──まずはMリーグについてお聞きする前提として、「麻雀」というコンテンツの市場性や人気から教えてください。
越山
日本でもプレイヤーとして麻雀を楽しんでいるのは約500万人(出典:公益財団法人日本生産性本部『レジャー白書 2018 余暇の現状と産業・市場の動向』)といわれるほど多いです。一時期に比べれば減少傾向ともいわれますが、「麻雀をしたことがある」という人にまで裾野を広げれば、非常に親しまれているといえるでしょう。
誰もが楽しみ、実際にプレーをする競技だったにも関わらず、現在は映画や漫画といったコンテンツの影響もあり、ギャンブルのイメージがどうしてもついてます。そのせいもあり、現在までビジネスの市場として開拓されてこなかったところに、Mリーグ初代チェアマンであるサイバーエージェント社長の藤田晋さんが一石を投じた形です。
──たしかに街中でも「雀荘」は目にしますし、競技人口の多さを感じます。
越山
そうですね。例えば、60歳や65歳で会社を引退したようなシニア層で、麻雀を嗜まれる方はとても多いです。最近でも、新潟で街を挙げての麻雀大会があったんですが、体育館に用意された190卓が埋まっていました。つまり、750名ほどの選手が参加していることになります。また、カルチャースクールでも一番人気が麻雀であるとも耳にしました。
シニア層の方を含め、「(金を)賭けない、(酒を)飲まない、(煙草を)吸わない」で行う麻雀、いわゆる「健康麻雀」が盛況です。あるいは、麻雀のインターネット対戦も盛んで、ゲームセンター、パソコン、スマホアプリまで、中学生や大学生も参加して対戦している。つまり、ファン層は幅広く、プレイヤーの実数も多いので、ビジネスの可能性もまさにこれからです。
──博報堂DYグループ社員であるお二人が、Mリーグ参入に際して、関わるようになったきっかけは?
小原
僕は2003年に入社して15年間、博報堂の営業セクションに所属していました。昨年の8月に、博報堂DYメディアパートナーズのエンタテインメント局に異動したんです。営業の15年間で広告ビジネスを経験したうえで、これまでの経験も含めた新しい領域で自分のキャリアを拓いてみたいと考え、エンタメ領域が良いのではないかと希望しました。Mリーグの担当ではチームフロントとして、赤坂ドリブンズやMリーグ事務局の運営に携わっています。現在も、eスポーツや音楽アーティストなどのエンタメコンテンツの開発業務も兼務しています。
やはり、Mリーグのように立ち上げのタイミングを経験させてもらうのは素晴らしい経験ですし、eスポーツも世の中のムーブメントに合わせて隆盛していく過程です。日々、それらの勢いを体感できるのはいいですね。
越山
僕は1996年の入社です。営業を4年やり、その後はスポーツ局で10年を過ごしました。主にゴルフトーナメントのプロデューサー、野球のイチロー選手のマネジメントを務めました。その後は、インターネットビジネスの事業開発や、広告会社におけるBtoCビジネスなどを行ってきました。現在も「one zoo」という“インターネット動物園”としてのコンテンツビジネス事業を進めています。
それと並行して、4年前からプロ雀士の資格を取り、活動してきました。動機はプロフェッショナルの世界をのぞいてみたくなったからです。本来会社員も同じなのかもしれませんが、より厳密な意味で数字の結果だけで評価される世界に身を置いてみたくなりました。
そのプロ雀士としての活動を通じて、アマチュアでは傑出した麻雀プレイヤーで、最強戦という麻雀の日本タイトルホルダーでもあるサイバーエージェントの藤田晋さんとも卓を囲むことがありました。その時、それこそMリーグの前身といえるかもしれませんが「サイバーエージェント対博報堂」でチーム戦をやったこともありました。1勝1敗で、まだ決着がついてないんですけれども(笑)。
その後、正式にMリーグ設立に際してのオファーが博報堂に届き、僕は経歴もあって監督の任に就くことになりました。
──藤田晋さんとのつながりもありましたが、博報堂DYグループとしてプロチームを保有するのは初めて、なおかつMリーグという新領域への参画には、どういった意図があったのでしょうか。
小原
プロリーグを通じて、麻雀につきまとうギャンブルのイメージを「知的スポーツ」に変え、老若男女に対して広めていきたいという藤田晋さんの考えに賛同したのも大きいです。ただ、やはり新たなビジネスチャンスに会社としても期待を寄せたのだと思います。
越山
「麻雀は健全でみんなが楽しめるもの」というイメージ刷新をした上で、ビジネスとしてお金が回る文化なり仕組みなりを、自分たちで作っていく過程なのだと考えています。
その一端はチーム名にも表れています。博報堂は「データドリブン」という言葉を用い、よく使っているのですが、「ドリブン」は前に進んでいく、ドライブしていくといった響きがよかった。「データドリブン」はデータを基点にして進んでいきますが、その先の優勝に向かう、麻雀という競技の未来に向かって進む、という意味では言葉の親和性もある。その考えが採用された形です。
──ビジネスを作る過程ということですが、現在も「プロ雀士」という職業の世界があります。そもそも彼らは現在どのような仕事があり、そこへMリーグが加わることで、どのような広がりが期待できますか?
