HEART CATCH代表/SENSORS.jp 編集長の西村真里子氏、博報堂 イノベーションディレクターの岩嵜博論、SEEDATA CEOの宮井弘之が登壇し、各々の未来観について「働き方」や、ミクロ/マクロの両視点から読み解く「世の中のトレンド」という視点から語った。
未来の生き方や働き方はどう変化するのか。西村氏が考える、未来の働き方の鍵は「越境する悦楽」にあるという。西村氏はIBM、Adobe、Groupon、Bascule、そしてHEART CATCH起業に至るまでにエンジニア、マーケッター、プロデューサーと様々な職種を経験。
その過程で「肩書き」に対して疑問を感じるようになった。
西村氏: HEART CATCHを起業するまでサラリーマンだった私には、会社が「肩書き」をつけてくれていました。でも今は、社会に対してたった一人で対峙する中で「肩書き」も自分でつけなければいけない。そう考えた時に、「肩書き」は非常に堅苦しいなと感じたんです。「肩書き」に自分を当てはめてしまうことが、自分のできることを狭めてしまうんじゃないかと。なので、自分にふさわしい会社を世の中から探すよりも、自分でつくってしまったほうが早いなと感じてHEART CATCHを起業しました。
様々な職種を経験してきた西村氏は、常に「越境」を意識してキャリアを歩んできたという。全くフランス語ができない状態でフランスに留学したり、文系大学から新卒でエンジニアとして就職したりと、あえて今までと異なる環境に飛び込んでいった。
西村氏: 人間が成長するためには「挑戦」が必要なのに、人間ってある程度キャリアを積んでしまうと、今ある環境の中では挑戦がしにくくなってしまうんですね。なので成長するためには今までとは違う仕事をしたり、違う仲間を見つけたりすることが大切だと思っていて、いかに今いるところから遠くに行けるかを意識してきました。その「越境」を楽しめる人が新しい未来をつくっていける。新しい場所に行くのは怖いかもしれないけれど、そのジャンプを楽しみたいと思って、私は「越境する悦楽」と呼んでいます。
さて、西村氏の持つ「越境」の視点から広告会社を読み解くと、面白い事例が見えてくる。デジタル系の広告会社R/GAが運営するアクセラレータープログラムだ。広告会社が自身の枠組みをこえ、IoTやコネクテッド・デバイスといったテーマで、スタートアップとともに事業共創に取り組んだ事例だ。西村氏はアメリカでこの「越境」の事例を目の当たりにし、デザインとマーケティングの力でスタートアップを支援する「HEART CATCH 2015」というアクセラレータープログラムを開催するに至る。
西村氏: R/GAも広告会社という殻を破ったからいま世界で注目されていますし、21世紀において自分の殻や専門をつくりすぎてしまうのは不利だと思っています。それよりも、自分は何が好きか、どういった生き様なのかが大切になってきます。
最後に、「越境の時代」にはどのようなスキルセットが求められるようになるのか。西村氏が「HEART CATCH 2015」のプログラム運営で感じたのはファシリテーションの力だという。デザイン、マーケッター、スタートアップなどの異なる職種と対話しながら彼らをつないでいくファシリテーターこそ、これからの時代に最も求められる職種かもしれない。
続いて登壇したのは、博報堂イノベーションデザインの岩嵜博論。
「生活者発想×未来発想」をテーマにイノベーションの機会探索を行っている岩嵜が語ったのは、「兆しの探し方」と「生産と消費にまつわる6つの兆し」についてだ。
まず最初に岩嵜は「イノベーションの起こり方」についてこう解説する。
岩嵜: イノベーションがどのようにして起こるのかについて「技術」と「生活者」の視点から考えてみたいと思います。一般的に技術が進化すると、それにともなって生活者も進化し、その変化が技術に対してまた影響を与えます。ここで重要なのは、どちらか片方だけが進化するわけではなく、技術と生活者がお互いに呼応する形でぐるぐると進化していくことです。
