川口
まず、「tie」について改めてご説明いただけますでしょうか。
永井
シンプルに言うと、“シニアと地域課題を結ぶためのプラットフォーム”です。仕組みとも言えるし、プロジェクトとも言えるとは思うんですけれど、構想としては、プラットフォームをイメージしました。
川口
出発点は、2013年9月ですよね。
永井
そうですね。IDEO Tokyoのオフィスが青山に移転したタイミングでした。プロジェクトなどでつながりがあったので、博報堂の何人かのメンバーと一緒にIDEO Tokyoのパーティに行ったんです。当時の代表のサンジーンさんが「WiLLプロジェクト」という、自動車メーカー、飲料メーカーや化粧品メーカーなど複数の企業のコンソーシアムブランドのことを大変気に入ってくれていました。私がWiLLプロジェクトのクリエイティブディレクターだったことも知っていたので、一緒に何かできないかという話になったんです。グローバルなデザインファームであるIDEOと一緒に、新たなプロジェクトを立ち上げるということにすごくワクワクしたことを覚えています。そのパーティでの話がきっかけとなって、2014年の4月くらいから動き出しました。そのパーティのとき、川口くんも一緒にいましたね。
川口
そうです。HAKUHODO DESIGNと博報堂ブランド・イノベーションデザイン、そしてIDEO Tokyoの3社で動き始めたんですよね。
永井
「シニアにフォーカスする」という基本的な考え方は、IDEO Tokyoチームの問題意識の中にあったんです。グローバルでも同様ですが、時代の変化やクライアントとの意識変化を見たときに、エイジング(年齢を重ねること)は非常に大切な問題であるという認識があったのでしょう。WiLLと同じように、プロジェクト形式のコンソーシアム・ブランドを、シニア向けに立ち上げられないかというのが最初のアイデアでした。WiLLの延長上ということで、Wellnessなどの意味も含めて、「Well」というプロジェクト名をつけていました。
川口
キーワードとして、よく生きるを意味するWell-beingを挙げて、企業活動というより、社会の課題に向き合う、デザインアプローチが始まったと記憶しています。
永井
当初は、シニアをターゲットとした商品やサービス開発を、企業を超えて横断的に行うというイメージでした。それをWiLLのように統一ブランドでやる。シニアマーケットということも言われていたし、企業も大きな関心を示すんじゃないかという目論見も含めてですね。
永井
その後、IDEO Tokyoから、博報堂サイドでプロジェクトを預かることになって、改めてプラニングをしました。このときに、定年退職をした人を主体に、その経験や知恵を活かせる場を作る、その人達が学べる場を作る、その人達が貢献できる場を作ることを考えました。さらに都会だけが先行するのではなく、地域に色々な価値の芽生えが起こってくるという大きな流れもある中で、地域の課題とうまくマッチングするという構想は良いのではないかと考えたのです。ここで、当初の企業をつなげてコンソーシアム・ブランドを作る、という考え方から、「シニアの新しい生き方を提示する」という方向へガラッと変わったんです。
岩佐
そのきっかけはどんなことだったのでしょうか?
永井
定年退職後の方々についての話を聞いているうちに、ひとつ改めて気づきを得たんです。日本では、会社員は人生の多くの部分を会社に注ぎ込むような形で関わることが多いので、定年退職によってそのつながりが切れるというのは大きなものを失うことだなと。もちろん、定年退職後には、夫婦で旅行に行きたいとか、地域のために貢献したいなど、様々な目標はありつつも、一旦、社会との関係性が切れてしまう。
それから、地域や大家族では、“エイジング”(年齢を重ねること)がそれなりにリスペクトされ、知恵などがストックされていくのですが、都市の中では、たとえば高齢者の孤独死などの問題もあり、歳を取ることの意味を考えさせられました。そこで、やはり社会とつながっていくということが必要だろうと考えたわけです。インサイトとしては、3つの視点が重要など思いました。
川口
シニアの交流欲求、貢献欲求、成長欲求ですね。
永井
そうです。お金を稼ぐことをやってきた世代が、ひと段落し社会に還元したい、貢献したい欲求があるのではないか。加えて、そこで打ち止め、余生を送るというイメージではなく、色んな刺激や学びを求めているのではと思いました。今は人生100年時代という考え方がスタンダードになりましたが、当時はあまりその観点で、考えられていませんでした。そうした考えもあって、このプロジェクトには、「tie」という名前をつけました。様々な関係を「つなぐ」だけでなく、もっと深くお互いの関係を築いていって「結ぶ」という意味を込めています。
永井
定年退職した人には、3年間くらい猶予期間のようなものがあるらしいんです。仕事が終わったらどこかの国に行きたいとか、地方をゆっくり回りたいとか、温泉に入りたいとか考えて行動するけれども、3年くらいすると何かやりたくなって、就職先を探したりすると。ところが、思ったような仕事が見つからないという現実を目の当たりにしたりする。「アラリタ(=アラウンド・リタイアメント)」というキーワードを作りましたが、定年退職する前から自分の次へのステップに対する気付きや学びを始めるのが大事だと言われています。
川口
定年前後の生き方や人生を考える契機という大きなスイッチがある、と話していましたね。「人生100年時代」と言われているなかで、80歳まで生きるとしても、60歳で定年だとすると、定年後に人生の約1/4が残っているので、惰性では進めない時代が来ていると。「クリエイティブな生き方をするシニア」=「これまでの常識とは違う生き方をしている人」を見つけ、そういう流れを活用できないかと話し合っていました。
永井
そうでしたね。「tie」では、定年退職後の人生を、"延長線"ではなく、"新たな人生"として、新たなチャレンジをする人、いくつになっても成長し、社会に貢献し、また交流したいと考えて、行動を起こす人など、第二の人生においてこれまでにない創造的な生き方をする人々を「クリエイティブシニア」と呼ぶことにしました。「tie」は、今のところ博報堂のOB/OGであるシニアと、博報堂メンバーで動いていますが、定年退職を迎える前のむしろ40代や50代の社員もこの枠組に入って、学んでいくことや今後の生き方や働き方を考えることも大事なんじゃないかと思っているんです。日本でつねに世の中の新しいスタイルを作り続けてきた団塊の世代が高齢化するこのタイミングにおいて、このプロジェクトはより意味をもつのではないかという意識もありました。
川口
実際、シニアの方々と一緒に挑んでみて、どんな気づきがありましたか?