越山
麻雀プロの収入源は複数ありますが、一つは各団体が主催するタイトル戦の賞金です。将棋でいう「名人戦」といったものですね。ただ、出版社の竹書房が主催している、日本最大級の大会「麻雀最強戦」でも優勝賞金は300万円です。大会賞金だけでは一握りの人しか収入は得られません。
多くのプロ雀士は麻雀店で働いていることが多いようです。そこで給料をもらいながら試合に出たりとか、あるいは会社員や自営業と兼業したりしています。人気のある女流プロならば、大会やイベント、麻雀店のゲストとして呼ばれるといった活動も収入源になりますね。最近は麻雀のインターネット配信番組が増えてきたので、その対局や解説も仕事場の一つです。
ただ、やはりプロ雀士の経済的状況は全体を通しては芳しくないといえるでしょう。そこで、Mリーグによって「プロが食える世界」を作っていくべきではないか、という思いが藤田晋さんにはあったとも聞いています。
──だからこそ現状の環境にビジネスを当て込めていくのではなく、Mリーグという基盤づくりから始まっていったのですね。
越山
麻雀という競技で、実力のある強い人が、対価として報酬を得られる世界をまず作る。それによって、目指す人が出てきて、市場自体が活性化していく。ひいては競技レベルが日本全体で上がっていくことを理念として捉えているのでしょう。
──まさにサッカーやバスケットボールのような市場の作り方といえますね。そこへ「マインドスポーツ」の一つとも言われる麻雀を加えていこうと。
越山
その際に、個人競技ではなくチーム戦にしたほうが、戦う側も見る側にもファンが増えやすいと考えたのは、藤田晋さんの感覚でありアイデアですね。これまで個人競技として進んできた麻雀に「チーム制」を持ち込むことで、選手それぞれに付く従来のファン、チーム全体のファン、さらにリーグのファンと、接点が増えますから。本当に素晴らしい仕組みだと思います。
──まさに3人1組の「チーム制」はMリーグの特色ですね。
越山
今までもチーム戦のイベントや大会はあれど、ここまでの大きな舞台で、優勝賞金5000万円という規模は、誰にとっても初めてのことです。
もっとも、「誰かが応援してくれるから頑張る」とか、「応援してくれる人が少ないから頑張らない」なんてことは、プロ選手の姿勢としては本来ありえません。ただ、これは赤坂ドリブンズらしい「合理的に考える」という姿勢はあれど、チームならではの「見えない力」というのか、個人戦とも異なる引力が働くのは、この1年間の戦いで感じました。
──戦う中で、越山監督の本業である広告会社の経験が生きた瞬間はありましたか?
