岡田 一般的に、ファシリテーションとは会議をスムーズに進めるために、うなずいたり、質問したり、まとめていくテクニックだと思われています。しかし、私は研修の初日に、「ファシリテーションは準備が9割」であるという話をします。次の会議のテーマは何か、参加者の関心は何か、どのような質問をするかなど、ファシリテーションは会議の前から始まっており、その事前準備ができればファシリテーションは誰でも習得できる力だと考えています。
岡田 そうですね。会議の当日にテクニックでなんとかしようと考えるのは、良いファシリテーターではありません。私の理想のファシリテーションは、ファシリテーターが「消える」ことです。会議が始まる瞬間は、そもそもこの場は何のためにあるのか、目的は何か、などファシリテーターがリードして雰囲気をつくっていくことが大事ですが、最後の方ではファシリテーターそっちのけで目的に向かって盛り上がっている。それが本来のファシリテーションではないかと思っています。
岡田 アイデアが生まれるための2つの前提を意識すると、ファシリテーションがうまくいくと思います。1つ目は、そもそもアイデアは全くのゼロから考えるものではなく、何かと何かの組み合わせであるということ。2つ目は、意外な組み合わせが新しいアイデアを生み出すということです。ですので、ファシリテーションをする上で大事なのは、一見関係ないような発言や質問がたくさん出るような雰囲気を作ることです。
岡田 雑談といっても、テーマに関係ない話ではありません。事前にすごく考えてきた上で、あえて本題に入らずに本題の周辺を探るような雑談をすることが大事ですね。僕が新人のころ、会議にはアイデアを100案用意してくることが若者のミッションでした。自分では360度、いや720度の角度から考えたと思って持っていくと、先輩やベテランの人は自分が考えてもいないような角度から出してくるんです。それを聞くと、自分が360度どころか60度ぐらいしか考えられていなかったなと打ちのめされるのですが、同時に他の人のアイデアを見て「こんなのもあるよね」とひらめく確率が高まることも体験しました。フライパンを熱々にして玉ねぎを入れるのと、冷めたまま入れるのとでは全然違うように、アイデアも事前に考えている熱々な状態だと、別のアイデアを聞くことで頭の中の発想が生まれる確率がぐんと上がるんです。そのような熱々の状態にするためにも、事前の宿題や、本題に入る前の雑談が大事だと考えています。
岡田 大切なことがもう1つあって、それは信頼関係です。雑談でも会議でも、大人であれば、何か変なことを言ってバカにされたら恥ずかしいと思うのが当たり前です。ですので、どんな見当違いなことを言っても大丈夫だという信頼関係があって、ストレスなく話せる雰囲気を作ることがファシリテーターにとって大事だと思います。
岡田 一言でいうと、超実践型の研修です。初回にファシリテーションの方法論をみっちり学んだのち、月に1回のペースで約4カ月開催されます。参加者の方には宿題として、学んだファシリテーションを実際の業務で実行して、その結果をシートに記入して持ってきてもらいます。世の中の研修の多くは、学んだことを実行するチャンスがあったらやってみよう、ファシリテーションスキルが100になったらやろうと、なかなか実践されません。しかし、私の研修では、「失敗の方が題材として学びになるから」といって、必ず実行していただきます。そうすると、帰ってから自分の会社で研修を受けていることを“カミングアウト”したりして実行するんです。みなさん、やってみると意外にできるんですね。その成果を1カ月後に研修に持ち寄って、博報堂の講師や他の企業の同じような次世代リーダー層の人たちからフィードバックをもらい、翌月までにまた実行する。実践の繰り返しの中で、自分自身の強みや、今後のリーダーシップのあり方を見つめなおしていきます。
岡田 事業会社のリーダーをゲスト講師に招いて、リーダーシップについて議論を交わします。昨年はマツダの主査という車作りのプロジェクトリーダーを務めている方や、JTの最年少執行役員になった方を招き、ファシリテーションをどのように生かしているかについて話を聞きました。マツダの方は、実は以前博報堂のファシリテーション研修を受けて、自分自身のリーダーシップのあり方が大きく変わった経験を持っています。受講者と同じ目線で話すので、みなさんとても刺激を受けています。
岡田 30代~40代の中堅マネジャー層が中心なのですが、みなさんある程度の力も実績もある方ばかりです。企業から派遣された方々ですので、当然期待もされています。そして、多くの受講生が、その企業にとって新しい価値を生み出すという難しい課題に取り組んでいることが特徴です。そんなみなさんに私は、「アイデアは誰かの頭の中にあるのではなく、誰かとの会話の中にある」ということを伝えます。
例えば、アイデア会議に5人の参加者がいたとして、一番偉い人のアイデアがそのまま決まるようなファシリテーションは三流です。似ているアイデアを組み合わせた折衷案になるのは二流。一流のファシリテーションは、5人が最初は考えもしていなかったけれど、話し合いを通じて第6のアイデアが生まれること。そして、誰もが「この第6のアイデアは自分のアイデアから生まれたんだ」と自分事になっている状態を作ることです。この、自分のアイデアに固執せずに「第6のアイデア」が生まれる可能性を信じるという話は、多くの受講者の心に残っているようですね。
岡田 リーダーの役割には、プロジェクトを理路整然と進めていくための論理面のファシリテーションと、プロジェクトメンバーがオーナーシップを持ってプロジェクトを進めたくなる感情面のファシリテーションの2つがあります。特にこれからは、感情面のファシリテーションがより大事になってくると思います。というのも、かつては上司・部下の気心の知れたチームで仕事を進めることが多かったのですが、今は、新しい価値を生む仕事をしようと思ったら、必ず他部署や外部の専門家など、文化や価値観が異なる人たちと一緒に仕事をせざるをえません。リーダー自身が十分な知識や経験がない場面も増えてきます。そのような時には、リーダーがやることを細かく管理するよりも、やっている本人が生き生きと楽しくやっているかを管理することが、役割として大きくなってくるからです。感情のファシリテーションこそ、リーダーに求められる能力ではないかと思います。
岡田 ファシリテーションは相手の力を引き出さないといけないので、事前にどうやったら相手がやりたくなるかを考える時間が必要です。忙しい時間の中で、無理やりでも考える時間を取って、相手の人は何に興味があるかなとか、いろいろ考えて伝えます。そうやって事前に一生懸命考えて、相手のやる気を引き出した状態で仕事を渡してあげると、メンバーが自主的に動くようになります。そうすると、実行フェーズではリーダーはやることが減り、すごく時間ができるんです。その空いた時間を使って、次の準備をしっかり考えることができる。しっかり準備をして仕事をするので、メンバーへの指示もさらに的確になり、また時間が生まれる。ファシリテーションの正のループに入ると、事前に一生懸命考えておけば、あとは任せることができるんです。そして、リーダーとして本当にやらなければいけない、事業の課題や未来について考える密度の高い時間を生み出すことができるんです。
残業もあまりせず、家族との時間も大事にしているのに、質の高いアウトプットを次々と出すリーダーがいますが、そのような人はきっと、ファシリテーションを会議だけでなく常に使いこなしているのではないかな、と思います。ですので、ファシリテーションを単なる会議の進行スキルと捉えずに、周りの人の力を借りて大きな成果を生み出すリーダーシップの方法の一つだと考えて、磨いてほしいと思います。