永井
「tie」の仕事は、組織に属していると知らず知らずのうちに使っている、“組織としての動きや枠組み”みたいなものから一度離れることで、良い相乗効果が生まれるんです。
川口
シニアと協働する「tie」のやり方だからこそ、今までどおりではなく、そこにいるメンバーの階層や役割を一旦リセットした状態で進めていく感じなんですね。
岩佐
私も参加してみて、年次や先輩後輩などの垣根を超えて一つのものをつくりあげている感覚がありました。
永井
ある種、組織におけるポジションや立場が解体されたことによって、一人ひとりの“人としての役割”に戻るみたいな感じですね。組織の力というのは、便利なこともありますが、自分の役割を決めて自分を枠にはめてしまうようなところもあります。そこをフラットにすることで、気づきが生まれたり、新しいチャレンジ感が出てきたりするのではないかと思います。この、知らず知らずのうちに現役時代に身に着けてしまっていた制限から解き放たれて、新しいチャレンジができるということが、シニアにとっての最大のメリットかもしれません。また、マネジメントよりも、現場が好きだったという人にとっては、再び現場で活躍できるという楽しみもあるでしょう
岩佐
私は、このプロジェクトがなければ、シニアの方々とは一緒に仕事ができなかったと思うので、貴重な機会をいただいていると感じています。
永井
エイジングのカンファレンスに出たときに、“リバース・メンタリング”というキーワードで、若い人と仕事をすることで今を学ぶことが重要という話を聞きました。もちろん岩佐くんは岩佐くんにとっての学びがあるし、シニア世代も同様なんじゃないかなと思います。
川口
一方で、「tie」は地域にとってはどのようなメリットがあると思われますか?
永井
地域にとってのメリットは、大きくいうと2つあると思います。
一つは、博報堂OB/OGの経験が地域に活かされること。地域では外からの視点や知恵を求めていますし、博報堂の中で長い間、第一線で仕事をしてきた方々の知識や経験が得られることはとても大きなことではないかと思っています。
もうひとつは、コストです。やはり広告会社にお願いするとなると、費用がかかる。tieの場合、極論を言うと、おいしいお酒とご飯をごちそうするからちょっと来てということでも成立するようなモデルもあってもよいのではないかと思うんです(笑)。今稼働しているプロジェクトは自治体案件で、博報堂の通常業務のような大きな規模になっていますが、もう少し小さな規模であればそういうこともありえると思っています。
地域課題は、地域企業が元気になることで解決するという考え方もあります。しかし、自治体が抱える課題の方がより多くの人に関わる地域課題ではないかということもあって、立ち上がりは自治体との取り組みからスタートしようと考えました。自治体との取り組みでは、業務の期限があるので、ずっとtieとして関われるわけではありませんが、しっかりと基盤づくりをすることで、最終的に私たちの手を離れても、自走できることも考えながらアクションを考えています。
岩佐
東京にいるシニアが地域の仕事に関わるという点でのメリットもありますよね。米沢の案件では、担当しているシニアが墨田区とのつながりを持っていて、米沢市役所の方が墨田区にヒアリングへ行くということがありました。
永井
それは大きいと思います。シニアが培ってきた知見を生かすだけでなく、具体的なつながりやネットワークをつくることもできるでしょう。地元に戻って地域商社を立ち上げ、東京の大手小売店とつなげてポップアップショップを立ちあげた博報堂OBに会いましたが、このような形で物理的なつながりを生むこともできると思います。この方のように地元に戻って自身で知恵や経験を還元していく人もいるでしょうけれども、東京をベースにしながら、地域に関心があって貢献したいという人にとっても、「tie」の枠組みは活用できるのではないかと思うんです。
岩佐
移住はしないけれど地域に関わりたいという人々の「関係人口」が近年注目されていますよね。そのような方々の活躍の場を作るプラットフォームにもなっていると思います。
永井
何度も通っているうちにその町が好きになって、プロジェクトが終わった後でもつながりを持ち続けていくこともできます。そういうことが、地域にとっては二次的、三次的なメリットになるかもしれませんね。
川口
「tie」は今後、どのように進めていこうと考えていますか?
永井
退職後のひとつの選択肢として、「tie」の枠組みを整備することは、博報堂にとっても、世の中にとっても、意義深いことだと思っています。今現在、クリエイティブシニアと呼んでいる人達は、博報堂のOB/OGがほとんどですが、私自身は博報堂の中だけで閉じているのはもったいないと思うし、参加するシニアが増えればできることもどんどん広がるし、シニアの内在する力を社会に還元できる大きな仕組みになるのではないかと感じています。
川口
人生100年時代の今だからこそ、デザインで社会課題を解決する取り組みとして、また、地域にもシニアにも価値を生む取り組みとして、これからもこのtieという仕組みを育てて行ければと思います。