鷲尾:
神戸市は、日本の地方自治体の中では、ICTを活用した地域課題解決や、官民学の連携を通した「オープンデータ・ガバナンス」(※1)の取り組みに積極的に挑んでこられてきた都市です。バルセロナ市との協働による「ワールド・データ・ビス・チャレンジ」も、今年でもう3年目だとお伺いしました。「ワールド・データ・ビス・チャレンジ」はどのようなプロジェクトなのでしょうか?
長井:
神戸市が公開しているオープンデータを元に、都市の抱える課題を解決するためのプロジェクトやアプリケーション、サービスの構想をつくりだすことに挑戦しようという一般公募型のコンペティションです。バルセロナラウンドと神戸ラウンドという2回のセッションがあって、一次選考された参加者の方々は、バルセロナ市の取り組みを視察したり、担当者の人たちのレクチャーを受ける機会にも参加できます。バルセロナのセッションでは、現地の人たちも同様にバルセロナ市が公開しているオープンデータを元に考案したアイデアやプロジェクトをプレゼンテーションしてもらいます。
鷲尾:
コンペティション、ワークショップ、そして参加者同士の交流というプログラム。お互いに学び合う機会にもなっているんですね。
長井:
僕たち自身もバルセロナ市から学んだことも多いですし、それはやはりバルセロナ市も同じだと思うんです。このような場に日本の若い人たちにも参加してもらいたいと思ってこうしたプログラムを考えました。
もともと神戸市はバルセロナ市と姉妹都市としての交流がありましたが、この「ワールド・データ・ビス・チャレンジ」が実現するきっかけとなったのは、数年前に「スマートシティ」や「インダストリー4.0」などをテーマに取り組んでいる海外の自治体を、若手の職員4~5人で訪問する機会でした。神戸市に「グローバルチャレンジ研究」という研修制度があって、その時は、バルセロナ、ビルバオ、ベルリンなどを視察したのですが、バルセロナ市の現場を見たとき、これはすごいなってとても感動したんです。
鷲尾:
スペイン・バルセロナ市(※2)は、オープンデータもそうですが、先端的なテクノロジーの可能性を都市政策に生かしていくという点で、もっとも革新的な取り組みを行っている都市として知られていますね。
都市を生態系(エコシステム)として捉え、データサイエンスを駆使した分析を通して持続的な都市のための政策提案を行う「バルセロナ都市生態学庁」の存在や、あらゆる行政データを一元管理し、専門部局を結びつけることで政策実効力を高める独自のプラットフォーム「CITY OS」の開発など、その先駆的な取り組みは世界的にも注目されています。
長井:
僕も一番感銘を受けたのは、バルセロナ市の都市生態学庁や、「センティーロ(Sentilo)」(※3)をはじめとするデジタル領域の取り組みの凄さでした。
鷲尾:
バルセロナ市都市生態学庁は、都市を生態系(エコシステム)として捉える「Ecosystemic Urbanism」というコンセプトを掲げています。それは日本で語られているような「スマートシティ」とは少し違いますね。
長井:
はい、そう思います。バルセロナ市は都市の多様性がまちの活力を生み出す原動力であると信じ、多様性の高いまちづくりを目指しており、それを生態学的にアプローチしています。
鷲尾:
都市は決してスマートなだけでなくて、良い意味での猥雑さや混沌とした状況も含めて様々な可能性が満ちている場所であり、それこそが「都市性」だと思うんです。都市の機能がスマートになること以上に、そこに暮らす人々、生活者が創造性が発揮されていく状況をイメージするとすれば、スマートシティと言うよりも「スマートシチズン」という言葉の方がより相応しいように思います。事実、バルセロナ市は、2015年には「スマートシティ部門」が廃止され、それを超えていく新しい方針として、ボトムアップ・デモクラシーを掲げた「Barcelona Digital City」プランがスタートしています。バルセロナ市でも「スマートシチズン」という言葉が使われていることを知って感銘を受けました。
長井:
