堀江 最初に、博報堂ケトルさんという会社は、博報堂グループの中ではどういった位置付けになるのですか。
嶋 「手口ニュートラル」というコンセプトでクライアントや世の中の課題をもっとも効果的な手口で解決することを目指しています。ですから、テレビCMを作る時もあるし、デジタルコンテンツを作る時もあるし、イベントを制作する時もあります。仕事の半分はクライアントのマーケティング課題を解決する仕事をフィーで請け負っています。残りの半分は本屋の経営や、雑誌やラジオ番組の制作といった自社がリスクを負うビジネスです。13年前に5人で企業内起業しまして、現在は40人の規模でやっています。すごく多動的な会社ではあると思っています。
堀江 今日はB&Bの話をお聞きしたくて楽しみにしてきました。
嶋 B&Bへの発想のきっかけは、ブルータスの本屋特集で、ゲストエディターとして全国の本屋さんを取材したことがきっかけでした。本屋って、コミュニティの中核になりうる位置にいて、すごく重要だなと思ったんです。でも、取材した本屋さんはとても魅力的だったのですが、全国の多くの本屋さんの経営が成り立っていないという事実にも直面し、ならば今の時代に持続的に経営が成り立つ本屋が作れないものかと思って始めたのがB&Bです。本屋ではありますが、既存の本屋の枠に収まっていないというか、年間で500本のイベントを毎日開催していますし、ビールの販売もしています。本を陳列している家具も全部売り物です。
堀江 実は銭湯業界も書店業界とまったく同じ状況なんです。やはり書店と同じで、戦後すぐの時代はめちゃくちゃに儲かったらしいです。
嶋 確かに家に風呂がない時代は、相当儲かった業界でしょうね。
堀江 だから相互扶助の目的で組合を作って、数をコントロールすることで、儲かる状態を維持するシステムを作り上げた。実は銭湯業界には信用組合があって、そこには膨大な資産が眠っているんです。しかし今は銭湯が激減していて貸出先がない、運用に困っているという現実があります。
嶋 本屋も同じで、高度成長期には、本屋をやれば確実に儲かったという時代があったそうです。取次会社が開店資金も貸してくれるから、みんながこぞって書店経営に参入した。それが年々減少していく時代になってきている。
堀江 それは単に旧態依然のやり方が駄目になっただけの話であって、やはり時代に合わせてビジネスモデルを変えていくべきなんです。野球ビジネスもそうで、ちょうど僕がプロ野球のビジネスに参入しようとしていた時は、iモードが時代を変えていくときだったんです。
当時のダイエーホークスの大成功を分析してみると、携帯メールで友達との連絡が圧倒的に取りやすくなった頃で、「一緒に見に行こうよ」的に、携帯メールによって動員が増えていたんです。当時、ダイエーは放漫経営だって言われていたけど、実はしっかり考えていて、ホテル、ドーム、球団を一体経営するという、今や当たり前となった3点セットの経営をすでにやっていた。放映権料は激減していくけれど、全体の売り上げは倍以上に伸びているという球団もいくつかあります。それは時代に合わせて発想を転換し、ビジネスモデルを変えただけの話であって、当然のことだと僕は思うんです。
嶋 でも、わかっているけど、なかなか変えられない人や企業の方が多いですよね。
堀江 そうなんです。みんな強烈な過去の成功体験があるので一筋縄にはいきません。
嶋 本屋業界も、ずっと儲かっていたという過去の成功体験があるから、そのスタイルを変えられないで苦しんでいるケースが多いと思います。本屋でビールを売るというアイデアを話したら、既存の書店の方から書店員が本を売りながらビールを売るオペレーションは無理だとか言われました。
堀江 そういう話は、だいたい「邪道だ!」っていう話になりがちですからね。
嶋 そうなんです。本屋はそもそもビールを売るべきかみたいな感情的な議論になることもあるんですよ。堀江さんも、SPBSという渋谷の本屋さんに投資をしておられますね。
堀江 はい。最初は本の製販一体型のビジネスモデルで始めたのですが、それがまったく駄目で、違うビジネスモデルに転換しようという話になった。今は、編集者用のシェアオフィスも店の奥に併設していますし、またおしゃれな本屋さんだということで、ファッション誌の撮影なんかでもよく使われたりしています。複合技を組み合わせることで、最近は黒字化しちゃいました。
