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常見陽平氏×博報堂 鈴木朗(スージー鈴木) 働き方改革から働き方創造へ
ー会社と個人の双方に価値をもたらすパラレルキャリアの可能性ー

2019.05.31
働き方改革とは単に労働時間を減らすことではない。重要なのは、仕事=オンタイム、休み=オフタイムという安易な二元論から脱して、自分なりの個性的な働き方を新たに生み出し、一人の人間として生きる時間を充実させることである…。働き方評論家・常見陽平氏と博報堂・鈴木朗(スージー鈴木)、パラレルキャリアの実践者である2人が、これからの働き方について語り合った。

仕事は「やりたいことをやる」ではなく「やりたいようにやる」

常見 スージーさんとの対談にお声がけいただいて大感激です。ご著書も読んでますよ。最新刊の『チェッカーズの音楽とその時代』も、いろんな事実を踏まえた上で彼らの音楽性、時代性をスージーさん流にメタ化して分析されている。スージーさんの書かれる本はどれも面白いだけでなくて、データ、ファクトをちゃんと押さえていて、内容も本当に深い!

鈴木 早速ありがとうございます(笑)。

常見 しかも、今回初めて知ったのですけど、スージーさんはずいぶん前から博報堂で局長をされているんですね。日本の企業社会の中で、ものすごくポジティブにパラレルキャリアを実践できている一人だと思う。なかなかいませんよ。

鈴木 今回の対談の本題もまさにそこで。常見さんも、労働社会学者として大学教員をしながら、『社畜上等!』をはじめ多数の著書をお持ちの人気のライターでもあります。最近は働き方改革の文脈で「副業」が多少注目を集めるようになりましたが、まだまだ課題が多いと思っています。今の働き方改革論の問題点やこれからの働き方、パラレルキャリアの可能性について常見さんとぜひ語ってみたいなと。
常見さんは日本の大手企業でのサラリーマン時代を経て、今は「大学教員」と「ライター」です。現在の仕事は昔から目指していたんですか?

常見 一応そうですね。子どもの頃から文章を書く仕事をやるのが夢でした。幼稚園のとき、七夕の短冊に「作家になりたい」と書いたほどでしたから。あと両親ともに大学の教員だったので、それも考えていました。

鈴木 その意味では、子どもの頃の夢を実現したわけです。ただ、そこに至るまでのサラリーマン時代も結構長くて、そこでもかなり意欲的に活動されていましたよね。壮大な寄り道を経て今の仕事についた流れを、ご自身ではどう見ていますか。

常見 正直言うと、悩ましいですね。物書きにも大学教員にもなって、副業もたくさんやっていて、パラレルキャリアというと聞こえがいいけど、ものすごく中途半端な自分を生きているという感覚もある。新卒で出版社に入って編集をやってきた人、ずっと執筆活動をしているライター、20代前半から大学院で研究してずっと論文を書いている人たちに、引け目は感じます。
ただその一方で、今の仕事を本業にする前に、企業の一員としてビジネスの世界の現実とか、メディアの力学とかをちゃんと見ることができたのは大きかった。若い頃は「好きなこと、やりたいことを仕事にしたい」なんてよく言いますけど、メジャーで売れているアーティストやクリエイターですら、やりたいことを全然やれていない現実がある。あるいはマイナーの世界で、やりたいことをやっているけど能力が乏しくて全然食えていない人もいたりとか。

鈴木 メジャーとマイナーのバランス感覚って大事ですよね。ちなみに僕の場合、高校時代に渋谷陽一さんの『ロックミュージック進化論』(新潮文庫)を読んだのが音楽評論家を目指したきっかけで。若い頃はサブカルチャーにもどっぷり浸かっていたから、当時は世の中をいつも「メジャーorマイナー」の図式で捉えがちでした。メジャーな音楽は駄目で、売れないマイナーな音楽ほど良いんだ、みたいな。でもビジネスの世界に入ってみると、その区分けが曖昧だったり、マイナーなものが世の中を動かせないで終わってしまうことがわかったり。
さらには、メジャーなフィールドで世の中をラジカルに変えていった桑田佳祐さんがいかに偉大かもわかったり。

常見 そういう意味で、ビジネスの世界をちゃんと知っておくのは大事ですよ。理不尽に見えることにも一定の合理性があるし、腹の立つ上司にもそれなりの正論があったりしますから。
だから僕がサラリーマン時代に学んだのは、「やりたいことをやる」ではなく「やりたいようにやる」ということです。会社員時代に営業企画部門にいて、営業支援ツールをよく作っていたんですが、そこに自分なりのこだわりを盛り込んで。とんがったフレーズを入れて「ロック雑誌みたいな営業ツールができた!」とか(笑)。
それがどんどん加速して、次に転職した会社で配属となった人事部では、本当に好き放題やりました。

