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Vol.5【NHK放送文化研究所×博報堂生活総合研究所】
変わる「家族観」と変わらない「仕事観」 ──二つの長期時系列調査にみる生活者の意識変化

2019.06.03
#生活総研
(前列左から)NHK放送文化研究所 村田ひろ子さん、荒牧央さん、吉澤千和子さん
(後列左から)博報堂生活総合研究所 三矢正浩、内濱大輔
博報堂生活総合研究所がまとめた『生活者の平成30年史』の出版記念企画の最終回として、1973年から「日本人の意識」調査を続けているNHK放送文化研究所(以下、NHK文研)の皆さんと博報堂生活総合研究所(以下、生活総研)のメンバーとの座談会をお届けします。平成の30年間を網羅した生活総研の調査データと、45年間にわたるNHK文研の調査データ。その二つを合わせると何がみえてくるのでしょうか。

大きく変化した家庭と男女関係に関する意識

内濱 NHK文研の「日本人の意識」調査は、長期にわたって人々の考え方の変化などを調べてきたところに、私たち生活総研の調査との共通点があると思います。はじめに、「日本人の意識」調査の概要についてお聞かせいただけますか。

荒牧 「日本人の意識」調査は、近代的な価値観が日本人の間にどのように浸透しているかを調べることを目的として1973年に始まりました。それから2018年の最新調査まで、全国の16歳以上の日本人5,400人を対象に5年に一度実施しています。長期にわたる意識の変化を捉えることを目的にしているので、原則として同じ質問項目での調査を続けています。

三矢 調査がスタートして45年が経つわけですね。その間、日本人の意識はどのように変化してきたのでしょうか。

荒牧 最も大きく変わったのは、家庭や男女関係に関する意識です。例えば、「夫は仕事、妻は家庭」という性役割分担が当たり前と考える人が以前は多かったのですが、1980年代以降は、夫婦が協力しあう家庭が望ましいという人が多数になっています。夫の家事や育児を当然と考える人も、大きく増加しました。

村田 子どもの教育に関する意識も変わっています。仮に中学生の子どもがいた場合に、どの程度の教育を受けさせたいかという質問があります(図表1)。以前は、男子は大学までの教育を受けさせたいが、女子は高校までや短大まででいいと考える人が多かったのですが、1988年調査からは、女子でも「大学まで」という回答が増えはじめ、2018年では61%となっています。平成の30年間で最も変化が大きかったのがこの項目です。おそらく、86年の男女雇用機会均等法施行の影響が大きかったと思われます。もっとも、男子の教育は大学まで必要と考えている人は2018年に72%で、男子と女子の間にはまだ10ポイントほどの開きがあります。

荒牧 男女関係に関する意識では、1973年時点では「結婚するまでは性交渉をすべきではない」という意見が多数でした。しかし、現在では「深く愛し合っていればよい」という考え方が多くなっています。また1993年の調査から新たに、結婚観に関する質問(図表2)を設けたのですが、「必ずしも結婚する必要はない」「結婚しても、必ずしも子どもをもたなくてもよい」という意見が長期的に増加し続けています。

家族の多様化とオープン化

内濱 結婚や家族に関する意識が変化している傾向は生活総研の調査結果にもみられます。ここからいえることは、ふたつあります。ひとつは、家族の枠組みのなかで夫と妻それぞれの役割が自由になっているということ。もうひとつは、家族をつくるかどうかの枠組み自体も自由選択になっているということです。では、ふたつめの変化は、生活者にとって家族の価値が低くなっていることを意味するのか。これについてはどう思われますか。

荒牧 私たちの調査では家族観に対する直接的な質問はないのですが、例えば、「欠かせないコミュニケーション行動」については、「家族と話をする」という回答が常に上位になっています。このことから、家族の価値が低くなっているわけではないといえるのではないでしょうか。

三矢 生活総研の調査でも、「意識して家族の絆を強めるようなことをするほうが良い」と考える人が増えています(図表4)。

内濱 この変化は、昔は特別なことをしなくても家族の絆が当たり前のようにあると信じられていたけれど、現在は家族のそれぞれが自立してばらばらに活動する傾向があるので、あえて絆を強める必要があると解釈できます。家族の価値の高さは今も昔も変わっていませんが、家族の関係性は自立した個人の集合体のように変化しているということです。

三矢 このような家族観や夫婦観の変化にはどのような背景があると思われますか。

村田 共働き世帯が増えたことが一つ挙げられると思います。共働き家庭のほとんどは、子どもを保育園や学童保育にあずけることになります。そこで家族同士がつながりあい、ほかの家庭の事情が情報として入ってきて、「いろいろな家族のあり方があっていい」という意識が生まれる。そんな背景があると考えられます。

