――2018年の春にポプラ社から発行された『答えのない道徳の問題 どう解く?』(以下、『どう解く?』)。この絵本を山﨑さんが手がけられたきっかけは?
山﨑
そもそもは、僕自身と、TBWA\HAKUHODOで同僚だったシニアアートディレクターの木村洋、クリエイティブディレクターの二澤平治仁の3人に、それぞれ子どもが生まれて、子育てについて話す機会が増えたことが発端でした。その中で、いじめや自殺をはじめとする子どもたちの痛ましい事件について話すこともしばしばあり、自分たちも子を持つ親として、どうにかしたいよなあ、何か僕らにできることはないだろうか、と考えるようになっていました。
そういえば、親子でいじめの話ってしないなと思いました。話すとしても、親が子に「いじめられてない?」もしくは「いじめたりしてない?」と尋ねて、それで終わることがほとんどですよね。でも本当は「なぜいじめがいけないのか」ということを親子で一緒に考えることの方が重要なはずです。
いじめだけでなく、そういう突っ込んだテーマについて親子で話すことってなかなかありません。親子で話し合うきっかけって、どうやったら作れるだろう。そんな問題意識から出てきたアイデアが、“答えのない絵本”を作ることでした。
一般的な絵本には1つのストーリーがあり、そこから導き出される教訓があります。そうではなく、絵本から投げかけられる問いに悩みながら「自分はこう思う」と伝え合うことで、親子の深い対話を促したいと思いました。
――あくまで“コミュニケーションツール”としての絵本、ということですね。
山﨑
そうです。絵本をつくること自体が目的だったのではありません。むしろ、名作と呼ばれる絵本がこれだけ世の中にたくさんある状況で、広告会社にいる僕たちがわざわざ絵本をつくる意味は強く意識しました。そして、それはやっぱり絵本を通じてコミュニケーションを生んだり、社会に問題提起したりすることではないかと。そうした考えを当時の上司に話してみたところ「面白そうだね」と応援してくれて、出版社に “自主プレ”しに行くことになりました。
そうして出会ったのがポプラ社の方々でした。最初のプレゼンでは、完成版の本にも掲載されている「どうして正義のヒーローは、悪者を殴っていいんだろう?」、「蝶々を殺して、ネコを殺しちゃいけないのは、どうしてだろう?」、「国と国のケンカは、どうして怒られないんだろう?」という、正義、命、戦争をテーマにした3つの問いを見て頂きました。
ポプラ社の方々は「こういう“ざらつき”のあるものって、なかったですよね」「親子で話し合おうって切り込んでいく絵本ってないですよね」と非常に共感してくださって、この絵本を一緒に実現させようというプロジェクトがはじまったんです。
――「ざらつきがある」とは、何かが心にひっかかって、立ち止まって考えさせられるような感覚のことでしょうか。以前に山﨑さんが書いた「ボクのお父さんは、桃太郎というやつに殺されました」のコピーと通じるものがありますね。
山﨑
「ボクのー」は、“幸せ”をテーマにした新聞広告のコピーでした。あれも、幸せって何だろうという投げかけであり、正解や答えがないものであり、「みんなで考えてみよう」ということを促したかったものです。『どう解く?』と通底するものは同じです。
僕はコピーライターとして、今までなかった視点を世の中に提示することを大切にしています。鬼に子どもがいたら、どうだっただろう?とか。『どう解く?』も、視点を変えてみる本とも言えます。
――制作はどのように進んでいったのでしょうか?