そのヴィジョンを明確に描いた上で、データ社会への移行を捉えようとしているところが、やはりすごいなと感じるところですね。例えばオープンデータについても「もともと市民の持ち物だったデータを、みんなに返していくことなんだ」という考え方をバルセロナ市で聞いた時には、はっとしました。バルセロナ市の先駆的な取り組みは「市民サービスに還元するためにこそ、データの蓄積と分析を行う」という明確なビジョンに基づくものです。その延長線上にオープンデータ政策があるというのは、極めて合理的だと感じました。
鷲尾:
そんな発想や視点を神戸市にも持ち込んでいこうと考えられたわけですね。
長井:
そうなんです。バルセロナから神戸に戻ってきて、早速政策提案を庁内で行いました。実際にこうした取り組みを神戸で実現していくには、庁内、そして庁外にも一緒に目的を共有し動いていける人を増やすこと、そのつながりを広げること、いわば環境整備が何より必要だと感じたんです。「ワールド・データ・ビス・チャレンジ」の企画を提案したところ、上司の理解もあってすぐに実現することができました。
鷲尾:
素晴らしいですね。やってみようと言ってくれる上司の方がいたんですね。
長井:
はい、感謝してますね。私たちもオープンデータが重要になるってことは知識として知っていたとしても、なかなかそうした視野が持てていなかった。結果として、オープンデータを公開する意義やノウハウが浸透していなかったし、データを活用した政策形成など、業務においてデータを積極的に活用する素地も生まれにくかった。であれば、まずは実際に自分たちも体験しながら学んでいきたいと思って。小さくても新たな成功経験を一つでも作り出していきたいと考えて取り組んでいます。
鷲尾:
バルセロナ市の「Barcelona Digital City」プランでは、明確に「ボトムアップ・デモクラシー」を掲げています。
彼らのいうデジタルシティとは、テクノロジーの可能性を利用して、現実の社会の状況をみんなで共有し、多様な人たちのアイデアや発想を活かし合う社会、市民の創造性を活かし合うボトムアップの社会と文化を作ることが彼らの「Digital City」の姿です。
長井:
そうした「ボトムアップ・デモクラシー」という発想は、今後さらに複雑な課題が生まれてくる日本の都市においても、とても重要な視点だと思っています。
鷲尾:
「ワールド・データ・ビス・チャレンジ」には、神戸大学の学生をはじめ、一般企業に勤める方まで参加されていることが印象的でした。その自発的な姿勢には大きな刺激をいただきました。
長井:
「ワールド・データ・ビス・チャレンジ」ではっきりと意識しているのは、特に若い人たちと街とのつながり広げる機会にしていきたいということです。
特に学生たち。彼らと話をすると、大学があるから神戸に通っているとしても、街との関わりってそんなに感じていないんだなと気づきます。学校に通ったり、買い物に来たりすることはあっても、街の課題に直面したり、あるいはそれを自分ごとのように感じたり、それを考えてみる立場になったり、その時に街との関わりの中で壁にぶち当たるという経験が持ちにくいんですよね。結果として、街を自分たちごととしてみる機会も少ない。「ワールド・データ・ビス・チャレンジ」はそのための機会のひとつになればいい。
「オープンデータ」の取り組みを通して、街がもっとよりクリアに見えていくきっかけ、そして街と関わるきっかけになっていけばと思っています。神戸市の状況を感じたり、課題をちょっと研究して、自分たちの力で少しでも解決できるかもしれないという経験になればいいなと。
鷲尾:
それは本当に大切なことですよね。「私たちごと」として、暮らしている街と関わりを持とうとする担い手を育てていくことは本当に重要な問題です。
長井:
実は学生だけではないんですけどね。「地域の課題は行政に解決してもらう」みたいなお客さん的な発想って、若い人たちだけでなく、大人達の中にも多いように思うんです。そこを変えていかないと。
鷲尾:
東京のような大きな都市の場合だと、逆に「マイプレイス」というよりも「ノープレイス(私のものでも、誰のものでもない街)」って感覚の方がむしろ広がっているのかもしれないと感じる時があります。ここまで大きな開発が行われ続けると、それはもう生活者にとっては都市が「手が届かない場所」になっていって当然のような気すらします。
長井:
そうかもしれませんね。その点では、神戸市の場合は、それでも愛着をもって暮らしている人は多いのかもしれません。しかし課題が複雑化してきている中では、それでも行政だけではとても対応できなくなっていくというのが正直なところです。市民の皆さんと一緒に協力して街をより良くしていくしかない。特に今、神戸で学んでいる若い学生の人たちに、その中心になって欲しいと思っています。「オープンデータ」の取り組みは、ともに街の状況を共有しあい、解決策を生み出そうとする良いきっかけなんだと思うんです。
⇒後編に続く
※注釈
(※1)「オープンデータ」
自治体や民間事業者などが管理するデータを、誰もが使いやすいかたちとして公開・共有し、社会課題の解決に活かしていこうとする「オープンデータ」の取り組み、そして都市や生活圏の変化と状況をデータを通しエビデンスベースで捉えることによって政策決定のプロセスを透明化にし、市民参加や協働を促していくことを目指した「オープンデータ・ガバナンス」の潮流は、2000年代中盤以降、欧州や米国で積極的に推進されてきた。大気や水質など環境情報のモニタリング、公共交通機関の運行情報サービス、医療介護などの社会サービスの効率化、新たな行政・社会・観光サービス等の創出など、世界各地で様々な社会ソリューションが生まれている。「オープンデータ」の定義は多様ではあるが、日本では「官民データ活用推進基本法」(平成28年施行)で、以下のように定義がなされている。
「国や地方公共団体等が保有する公共データが、①営利目的、非営利目的を問わず二次利用可能なルールが適用されたもの、②機械判読に適したもの、③無償で利用できるもので、公開されること。」
機械判読に適した形とは、コンピュータが扱いやすい形式であること、また二次利用とは、公開されたデータを分析しそこから社会状況をつかんだり、グラフ化やあるいはアプリケーションを開発することで、そのデータの価値を生かそうとすることだ。詳細は「官民データ活用推進基本法の概要」(首相官邸)を参照。
(※2)スペイン・バルセロナ市
マドリードに次ぐスペイン第二の都市であり、カタルーニャ州の州都。人口は162万人だが、人口の約20倍にも及ぶ年間3200万人の観光客が訪れる観光都市でもあり、観光業セクターは基幹産業になっている。また港町であるバルセロナは工業も盛んであり、近年は「World Mobile Congress」や「Smart City Expo」のような世界的なイベントの中心地であることから、デジタル系スタートアップの増加が特徴的である。
(※3)「センティーロ(Sentilo)」
バルセロナ市では「Barcelona Digital City」プランを実現するための独自のシステム基盤の構築を行っている。センティーロ(Sentilo)は、市内各所に設置されたセンターからデータを収集し管理するためのプラットフォーム。都市を生態系(エコシステム)として捉えるヴィジョンの具現化を支えている。
神戸市企画調整局政策企画部産学連携課 担当係長(2019年4月~ 企画調整局つなぐ課 特命係長)、神戸大学学術・産業イノベーション創造本部 非常勤講師。長田区保護課、行財政局給与課を経て、産学連携課担当係長として、ICTを活用した地域課題解決に取り組む。2019年4月からは、企画調整局つなぐ課の特命係長として、特定の政策課題に対し、市役所内外のハブとして、課題の実態リサーチにもとづき体系的にアプローチする体制を構築するため、日々組織の壁を越えて活動する。また、神戸で開催されるイベント「078」や「TEDxKobe」のスタッフとして、神戸から新しい文化やイノベーションを創出させるため、公私・業界問わず奔走する。
株式会社博報堂 クリエイティブプロデューサー/「生活圏2050」プロジェクトリーダー。
戦略コンサルティング、クリエイティブ・ディレクション、文化事業の領域で、数多くの企業や地方自治体とのプロジェクトに従事。プリ・アルスエレクトロニカ賞「デジタルコミュニティ」「ネクストアイデア」部門審査員(2014〜2015年)。主な著書に『共感ブランディング』(講談社)、『アルスエレクトロニカの挑戦~なぜオーストリアの地方都市で行われるアートフェスティバルに、世界中から人々が集まるのか』(学芸出版社)等。現在、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻「地域デザイン研究室」にも在籍。
→過去の連載はこちら