THE CENTRAL DOT

移動(モビリティ)が生みだす新たな都市生活(アーバニズム)
〜モバイルハウスをDIYする創作集団『SAMPO』との対話〜
「生活圏2050プロジェクト」 #08(前編)

2019.07.26
モバイルハウスを手がける「SAMPO」は、2016年に東京で生まれたスタートアップ。ユニークなのは、軽トラックに搭載できる小さなサイズのモバイルハウスを、その部屋のオーナーと共同でつくるというスタイル。一人一人の価値観を大切にした「住む」ための最小限の空間を突き詰めること。そして移動(モビリティ)がもたらす経験とそのモーメントを共有しあうことで生まれる出会いとつながりに希望を見いだすこと。「SAMPO」が提唱するのは、そんなお金や場所に縛られない、新しい都市の生活様式(アーバニズム)の可能性です。近著「ストリートデザイン・マネジメント〜公共空間を活用する制度・組織・プロセス」を通して新しい都市デザインの方法論を提唱する、横浜国立大学助教・三浦詩乃さんをゲストに迎え、「移動(モビリティ)が生み出すアーバニズム」について考えます。人口減少社会における新たな生活文化と経済(エコノミー)の創出を構想する「生活圏2050プロジェクト」。プロジェクトリーダーを務める博報堂クリエイティブ・プロデューサーの鷲尾和彦が、既に今各地で始まっている新しい生活圏づくりの取り組みを伝えます。

都市を自由に泳ぐプライベート空間

鷲尾:
はじめてこの工房にお邪魔したのは今から2年くらい前ですね。随分いろんなスタイルのモバイルハウスが増えてますね。

塩浦:
そうですね。これまでに一緒に作ったのは30人くらいですね。学生が2割くらい。働いている人もいるし、カップルやOLの方もいますね。

鷲尾:
SAMPOが作っているモバイルハウスには、「MOC(モバイルセル)」という名前が付けられています。「セル」って個室という意味もあるけど、蜂の巣の穴や、細胞という意味もあります。都市を構成する最小限の単位です。

塩浦:
「MOC(モバイルセル)」は、軽トラの荷台に乗せられる大きさの、本当にミニマルな「部屋」なので、いろんなものを詰め込めるわけでもない。だからつくるプロセスを通して、結果的にその人にとって自分自身が必要なものを選んでいくことになるし、その大切さに気づいていくプロセスにもなります。僕らはそのプロセスが一番大事なところだと思っているんです。だから、不動産や住宅規格としての「モバイルハウス」を販売しているというわけではないです。

※SAMPO が描くモバイルハウスを生かした新しいライフスタイル
軽トラックに搭載できるサイズの個室「MOC(モバイルセル)」。水周りなどを切り離し、最小限の必要なものだけで構成されたこの小さな部屋とともに都市を自由に移動する。そして行く先々に用意されたインフラ機能を提供する拠点「HOC(ハウスコア)」に接続する。人と住まいとが自由に動き、その移動と出会いが、新しい都市をつくりだしていく。

鷲尾:
水回りなどのインフラ機能を持った「HOC(ハウスコア)」となる拠点に、「MOC(モバイルセル)」がドッキングしては、また離散していくことで、住処や共同生活の場がその都度ごとに生まれていく。SAMPOが提案しているのは、モバイルハウスというよりも、自由に移動しながら人と出会っていく、そんな新しい暮らし方ですね。例えば、全国で空きスペースや空き家などが増えていくとき、その場所が「HOC(ハウスコア)」のように、新しい交流を生んでいく機能を持った空間に変わっていくことは可能性としてあると思います。

塩浦:
その通りですね。実際に、郊外や地方ではそういうニーズもあると思ってます。「MOC(モバイルセル)」と「HOC(ハウスコア)」は、生活圏や都市を構成する最小限のアーキテクチャー(基本構造)です。「セル」というミクロな空間から、それが集積することで生まれる都市というマクロな空間まで、そのスケールの中で、新しい暮らし方をつくりだしていきたい。