ここ数年で、IoT、人工知能、ロボット、ドローンといった新しい技術が次々と登場しているが、「IoT」というテクノロジーを例に挙げてみよう。「IoT」という技術が登場することで、「IoTはこういった形で使えるのではないか」と生活者が呼応する。その答えに対して、技術が「そういった使いかたは想定していなかった。こういうものがある」と次の一手を出す。このサイクルによって、イノベーションは起きてきた。とりわけ岩嵜氏が注目しているのは、このサイクルの中での「生活者」の変化だという。
では、岩嵜はどのような手法で生活者の未来像を導き出しているのか。博報堂では未来の兆しになるような記事を収集し、それを「フューチャーブックマーク」として保存。それをもとに「未来シナリオ」を作成している。いくつか例を挙げると、「感情みえる化社会」「うっとうしいロボとの生活」「カスタム前提社会」といったユニークな未来像が描かれている。(こちらで全シナリオを閲覧することができる http://innovation-design.jp/future-script/)
今回、岩嵜が紹介した未来シナリオは「カスタム前提社会」だ。背景にある事例として「衣類の中でも特に生産が難しいニット製品のオンデマンド注文」「MITで開発されたフードコンピュータ」「自宅スタジオによるピクサーのようなアニメ作品の製作」が挙げられた。そこから得られた示唆として、オンデマンドやカスタマイズ製品が通常の製品と同じコストでつくれるようになること。つまり、テクノロジーの進化によってオーダーメイド製品をつくることが簡単になり、その結果として全てカスタムメイドのものを購入する社会になるのではないかというシナリオだ。続いて紹介したのが「カスタム前提社会における6つの変化」だ。
1.「DIYからDIWOへ」
ちょっとしたものづくりと言えば、「日曜大工」に代表されるように、お父さんが休日に小屋に籠もって何かをつくる「DIY」が主流だった。しかし、3Dプリンタやレーザーカッターが置いてあるメイカースペースが増えたことで、「Do it With Others」。誰かと一緒にものをつくることが価値となった。
2.「ShoppingからWorkshopping」へ
「Workshopping」は、デジタルファブリケーションの日本における第一人者・田中浩也教授が提唱した言葉だ。メイカースペースで特に人気なのが、オリジナルのアクセサリーづくりができるワークショップだ。つくる過程での体験も含めてアクセサリーを購入している女性が多いという。この「Shopping」と「Workshop」が融合した購入体験を「Workshopping」と呼ぶ。
3.「Ready to UseからReady to Hackへ」
「Ready to Hack」の現象を象徴している製品が、楽器メーカーKORGが販売しているアナログ・シンセサイザーの「monotron」だ。この3000円程度で購入できるシンセをファンが自分好みに作り替えてしまう新しい動きが登場している。KORG側も改造事例を掲載する「We love monotron」というウェブサイトを開設するほど、その改造の世界は広がりを見せているようだ。
4.MakerとConsumerを行き来する人々の登場
生活者が製品を改造するような事例からは、企業と生活者の役割の変化が読み取れる。シェアリングエコノミーの文脈にあるUberやAirbnbは自分が提供者にも使用者にもなれるサービスだが、このように企業と生活者の役割は今後曖昧になっていくだろう。
5.「BuyからBackへ」
消費者の購買動機が、購入(Buy)から応援(Back)へ変化しつつあるのではないか。ECサイトでものを買おうとすると当然のことながら「購入(Buy)」と記載してあるが、一方でクラウドファンディングサービス「Kickstarter」には「応援(Back)」と記載してある。プロジェクトを応援するという意味の「応援消費」が大きくなっていくのではないか。
6.「National BrandからGlobal Local Brandへ」
昨今のクラフトビール・ブームを読み解くと、そこにクラフトやローカルの世界観が世界中に広がっていることがわかるだろう。なので、ローカルの魅力を持ちつつも世界へ展開するブランドが今後増えていくのではないか。