嶋 うちの場合は、本を売るというメインのビジネスに、ビールを売ったり、毎日作家の人を呼んで話をきくことで、新たなマネタイズ手法を組み込むと同時に本を買う体験に付加価値を付けようと思いました。そこはある意味カフェであり、作家のコミュニティサロンでもあり、本来の本を売るビジネスからは逸脱しています。でも自然にそうなって、複合技で本屋を成り立たせる時代になったんだと気付かされます。最初に苦労したのは、書店員スタッフに複合技も含めて本屋の仕事だって理解してもらうこと。元書店員をスタッフとして雇用したんです。彼らはもちろん本の発注とか、棚づくりはしっかりできる。でも、ビールサーバーのメンテナンスやイベントを毎日ブッキングする仕事も本屋の仕事だって最初はなかなか理解できないところもある。こちらとしては、実はイベントやビールは本を売るための仕掛けなんですけれどもね。ビールを売った方が本も売れると思ったし、作家が来て話をすれば、その作家の本が売れると考えました。それらは全て本を売るためにやっている書店としての企業努力なんだって説明をしました。実際に、ビールを売ったり、イベントをやっていくと本が売れて、スタッフの給料に反映させることができてきた。そうするとやる気が出てきて、ビールをもっとおいしく注げるようになったりとか、イベントを自主的に企画したりとモチベーション自体が変わってきた。それはすごく面白い変化でしたね。
堀江 何もないカフェでお茶を飲むより、本に囲まれた空間でお茶を飲んだ方がうれしい人が相当数いるのに、本屋さんで酒を飲むという発想そのものがなかった。
最近、「恵比寿新聞」っていうローカルメディアをやっている人を取材したんですが、いろんな気付きがありましたね。最初は、地元のお祭りで写真を撮り始めたらしいんです。それをネットにアップしていたら、自分の写っている写真を欲しがる人が実に多いということに気付いて、そこから始まって、今では恵比寿のローカルメディアとして大成功している。本屋だって、本来はスーパーローカルメディア的存在であるべきなんですけどね。
嶋 B&Bでは、毎日誰かしら作家を招いたイベントをやっていますが、最近は確実に30人以上の集客となってきています。作家のサロンが毎日開かれている感じです。その活動が多面的な情報発信の場になって、年間500回ものトークショーが評判になって、さらなる集客につながっている。
堀江 僕も、本を売る機能に加えて、オンラインサロン、シェアオフィス、民泊、銭湯と、全部をつなげようと夢は膨らんでいます。
嶋 銭湯はやっぱり面白いですね。確実にコミュニティを作れますよね。確かに銭湯と本屋は似ているかもしれない。
堀江 歴史も似ているし構造も似ている。時代に合わせてやれば必ず儲かるというところも非常に似ています。
堀江 多動の話を僕はどう位置付けているかというと、最近、箕輪くんという編集者がめちゃくちゃ面白いんです。彼は「僕は幻冬舎の編集者ですが、会社から給料が出なくなっても絶対に会社を辞めません」と公言している。もう既に幻冬舎でもらう年収の5倍ぐらいは他で稼いでいるはずですが、副業をすることによって幻冬舎も絶対に得をするという信念でやっている。なるほどなぁって思いますね。僕も彼のまねをして、いろんな会社の名刺を持たせてもらおうかと思っているところです。
嶋 僕も「なんで博報堂を辞めないの」とよく言われますが、逆に博報堂を使い倒した方が絶対に面白いと思うから辞めないんですよね。
堀江 要するに、自分が何をやりたいかというコンセプトがしっかりとあって、そこに博報堂のブランド力、営業力、資金力、信用力を全部使えるとしたら、大抵のことはできるだろうし、それはすごいことですよね。
嶋 そうなんです。まさにさまざまなリソースを自分の多動に活用させてもらっている感じです。総合広告会社の持ってるリソースってすごいんですよ。とはいえ、広告業界は思っている以上に意外にコンサバティブで、なかなか意識の変わらない人もたくさんいることも確かです。
堀江 でもそういう多動的な人って昔からいましたよね。例えば、開高健さんはサントリーでサラリーマンしながら、しっかり作家活動もやっていた。
嶋 そういう多動的に仕事ができる人と、そうじゃない人って、どこが違うんですかね。
堀江 教育が大きく影響していると思いますね。国民国家の義務教育っていうのは、シングルタスクを最適化するための仕組みなので。
嶋 広告業界は視聴率などのリーチをベースにした価格でメディアを売るビジネスモデルをつくったわけです。そして、そのメディアを画一的に売るというシステムが素晴らしく機能するビジネスモデルだった。それだけをシングルタスク的に実直にやっていればずっと儲かっていた。そうなると、それ以外のことには思考回路を停止しちゃう人が多くなってしまった側面があるのかもしれないですね。