鷲尾:
最近、住宅メーカーの商品開発部の方たちとお話ししているのですが、彼らもモバイルハウスがすごく気になっているっておっしゃっていました。もちろんビジネスとしてという関心もあるけれど、その方々と話を深めていくと、そこには、これまでの日本の家づくりやそれを成り立たせてきた仕組みや制度を見つめ直そうという意識を持たれていることにも気づきました。つまり率直に言えば、「このまま、住宅をつくり続けるということでいいんだろうか」という疑問。それは一人の生活者としてすごく素直な感覚でもあるように感じました。
確かに今、シェアハウスや、民泊、あるいはリノベーションまで含めると、「住まう」ことについての多様なあり方も広がってきています。他にも、服や家電、自動車から、あるいは料理のレシピといったアイデアまでも含めて、一人で所有しないで、ときどき借りたり、ともに共有したりという生活スタイルもごく日常の風景になっています。そこにはどんな問いが生活者の中に生まれているのか、先の住宅メーカーの方のような、素直な「問い」を丁寧に考えていくことが大切だと思っています。

塩浦:
そこは僕らの関心とも共通するところです。「MOC(モバイルセル)」をつくりたいといって、ここを訪ねてくる人たちは、やはりどこかしらそういう疑問というか、問いを持っているように思うんですね。シェアという生き方もそうだけど、もっと暮らし方の多様性があるはずだ、というか。今でも「動く箱」が欲しかったら、他にもいろんな手段はあるわけです。旅をしたいのなら「トラベルハウス」って軽トラキャンパーってジャンルもあるし。同じぐらいの金額でキャンピングカー買うことだってできる。そうではなくて、ここに来て、自分自身で自分の空間をつくろうとするわけだから。
最近では、自動車メーカーや、家電メーカーなどの企業の方々もよく訪ねて来られるようになりました。その人たちもやはり同じ問いを持たれているように感じますね。「私たちも、本当はこういうのやってみたい」っておっしゃるけれど、では、それが実際に企業の論理の中で、最終的にどのような形として現れてくるのか。そこは僕らもこれから興味を持って見ていきたいですね。

『文化的な最低限の生活』とは?

鷲尾:
SAMPOのウェブサイトには、「文化的な最低限の生活が保障される」って言葉があって、僕はずっとその言葉が印象に残っているんですね。それがどこから来ているのか。SAMPOが生まれた背景についてあらためて話していただけますか。

村上:
僕自身は特に建築を学んできたわけではないんです。福岡出身で地元の大学に進学したんですが、あまりにも合わなくて。そのあとは、いろんな仕事をやりましたね。新潟の日本酒の蔵で働いたりしながら、全国を巡ってました。やっぱりシミュレーションでは絶対生まれないような思いも寄らない出会いがあったりするんですよね。あれが18歳か19歳のとき。今思うとSAMPOにつながる原風景みたいなものだと思う。
実は、VR(ヴァーチャルリアリティ)のエンジニアリングを専攻していたんですが、旅から戻って東京に出てきたときに、ある投資家の人に出会って、VRのスタートアップを設立することになったんです。なんでも探求したくなるタイプだから、VRを極めようとしていたんだけど、そのためにもVRの対極にある状況に自分を置くのがいいなと思って、軽トラックを買って、そこの上に部屋を作って、旅しながらその中で、VRの開発をするという生活をしてました。それが最初のモバイルハウス1号機です。
ある日、長野あたりの川岸に1号機を停めて生活してたとき、Facebookを見ていたら、友達がunityっていうソフトウェアを使って「川の流れを完全に3Dで再現した」という投稿をしていて。「ほんと、本当の川みたいだ」ってちょっとバズってた。それを見た後、ふっとモバイルハウスの窓を開けて外の風景を眺めると、目の前に本物の川が流れていた。「あ、完全にパラメータが多すぎる。これは全く敵わないな」って。暑い夏の日にクーラー効いた部屋で「こうしたら木漏れ日っぽいね」とかやっていることにいきなり疑問が生まれてしまった。そもそもCPUとか乱数に頼ってる時点でどうなんだって。乱数なんてこの世には死ぬほどあるのに。それで東京に戻って、投資家に「VRを探求していったら、その先にハイパーリアルの世界があることに行き着いた。だから、VRやめてモバイルハウスの会社をやります」と言ったんです。

三浦:
一気に、そこに行ってしまうんですね。

村上:
でも、僕の中では、全然別々じゃなかった。VRの世界でも、都市に新しいメッシュを張り巡らせていく、テクノロジーで新しい都市を描き出すってことを言っていたし。でも当然、投資家の人には分からないわけですよね。それで何百万円もの借金を一気に背負うことになってしまったんだけど。たまたまそのことをブログで書いていたら、VRのコミュニティで少し話題になって。それを投資家の孫泰蔵さんが読んでいたんですよね。「興味があるから、会おうよ」って連絡をもらった。会いにいったら、偶然福岡で同じ幼稚園だったってことがわかって。