山﨑
ポプラ社と僕たちのチームで、「問い」を考えていくことから始めました。子どもが分かる内容でありながら、大人もドキッとさせられるような問いかけって何だろう、と考えながら様々なテーマを探りました。LGBTなどの近年の社会的テーマも加えていきました。徐々に見えてきた問いを並べてみたとき、「これは、“道徳(どうとく)”の話なんだ」と気がついて、『どう解く?』というタイトルを付けることにしたんです。
すべての問いには「導入コピー」を付けています。いきなり問いを投げかけるのではなく、まず子どもたち本人の普段の生活を思い出してもらうことで、問いを理解しやすいマインドをつくる工夫です。例えば、「今日もお母さんに怒られた。人を殴っちゃダメ、って」という導入コピーの次のページに「どうして正義のヒーローは、悪者を殴っていいんだろう?」という問いがきます。
――発売後はどういう反響がありましたか。
山﨑
発売から約1年で、大きな広がりが生まれています。現時点で、日本全体の3分の1にあたる約7,000の小学校図書館に導入されています。この本を授業の教材として使いたいという声も多く、各地の先生方が自主的に『どう解く?』を教材にして授業をしてくださっているそうです。僕たちも埼玉県の戸田市教育委員会と共同で授業を開催しました。公式サイトで授業用の教材やワークシートをダウンロードできるようにしていますので、どんどん使って頂きたいと思っています。あるPTAでは、読み聞かせ用の絵本として『どう解く?』を利用してくださったこともあります。
――もともとは親子の対話を促すことを意図した企画だったと話されていましたが、家庭を超えて、教育現場からの反響も大きかったんですね。
山﨑
特に印象的だったのがこの夏、愛知県名古屋市の「夏のすいせん図書」に採用されたことです。課題図書の宿題って多くの場合、本のストーリーに対する感想を書くものですよね。その中に、ストーリーも答えもない「問い」が並んだ本が選ばれたのはとても面白いなと感じました。
ある教育者の方が言われていたのは、「親と子は考え方が似る傾向にある。違った考え方を持つ子どもが集まる“学校”という場の方が、この本の効果がより発揮されるのでは」ということでした。『どう解く?』の投げかける割り切れない問いに対して、子どもが自分なりに考え、クラスメイトと意見を交わし合う。それが「一人ひとりの考えは違うんだ」ということを実感する機会になると。
――『どう解く?』が発売された翌月から、道徳が小学校の「教科」になりました。
山﨑
これまでの道徳の授業では、大人が望む“正解”を答えようとする子どもたちもいたと聞きます。道徳が教科となり、評価の対象となったこれからは、その傾向が強まることだってあるかもしれません。しかし、答えが出せない問いが並んだ『どう解く?』を使うと、どの子どもたちも本音で意見を出しやすいようです。どんな答えも、間違いではありませんから。
たとえ意見を出せなかったとしても、「うーん」と悩んで考えること自体が大事だと僕は思うんです。小学生の女の子が、『どう解く?』を読んで、自分の思いをお母さんにうまく伝えられなくて泣いてしまったというエピソードを聞きました。子どもたちの言葉にならない感情をすくい上げることができたのだとしたら、とても嬉しいです。
――このプロジェクトで「別解」が生まれた瞬間があったとしたら、いつだったと思いますか?
山﨑
僕が考える別解とは、斬新なアイデアを出すことじゃなくて、そもそも何が課題なのかを考えること、つまり「問い」を設定することによって生まれるものだと思っています。今回で言えば、仲間三人で子どもの話をしながら、親子で突っ込んだ話ってしないよね、親子で議論するきっかけが必要だよねという課題を発見したときが、別解の第一歩だったと言えるかもしれません。それからポプラ社の皆さんと出会って、ともに走りながら 「コミュニケーションツールとしての答えのない絵本」という具体的な形を作り上げていきました。そもそもの問いをクリエイトできなければ、別解は生まれないと思います。
実際に、この本が別解的なものとして受け入れられたことは、多くの方々から「これは、今までになかったものだ」と賛同して頂いたことで実感しました。たとえば谷川俊太郎さん、羽生善治さん、池上彰さんなどの方々が『どう解く?』のプロジェクトに共感して下さり、問いに対するご自身の意見を寄せて下さいました。考えるためのヒントとして、本の後半部分で子どもたちの声とあわせて掲載しています。
『どう解く?』はキルギスなどの海外で実施したこともあって、同じ問いでも国によって子どもたちの意見が全然違っていて、とても興味深いです。現在は、第二巻の制作も準備しています。
――次なる別解に向かって、どういったことを大切にしていきたいと考えますか。
山﨑
僕はいつもニュースを見るとき、そこに登場する人の気持ちを想像したり、ニュースを見聞きした人たちがどう感じたかを類推したりします。コピーライターとして、人の気持ちを繊細に感じ取って、批判したり傷つけたりしない、温度のあるコピーを書きたいと思っています。
また、それは自分自身の気持ちに対しても同じです。今回の本もまさにそうですが、「内から湧き上がってくる思い」を大切にしたいと思っています。自分の内側から出てきた問題意識に率直に向き合って、自分に何ができるのか、自分の能力をどう拡張できるかを考え抜いていくことで、周りの人たちを巻き込みながら、社会に対して何かを生み出していけるのではないかと思うんです。
今回、出版社のポプラ社さんと自分たち広告会社とで、本当にいい協働をさせて頂けて、異分野の人々と協働することの意義を強く感じました。今後も積極的に外に出ていきたいと思いますが、そのためにも自分自身のコピーライターとしての、一人の人間としての存在意義にはこだわっていきたいですね。
『どう解く?』特設WEBサイト: http://www.poplar.co.jp/pr/doutoku
山﨑博司(やまざきひろし)
博報堂 統合プラニング局 三浦チーム コピーライター
2010年博報堂入社。TBWA\HAKUHODO出向を経て、現部署。「社会と向き合うクリエイティブ」をテーマに、コピーを軸にした統合キャンペーンを手がける。受賞歴に、TCC最高新人賞、ACCグランプリ、ADFESTグランデ、CANNESブロンズ、キッズデザイン賞経済産業大臣賞など