「Future of Luxury」は、東京大学生産技術研究所RCA-IIS Tokyo Design Lab、博報堂ブランド・イノベーションデザイン(以下、BID)そしてSEEDATAとのコラボレーションによって生まれたプロジェクトです。
その魅力は、博報堂・SEEDATAによる生活者発想・未来発想を起点としながら、東京大学生産技術研究所の技術による社会実装、そして数々のイノベーションを創出してきたRCAのメソッドによるアイデア開発が三位一体となっている点にあります。
東京大学生産技術研究所は、工学のほぼすべての分野を持つ東京大学の附置研究所で、5つの研究部門、110以上の研究室からなり、量子レベルのミクロな世界から、地球・宇宙レベルまで最先端技術を多く生み出しています。
一方、RCAは、世界屈指の美術大学として名高く、世界的な大学ランキングである「QS World University Rankings」の「Art & Design」カテゴリでは世界1位に評価される名門です。ダイソン社の創業者・ジェームズ・ダイソン、「デザインエンジニア」という名前を世に知らしめた、Takram創業者・田川欣哉氏、死者の遺伝子を樹木に埋め込み、生きた墓標とする「Biopresence」が話題となったバイオアーティスト・福原志保氏ら、多方面にデザイナー・アーティストを輩出しています。
RCA-IIS Tokyo Design Labは、この東京大学生産技術研究所とRCAのコラボレーションによって生み出されたデザインプロジェクトです。イノベーティブなデザインと工学によるシナジーで、社会を変える力を生み出すことを目的としています。
博報堂BIDは、ビジネスコンサルタントやデザイナー、さらには一級建築士までが在籍するチームで、これまでにさまざまな企業とブランドにおける進歩的な成長戦略を提案してきました。生活者のインサイトを捉える「生活者発想」に基づいて構築する「未来シナリオ」を社会へ実装する力を強みに、このプロジェクトでは企業とともにイノベーションを実現していきます。
そしてSEEDATAは、企業のイノベーション創出に特化した博報堂グループ内ベンチャー企業です。独自のメソッドを用いた先進的な生活者の調査をベースに、イノベーション実現の支援を行うことで、未来のライフスタイルの具現化を行っています。
7月には最初の「プレワークショップ」を、企業から多数の参加者を募り、東京大学生産技術研究所のRCA-IIS Tokyo Design Labに所属する学生も参加し、開催しました。
このワークショップでは、このプロジェクトがフォーカスするテーマをディスカッションしていきました。
「Future Way of Shopping(未来のモノの買い方の変化)」や「Future of Health Consciousness(未来の健康意識の変化)」など、さまざまなアイデアが出た中で、私たちは「Future of Luxury(未来の贅沢)」を選ぶことにしました。
「未来の贅沢」をテーマとして掲げたのは、現代は贅沢の再定義が求められていく時代であること、そして「便利にする」イノベーションの終焉が見て取れるからです。
先の20年を考えてみると、私たちの生活は飛躍的に便利になりました。交通や通信などの社会インフラが充実し、インターネットとスマートフォンに代表される情報技術の飛躍的進歩によって、生活は一変しました。私たちは「便利になること」を贅沢として追求し、それを誰もが社会的幸福と認めることができました。つまり先の20年、さらに高度経済成長期以降の日本は、便利さが社会を革新してきた時代だったのです。
しかし十分に便利になった現代に目を向けると、私たちはかつてほど便利さを求めなくなっていることに気づきます。「便利になる」ことが当たり前になったとき、私たちはそれを贅沢とみなさなくなったのです。では現代、そして未来の私たちは何に贅沢を感じ、生きているのでしょう?