堀江 野球とかは、早々にビジネスとして崩壊してしまったので、新しいビジネスモデルに変わるのが早かったといえます。
嶋 実は、メディア業界も、もっと売れるものがいっぱいあるはずなのに、シングルタスクの考え方から抜け出せずに、広告スペースを売ることに縛られちゃってる人が多い印象です。海外の雑誌社では、編集部がクリエイティブエージェンシー的な動きで企業のコンサルティング事業までやっている。日本のメディアも本来はそういったビジネスモデルで成功できるはずなんですよ。
堀江 つまり、シングルタスカーは今後もう要らない時代になったんです。
嶋 シングルタスカーから多動になるために、堀江さんの本を読んでいて、なるほどと思ったのは、全部を言語化しろと書いておられる部分。あと、「修業より研究」っていう言葉もいいなと思いました。言語化してナレッジを共有することで、他のビジネスへの参入障壁はどんどん下がります。僕らは先輩の技術を継承することで成長するけど、修業するんじゃなくて言語化して研究しろって指摘はホントにそのとおり。
僕がスタッフに多動的にいろんなことをやれって言ってるのは、アイデアというのはマッシュアップだからだと思うんです。要するに、多くの順列組み合わせが起きやすい状況こそが大事なんだと思っています。テレビCMの打ち合わせをして、その後にイベントの打ち合わせをして、その後に本屋の打ち合わせをしてと、さまざまな仕事を横断的にやっていると、さっきのあのアイデア、これに使えるなということがとても起きやすくなる。
そういう意味では、名古屋の人ってすごいなと思っているんです。名古屋人って順列組み合わせの天才だと思うんですよ。小倉トーストの発明や、本と雑貨を組み合わせたヴィレッジヴァンガードの創業も名古屋ですし、CoCo壱番屋のカレーのメニューの組み合わせの総数ってのもすごい。絶対にあり得ないような組み合わせだって、取りあえずやってみる精神。多動的な働き方って、この打ち合わせの後に、この打ち合わせ、その後にはこの打ち合わせみたいに、異質なものが、次々と連なってやってくるので、名古屋人的な順列組み合わせの発想が起きやすいと勝手に思っているんです。
堀江 でも、マッシュアップの度合いって、まだまだ全然発展の余地はあると思います。
嶋 Googleが、仕事時間の10パーセントを仕事以外に使ってもいいっていうのも、他のことをやっていた方が、本業にいい影響が出るということですよね。他のところに行って、そして戻って来た方が結果がいいという。一種の多動を許容しているという感じもします。ポラロイドという会社も、最初はサングラスを作っていたけど、空軍用の照準を合わせるスコープのメーカーに変遷したり、最終的にはポラロイドカメラを作るカメラメーカーになった。まさに多動的にいろんなことをやってきた企業なんですが、社内に分類不能研究所というラボラトリーがあって、そこではとにかく仕事と関係のない研究を奨励していた。多分、そういう発想も、僕の思うところの、多動の一環ではないかと思うんです。他のことをやっていた方が、斬新で大胆なアイデアが生まれるような感じが、すごくしますね。
堀江 そういうことをさらに突き詰めて考えていくと、僕は今、HIUっていうオンラインサロンを運営しているんですが、最終的には、僕がやらなくてもいいんじゃないか?みたいな感じになってきています。こういうプロダクトサービスが世の中に出現すればいいよねっというコンセプトなり核心はあるわけです。あとは、サロンのメンバーが自発的にそれらの開発をやり始める。結果、僕は何もやらずとも何かが完成するという感じです。
例えば、最近人気で話題のSHOWROOMの 前田くんの新書を、僕の知り合いでマッハ新書の編集者を務めているGOROmanさんが電子出版するというプロジェクトを考え始めたんですね。
じゃあ、このマッハ新書と「あのニュース」を組み合わせて前田対談本という企画はイケるよねとなって、過去の前田くんと僕の対談を一気に文字起こしして1週間で出版しようかという企画です。
嶋 なるほど。それも、いろんな仕事を渡り歩く堀江さんならではの、多動的なマッシュアップの典型的な例ですよね。
堀江 そうでしょ。マッハ新書の場合、僕がやることって最終的なゲラチェックだけになるわけです。そうしたら、いろんな人が複合的に関わって一瞬で出版されてしまう。それにこういう企画ってけっこう売れそうじゃないですか。だって出来立てほやほやの話題本ですからね。
嶋 企業という単位でそういう多動的な動きをしようと思えば、それは可能なことなんでしょうか? 具体的にはどうすればいいとお考えですか?