塩浦:
実は、僕たち二人も、孫さんに会うっていう、まさにその前日に出会ったんですよね。あるシェアハウスで。VRじゃなくてモバイルハウスをつくりたい。借金はあるけど、金は全くない。でも一緒にやろうって。出会った日に決めました。それでいきなり、SAMPOが始まった。

鷲尾:
出会いを引き寄せていくんですね。必然なのかもしれませんね。塩浦さんは、どうしてモバイルハウスだって思ったんだろう。

塩浦:
僕は英国の大学で建築を学んだんですが、そもそものきっかけとなったのは、実は2011年の東日本大震災でした。震災の2日後にイタリアに住む親の友人から連絡があって、もしも放射能が怖かったらイタリアに来ていいよって。すると母が勝手に航空券をとっていて「明日の朝一でイタリアに行きなさい」って。それで本当に翌朝いきなりイタリアに行くことになってしまって、そのまま3ヶ月くらい暮らしてました。当時、高校2年生だったんだけど、ある日学校から連絡がきて「出席日数が足りないから留年です」と。え、中卒? イタリア?って。でも親は日本には帰れないと言っているから、もうここに一生住むのかな。そんな風に全てが変わってしまった。そこが僕の場合は、SAMPOにつながるスタート地点とも言える。

三浦:
モバイルライフがもうそこで始まった。

塩浦:
いや、もうそれどころじゃなくて、心情的には。自分のアイデンティティーに初めて気付いた瞬間ですよね。国籍を捨てるってことなのか。自分は何者なんだって。結局、ヨーロッパの学校に行くことになったので、好きなロンドンで建築を学ぶことを決めたんです。ロンドン大学バートレット校というところです。でもその大学は本当に良かった。大学を卒業して日本にやっと帰って来て。そのあと、磯崎新さんの事務所で働くことになりました。でも家はシェアハウスを転々としていましたね。村上と出会ったのはそのときでした。

三浦:
お二人の出会いも、ストリートなんですね。

経験とモーメントの蓄積が街を形成している

鷲尾:
塩浦さんにとって、ロンドンでの学びが良かったというのは、どのようなところだったのでしょうか。

塩浦:
バートレット校では、徹底して「モーメント」の解像度を上げていくという発想を叩き込まれたんですね。空間を考えるときに、人の行動、その行為の瞬間(モーメント)を解像度を上げて捉えていく。そしてそれをデザインやプロジェクトとして落とし込んでいくと言うアプローチです。例えば、僕の場合「髭を剃る」というモーメントがどのようなもので、それがどのように人と人とで違っていて、どこが共通しているのかと言うことを分析したりしていました。他には、タバコを吸うモーメント、サイクリングしていてスピードが出る瞬間のことなどをテーマにするクラスメイトもいましたね。日常の中のあらゆるモーメントを解体し、再構築する。模型もそこから100個くらい作る。そこから「人にとっての空間ってなんだ」ということを考え抜いていく。例えば「トイレをデザインします」「キッチンを考えました」なんて言うと、「キッチンなんてものはないんだ、それは料理する場所なのか、本を読みながらくつろぐ時間なのか? 何かを説明するときに名詞なんて使うな」と厳しく指導されますね。

鷲尾:
「エスノグラフィ」っていう、もともと文化人類学から生まれたリサーチ手法がありますが、これは生活の現場の中で起きていく現象、特に人とモノ、空間、あるいはテクノロジーの関係の中で生まれていく状況を記述し、モデル化しようとするものです。最近はマーケティングやデザインの領域でも重視されている手法です。塩浦さんは、それのとんでもなく解像度の高いアプローチを叩き込まれたわけですね。日本の大学でもこうしたアプローチは一般的なのでしょうか?

