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伝統工芸の 最前線から見る 価値共創 マーケティングの 未来像

2018.08.24

*「博報堂マーケティングディレクター」とは
市場の成熟化と技術革新が交錯する複雑な環境を生き抜くために、これまで以上にマーケティングへの期待が高まっています。
一方で、教科書的なマーケティングの概念では語り尽くせないテーマも増えています。
変化の激しい経営・事業環境と向かい合いながら、マーケティングを進化させて、その新しい可能性、拡張性をリードしていく。
そんな活動をしているのが「博報堂マーケティングディレクター」です。

博報堂マーケティングディレクター9人と、マーケティングの領域の「境界」や「先端」にいる様々な有識者とが、お互いのビジョンと想いをぶつけ合うトークセッション。そこに生まれる化学反応から、マーケティングの新しい可能性を見つけようと試みる本企画。
今回の有識者は、中川政七商店の中川政七氏。「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを掲げ、自社の経営だけでなく、日本の工芸市場縮小に抗うべくコンサルティング活動なども行っている。徹底したブランディングを追究する中川氏と、これからのマーケティングやブランディングについて語り合った。

博報堂MDr. 中川さんは、老舗の麻織物問屋である中川政七商店の13代目として、製造小売(SPA:企画から製造、小売りまで一貫して行う方法)業態の導入や独自のブランド戦略などにより業績の急拡大を実現されました。また、伝統工芸に特化した再生コンサルタントを手がけるなど、工芸産地の再生・活性化にも取り組んでいらっしゃいます。中川さんとの議論を通じて、マーケティングのさらなる可能性を発見したい、というのが今回の狙いです。

中川政七氏(以下敬称略) ここ1年ほど博報堂さんと一緒に仕事をしていて、ある種の違和感というか、視点や考え方が自分とは明らかに違うと感じることがあって、興味深いなと思っていました。
たとえば「マーケティング」という言葉。これは、「市場」起点で売れそうな相手や場所を探す活動を意味し、ある程度の資本力や事業規模を持つ大企業を前提としているような印象を持っています。

博報堂MDr. ご著書の中にも「マーケティングは市場起点、ブランディングは自分起点」「中小企業においてはマーケティングよりもブランディングこそが手法として有効」という興味深い表現があって、大変印象的でした。我々が考えるマーケティングは、商品・サービスと価値を生み出し有形無形の対価と交換することが前提となっています。「ブランディング」は価値への求心力を創る手段として存在し、不可分なものと考えています。したがって、我々の考え方は中川さんのものとは少し違うのかもしれない。なぜ、あえてそこを別のものととらえ経営をされているのかを問いたいと思います。

中川 我々のような中小企業や、起業したばかりのスタートアップなどには、当然ながら、大企業とはまったく異なる戦い方が求められます。「市場」起点でのマーケティングをやる以前に、経営者自身が何をやりたいのかという、「自分」起点での動機のほうが重要です。言い換えれば、マーケティングの定石を打っていても大企業には勝てないことが前提にあります。市場を分析して、ニーズの高い分野を見つけて、それに合致した商品を開発するといった意味でのマーケティングを大企業に伍してやれる資金も人材も我々にはありません。
だからこそ、中小企業は、経営も事業展開も、経営者が「自分たちはどうなりたいのか」という志を起点とする「ブランディング」で取り組むべきだと私は考えています。そのほうが意思決定は早いし、そこには嘘がないので社員もついていきやすい。
今日は、そうした中小企業を代表するつもりで、私の持論である「経営とブランディング」という観点から、マーケティングのプロである皆さんと議論できることを楽しみにしてきました。お互いの視点の違いが、博報堂さんのマーケティングを深化させるヒントにもなればと思います。

博報堂MDr. 中川さんの定義では「マーケティング」とは市場を所与のものとしてスタティックにみる活動、一方「ブランディング」はあくまで経営の主体意思が起点で、市場はその主体によって働きかけられる可変な対象物、と捉えていらっしゃるということですね。それは実は我々の定義とは違うのですが、そのように整理しつつ、いったん話を進めます。

売り場こそ、ブランディングとマーケティングの交差点

博報堂MDr. 中川さんがブランディングを意識して最初に取り組んだのが、直営店の強化を通じたSPA業態への転換でしたよね。

中川 そうです。これは、「モノを売る」発想から「ブランドをつくる」発想への脱却を目指したものでした。
我々自身は「中川政七商店」というブランド意識を持って、他社に負けないよい商品をつくっているつもりでも、百貨店の売り場で同業他社の似たような商品と並んでいては、それぞれのブランドの違いなどお客さまには見えません。
「~というブランド」というのが一人ひとりのお客さまの頭の中にあり、企業はそこに働きかけることが必要です。それには自分たちがお客さまに直接伝えられるタッチポイント(企業と顧客との接点)が不可欠だと確信し、直営店の出店強化に踏み切ったわけです。

