博報堂生活総合研究所では、1992年から隔年で四半世紀にわたって大規模意識調査『生活定点』を続けています。
実施年である今年も10月に最新の調査結果をリリースしたのですが、2010年前後から続いてきた傾向がより鮮明になったことがわかりました。
今回の結果は“平成30年時点の”生活者の意識・価値観であると同時に、26年間の時系列調査という意味では“平成という時代の”生活者を振り返ることにもなるので、いくつかポイントをご紹介したいと思います。まず注目すべきなのは、「日本の行方」「自分の暮らしの先行き」について、ともに「現状のまま特に変化はないと思う」と答えた人が増え、「苦しくなる」と答えた人が減っているという点。つまり、人々は「この先、良くも悪くもならない」という、楽観でも悲観でもない認識を持っているということです。この熱すぎず、かといって冷めているわけでもない温度感の平成後半を、我々は「常温社会」と名づけています。これは、実は“ありのままでも快適”な環境ともいえます。ですから、日常生活に関する質問では、「身の周りでいやなこと・腹の立つことが多い」と答えた人が2010年以降減少し、逆に「身の周りで楽しいことが多い」「身の周りで喜ばしいことが多い」という人がじわじわと上昇しています。国や社会に大きな期待が持てないなら、小さくてもいいから暮らしの中に楽しいことを見つけよう、いっそ自分で創ってしまおう・・・ そんなふうに考える生活者が増えているんだと思います。昨今のシェア経済やトキ消費の盛り上がりも、この視点から見直すとわかりやすいかもしれませんね。
そんな平成も、残り半年をきろうとしています。来年以降を占う予想がメディアを賑わしはじめていますが、生活者は2019年にどんな見通しを持っているんでしょうか。生活総研では2015年から、毎年秋に生活者自身に来年を占ってもらう2つの調査を続けています。
1つめは、来年の景況感を予想してもらう『生活者にきいた“2019年 生活気分”』調査です。
ここでは注目すべき変化がありました。ここ3年、連続して減少していた「世の中の景気」「自分の家計」が「悪くなる」という回答が、ここにきてどちらも増加に転じたのです。
理由で最も多く挙がったのは、やはり「消費税率アップ」。もちろん、「変わらない」と答える人が過半数を占める状況は変わらないので、明確な景気悪化を感じているわけではないですが、人々はその兆しを察し始めているようです。実際、今年から質問に加えた「来年、世の中のことで“変わった”と感じることは今年と比べて多くなるかどうか」でも、「変わらない」と答えた人が多数ではあるものの、「多くなる」と答えた人も3割いました。まったりとした状態が続いた「常温社会」が、良くも悪くも動き始めたと感じる人が増えているようです。そんな生活者に「来年思い切ってやめたいこと」を聞くと、上位には「無駄遣い・衝動買い」「食べ過ぎ・飲み過ぎ」「無理をしての人付き合い」が挙がりました。まずは、無駄や過剰を見直すところから・・・ということでしょうか。でも、面白いのは「来年始めたいこと」への反応です。「貯蓄」が2位に挙がっているのはわかるとして、「運動・体操・筋トレ」「趣味・習い事」がそれぞれ1位・3位に、また4位には「副業」も挙がっているんです。訪れようとする変化からただ身を守るだけじゃなく、むしろ心身をアップデートして向き合おうとしている・・・ 私にはそんなふうにも感じられました。
2つめは『生活者が選ぶ“2019年 ヒット予想”』調査です。
結果を見ると、「ドライブレコーダー」「自動運転システム」など世の中の“動く”に安全性を、「フリマアプリ」「副業」など“働く”に柔軟性を、「音声アシスタント」「時短家電」など“住む”に利便性を、「QRコード決済」「レジなし店舗」など“買う”に迅速性をそれぞれプラスしてくれる商品・サービスが上位に挙がりました。ここ数年、新しいテクノロジーを活かしたものが上位を占める傾向自体は変わらないんですが、例年に比べて今年の特徴は、社会基盤をアップデートしてくれる商品・サービスへの関心が高まっていることです。選んだ理由の自由回答にも「社会や他者にプラスになること」を挙げる人が多いこともあって、我々は「ソーシャル・プラス」というキーワードを掲げました。
実はここ数年、冒頭でお話した『生活定点』や世論調査でも日本人のとかく内向きな傾向が目立っています。でも、昨年のこの場でご紹介した「技術が気持ちを変え、気持ちが技術を選ぶ」という言葉の通り、テクノロジーが生活者の気持ちを外向きに変えるきっかけになるといいなと思います。
さて、そんな生活者のもっと先の姿を描き出すべく、我々は毎年1月に未来洞察研究『みらい博』を発表しています。いま取り組んでいるテーマは“みんな”、つまり「衆」の未来です。
生活総研は1985年に「分衆」という考え方を世の中に提言して大きな反響をいただきました。これは高度経済成長が生んだ「大衆」が、消費社会の成熟によって“分かれて”いく動きを捉えたものです。それから既に30年以上が経ったわけですが、その間にも日本は少子高齢化、デフレ経済、情報爆発・・・といった変化に見舞われています。そこで、平成が終わろうとする今こそ、もう一度このテーマに取り組んでみようと考えたわけです。
例えば、我々は普段、“みんなが持っているから―” “みんなが言っているから―”と口にします。でも、その時の“みんな”って一体誰のことなんだろう? それは何人くらいを指すんだろう?・・・ あらためて考えてみると、なかなか面白い議論になりそうですよね。おそらく、かつて生活者がイメージする“みんな”は同じような像だったと思いますが、生活者一人一人に個別に情報が届くようになった今、人々が考える“みんな”は極論を言うと百人百様でしょう? そんな時代に有効なコミュニケーションを考えるヒントを提供できればと考えています。
具体的には、まず「大衆」から「分衆」そして「個」へと向かう生活者の意識と行動を俯瞰します。その上で、デジタルのおかげで個と個が自由につながり、“みんな”を自ら生み出そうとする、生活者主導社会ならではの新しい「衆」のあり方を提言する予定です。今回は研究プロセスを様々なwebメディアを通して公開する社会共創型アプローチを採用して、各方面からいただいたご意見も反映させながら進めています。いわば、“みんな”で“みんな”を考えてみたという感じでしょうか。引き続き2019年の生活総研の活動にご期待いただきたいと思います。
★昨年の「みらい博」は「お金」がテーマでした!
→http://seikatsusoken.jp/miraihaku2018/
1989年博報堂入社。マーケティングプラナーとして得意先企業の市場調査や商品開発、コミュニケーションに関わる業務に従事。以後、ブランディングや新領域を開拓する異職種混成部門や、専門職の人事・人材開発を担当する本社系部門を経て、2015年より現職。
著書:『地ブランド ~日本を救う地域ブランド論~』(共著・弘文堂・2006年)
東京農工大学 法政大学 非常勤講師。