最後に登壇したのは、イノベーターのためのシンクタンクSEEDATA CEOの宮井。以前Biz/Zineでも宮井へのインタビュー記事を掲載したが、SEEDATAは5年後に大きくなるであろう消費者像を独自に「トライブ」と呼ばれる消費者グループとして定義し、そのトライブを企業の新規事業担当者、研究者、イノベーターに提供することで、イノベーション発想を支援している。具体例を挙げるならば、MixChannelを中心とした女子中高生の動画・画像消費に注目した「ミックスチャネラー」や、マッチングアプリ「Tinder」を出会い目的以外で使う「ノンラブティンダラー」といったトライブが存在する。
SEEDATAでは主に3つの視点からトレンドを読み解いている。ひとつ目は教育、介護、農業といった産業領域。この3つの領域は変化が激しいため、面白い気づきが多いのだという。ふたつ目は高齢者、若者、LGBTといったセグメント。三つ目はアンチエイジング、フリーエージェント、オンラインストリーミングといった多岐にわたるライフスタイルにまつわるものだ。この3つの視点から、トライブリサーチの過程で出てきた10個のトレンドを紹介していく。
1.早育ママ
就学前の子どもへ教育熱心なママを「早育ママ」と定義。大きなトレンドとして登場したのが、「科学的定量データによる子育てサポートのデザイン」。日本の教育において横行していたのが、自身の経験をベースにしたような科学的根拠のない指導だ。そのため、データやエビデンスに基づいた教育にはビジネスチャンスがあるのではないかという視点だ。とりわけ就学前の子どもに対しては、民間企業がサービスを提供できるチャンスが大きい。
2.ネオ農家
ITによって進化した農業機械を駆使したり、独自の販路を開拓している農家を「ネオ農家」と定義。大きなトレンドとして登場したのが、「野菜のサプリメント化」だ。今は野菜を切らずとも、野菜に含まれる栄養価を測定することができるようになってきた。これまでの農業は野菜の「形」や「重さ」でその価値が決まっていたが、これからは野菜に含まれる栄養価が野菜選定の基準になり、「野菜がサプリメント化」すると考えた。
3.ノンラブティンダラー
マッチングアプリ「Tinder」を出会い目的以外で使う生活者を「ノンラブティンダラー」として定義。大きなトレンドとして登場したのが、「情報の捉え方が『左脳』から『右脳』へ推移する」ことだ。Tinderの特徴として、年齢や職業ではなく「画像でのマッチング」が挙げられる。そこで、画像によって相手を判断することをワークショップの先生探しであったり、同性の相談相手探しなどに用いている事例が見つかった。そこからは、若者のものの選び方が論理を重視する「左脳」から、直感やイメージで判断する「右脳」型へ移行しているのではないかというトレンドが見えてくる。
4.プロクラウドワーカー
クラウドソーシングサービスを活用し、生活を送る消費者群を「プロクラウドワーカー」と定義。大きなトレンドとして登場したのが、「プロクラウドワーカーにおけるチームでの活動欲求増加」だ。今までは文章執筆であったり、簡単なリサーチ業務であったりと、個別のタスクが多かったクラウドソーシングだが、クラウドソーシングを提供するサービス上でマネージャーとしてチームを束ねるクラウドワーカーが登場しつつある。一人ひとりがフリーエージェント化する中で、擬似チームをつくるフリーエージェントの登場は象徴的な動きだ。
5.ドクターシューマー
栄養学、DNAなどの高度技術を駆使したヘルスケアプロダクトを、医者や博士顔負けの知識を持って使いこなす生活者を「ドクターシューマー」と定義。大きなトレンドとして登場したのが、「多食化」だ。ある栄養食品を摂取しているユーザーに話をきくと、彼は「ずっと腹八分目でいたい」というニーズを持ちながら、1日3食に縛られずに常に何かを食べているようなライフスタイルを送っているという。1日3食の崩壊を前提に考えると、あらゆる口の中に入れるものへのアプローチが変化してくるだろう。
これからの時代の「働き方」に始まり、ミクロ・マクロの両方の視点から世の中のトレンドについて深い議論が行われた。テクノロジーは発展し、世の中は複雑になっていく。そんな時代において「5年後の未来」を読み解くヒントになる”未来の種”を集めることができたのではないだろうか。