三浦:
いえ、そうではないですね。もちろん教授によるかもしれませんが。でも、やっぱり普通は「住宅」設計という感じである程度、型が想定されていると思います。「社会を変えるんだ」という意識がもしかすると全然違うのかもしれない。

塩浦:
そう思います。やはりその意識ははっきりありますね。ヨーロッパの中でも、特にロンドンのような都市だと多様な人種の人たちが暮らしているわけですよね。それがまず日常です。その中で、どうやって人が生きていく空間を考えるかというと、それはもう「モーメント」からしかありえない。その解像度(レゾリューション)を高めていくことで、人が生きていくための生活空間、建築、都市をデザインしていく。

鷲尾:
すごくいいですね。「モーメント」を捉えていくことで、「個」としての人の行為を捉えていくミクロな視線から、空間や都市というスケールをもった空間を考えていく。それは社会をデザインし直すことにつながる。
村上さんは、VRという技術を探求していった先に「モーメント」に気づいていった。塩浦さんは多様な人たちが混じり合う都市の中で、ご自身が「個」として生きていく状況の中でそのことに気づいていった。それが、SAMPOの根底にあることですね。

塩浦:
つまり、「ライフ」なんですよね。そして「経験」。それが建物と建築の違いだと思うし。例えば、断熱性能がいいっていうことだけだと「ライフ」にならなくて。断熱性能がいいと何がどう生活が良くなるのか、何が変わっていくのか、それが人にとってどう本当に良いか。そのことの解像度(レゾリューション)はどこまで高くできるのか。そこしかない。

三浦:
生活者の行為、経験、そのモーメントの蓄積が、空間、場所、街を形成している。そのことは今忘れがちなのかもしれません。あるいは、自明のものだとして感じている人もいるかもしれないけど、実際にはちゃんとできているとは言えない。非常に重要な指摘だと感じています。

※撮影: SAMPO Inc, 小禄 慎一郎

→後編につづく

プロフィール

村上大陸 (むらかみ・りく)
SAMPO Inc 共同創業者、CEO(Chief Executive Officer)

1996年生まれ。大学を一年経たずに休学したのち日本酒、スニーカー、VR等複数の事業を行う。VRの会社を経営している際、軽トラの上にモバイルハウスをセルフビルドし自宅兼オフィスにしていた。モバイルハウス生活をしながらVirtual RealityとRealityの違いを思考しているとVRの「V」などいらないことに気づいたため、モバイルハウスの事業に転換し現在に至る。

塩浦一彗 (しおうら・いっすい)
SAMPO Inc 共同創業者、CAO(Chief Architecture Officer)

1993年生まれ。3.11の二日後、親に飛ばされミラノに避難。いつの間にか6年間 ヨーロッパにいてしまう。ミラノの高校を卒業しロンドンに渡りUCL,Bartlettで建築を学ぶ。2016年に帰国し建築新人戦2016最優秀新人賞受賞。その後、建築事務所に就職。都市計画等Internationalなプロジェクトに携わるが、Top downの都市の開発に疑問を覚え、元々興味を持っていた動く家、対話するための現代版茶室を体現するためにSAMPOを村上大陸と立ち上げ今に至る。

三浦詩乃(みうら・しの)
横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院助教

1987年生まれ。東京大学大学院新領域創成科学研究科修了。博士(環境学)。2015年より現職。専門は都市デザイン、公共空間のデザイン・マネジメント。国際交通安全学会特別研究員を兼務。日本都市計画学会論文奨励賞受賞。

鷲尾 和彦(わしお・かずひこ)
株式会社博報堂 生活総合研究所 クリエイティブプロデューサー /「生活圏2050」プロジェクトリーダー

戦略コンサルティング、クリエイティブ・ディレクション、文化事業の領域で、数多くの企業や地方自治体とのプロジェクトに従事。プリ・アルスエレクトロニカ賞「デジタルコミュニティ」「ネクストアイデア」部門審査員(2014〜2015年)。主な著書に『共感ブランディング』(講談社)、『アルスエレクトロニカの挑戦~なぜオーストリアの地方都市で行われるアートフェスティバルに、世界中から人々が集まるのか』(学芸出版社)等。現在、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻「地域デザイン研究室」にも在籍。

※博報堂生活総合研究所「生活圏2050プロジェクト」
経済・社会・環境・文化。ときに矛盾をはらむ四相を統合しながら、私たちはいかに豊かさを実感できる暮らしと社会を目指すことができるのでしょうか。グローバリズムや技術革新がもたらす「生活圏」の変化を見極めながら、新しい生活文化と生活空間、そして新産業創出の可能性を構想します。( 博報堂生活総合研究所 https://seikatsusoken.jp/

→過去の連載はこちら

FACEBOOK
でシェア

X
でシェア

関連するニュース・記事