博報堂MDr. 売り場との関係でもう1つ興味深いのは、中川さんの商品開発の考え方です。来店客のニーズを分析するのではなく、あくまで「売り場での売れ方」をベースに商品開発をしているところです。
IT技術の浸透によりさまざまな変革が進み(デジタル・トランスフォーメーション)、「マス」から「個」まで、どの粒度(細かさのレベル)でもマーケティングが可能になった今、なぜ「売り場」起点で商品を考えるのかについては非常に興味深いところです。

中川 売り場には、非常に「高い解像度」の情報が詰まっていると私は考えています。人の心を動かすために商品がまとうべき世界観など、ハイコンテクスト(言葉などを介さずに意図を伝えること)な側面も含めて。
だから、しっかりと見る眼さえあれば、商品をどう改善すべきかや、どのチャネルを開拓すべきか、どのような情報をお客さまに提供すべきかといった打ち手(方策)も、売り場から導き出すことができます。
たとえば同じ人が同じ商品を、A店では買いたいと思うがB店では買わない、ということがあります。ここに着目すれば、自社が提供したい商品をどこに置けば生活者との間に共感が生まれるのか、すなわち、自社の商品のもっている本質的な価値はなにか、という洞察ができるはずです。
顧客の分析に時間をかけるよりも、「A店の売り場」というのを起点に右脳と左脳の両面から商品の可能性を探っていったほうが、意思決定のスピードと精度を高められると私は考えています。
それと現実問題として、いくら直営店をやっていても、お客さまのことは意外とわからないものです。店員経由でお客の声やニーズを吸い上げても、そこから有効な「解」を導いていくのは難しい。社員によって情報にばらつきもありますしね。ならば、「売り場」を見たほうが早いわけです。

博報堂MDr. たしかに、マーケティングプロセスが複雑になる中で、価値交換の舞台である「売り場」に着目する方法は、価値の本質を見出し、あるいは創造する上で重要かもしれないですね。
実は大企業においてもこの部分は解決策が見いだせていないポイントだと思っています。これまで、店舗における購買データは蓄積されてきました。その一方で、来店客の店内での行動や心の動きに関するデータの取得や行動の洞察は、十分ではありません。最近は北米を中心に、店舗内の全顧客の行動をデータで可視化したり、顧客の躊躇や脱落を機械学習で分析する取り組みが急速に加速しています。それぞれの生活者の頭の中でどのような心の移り変わりが生まれているのか、店舗における生活者インサイトを科学的に分析していく方法は、現在、非常にホットなマーケティングの研究領域になっています。
ブランドが目指しているような売れ方が、売り場で実現できているのかを客観的に検証していくことは、経営とブランディングをつなぐ上でも重要でしょう。

ビジョンが先。利益は後

中川 ブランディングを推進し、直営店を中心とするビジネスモデルへの移行によって事業は落ち着いていったのですが、その一方で、中川政七商店が将来にわたって存続できるかという危機感を持ちはじめました。

博報堂MDr. 2007年に中川政七商店は「日本の工芸を元気にする!」という非常に意欲的で壮大なビジョンを掲げています。

中川 弊社の場合、技術などに強い特徴がないことは自覚していましたので、会社としての「強み」を再発見する必要がありました。そして、考え尽くした結果、掲げたのがこのビジョンだったわけです。
身の丈に合っていない、大きすぎるビジョンだと思われるかもしれませんが、このビジョンがあったからこそ会社が成功できたと思っています。他社が目指そうとしない領域に我々が挑んでいくことができたのも、このビジョンのおかげです。
私が実践してきたのは「営業利益よりもビジョン」、つまり儲かるかどうかではなく、ビジョンに則しているかを判断基準にして事業展開する、ということです。これに徹することで、経営が圧倒的にやりやすくなりました。ビジョンを追求したほうが、結果的に営業利益にもつながるからです。

博報堂MDr. 「営業利益よりもビジョン」は、たしかに考え方としては美しいですが、簡単に実行できるものではありません。ビジョンを追求したほうが、結果的に営業利益につながると確信できた理由は何ですか?