堀江 企業が多動的になることも、とても簡単なことだと思いますよ。さっき話した箕輪くんみたいな人材を雇えるだけ雇えばいいんですよ。そこには多動を認める企業としての度量が必要になってきますね。
嶋 画一的な労働時間とか、部署どうしの壁というものがどんどん薄まっていく中で、将来的には雇用形態そのものが変わってくるでしょうね。ノマドであったり在宅であったり、目的にたどり着けるのであれば、アプローチの仕方はいろいろあっていいみたいな。
堀江 そういう意味では、個人的にはもっと緩く仕事をやっていきたいと思っています。なんかもう“言うだけの人”みたいな存在。このコンテンツは面白い、こういうイベントやったら面白いと思います的なアイデアをしゃべるだけ。資金と人材はそちらでよろしくお願いします、というような緩さが理想ですね。
嶋 その多動的な緩さがアイデアを生む可能性はありますよね。
企業内にもっと売れるモノがあるのに、今までシングルタスクだったから能力を活用しきれていない。多動のいいところは、ど素人が他の業種に乗り込めるところじゃないですか。
多分、自分は今まで本屋の経営をしたことがないど素人だったからこそ、この業界に乗り込めたところもある。多動であることでその軽やかさが生まれると思います。
業界の中にいたら前例が……って考えるところをまずやってみる軽やかさ。
僕は今B&Bで読書会のあらたなビジネス化を考えています。作家との読書体験の提供はあらたなビジネスモデルになるのではないかと考えています。
堀江 HIUで、シェアオフィスのような拠点をこれから作っていこうと思っているんです。麻布十番とか、六本木辺りに、まずは1カ所どちらかに作ろうと。
シェアオフィス機能に加えて、本屋、メディア、全部を複合的に連結させて。民泊、銭湯、みんな一緒になったような感じで考えてます。
嶋 銭湯で一緒に本屋をやりましょうか。
堀江 いいですね。今、恵比寿新聞的な発想で、麻布十番新聞ってやっているんですが、それらのメディアも一緒にすれば、コミュニティFMなんかもできそうじゃないですか。放送やYouTuberのためのオンラインスタジオが出現して、街行く人たちも気軽に立ち寄って、それを見ている……、みたいなのが理想ですね。
アイデアを出すためにはあさっての方向を向いた方がいい。
ジェームズ・ヤングが「アイデアのつくり方」で語ったように、アイデアとは既存の情報の組み合わせだ。企画の世界に身を置いて20年以上仕事をしてきた自分は、この組み合わせに意外な異分子が入るとアイデアはとても強いものになることを日々感じている。
新しい保険サービスを販売するのに、保険業界の市場研究は必ず必要だが、ファストフード業界のキャンペーンが意外にヒントになったりする。そう、企画の救世主はあさっての方向から飛んでくることが多いのだ。みんなが同じ所を掘っているときに、一見関係ない所を掘っているとそれがイノベーションにつながることが多い。生物の体や習性を人間の役に立つ技術に転用するバイオミミックスはその典型で、フクロウの羽の形をまねることでパンタグラフの騒音を減らすアイデアはかなりあさっての方向からの変化球で課題を解決した例だ。
堀江さんの「多動力」を読んで、多動な人の日々の生活自体があさっての方向からのアイデアを体得しやすい状況になっているんだと改めて納得した。まったく異なる仕事が複数並走していると、ある所で思いついたアイデアを他の仕事に活かすことがしやすくなる。博報堂ケトルの仕事も多動的である。クライアントに対して最も効果的な企画を既成概念を取っ払って提供しようというケトルのポリシーのために、我々のアウトプットはある意味節操がない。イベント制作、CM制作、デジタルコンテンツの制作、雑誌の編集、本屋の経営など複数の異なる仕事が並走する日常になる。その状況は、アイデアのホッピングが生まれやすい環境といえる。多動はイノベーションを生むための一つの手段でもあるのだ。
Profile
堀江 貴文
1972年、福岡県生まれ。実業家、株式会社ライブドア元代表取締役CEO、SNS media&consulting株式会社ファウンダー。現在は、宇宙ロケット開発や、スマホアプリのプロデュース、有料メールマガジン「堀江貴文のブログでは言えない話」の配信、会員制コミュニケーションサロン「堀江貴文イノベーション大学校」の運営など、幅広く活躍。
嶋 浩一郎
1968年東京都生まれ。1993年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局で企業のPR活動に携わる。01年朝日新聞社に出向。スターバックスコーヒーなどで販売された若者向け新聞「SEVEN」編集ディレクター。02年から04年に博報堂刊『広告』編集長を務める。2004年「本屋大賞」立ち上げに参画。現在NPO本屋大賞実行委員会理事。06年既存の手法にとらわれないコミュニケーションを実施する「博報堂ケトル」を設立。カルチャー誌『ケトル』の編集長、エリアニュースサイト「赤坂経済新聞」編集長などメディアコンテンツ制作にも積極的に関わる。2012年東京下北沢に内沼晋太郎との共同事業として本屋B&Bを開業。編著書に『CHILDLENS』(リトルモア)、『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』(ディスカヴァー21)、『企画力』(翔泳社)、『このツイートは覚えておかなくちゃ。』(講談社)、『人が動く ものが売れる編集術 ブランド「メディア」のつくり方』(誠文堂新光社)がある。