前編では、定額制動画配信サービス(=サブスクリプションサービス ※通称「サブスク」)利用者と劇場映画利用者の関係性を現状利用と今後の利用意向を踏まえ下記の様に図示した。映画に興味を持つ人の中で、現状のサブスク利用者はまだ大勢ではないが、今後の利用意向を含めるとその割合は約8割となり、大きなポテンシャルを示すように感じられた。この通りに今後サブスク領域が広まって行った場合、既存の劇場中心の映画ビジネスはどうなってしまうのだろうか。
(図3)
サブスク市場拡大に伴う劇場中心の映画ビジネスへのインパクトの鍵。それは映画のウインドウ展開に寄る所が大きいと考える。
前編で触れたNetflixによる「ROMA/ローマ」制作の目的は、あくまでサービスとしての独占性を高め、結果として本業の定額利用者を増やすためであったと推測する。今後同サービスが映画のスクリーンよりも早く、または映画のスクリーンを介さずに自社サービスのみで作品を独占的に展開していくとすると、作品を重視する映画ファンの客足は、一定層、劇場から遠のく可能性があるのではないだろうか。
その点、自宅での映画鑑賞をリッチにする様々なデバイスの登場は見逃せない。昨今ではホームプロジェクターはより手軽に手に入れられるようになり、スマホとの接続も簡易なものが登場している。部屋や窓そのものがスクリーンの役割を果たす進化も想像に難くない。VR機器の普及や通信の発達により、自宅にいながら没入感高く映画を楽しむ(まさしく昨年公開の「Ready Player One」で描かれていた様な)時代がいずれ到来するとも考えられる。そうした時に、どれだけの人が劇場に足を運び続けるだろうか。
若年層中心に劇場離れが加速してくのではないか。そんな懸念がよぎるが、私はそう単純ではないのではと考える。
サブスクが拡大する一方で、既存の劇場中心の映画鑑賞体験が近い将来なくなることはまだ考えにくい。上述した世界が実現していくとすれば尚更、劇場鑑賞体験はより一層、そうした劇場外での体験のリッチ化に負けない「高付加価値化」が求められていくはずだ。
映画館での劇場体験の価値は「大人数・他者とのリアル空間でのリアルタイムな同時体験」と考える。昨今ではVRを劇場に取り入れるといった動きもあると耳にするが、今後進化していくテクノロジーをソフト、ハードに限らずタイムリーに取り入れて行くことは高付加価値化の1つのポイントとなるだろう。例えばだが、昨今盛況なファン向けの応援上映などのイベントにおいて、ファンがより熱狂するような仕掛けを施すことが可能かもしれない。(ユーザーが持つデバイスやツールが映像に連動して反応する、など)。また別のジャンルでは、ユーザーに選択肢を持たせてストーリーが展開されるゲームやドラマが出てきていたりする。スマホやSNSのユーザーデータと掛け合わせることを通じ、こうしたパーソナライズされた映像体験と他者とのリアルタイムの共有体験が融合することで、劇場ならではの価値が提供されるかもしれない。また、サブスク領域の拡大が進めば、定額制動画配信サービスで提供される映画を流す劇場が登場してもおかしくないだろう。
既存の劇場体験にこの様にデジタルサービスやテクノロジーが掛け合わさることで「高付加価値化」されて行けば、サブスク市場の拡大は既存の劇場ビジネスにとっても追い風ともなりうるのではないか。むしろその拡大に乗じつつ、映画館ならではの取り組みを展開していくことこそが、新たな顧客の創造につながると考える。
そして、こうした映画館ならではのデジタルでの取り組みを思考していく場合には、劇場内での体験だけではなく、映画を伝える手段も同様に、デジタルを取り入れた生活者の変化に即していく必要があるのではないだろうか。
メディア全体ではここ数年、デジタル化が進んでいるが、映画の情報源においても同様の傾向が見られる。以下のグラフは、映画の情報源となったメディアの2019年の利用率と、過去5年間の増減率を表したものである。
(図5)
グラフを見ると、一位は67%でテレビCMが依然として突出している。一方でTwitter(14%)やInstagram(6%)、作品公式アカウント(6%)、LINE(5%)、出演者のSNSアカウント・ブログ(4%)、スマートフォンのアプリ(4%)などは、ボリュームとしてはまだまだ小さいが、増加率では150%以上と高い。こうした媒体では能動的に作品情報を取得する映画感度の高いユーザーがいる傾向にあるので、映画を認知させる上では重要なメディアともなり得る。作品に関連するTwitterアカウントや作品公式アカウントのフォロワーに対するRTキャンペーンや、シェアしたくなる情報・コンテンツを投下することで情報波及の起点とするなどが考えられる。上述した今後考えられる劇場体験と紐付ければ、デジタルでのキャンペーン参加者にのみ、特別な映像や体験が提供されるといった事も考えられるかもしれない。これらの施策をタイミングを踏まえ展開するなど、潜在的な顧客に適切な媒体でしっかりと映画情報を届け、「見たい映画を、見たい人に」確実に届けていくことが、今後より一層大事になっていくのではないだろうか。
本稿では、定額制動画配信サービスと劇場映画という領域を軸に様々な角度から映画ビジネスの今後について考えてみた。海外も含め配信プラットフォームが乱立する中、人々のアテンションを得るコンテンツの価値が相対的に高まってきている様に感じる。またウィンドウ展開も複雑化する中で、コンテンツのジャンルも今後より一層ボーダレス化していくと考えられる。映画は長らく娯楽の代名詞の1つだったが、スマホというマスデバイスの浸透で短尺コンテンツに私達が慣れ親しむようになった今、映画が提供できる価値はこれからも常に盤石であるとは言い切れないだろう。ただ劇場にしろ、サブスクにしろ、ユーザーが心地よく映画を楽しめるサービスを、作り手や届け手が作品に応じて見極め、最適な手段・タイミングで届けていくことが、結果として映画の裾野自体を広げ、両領域の共存・成長へ繋がっていくのではないかと強く思う。
川合 英(かわい すぐる)
博報堂DYメディアパートナーズ エンタテインメントビジネス局
コンテンツビジネスラボ
2011年博報堂入社。マーケティング職として6年間小売・流通、放送局、食品、スタートアップ関連企業の商品開発、コミュニケーション戦略立案業務に従事。
2017年10月より現職。媒体社、コンテンツホルダーにおける課題解決のための戦略・施策立案業務に従事。映画は年間約50本以上を劇場で鑑賞。