―クリエイティブディレクターとして第一線で活躍されていた古田さんが、アニメーションを核とした事業を行う会社を経営するようになった背景をお聞かせください。
日本のアニメーションは全世界から高く評価され、昨今は広告コミュニケーション領域において、ブランド構築のためのクリエイティブとしても期待を集めています。そうしたアニメーションの制作能力を広告会社が必要とすることはごく自然なことでした。
しかしアニメーションと実写映像では、スタッフィングからスケジューリングまであらゆることが別物です。単に広告会社とアニメーションスタジオをくっつけるだけでは、すぐに空中分解してしまうでしょう。ならば、まずは人の融合を進めることが先決ではないか。個人と個人のむすびつきこそが、畑違いのクリエイティブをひとつにすることができるのではないかと考えたのです。
博報堂のクリエイティブディレクターである自分と、アニメ業界で新進気鋭のプロデューサーであった石井朋彦氏 、そして『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』などを手がけたアニメーション映画監督の神山健治氏との出会いから、すべてが始まりました。
―クラフターの組織について教えてください
現在、グループは「クラフター」「クラフタースタジオ」「クラフターエンジン」の3社で構成されています。
「クラフター」は、映像で企業や社会の課題を解決することを目指したコンサルティング会社です。ここで策定されたコミュニケーション戦略を、スタッフ70名を超えるCGアニメーションスタジオ「クラフタースタジオ」が映像コンテンツへと昇華させます。
もっとも新しく誕生した「クラフターエンジン」には、日本トップクラスのエンジニア、プログラマーが所属しており、UX/UIをはじめとする開発案件や新しいアニメーション技術を開発するための、文字通りクラフターグループのエンジンとなる会社です。
3社は密接に連動することで、革新的な映像を生み出し続けています。
―クラフターが提唱する 「スマートCGアニメーション」技術についてご説明いただけますか。
アニメーションの作り方はふたつに大別されます。
ひとつはディズニー・ピクサーに代表される「CGアニメーション」です。すでに世界では主流となっている制作技法ですが、課題は多大な制作コストがかかることです。
もうひとつは、古くから親しまれてきた手描きの「作画アニメーション」です。この伝統的な手法には独特の味わいがあり、いまだに海外などでも高い人気があるのですが、レベルの高いベテラン人材が不足してきており、その将来が危惧されています。
クラフター独自の技術である「スマートCGアニメーション」 は、これら2つのスタイルの“いいとこ取り”です。クラフター最新作の劇場用長編作品『あした世界が終わるとしても』でもフル活用されており、見た目は日本のアニメーションルックなのに、実はすべて3DCGで制作されています。
「スマートCGアニメーション」では3DCGのキャラクターが、三次元の空間で芝居をしているので、ライティングやカメラアングルを自由に変えることができます。また、シェーダーという仕上げ方を選ぶことで、手描き風のセルルックからディズニー・ピクサーのようなテイストまで自在に変化させることができます。
さらには、「スマートCGアニメーション」はフルデジタルなので、モーションキャプチャーやリアルタイムエンジン、あるいはAIといった最新テクノロジーを即座に投入していくことができます。
リーズナブルなコストで、「魅力的なジャパンアニメ・ルックの仕上がり」を実現できるという点が世界中から高く評価されているポイントだと思います。
―この優れた技術は、クラフター以外でも可能なのですか?
フルCG技術で似たものは存在するので、世界中で激しい競争が起きていますが、クラフターの「スマートCGアニメーション」は、完全に頭一つリードしていると言えます。
映画『あした世界が終わるとしても』をぜひご覧いただいて、なるほど、これが最新のアニメーションなんだということを実感していただけたら嬉しいです。
(全国公開中 詳細はこちらをご覧ください ⇒ https://ashitasekaiga.jp/)
『あした世界が終わるとしても』
監督・脚本は、櫻木優平(クラフタースタジオ所属)。岩井俊二監督『花とアリス殺人事件』、宮崎駿監督『毛虫のボロ』のCGスタッフとして頭角を現し、『新世紀いんぱくつ。』で監督デビュー。TVアニメーションシリーズ『イングレス』では、その高いクオリティで世界を驚かせ、次世代の監督として注目を集めている。最新鋭のアニメーション技術「スマートCGアニメーション」を駆使した話題作を発表し続けている。
―クラフターはコンテンツ制作・技術開発に加え、数多くのクライアントのブランディング業務を手掛けています。その一例として、海外で成功をおさめた『ムーム』をご紹介いただけますか?