内濱 家族の多様性という意味では、最近では、家族世帯しか入れないシェアハウスなども登場し、異なる家庭同士で一緒に子育てをするという人たちも出てきているようです。「血縁のない拡大家族」や「家族のオープン化」といった新しい家族観が今後広まっていくかもしれませんね。

吉澤 それは日本社会にとってとても明るい材料だと思います。日本では「いざというときに友人を頼る」という高齢者の割合が他の先進諸国と比べて低いという傾向があります。家族のオープン化が進んで、家族同士でつながりあうことができれば、高齢者の社会的孤立を防ぐことが可能になるのではないでしょうか。

人間関係と「自己像」の変化

三矢 生活総研の調査「生活定点」では、多くの人たちが「公」よりも「私」を重視するようになっているという結果が明らかになっています。例えば2018年の調査では、「日本の政治・経済に関心がある」人が5割を切って過去最低になっている一方で、「日本人は、個人生活の充実にもっと目を向けるべきだと思う」人が35%と過去最高になっています(図表5)。また、人間関係についての質問では、「人づきあいは面倒くさいと思う」という人が増え、「友人は多ければ多いほどよいと思う」という人が大きく減っています(図表6)。社会や人間関係よりも「私」を重視する傾向が強まっていると考えられます。

村田 「日本人の意識」調査の生活目標についての質問でも、例えば、「みんなと力を合わせて、世の中をよくする」ことを重視する人がかなり減っているところに同様の傾向がみられますね。

荒牧 75年にNHKが出版した『図説戦後世論史』という本があるのですが、その中に「戦後、私生活重視の考えがしだいに広がってきた」といった指摘があります。「公から私へ」という流れがあることは間違いありませんが、それは最近の傾向というよりも、戦後すぐから現在まで一貫して続いている動きといえるかもしれません。

村田 人づきあいに関する傾向も私たちの調査と一致していますね。親戚、近隣、職場のすべてにおいて「全面的つきあい」を望まない人が増えていて、とくに若年層には友人との深い関係を望まない人が増えていることが「日本人の意識」調査からわかります。そのひとつの要因として考えられるのはSNSの普及です。SNSによって「友人」の定義が「気軽にやり取りできる人」と変わってきているように思います。そのような「友人」には深い関係をとくに求めないということなのかもしれません。

内濱 SNSは部分的なコミュニケーションがしやすいツールですよね。アカウントやグループごとに違う自分を見せることができるので、「全面的つきあい」をしなくてもいいわけです。その結果、全幅の信頼をおいて深くつきあうというのではない友人関係が生まれているとみることも可能だと思います。

荒牧 「多元的自己」という考え方ですよね。その実現を技術が容易にしたといえそうですね。

内濱 ええ。その分、「全面的自己」を開示できる場としての家族という捉え方が出てきているのかもしれません。社会における人間関係が部分的になっただけ、家族の価値は維持されているということなのではないでしょうか。

将来への期待がないから不満もない

三矢 「日本人の意識」調査をみると、生活の満足度に関して、9割以上の人が「満足」あるいは「どちらかといえば満足」と答えています。これはとても興味深い結果だと思います。

吉澤 調査が始まった73年時点では、若年層の満足度が低く、年齢が上がるにしたがって満足度が上がる傾向がみられました(図表7)。しかし、現在ではすべての年齢層で9割前後の満足度となっています。とくに2018年の最新調査では若年層の満足度が高くなっています。

三矢 若者の生活満足度が上がっているのはなぜなのでしょうか。

吉澤 「今の生活に不満がある」ということは、「これから先良くなる可能性がある」ということですよね。今よりもっといい生活があるという期待があると、今の生活に不足があると感じられてしまいます。しかし、「将来が今より良くなるわけではない」と考えれば、今の生活に満足するしかなくなる。そういうことなのではないでしょうか。

内濱 「将来への期待がないから不満もない」という捉え方は、私たちが「常温社会」と呼んでいる認識に近いといえます。日本の行方や今後のくらし向きに関する私たちの調査では、「現状のまま特に変化はない」「同じようなもの」という回答が最も多くなっています。これからよくも悪くもならない。熱くも冷たくもならない──。そんな考え方が定着してきた社会が「常温社会」です。しかし、この傾向がいつまで続くかはわかりません。

荒牧 すでに日本は超高齢社会に入っていて、社会保障の問題を始め課題は山積しています。平成の間、日本社会はその課題解決を先送りしてきたという面があると思います。しかし、次の30年も同じように先送りすることはできないでしょう。課題に向き合わなければならなくなったときに、人々の意識はどう変わっていくのか。そこを今後注視していきたいと思います。

仕事に情緒的満足を求める日本人

内濱 これまでの45年間で、逆に変化していないのはどのようなことでしょうか。

荒牧 ひとつは、日本に対する愛着ですね。「日本に生まれてよかった」「日本の古い寺や民家をみると、非常に親しみを感じる」という人は常に8割から9割と45年間ほとんど変わっていません。また、「年上の人に対しては、敬語やていねいなことばを使うのが当然だ」と考える人も一貫して8割から9割います。

