現在博報堂の国内グループ会社は50社を超えます。本連載では、多種多様な専門性と強みを誇る各社に直接おもむき、キーパーソンを直撃。それぞれの事業の特長や会社の魅力、博報堂グループの一員としての今後の展望などについて伺っていきます。
─はじめに、「スタートアップスタジオ」という事業の概要について、あらためてお聞かせいただけますか。
大橋 ハリウッドの映画スタジオから次々に新しい作品が生まれるように、新しいビジネスやプロダクトをどんどん世に出していくことを目指すのがスタートアップスタジオです。誕生したのはこの10年くらいのことで、おそらくまだ世界でも250社から300社くらいしかないと思います。成功事例も決して多くはありません。現在、多くの企業がビジネスの形を模索しているところです。
─quantumの社員数、どのような人たちが働いているのか教えてください。
大橋 現在の社員数は、博報堂からの出向者を含めて40人ぐらいですね。バッググラウンドはみんな実にばらばらで、その多様性が一つ大きな特徴となっています。
門田 バックグラウンドが多様だからこそ、プロジェクトごとに異なる職能や得意分野をもったメンバーが集まって最適なチームをつくることができるわけです。例えば、僕はデザインが専門なので、プロダクトをつくるプロジェクトに参加することが多いのですが、メンバーはプロジェクトごとに毎回異なります。その流動性や柔軟性が持ち味と言えます。
大橋 そういう多様性や柔軟性が新しいファウンダー(起業家)が生まれる基盤になるというのがquantumの考え方です。今期から「ファウンダーズファースト」という標語を掲げたのは、社員が自らファウンダーになることに重きを置くことで、スタートアップをどんどん生み出していくことを目指しているからです。社員がファウンダーに育っていける環境づくりに現在注力しています。
──それぞれの立場や役割についてお聞かせください。
大橋 役職はスタジオディベロップメントディレクターです。quantumがスタートアップスタジオとして成長していくためのビジョンを取締役と一緒に描き、そのために必要なリソースを整えていくことが僕の主な役割です。仕事の内容は多岐にわたっていて、M&Aを進めたり、中期経営計画をつくったり、投資先を選定したり、人事に関わったりと、ほとんど総合格闘家のような働き方をしています(笑)。来た球はなんでも打ってやろうという感じですね。
森本 私はベンチャーアーキテクトという部署に所属しています。もともとBiz Devと呼ばれてた部署で、新しい事業を一から開発していくことが役割になります。仕事の内容は大きく分けて3つです。1つめは、クライアントと一緒に新しいサービスやプロダクトをコンセプトからつくっていく仕事、2つめは、大企業向けに企業内起業家育成プログラムを提供し、その実行を支援していく仕事、3つめは、自らファウンダーとしてビジネスを立ち上げていく仕事です。常に3つから6つくらいのプロジェクトに関わっていて、その多くでプロジェクトリーダーを担当しています。
門田 僕はこの会社に来る前は、メーカーやデザイン事務所で主に工業デザイナーとしてのキャリアを積んできました。quantumに入ってからは、さまざまなプロジェクトの中で発生するデザインワーク全体を見るチーフという立場で働いています。プロダクト、ロゴ、パッケージなど、デザインの領域はさまざまで、今後は空間デザインやUI、UXのデザインなどにも挑戦していきたいと考えています。
スタートアップスタジオにおけるデザイナーは、形をつくるだけでなく、コンセプトづくりの段階からプロジェクトに関わり、「このデザインで世の中にどのような価値を実現するのか」ということを深く考えなければなりません。それがこの仕事の醍醐味であると感じています。
──社員の多様性や組織の柔軟性のほか、quantumにはどのような特徴がありますか。
大橋 一般に、スタートアップスタジオには新しい自社事業をつくっていくことを目指す企業が多いのですが、僕たちは、自社からスタートアップを生み出す取り組みと、クライアントや外部のパートナーと共同でスタートアップを立ち上げていく取り組み、その両方に同じく力を割いている点が特徴として挙げられます。
それから、IT分野、エンターテインメント分野など、事業領域を特化しているスタートアップスタジオが多い中で、分野を限定せず、「世の中に価値を提供できるものなら何でもやろう」というスタンスで幅広いプロジェクトを手掛けているのも僕たちならではと言えると思います。