中川 最初から確信していたわけではありません。あくまで経営の実践を通じて徐々に実感していったという感じです。
そして、その背景として「ウソが通用しない時代」になったことがあると思います。食品偽装など企業の不祥事が次々と明るみになっているのを見てもわかるように、情報拡散のスピードが極めて速くなっており、経営上の「ウソ」はいまや企業の存続を揺るがすまでになっています。
社員に対しても、そして、社会に対してもウソをつかず、組織が持っている能力を気持ちよく引き出すことが、現在の企業に求められている経営・マネジメントの本質ではないでしょうか。
しかも魅力的なビジョンは企業にとって、他社に簡単に模倣されることのない重要な経営資源でもあります。ここを研ぎ澄ますことは、変化の少ない定常化した日本市場において新たな価値を創造していく源泉だと考えています。

博報堂MDr. 商品やサービスなどに関するストーリー構築や、顧客とのコミュニケーション等にいくら力を入れたところで、ひとたび「信頼」が崩れてしまえば企業としては存続できない。事業を取り巻くステークホルダー(利害関係者)との信頼関係をいかに築いていくか。実体のない情報や恐怖訴求で購買を促進するのではなく、価値観や信念をわかり合える関係を顧客との間にどう築いていくか。近年重視されつつある「トラストビルディング」に極めて近い考え方だと思います。今の日本企業が本来の価値を発揮するために非常に重要な視点だと思います。ちなみに、立派なビジョンを掲げたものの、それを現場に浸透させられずにいる企業は数多くあります。

中川 私が経営者として、いかにビジョンを現場に浸透させてきたかについて、はっきり言って、王道の方法も劇的なエピソードもありません(笑)。私自身が社員に対しあらゆる場面でビジョンを語り続け、組織づくりに反映し続けた結果だと言うしかないでしょう。実際、組織全体に浸透するまでには5・6年かかっていますからね。結局のところ、地道にやり続けるほかにないのだと思います。
その際に大切なのは、ビジョンを見かけだけで中身のない「はりぼて」にしてはならない、ということです。その会社において、ビジョンで掲げていることと実践していることが、すべてつながっている必要があります。
具体的には、社内向けと社外向けの情報発信の整合性がとれていること。商品開発とコミュニケーションの判断基準がそろっていること。
これらがズレていると、社内においては社員のモチベーション低下を導きますし、社外においては外部から見たブランドに対する「がっかり感」の原因にもなります。
だからこそ、私自身も、中川政七商店は「どう見られているか」と「どう見られたいか」の2つを常に意識しています。

博報堂MDr. 一方で、中川さんはコンサルタントの立場で、赤字企業の経営再生にも取り組んでらっしゃいます。外部の立場で、その会社のビジョンを引き出すことは可能なのでしょうか?

中川 当たり前のことですが、ビジョンは経営者にしか打ち出せません。それをやらなければ経営をしていないに等しいし、他社と違う価値を世の中に届けるための土台づくりを放棄しているといっても過言ではありません。
そして、ビジョンを打ち出した先には、それを実現するための戦略やオペレーションといった経営判断と実行が控えています。経営者は、損益計算書にプラスのインパクトを与えられるよう、魂をこめてビジョンの実行に奔走しなければならないのです。
私がやっているのは、自分が本当に命を賭けてやりたいことは何ですかと、経営者に問い続けることです。実際、なかなか出てこないことも多いのですが、経験上、経営者に覚悟さえあればそれをたいていの場合、引き出せると考えています。なので、私がコンサルを引き受けるかどうかの判断基準は、経営者の「変わる覚悟」があるかないかだけです。

博報堂MDr. 価値の可能性を主体的に世に問い、確立しようとする意思こそが必要、ということですね。冒頭に、言葉の定義における互いの違いの整理をしましたが、我々が「マーケティング」と呼んでいるのは、決して市場を静的なものとして分析し、それに上手に適合しようとする技術や活動ではありません。企業のもつリソースがいきる可能性、提供可能な価値の可能性を、市場/生活者とのやりとりによって問い、磨き、確立していく共創行為の中にこそ「マーケティング」のもっとも重要な本質があると思っています。成熟市場の環境下で、このような「マーケティング」こそが、市場の創造と企業成長を可能にするのではないでしょうか。

志×マーケティングで産業革命を起こそう

博報堂MDr. そこで最後にお聞きしたいのが、中川さんが直接に関わられている日本の工芸市場の未来についてです。ピーク時の1983年には5,400億円だった国内の工芸の市場規模は、今は1,000億円程度へと大幅に縮小しているそうですね。
中川政七商店は自社の経営改革から、日本の工芸全体の経営力改革へと歩みを進めてきたわけですが、市場全体をテコ入れしていく視点も必要ではないでしょうか。

中川 「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを打ち出した以上、工芸市場の拡大や産地の活性化に貢献し続けなければなりません。
ご指摘の通り、国内市場が減衰している事実を考えれば、その中でシェアをとっていくという発想では立ちゆかない。日本の工芸を元気にするとは、市場の縮小に抗う取り組みでもあります。

