ・シフト』の中で、著者のリンダ・グラットンは、人生100年時代においては、教育・仕事・引退という3フェーズで人生を捉えてはいけないと主張しました。実際に日本国内でも、定年再雇用の年齢上限を撤廃して、何歳になっても意欲さえあればリタイアせずに働くことのできる環境を整備する企業が出現し始めており、以前よりも多様な働き方が認められつつあります。
そんな中、30代や40代前半で経済的に独立することで、早期にセミリタイアすることを目指すミレニアル世代が増加しています。彼らは、英語の頭文字をとってFIRE(Financially Independent, Early Retirement)と呼ばれます。アジアにおいては、欧米に近い働き方が浸透し、収入も高いシンガポールや香港などに比較的顕著な考え方です。就職してすぐにシビアな貯蓄を行うのと同時に、安定して収入が得られる手段を築きながら20代を過ごすことで、30代以降はお金に縛られずに、本当に自分が好きなことに打ち込みたいと考えています。
元々こうした考えを持ち実行に移すのは、IT業界で働くエンジニアや、投資銀行で働くような一部の高所得層が中心でしたが、ミレニアル世代の若者では質素倹約な生活を送ることで、収入に関係なくこうした暮らし方・働き方を実現しようとする人が増えています。といっても、過度に切り詰めた暮らしをするわけでもなく、無駄な出費を着実に抑え、未来のために貯金や株式などの有形資産と、スキルや知識などの無形資産とを黙々と築き上げるのが特徴です。ある程度の資産を形成した上で、この記事でも紹介したパラダイスワーカーのように、旅をするように好きな場所でライターの仕事をしたり、ハングリー・ターンのように生まれ育った故郷に帰り自分が熱中できる事業に取り組んだりしています。日本のミレニアル世代にも通ずる彼らの持つ働き方の考え方、キャリア観を明らかにすることは、現地でのより良い採用やマネージメントのヒントを探るだけでなく、国内での人事制度などの開発にも活用することができると考えられます。
今回は、先進的な働き方を実践するアジアのミレニアル世代をテーマに、5つのトライブをご紹介しました。アメリカや日本でも多様な働き方が多くの人々に広まるにつれ、自らのスキルを活かして単発の仕事ができるクラウドソーシングサービスや、WeWorkに代表されるコワーキングスペースなど、働き方に関する様々な新しいビジネスが成長していきました。これからますます働き手が増えるアジア諸国においても同様に、こうした現地の働き方の潮流を先取りした上で、自社リソースを活用する機会を見出すことが重要になるでしょう。
こうした変化の兆しを捉えるため、SEEDATA ASIAはデプスインタビューやエスノグラフィーなどを用いた定性調査を行い、現地の生活者が持つ独自の価値観や課題を明らかにします。現地の1年後の働き方の変化を見通し、企業の持つリソースを活かした既存商品のローカライズや新規事業開発をサポートします。