森本 事業分野を限定していないので、クライアントの多様な悩みに対応できる。それが私たちの強みだと思います。例えば大企業の皆さんは、「優れた技術はあるけれど、それをどうビジネス化していけばいいかわからない」とか、「今までの社内でのやり方とは異なるアプローチで新規事業を検討してみたい」など、さまざまな悩みを抱えていらっしゃいます。それに対し、そのつど最適な解決策を提案するだけでなく、一緒にビジネスづくりを進めていくことができるところにquantumの特徴があります。
──プロジェクトに必要なリソースは外部に求めるケースもあるのですか。
森本 できるだけ内製化していくことが基本的な方針です。新しいプロジェクトに社内のメンバーでチャレンジすれば、経験値が社内に蓄積していきます。もちろん外部のパートナーと協業するケースもありますが、可能な限り自分たちで進めていくようにしています。
門田 デザイナーやエンジニアが社内にはたくさんいて、みんな自分たちの手でエンドユーザーに届けるまでのものづくりをしてきた経験をもっています。ですから、例えばプロダクトをつくるプロジェクトに関わった際には、色をどうするかとか、ボタンの形状をどうするかといった具体的で細かなアイデアを出すことができます。ですから、あえて外部のプロにお願いする必要がないわけです。
──たしかに。社内には工房なども整備されていて、レベルの高い試作品制作が可能と見受けられますね。
門田 おっしゃるとおりです。3Dプリンターやレーザーカッターをはじめ様々な設備を揃えたラボが社内にあって、ここで作るものは“試作”のクオリティをなんなく越えています。
まとまったプロトタイプを作成し、プロダクトの細かな検証をすることが可能です。ここまでのことをやっているスタートアップスタジオは、世界でもあまりないのではないでしょうか。
森本 自分たちの力で新しいプロジェクトを手がければ手がけるほど、経験値が豊富になり、新しいプロジェクトに対応できるようになります。最近では、ハードウェアからソフトウェアまでいろいろなプロジェクトがあって、得意領域がどんどん広がってるという実感があります。
門田 経験は次のプロジェクトの種になりますよね。チャレンジすることで、それだけできることが増えていく。それがスタートアップスタジオの面白さだと思います。
──この4月に博報堂のグループ会社となったことで、グループ内でのシナジーが期待されています。
大橋 どのような連携の仕方があるかを今まさに議論しているところです。これまで
quantumは、0から1を生み出すことに注力してきましたが、今後は1を100や1000に育てていく取り組みも進めていくつもりです。博報堂グループ内で協業することで事業を拡大できる可能性は、今後どんどん広がっていくと考えています。
森本 マーケティング、クリエイティブ、あるいは事業の共創など、いろいろな領域でグループのリソースを活用していくことに期待していますし、私たちもこれまでの知見を提供していきたいと考えています。
すでにプロジェクトレベルでは徐々に連携が進みつつあります。今後は人の交流も盛んになっていくといいですよね。
──博報堂の「生活者発想」がスタートアップを生み出す際にも力を発揮するかもしれませんね。
森本 生活者発想はとても大事だと思います。クライアントの課題を解決する際も、プロダクトをつくる際も、エンドユーザーである生活者に対する視点は欠かせません。私たち自身もこれまで、生活者のインサイトを見つけ出すことに注力してきました。ぜひ、生活者発想を軸としたシナジーを目指していきたいと思います。
門田 前例がないものをつくる場合でも、つくり手の価値観や思いを押しつけるのではもちろんだめで、使い手中心の発想、ヒューマンセンタードの考え方が必要になります。それがなければ、新しいものは社会に受け入れらないし、根づいていかないからです。その意味で、僕たちのコアにあるものも生活者発想と言えると思います。
でも、本当に欲しいものが何かは生活者自身も知らないことも多いんですよね。だから、ヒアリングから浮かび上がった生活者の想いを解釈して、多くの人が想像している世界の先にあるビジョンを提示する努力をすることも必要だと思っています。
──いろいろなグループ内協業の可能性がありそうですね。今後が楽しみです。今日はありがとうございました。
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