行ってみるといいですよ、腕は確かですから。
助かった。
右肘が痛み出して、そう半年以上か。
もう運動できまいとまで言われたっけ。
ご近所さんからの紹介で、まちのお医者さんへ。
大都会のどまんなかでも
ここの商店街はかなり活気がある
今風の店もたくさんあり、外国人もたくさん目にする
その商店街の奥に、こじんまりとした気になる建物があった
えっ、あんな大病院にかかってたのか。
がははっ、それじゃ良くなるわけないだろ〜っ
口は悪いが・・・って確か言われたっけ。
そんな先生の眼の奥は、穏やかで微笑んでいる。
その大病院出身だってことを、随分と後から知ることになる。
地元に根付いて40数年、80代なかば。
かかりつけ医の重要性が叫ばれる昨今だけれど、
昔から地域のかかせない資源の1つが病院であることは、間違えがない。
なんか気持ちまでスッキリしたな
診療を終え、すっかり痛みも消えて、心身すこぶるよくなった
と思ったのも束の間、今度は左肘・左肩。
つぎつぎガタがきてしまって、カラダ中ガタガタだっ
慌ててまた、まちの診察室に怒られにやってきた
年季のはいった建物に、いつもいっぱいの患者さんが待っている
時に、あふれて外で待っているひとも
でもみな、のんびりゆったり。談笑しながらの、柔らかい空間。
お世辞にも広いとは言えないが、なぜか居心地のよさがある。
自称建築家のアンテナが起動し始めた
受付・待合い・診察・レントゲン室と効率的に配置された平面レイアウト、くるっと一回りできる動線。
なにか包み込まれるような錯覚をも覚える空間の待合室に、モダンさと機能性を同時に感じさせる外装の意匠。
印象的な看板に、ひとめで何の病院かがわかるピクトグラム。
一番奥の診察室にもレントゲン室にも光が入り届く窓の配置、工夫。
ゆるい傾斜階段・ひろめのステップを二階に上がると、リハビリ室がひろがる。より柔らかな光が注ぐ奥に、小部屋があった。
町医者だからな、いろいろあるから。
ここで休んだり、泊ったりすんだよ。
英知の宝庫である40数年前のこの建造物。ハードまでもただの病院では、ない
あっちこっち痛いと言われても、1回1つしか診れないぞ。
患者がたくさん待ってるんだから。また、次回来い。
口調とは裏腹に、手つきは繊細、触れる指先・手のひらの動かし方は、体温以上の温もりが否が応でも伝わってくる
ご年配のはずなのに、これこそ、熟練手当の真髄。
涙目になりそうな注射ですら、1ミクロンのブレなく的確に完遂。
半年以上通っていたあの治療はなんだったんだろう。
口が悪かったり、社交的でなかったり、言い訳をすると怒鳴られたり・・・
こういう大人は、とんといなくなってしまった。
すぐに何かヤラカシてしまう自分は、若いころはこんなことばかり
そして、そんなひとほど、ホンキで向き合ってくれている、驚くくらいの温かさの持ち主。そんなことを久しぶりに思い出した
そんなこんなで通い続けていたある日
受付横の壁に張り紙が1つ
「年内で閉院します。紹介状が欲しい方は申し出てください」
えっ
聞いてないよ先生。
長い間、お世話になりました
なんでやめる、先生。どこか悪くしたか?
こんど、ご飯いきましょ。
いや〜、寂しくなるな
ひっきりなしにくる、ひと・ひと・ひと。
老若男女がごちゃまぜに集う場所は、CCRC*1の目標。ついぞ最近みたことがない
手土産、花束、思い出話。
診察室か、喫茶か、イベント会場か?ひとを回復させるというまちの求心力、非日常から日常への道標の底力を、いまここにまざまざと見せつけられている
わたしにとって最後の診察時間がきた
もう10年以上も前から知ってるひとみたいに話すんですよ、深谷さんのこと。
看護師さんが微笑みながら、そっと教えてくれたっけ。
そんな手土産を胸に、いろんな話を投げかけてみた
そうか広告屋か
来年オリンピックの開会式見にいきたいな、楽しみだ。ゴルフも大好きだ。
すぐ治る、一緒に行こう。
そうかわかるか。いいだろう、この建物。
もう40数年前になるな
ここの土地を買って、
芸大のともだちに設計してもらったんだ、先に逝っちまったがな。
この狭〜い土地を見事に活かして、使いやすさ満点だ。そっちからもこう見えるんだ、光が入るんだ。
そうかロゴもいいか、はははっプロだな。
昼飯たべるか。患者さん?いいんだ、待ってるから。
お昼食べないと午後仕事にならんからな。行くぞ。
やめねばならぬ
そんな時がくる
自分で自分の生業に、生きざまに
ケジメをつける
ピリオドを打つ
はじめて一緒に食事を取りながら、
もう何十年もの知り合いのごとく、
そんなことまでの、たくさんのお話を伺った
いいか
このまちは、お金持ちだけのまちじゃないんだ
みんなが気軽に来られるとこが必要なんだ
帰り際、先生の腕に寄り添いながら、
大病院から自ら転身し
半世紀近くこのまちを診てきた
まちのひと全員を愛し支えた
誇らしいまち医者の意思に、心意気に魅せられていた
こんど風呂屋をリノベする、やれるか?
患者さんが溢れかえり
予定よりも2ヶ月も遅れた、
診察の最後の日、初めてのランチの日。
唐突にこんな話を先生からふられた
その場でどさっと資料を渡された
先生、あっ、はい、やります!
この風呂屋、まちのだいじな場所だったんだ
だれもが気軽に訪れる憩いの場だったのが、
しかもデザイン性のあるウイットに富んだ建物が、
あの◯◯鉄道延伸のせいで閉鎖になっちまったんだ
まちのひとは、行き場を失っちまった
もう一回風呂をつくって、まちのひとに喜んでもらいたいんだ
ひとは元気か?まちは大丈夫か?
まちを診断し、課題をみつけ、解決策を実行する
まち医者とまち広告屋で、あらたな地域コミュニティBaを創る
なぜ自分なのか?自分でいいのか?と思いながら、
生粋の町医者が、
わたしをホンモノのまち医者にしてくれる気がした
先生
やりますからね、全力で
世界中をあっと言わせる、
まち中が涙する、
風呂屋 FUROYA 創ってみせますから
時折肌寒い日々が訪れるなか、
柔和さ纏う一輪の梅が枝に方丈の温かみを令なる清らかさで瞬いていた
次回は、測候所 です。
*トコトコカウンター:2016年4月より訪れた場所ののべ数
メーカー・シンクタンク・外資系エージェンシーなどを経て、博報堂入社。
事業戦略/新商品開発/コミュニケーション戦略等のマーケティング・コンサルティング・クリエイティブ業務やプラットフォーム型ビジネス開発に携わり、都市やまちのブランディング・イノベーションに関しても研究/実践を行っている。
*1 CCRC
Continuing Care Retirement Communityの略
高齢者がより健康にアクティブなセカンドライフを過ごすことが可能な、幅広い年齢層による多様な機能を持った生活共同体のまちづくりのこと。
日本版CCRC構想|地方創生の観点から、中高年齢者が希望に応じて地方やまちなかに移り住み、地域住民や多世代と交流しながら健康でアクティブな生活を送り、必要に応じて医療・介護を受けることができるまちづくりを推進すること。「生涯活躍のまち」とも呼ばれる。http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/about/ccrc/