贅沢は、現代と未来の私たちを生活者視点で考察する上で重要なキーワードなのです。
現代は「ウェルビーイング」すなわち身体的、精神的、社会的に健やかな状態にあることが豊かさであると受け入れられる世の中であり、人々は便利さ以外の贅沢を求めはじめています。その中で贅沢はいかに再定義されるのか。この問いの答を求めることはイノベーションをドライブする企業にとっても非常に意義があると考えられることから、私たちはこのプロジェクトのテーマとしたのです。
そしてFuture of Luxuryの仮説構築のため、ワークショップはアイデア拡散型で実施しました。博報堂生活総合研究所の研究成果などをインプットし、未来のLuxuryをアイデアとして表現していきました。
私たちはこのプロジェクトにおいて、ワークショップの参加者を、「バイアスを解くための主役」と捉えています。とくにアイデアを発想する拡散型のワークショップにおいては、いかにターゲットとなるペルソナに対し、普段の思考の枠を外し、新しい視点を獲得できるかが重要です。
7月に開催したプレワークショップには、私たちが潜在的に持っている「バイアス(偏見)」を取り除く工夫を散りばめました。
たとえばアイデアのブレストでは、「もっともばかげた(Stupid)アイデア」を出し合います。簡単なはずですが、いざ発想するとなると難しいものです。それはバイアスの影響です。
本来、ブレストではいかなるアイデアを出してもいいはずです。しかし私たちは無意識のうちに「もっとも優れたものを出そう」と考えてしまうバイアスを持ってしまっているのです。このテーマ設定は、そうしたバイアスを取り除くための工夫なのです。
また、ワークショップでは「Solo Thinking(個人で考える時間)」と「Group Sharing(グループシェアをする時間)」を分けて実施します。
グループシェアにも工夫があります。グループのメンバーが考えたことをひとりひとり発表し合って比べるのではありません。ひとりが考えたものを、まずA5の紙1枚で表現し、別のメンバーにパスし、そこで新たに考えを付け足していくということを繰り返します。これにより、グループの中でアイデアは刻一刻と変化していきます。それがバイアスを解くとともに、新たな発見を個人に生み出します。
さらにアイデア開発のために「スキット(SKIT)」を活用しました。ペルソナを寸劇として演じるメソッドです。
まず、グループの中でペルソナを演じる人と、その人に対してアイデアをプレゼンする人を決めます。
演じる人は、たとえば「40代、成長するITベンチャー役員の母親」などのペルソナになりきります。趣味嗜好から家庭環境までペルソナを演じ、同化するのです。
そしてプレゼンをする人は、演じる人に対し、アイデアを提案し、フィードバックを得ます。
このメソッドは私たちのアイデア開発への考え方を体現しています。すなわち「そのアイデアは誰のためのものであるか」を明確に思考する、ということです。
アイデア開発の際、ペルソナを規定していても、ついつい「みんなに受け入れられるもの」という思考に陥りがちです。「みんな」を前提としてしまうと、コンセプトやアイデアは漠然としたものになります。さらにグループワークにおける、フィードバックをする側も、誰の視点に立っているか分からない状況に陥りがちです。
スキットでは、目の前に人格を持ったペルソナが存在することで、アイデアが誰のために生み出されるべきかをより具体的に考えることができるのです。
12月13日に開催したワークショップでは、ふたたび企業の方々とコラボレーションしながら、実際にどんなものをつくるのか、そのアイデアを抽出し、最終的なプレゼンテーションを行いました。
私たちはプレワークショップで得られた知見を活用するため、贅沢の定義、本質、そして相対性と普遍性について整理を行いました。象徴的なキーワードとなったのは「過剰化」です。贅沢というものは、「過剰なものからくる高い満足」なのです。これが現代の中でいかに読み替えられていくのかを私たちは考えるべき論点としました。
そして、世界各地の先進事例のリサーチから、実際のアイデアを考える上で重要となる、過剰性の方向性(=デザインストラテジー)として、「INSTANT TRANS(瞬間的な異世界への移動)」「NARRATIVE TECH(テクノロジーによるストーリー性の拡張)」、「ENHANCE POTENTIAL(「潜在不可能性」の排除)」の3つを見出しました。
このプロジェクトの目的は、広く、良いアイデアを生み出し、アイデアを企業とともに実際の形にしていくこと。自由な発想を促進するため、プレワークショップで出されたアイデアをブラッシュアップし、近未来・中未来・遠未来の3段階のアイデア(衣食旅の3業種それぞれにつき3アイデアで合計9アイデア)として提示することにしました。
これらのアイデアをそのまま企業が実現するというわけではなく、ワークショップでは発想の刺激となる、未来のケーススタディとして提示します。そこからどんなイノベーションが生み出されるのか…。
次回は12月13日に開催された第2回ワークショップのレポートをお届けします。