越山
麻雀は、野球やサッカーと比べれば身体能力が求められない分、頭脳で強くなっていく競技です。実は、その環境は広告会社の仕事ともアプローチが近い。競合プレゼンのように最適解を求めるとき、われわれはクリエイティブディレクターや、マーケター、メディアプラナーなどを交えてチームを組みます。そこで、それぞれのアイデア、培ってきた経験や知識を持ち寄り、取捨選択をして、チームとして最適解を導き出して提案をします。
赤坂ドリブンズが選出した3人のプレイヤーは、いずれも個性的で、経験も実績もある。ただ、今までは敵同士の関係性だったところから、「チームとして優勝する」という目的のために、正しくみんなで意見を共有していく意識がある。いかにそれぞれの引き出しを開け、心の扉も開き、持っている武器をちゃんと共有して、みんなに貸し与えて戦う姿勢を生み出すか。それが僕なりの監督の役割だと考えていました。その点は、広告会社で20年仕事をしてきた経験が生きたのかなとは思いましたね。
──Mリーグではチームを作る際に、野球よろしく「ドラフト会議」がありました。監督としては、どういった意図から選手を指名していましたか。
越山
麻雀は、将棋や囲碁など他の競技と比べれば運に影響を受ける部分が大きい。それでもやはり「合理性」や「正しい判断」が求められるゲームなんです。僕らは頭脳ゲームとして正しい選択をし続けられるメンタルを持ち、麻雀をスポーツとして昇華させたいという藤田晋チェアマンの思いにも応えるチームを構えて、博報堂として参画したいという考えがありました。
チームのコンセプトを説明するとき、私たちドリブンズはよく「期待値」を引き合いに出します。たとえば、100円のくじがあり、「Aの箱」には1万円のアタリが入っていて、当たる確率は5%。「Bの箱」は1000円のアタリが入っていて、当たる確率は40%です。このくじを100回引くとした時、どちらの箱を選び取るか……これが、麻雀というゲームの本質でもあります。
正解は、「Aの箱」を引き続けるべきです。「Aの箱」はくじ1回の当たりは1万円ですから、確率が5%ということは、1回当たり500円当たることに等しい。一方で「Bの箱」は、1000円の当たりで確率40%ですから、1回当たり400円です。だから、くじを100回引いたとすると、上振れあるいは下振れがあるかもしれないけれども、期待値としては1万円(=100円差/回×100回)の差が出るわけですね。
「Aの箱」は確率5%ですから、なかなか当たらない。でもそこで、ブレずに「Aの箱」から引き続けられるか。それが麻雀における「期待値」の考え方です。この確率を、ちゃんと計算づくで選べていく選手が、赤坂ドリブンズの園田賢、村上淳、鈴木たろうだった。
──期待値のたとえでは当たる確率がわかっていましたが、麻雀ではその確率の部分を、経験や場数から来る判断で見極めていく必要があると。
越山
まさに麻雀における「技術力」ではありますね。期待値が高い抽選箱を選ぶ能力、もっというと作り出す能力ですね。抽選箱は与えてくれるものではないので。麻雀は「選択と抽選」のゲームだと言われています。正しい選択の後に抽選という不確定要素があります。ただ、繰り返していくほどに「大数の法則」が作用して、ある程度の確率には近づいていくはずです。あくまでも「麻雀は確率のゲーム」であることを突き詰めていくのが赤坂ドリブンズの特徴ですし、目指す地点でもあります。
──まさに「データドリブン」の由来にも重なりますね。
越山
ドラフト指名は2018年8月6日に開催されたのですが、終わったすぐ後に、指名選手たちと品川の居酒屋に行ったんです。そこで、このコンセプトを説明しました。「チームの闘い方」は、そこですぐにオーソライズされ、共有化されていましたね。
1996年博報堂入社、営業局にて大手食品メーカー、精密機器メーカーを担当し、2000年に博報堂DYメディアパートナーズのスポーツ事業局へ。ゴルフトーナメントの企画・運営、イチロー選手のマネジメント事業を担当。その後、ビジネス開発局でメジャーリーグのライブ動画配信事業を起こし、2015年に博報堂コンテンツビジネス室へ。現在は世界初のインターネット動物園事業を、日本全国の動物園と協業中。
2003年博報堂入社、営業局にて大手飲料メーカーや通信、トイレタリー等のクライアントを担当し、2018年に博報堂DYメディアパートナーズのエンタテインメントビジネス局へ。コンテンツホルダーと協業したコンテンツ開発やクライアントセールス等、コンテンツプロデュース業務を従事。現在は「e-sports関連」,「Mリーグ」等を担当。