岡本
「福島アンバサダーズプログラム」のほかにも、先生は、福島県が推奨する「ホープツーリズム」にも携わられていますよね。たくさんの外国人に福島のありのままの姿を見てもらいながら、震災のことや原発事故のことなど、福島を正しく伝えるための通訳ガイド育成なども兼ねた旅を企画されています。
まさに福島でしかできない先進的な国際教育、グローバル教育を実践なさっているわけですが、一方で受け入れる地元の方々はどんな反応を示されていますか?
マクマイケル
皆さん本当に喜んで受け入れてくれています。「またマクマイケルか」と思われているかもしれませんが(笑)。賛同者、協力者がいるからこそ実現できていることですし、私がたくさん外国人を連れていくと、「よし、じゃあこの人たちにしっかり学んでもらおう」と、地域が一丸となって臨んでくれる感じなんです。
これはインバウンドだからこそかもしれませんが、ヒーロー映画みたいに一つの大きな敵に向かっていく感覚というか。ローカルの、異なる地域もすべてまとめてしまえるような、そういう不思議な効果がインバウンドにはある気がします。それもあって、ツアーを組むときは必ず一つの町で完結させるのではなく、複数の町にまたがったものにすることが大事だと思っています。
岡本
確かにそうかもしれませんね。
僕らが今取り組んでいる「ソーシャルトラベラーズキャンプ」では、海外のメディアやインフルエンサーなど、発信力のあるさまざまな人を招待して、ファムツアーをやっています。従来だとツアー後にSNSなどで発信してもらい、何ページビューありました、などの効果を見て終わりだったんですが、ソーシャルトラベラーズキャンプでは、ツアー後半に地元の人や行政の人、ガイドなど皆に参加してもらって、ワークショップをやるんです。テーマは地域によってさまざまですが、海外の人たちが「ノルウェーではこう」「ニュージーランドと比較してみると…」などと話すのに対して、行政の人が「だったら自分たちにはこういうやり方があるかもしれない」「これだってできるよね」などとさまざまな意見を出していく。そういう交流が、本当に、地域に新しい活力を与えるような気がしています。
マクマイケル
素晴らしいですよね。「地域活性に必要なのは“よそ者、若者、ばか者”だ」と言われますが、そういうことですよね。インバウンドであるということがいい意味で大義名分になって、日本人だって自由な発想で意見を出し、取り組んでいく契機になりますから。餅は餅屋というように、海外に寄るんだったら、やはり海外の人の意見は入っているべきです。
岡本
発信する側の目線よりも、受け取る側の目線が必要ということですよね。
マクマイケル
そうです。僕のように日本大好き人間として見ても、福島って、海外の人が日本に求める魅力が全部詰まっている土地なんですよ。たとえば信夫山にある岩谷観音なんて、500年も前に岩に彫り込まれたたくさんの観音様が、そのまま放置されてるんです。外国人から見れば、「なんてクレイジーなんだ」「なぜ注目されていないんだ」となる。中野不動尊もそうです。それを海外の人が来て、見て、改めて「素晴らしい」と言ってくれることで、自分たちの自信にもつながっていく。
岡本
逆に地域の人たちにとって、あまり触れられたくない部分もあったりするんでしょうか。
マクマイケル
そうですね。プログラム初期の頃は、学生が震災で亡くなったご家族のことをずけずけと聞いてしまうような、配慮が行き届かないこともありました。そこは私が通訳という緩衝材となって、「お辛いと思いますが、話せる範囲で結構ですので」などと言っていました。やはり大前提として、“物見遊山で来ているのではない”という理解が大事です。現地入り前に、そこがどういう区域で、住民がどんな思いで案内をしてくれるのかをレクチャーし、SNSにあげる場合はどう配慮すべきかなど、意識づけをしっかり行うようにしていますね。ただ単に衝撃的な写真を撮りたいだけの人たちだと思われたら最後、信頼関係が一気に崩れてしまいますから。必要な配慮です。
中には、「もう震災のことはいいじゃないか」「今の福島を見てくれ」と思っている人もいます。でも私がやりたいのは、光と影じゃないですけど、そういう姿も含めて福島を学んでもらうことなんですね。
岡本
必ずしも大賛成ではない地元の人に対しては、距離を置くのではなくて、会いに行かれたりするんですか?