2016年に公開された『ムーム』は、純粋なアニメーション・コンテンツでありながら、企業のブランディングにも利活用できるように設計されています。クライアントは、大手アパレル企業。海外への本格展開を始められようとしていた時期でした。社長がチャレンジングな方で、通常のプロモーションとは違うブランディングを求められていました。
そこでご提案したのが、短編アニメーションを制作するというコンテンツ・ドリブン型の手法です。実は、短編アニメーションは海外での文化的地位がとても高く、短編映画祭は世界中に数え切れないほど存在し、そこで話題になった作品は現地のメディアでも大切に報道されます。
であれば、クライアントのものづくりの魂を、日本のお家芸であるアニメーションで表現して各国の映画祭に応募すればいいのではないか。単にお金をかけた宣伝よりも、文化的かつ好意的に世界に浸透していけるのではないかと考えました。
「映画」を作るとなれば、一社のお金と考え方だけではひとりよがりになります。そこで、日本の映画業界がよく活用する「製作委員会方式」で作ることにしました。各社が資金と知恵を持ち寄り、総合的に作品のクオリティをアップするのです。出資リスクを分散するという一面もあるのですが、複数社で横断的にアイデアを出し合う姿は、じつに日本らしいチームクリエイティブのあり方だと思います。もちろんクラフターも委員会に出資参加しています。
製作委員会には、毎回クライアントの代表の方にも出席いただき、話し合いをしながらコンセプトやプロット、脚本などを定めていきました。
結果、『ムーム』は全世界で32の賞をいただき、70以上のノミネートという成果を得て、大成功のプロジェクトとなりました。
―クラフターは幅広い技術をお持ちですが、クライアント業務の場合、作品ごとにどの手法を用いてコンテンツを作るかをどのように決めるのですか?
まずクライアントのブランドやサービスが目指すべきことを深掘りし、ゴールにたどり着くための道筋を逆算した上で、コンセプトを源流から考えていきます。そのための表現技法として、スマートCGアニメーションが適しているのか、それ以外の手法がいいのか、などミッションに最適なやり方をクライアントとともに策定していきます。
―新たな活動の一環として、2017年に「VRを映画館で観る」興行プロジェクト、VRCC
(VR Cinematic Consortium)を立ち上げました。この背景をおしえてください。
VRCCは、ハードウェア技術(VAIO)、劇場興行(東映)、コンテンツ制作(クラフター)に精通した3社で立ち上げたコンソーシアムで、世界初の試みです。
クラフターのビジネスは、ビジネスパートナーに対してはBtoBですが、作品を作って公開するという点ではBtoCです。つまり日常的に世の中からの反応に晒されているのですが、今回もお客様のダイレクトな声からインスピレーションを得ました。
従来のVR体験の中で、ウィークポイントは「音」だったんです。VRの音は大抵あまり品質の高くないヘッドセットで再生されており、音響がいまひとつでした。
一方で映画館って音がいいでしょ。本格的なサラウンドシステムによる臨場感と、VR映像による没入感の組み合わせは、予想を超えて大迫力でした。
アニメーションVRの3本立てで上映を行ったのですが、『夏をやりなおす』という作品が特に人気で、その後、日本最大の配信プラットフォームでも販売されて、8週間もランキング1位の座を守っています。(現在も記録更新中)
この作品も「スマートCGアニメーション」で制作しています。
ーAR/VRは、デバイスが高価だったり、大規模なしかけが必要だったり、普及がそれほど進んでいないと一部には受け止められている気がするのですが。
VR・AR・MRといったいわゆるxRには、非常に大きな将来性があります。コンシューマー領域ではいったん落ち着いていますが、BtoBの領域においては拡大し続けています。
VRの没入感を活かした開発や研修などに続々と活用され始めており、現場では実用的なディスプレイのひとつとして捉えられています。
―今後のアニメーションはどうなっていきますか?
日本のアニメーションがなぜここまで世界中で愛されているのかというと、人間や自然を徹底的に観察して、それを記号化して伝えることに成功してきたからです。上手に記号化されたコミュニケーションは、伝えたいことがわかりやすくなるとともに、世界共通の言語にもなります。萌えや中毒性といったエキセントリックな要素ばかりが捉えられがちですが、本来のアニメーションの魅力は「人の気持ちをくっきりと描く」ことにほかなりません。
これは制作手法が、手描きからデジタルに移行しても決して失われない価値です。むしろ、世の中のすべてがデジタル化されていくのであれば、こうしたアニメーションの持つ本来価値はますます活躍の機会が増えるでしょう。
アニメーションの出口はもはや四角いスクリーンだけではありません。UX/UIなどのコミュニケーション領域はもちろんのこと、商品開発、店舗開発、ソーシャル開発といったすべての領域で、アニメーションの活用を検討していただければ幸いです。
1967年生まれ。
1991年 博報堂入社。コピーライターとして制作局配属。
2006年 クリエイティブディレクターに就任、以降様々なTVCMやキャンペーンを手掛ける。
2008年 博報堂アーキテクト執行役員に就任、クリエイティブコンサルタントを務める。
2011年 4月1日より現職。