博報堂MDr. 中川さんは工芸の世界に企画から小売りまでという「SPA」型のビジネスモデルを取り入れ、サプライヤー(商品などを供給する人や企業)のブランディングを行い、工芸の持っている本質的な強みを引き出してきたのだと理解しています。
「日本の工芸を元気にする!」とは、小売と産地の関係を抜本的に見直し、産業の新陳代謝を促すことで、工芸の未来を創ろうとされている、ということでしょうか。

中川 工芸を元気にして価値を生み出していくためには、まずもって工芸の産地が元気である必要がありますが、現実には産地の衰退は激しい。そこで、地域産業の原動力となるような“産地の一番星”をつくることに力を入れてきました。
地域全体をコンサルティングしてほしいという声もありますが、総花的に育てようとしてもうまくいきません。そこで、地元の工芸の一番手をまず徹底的に磨いていく。すると二番手、三番手の事業者がそれを追いかけるようになっていき、結果的に地域の平均値が上がっていくのです。
その地域特有の産業に関わるものや、その跡地などを観光資源として生かしていく「産業観光」の発想も重要です。
ブランド力の高い焼き物や塗り物があるからというだけでは、人はなかなかその地域に足を運びません。工芸だけでなく、泊まってみたくなる宿泊施設や、その土地ならではの食事が楽しめるレストランなど、その土地に行く立体的な理由が必要です。
このように、地域の産業全体が持つコンテンツが有機的に機能し合う形で、観光客が動く状態をデザインしていくのでなければ、次のステージには進めないのではないかと考えています。

博報堂MDr. 工芸においてバリューチェーン(価値連鎖)の構築を考えていた時期を超えて、地方産業のビジネスエコシステム(企業や業種を超えて、連携していくことで全体として活性化していく仕組み)をどう設計するかという視点が必要だということですね。そこでは、マーケターに求められる資質も大きく変わりそうです。
今までは自社に顧客をいかに呼び込むか、自社の価値をいかに顧客に届けるかが課題でしたが、これからの世界では、自社のリソースを地域や産業という場に供出し、他のリソースとの連携によってどのようなクロスバリューを生み出し、社会に貢献できるかが問われるのでしょう。マーケターは、公器としてより開かれた力を発揮する必要があるのかもしれません。

中川 営業利益より地域のビジョンを先に置き、志と大局観を持ってマーケティングを推進できる人材が増えたなら、日本の産業のあり方もまったく違ってくるはずですね。

博報堂MDr. 本日は、貴重な議論をさせていただきありがとうございました。互いの議論が最終的に到達した広い意味での「マーケティング」こそが、日本の産業社会の成長を牽引する鍵になるのではないかと考えます。中川さんと立場は異なれど、我々もそれをリードし、貢献していきたいと思います。

<闘区後記>

マーケティングは、本質を忘れ、可能性を矮小化していないか?
中川政七氏はマーケティングという言葉が「プロモーション」「セリング」に曲解されている状況を看破し「ブランディング経営」という解を示している。極めて合理的な判断だ。また経営者の志を起点に置くことで、同志の経営者を束ねた共創型の産業再生の可能性を示した。マーケターは「企業内の最適化」で満足しているのではないか?価値の再編や新結合の創造による「地域・産業価値の最大化」まで視野にマーケティングと向き合っているか?新価値・独自解の提案による本質的な競争を追求すべきだという、示唆に富んだ闘区であった。改めて、本企画にお付き合いをいただいた中川政七会長に御礼申し上げたい。

profile

中川政七
日本初の工芸をベースにしたSPA業態を確立し、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、業界特化型の経営コンサルティング事業を開始。初クライアントである長崎県波佐見町の陶磁器メーカー有限会社マルヒロでは新ブランド「HASAMI」を立ち上げ空前の大ヒットとなる。2015年には、独自性のある戦略により高い収益性を維持している企業を表彰する「ポーター賞」を受賞。「カンブリア宮殿」「SWITCH」などテレビ出演のほか、経営者・デザイナー向けのセミナーや講演歴も多数。2018年3月会長に就任。著書に『小さな会社の生きる道。』(CCCメディアハウス)、『経営とデザインの幸せな関係』(日経BP 社)、『日本の工芸を元気にする!』(東洋経済新報社)などがある。

博報堂マーケティングディレクターズ

執行役員
安藤元博

博報堂DYMP
メディアマーケットデザイン局
浮田俊彦

ブランド・イノベーションデザイン局
宮澤正憲

第3プラニング局
北村忠則

第2プラニング局
下川隆吾

第1プラニング局
土屋亮

データドリブンマーケティング局
中村信

第2プラニング局
井手宏臣

第3プラニング局
江藤圭太郎

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