それから、そのふたつほど割合は多くはないのですが、一緒に仕事をする場合、「多少つきあいにくいが、能力の優れた人」と「多少能力は劣るが、人柄のよい人」のどちらがいいかという質問(図表8)では、後者を選ぶ人が常に7割くらいを占めています。また、「理想の仕事」についての質問で「仲間と楽しく働ける仕事」を選ぶ人が多いというのも一貫しています。

村田 日本人は諸外国と比べて、仕事における人間関係や情緒を重視する傾向があります。一方で、仕事や職場の人間関係に対する満足度が低いという調査結果もあります。いい人間関係や情緒的な満足を求めているけれど、満たされていない。そんな人が多いということです。現在進んでいる働き方改革によってこの意識がどのくらい変わるかは興味深いところですが、45年間変わっていないことを考えると、そう大きくは変わらないという気もしますね。

将来の見通しが良くなった高齢者、悪くなった若者

吉澤 もうひとつ変わっていないこととして、貯蓄と消費の傾向が挙げられます。「1か月分程度の臨時収入が、手に入ったとしたら、どうするか」という質問では、どの時代でも「計画的消費」と「貯蓄」が40%台で「無計画消費」が約10%となっています。
ただ、年齢層ごとにみると、高年層(図表9)は「貯蓄」が以前は多かったのですが、近年はその割合が減って「計画的消費」が増えています。その理由を考えるに当たって、『生活者の平成30年史』の「高齢者30年変化」がたいへん参考になりました。本では、昔の高齢者は老後に対する漠然とした不安があったけれど、現在の高齢者はどんなときにどんな問題が起こるかを想定しやすくなっていると指摘されています。「不安」が「対処すべき明確な課題」になったということです。その結果、先が見通せるようになって「貯蓄」の割合が減った。そういう見方もできると思いました。

三矢 16歳から29歳の年齢層では、「無計画消費」が減っています(図表10)。これは、逆に将来が見通せないからといえそうですね。

吉澤 おっしゃるとおりですね。若年層をみると、2018年調査では、73年と比べ、「無計画消費」は半減しています。一方で、「貯蓄」は以前より増えています。高齢者よりも若者に将来不安があるという傾向の表れかもしれません。

「時代の形」を世の中に示し続けていきたい

三矢 NHK文研の皆様には、事前に『生活者の30年史』に目を通していただいたのですが、あらためて本の感想をお聞かせください。

荒牧 「日本人の意識」調査には、経済や消費、家族関係に関する質問が少ないのですが、それらのテーマをしっかり調べて、かつたいへんわかりやすくまとめられているところがとても参考になりました。

吉澤 調査設計が非常に工夫されていることが印象的でした。夫婦喧嘩の原因、夫が妻を呼ぶときの呼び方、子どもの名前の最終決定者など、家庭内の生活の具体的なイメージがわかる質問になっていると思いました。また、調査結果の分析からみえてきた現象に、先ほど出た「常温社会」や「トキ消費」「タダ・ネイティブ」などキャッチコピーをつけるのがとても上手だと感じました。さすが広告会社、と唸らされましたね。

村田 平成は不況が続いて暗い時代だったというイメージがありますが、見方を変えれば明るい兆しもある。そんなことを教えていただきました。例えば、高齢者の仕事に関して、経済的事情だけでなく、健康のために長く緩く働きたいという人、仕事を趣味の延長線上に捉えている人が増えていると書かれています。歳をとってもいきいきと働ける人が増えることは、今後働き手が不足していく日本社会にとって歓迎すべきことです。

内濱 平成の30年は、さまざまな領域で価値観のフラット化が進んだ時代だったと思います。では、令和の時代に人々の意識はどう変わっていくのか。今後も調査を続けて、時代の形を世の中に示していくことができればいいと思います。今日はありがとうございました。

NHK放送文化研究所

世界に類を見ない、放送局が運営する総合的な放送研究機関として、昭和21年に設立された。放送内容に関するさまざまな研究、日本および海外各国の放送事情調査、視聴者の意向を把握する世論調査などを行っている。調査結果の発信など、成果の社会還元にも努めている。
公式webページ  https://www.nhk.or.jp/bunken/

『生活者の平成30年史──データで読む価値観の変化』

目次
第1章 平成30年の生活環境 平静ではなかった平成
第2章 生活者による時代認識 過熱期、冷却期を経て、今の認識は【常温】へ
第3章 価値観変化の底流 【イマ・ココ・ワタシ】の充実に向かいはじめる生活者
第4章 属性別にみる変化 家族・子ども・高齢者は、どう変わったか
第5章 生活者が変われば、マーケティングの前提も変わる 生活者の変化を、ビジネスのヒントに
https://seikatsusoken.jp/about/publication/publisher/13080/

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