鈴木 かなりロックな採用活動をやったと聞いています(笑)。

常見 そう。会社説明会で格闘技イベントのオープニングみたいなあおり映像をつくって、当時の社長や副社長を焚きつけてそれに登場させたり。「求める人材像」を語るコーナーなのに「うちにはこんな人間はいらない」みたいな、学生を挑発するようなセリフを言ってもらったり。あとは、学生たちが時間内に好きな部署の説明ブースを自由に回れるような説明会にしたんですね。ロックフェスで、好きなステージを回るイメージで。ついには、リストバンドまで作ってしまいました。ただの中二病ですけど(笑)、でも学生たちには好評で、その結果初めて人気企業ランキングでベストテンに入って、おかげで自分も人事の世界で評価されるようになりました。

オンタイムとオフタイム、それぞれの価値の再定義が必要

鈴木 常見さんの「やりたいようにやる」論にも通ずる話ですが、これからは自分らしい働き方を創っていく時代になると思うんです。単に働く時間を減らす、減らせばいいんだという意味で使われがちな「働き方改革」ではなく、休む時間が増えたことをきっかけとして、一人一人の興味や生き方に沿った、自分なりの個性的な働き方を新たに生み出す「働き方創造」が求められると。
最近の働き方改革は、仕事=オンタイム、休み=オフタイムというざっくりした二元論になりがちで、それぞれをどう充実させるかという議論が完全に抜け落ちていると思うんです。仮にオンタイムが短縮できたとして、その結果生まれた時間をどう創造的に過ごすのか。

常見 今年のGWの10連休も、日本人が「さあ休め」と言われてどう休めるかが問われましたよね。

鈴木 私の場合、サラリーマンとしての休日に、音楽評論家として原稿を書いているんです。これはオンタイムなのかオフタイムなのか、よくわからない(笑)。たぶんオンタイムなんだけど、人生全体の充実のために欠かせない時間なんですね。サラリーマンになったんだから音楽評論の道は諦めるべき、と一度は思ったけれど夢を捨てきれず、今は地味に文章を書いたり、マキタスポーツさんとテレビに出たりしている。自分にとってはオンタイムにも「第1オン」「第2オン」があって、休日も「第2オン」として過ごす。一度は消し去ったはずのロックンロールの炎を再び燃やす大切な時間なんです。

常見 そういう発想がないまま、しかも本業もまだ未熟なのに、中途半端に副業ブームに乗っちゃって、疲弊してしまっている人もいる。意識高い系そのものです。本業と副業、オンとオフの価値と関係性をしっかり定義する必要がありますね。

鈴木 私の場合、「第2オン」の存在が確実に「第1オン」との相乗効果を生んでいるのを実感します。「第1オン」の会社の看板がないところで、丸腰の自分個人として外に向かって情報を発信することの緊張感やシビアさ。この経験があるかないかで、本業での企画書作成やプレゼンとかの迫力がまったく違ってくる。
特に我々が携わっている広告とは、世界に向けてメッセージを発信する仕事です。にもかかわらず、社員が外部=世界の空気を知らないまま、みんな「博報堂村」の住民として内向きでつくったメッセージは誰にも届かない。発信する側が、ちゃんと外部の生活者の空気をまとっているのかが問われる時代になっています。「外の空気がぷんぷんするプランナー」になってほしいと、私も部下たちに日頃よく言っています。

常見 たしかに。そもそも「広告村」の中に住む広告会社の社員と、企業のマーケティング部・宣伝部との会話って、世界中で交わされている会話のほんの数パーセントにすぎないですからね。

鈴木 本当におっしゃる通りです。
私は、「働き方創造」の典型的なあり方がパラレルキャリアだと思っています。副業とは違って、その人ならではの生き方を軸に、複数のキャリアが相乗効果を持って、働き方と生き方全体の面積が広がっていくようなイメージです。
もちろん一人一人、いろんなキャリアがあっていい。博報堂にも、私とはまったく違うパラレルキャリアを実践している社員がいます。例えば同僚で、自分の母校である高校のラグビー部監督をやっている人間がいるんです。話を聞いていると面白くて、高校生であるチームメンバーたちに、どのように技術指導し、モチベーションを高め、試合中に戦略・戦術をどれだけ機能させるか。それは広告とは全然違ったコミュニケーションの世界であり、恐ろしく難易度の高い日本語力が求められるというんですね。どんな分野でもシナジーが起こるんだなと結構驚きました。
だから今は2枚、3枚の名刺を持つべき時代で、それらが必ず1枚目の名刺の仕事に活きてくるはずです。

すべては「主夫の副業」。「ワークライフバランス」から「ワークライフMAX」へ

常見 パラレルキャリア論を、今の自分に当てはめて拡張してみますね。最近僕はすべてを「主夫の副業」と考えるようになっているんです。無責任に聞こえるかもしれないけど、僕の中で今一番重いミッションは「主夫業」、つまり家庭での家事・育児を完璧にこなすことです。今朝も午前4時半に起きて仕事をして、そのあと風呂掃除をして、朝食をつくって。もちろんメニューは、もうすぐ2歳になる娘が飽きずに食べられるものにしないといけない。食べ終わったら食器を片付けて、娘を保育園に送って…。

鈴木 一番大変なプロジェクトマネジメントであり、究極のクリエイティビティですね。それは素晴らしい!

常見 なにしろ仕事はサボれても、家事・育児はサボれない、っていうね。ちょっとでもサボれば娘に直接影響するし、妻との関係も険悪になって一生棒に振ってしまいますから(笑)。

鈴木 なるほど。つまり、私が挙げた、表現活動みたいなパラレルキャリアの例はほんのごく一部だという意味ですね。育児や介護なども含めたあらゆる活動が重要で、それらもすべて本業にフィードバックされるのだと。

常見 そうです。10年ほど前、宇多田ヒカルさんがアーティスト活動の休止を発表したとき、「人間活動に専念しようと思います」と宣言して話題になりましたよね。今更だけど、あれは本当に名言だなと。人間活動は大事ですよ。ゆるりと働いて生きていますが、人間活動には力を入れています。

鈴木 たしかに。我々の広告の仕事でも、会心のプランニングというのは、企画者の一個人の「人間」としての価値観とか感情とか疑問を起点としているケースが多い。そういうプランニングほど強いんです。私は「ワークライフバランス」ではなく「ワークライフMAX」を目指そうと言っているんですが、まさに家事、育児、介護なども含めた人間活動でどれだけ一個人としての人間性、人間力を磨いているかが問われていくのでしょう。

パラレルキャリアは自己発見をするための最高のツール

鈴木 最後に、このコーナーの読者である企業経営層の方々に対してアドバイスをいただけますか。

常見 月並みですけど、社員の能力を最大限発揮させることと、会社側が働き手のストレスをできるだけつくらないこと。この2つをもっと真剣にやってほしい。全然できていないですから。
「桃太郎が鬼退治に成功したのはなぜか?」とセミナーでよく問いかけています。結論からいうと、桃太郎は人材マネジメントが優れていた。次の3つの要素を満たして、最高の働きがいの提供をやったからです。すなわち、①鬼を倒して世界に平和を取り戻すという「大きなビジョンの提示」。②一人一人の多様な能力を見極めて発揮させる「ダイバーシティ推進」。③きびだんごという「魅力的な待遇」。どれも日本企業に欠けていると思いませんか?
人材獲得競争が激しくなっているなかで、日本の企業には「最高の働き方」「最高の働き甲斐」を提供できるかが問われています。そこをもっと議論してほしいと思います。

鈴木 なるほど。一社員として自戒を込めていいますと、企業が最高の働き方を提供するためにも、一人一人の人材をちゃんと見つめて、その若者がどんな人間で、何が強いのか。社会に還元できるどんな魅力を持っているのか。それを見極める能力を研ぎ澄ます努力が必要ですね。
そして私自身がそうであったように、パラレルキャリアは自己発見をするための最高のツールです。それは企業側が個人の魅力を発見する装置としても有効だと思います。その意味でも、産業界全体でパラレルキャリアの議論を深め、意義をもっと広めていくべきでしょうね。
本日はありがとうございました。

Profile

常見 陽平(つねみ ようへい)
北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業、同大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。リクルート、バンダイ、ベンチャー企業、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。専攻は労働社会学。大学生の就職活動、労使関係、労働問題、キャリア論、若者論を中心に、執筆・講演など幅広く活動中。平成29年参議院国民生活・経済に関する調査会参考人、平成30年参議院経済産業委員会参考人、厚生労働省「多様な選考・採用機会の拡大に向けた検討会」参考人、第56回関西財界セミナー問題提起者などを務め、政策に関する提言も行っている。ラジオ番組bayfm「POWER BAY MORNING」レギュラーコメンテーター。

鈴木 朗(すずき あきら)/スージー鈴木
1966年大阪府生まれ。1990年早稲田大学政治経済学部卒、同年、博報堂入社。入社から一貫してマーケティング畑を歩む。自動車から飲料、通信、トイレタリーなどを中心に担当。過去に早稲田大学、大阪芸術大学の講師経験あり。2013年、ACCマーケティングエフェクティブネス賞グランプリ受賞。2015年より第二プラニング局局長。並行して、音楽評論家としても活動。著作に『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)、『イントロの法則80’s~沢田研二から大滝詠一まで』(文藝春秋)など。BS12トゥエルビ『ザ・カセットテープ・ミュージック』(日曜21時~)出演中。

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