マクマイケル
もちろんそうです。通い詰めます。それで意見を変えて、協力してくれるようになった方もいます。そして、そういう意見もあるということも、ツアーでは包み隠さずに必ず触れるようにしています。そこの透明性というか、偏った見方でやっているわけではないということも、しっかり伝えたいんですね。そして、受け入れてくれる地域の方々の輪も少しずつ広がってきています。当初はやはり、「何もこんな時期に呼ぶなんて」と大学内でも反対意見は多かった。ですから年を追うごとに、運営は楽になってきていますね。
岡本
時間をかけて、信頼を積み重ねてこられたんですね。すごいことです。
岡本
地元の人との関係性についてですが、長崎・五島列島の福江島には廃校をリノベーションしたホテルの校庭でグランピングができるんですが、僕らはその横の古民家を借りて、この2月にツアーデスク兼パン屋を開いたんです。
パン屋にした理由は、欧米の人だったらやっぱり朝パンを食べたいだろうと思ったから。五島列島には潜伏キリシタンの教会がたくさんあるので、これからそこをベースに、島の観光案内や地元ガイドの手配、自転車やエコカーの貸し出しなどを始めようとしています。
マクマイケル
それ素晴らしいですよ。
岡本
オープンまでの間、チームのメンバーは、大家さんはじめ地域の人たちとずっと交渉していたんですが、やっぱり「本当に外国人は来るのか?」とか、「この集落には外国人は呼びたくない」などの意見も出てきた。そのうちこの取り組み自体へのいろいろな意見も広まったりして、地域の皆さんとの関係づくりが本当に大事だなと学ばせてもらいました。
僕らはツアーデスク担当・カフェ担当・パン屋さんの職人というメンバーでスタートしているのですが、地域の人たちとお祭りの手伝いをさせてもらったりしながら、本当に少しずつ受け入れていただいてきていると思っています。そもそも外の人が地域の人間関係に入っていくのは難しいし、さらに海外のお客さんを連れてくるなんていう話になると、どうしても身構えてしまうということはありますよね。
マクマイケル
人は習慣の動物だから、一度抱いた印象はなかなか変えられない。知らず知らずのうちにできてしまった固定概念を変えるには、実はすごくトレーニングが必要で、違う視点で考えるきっかけをどんどんつくっていくことしか道はないと言われています。ですからやはり僕も、外からこの地に来て、触れ合ってもらうことが必要だと思うし、さらに本当に地域密着でその土地のことを学び、ファンになってもらいたい。そこを理解してくれた人たちに、結果的に協力していただけています。
でも先ほどの五島列島のお話、すごくいいですね。潜伏キリシタンの記憶の伝承にも興味があります。日本版ダークツーリストと言えるかもしれませんね。余談ですが、日本語だとダークって少々響きが悪いんですが、海外ではそんなことなくて、光と影の両方を理解し、その上で成り立っている今を知る……、そのためのツアーという意味で使うんです。
岡本
そうなんですね。
五島列島の紹介マガジンをスペインのクリエイターと一緒につくったのですが、カトリック国だからか非常に興味があるようでした。教会の一部に漢字が入っていたり、瓦が使われているといったことに感銘を受けていた。彼らと話すうち、旅でフォーカスすべきは歴史的なことだけじゃなくて、美しい海でのバケーションとキリスト教のピルグリムみたいな異質なものの組み合わせなのではないか、それこそが五島列島の魅力なのではないかと気づいたんです。
マクマイケル
素晴らしいですね、本当に行きたいです(笑)。
福島も震災のことばかり、“狭い意味でのホープ”の文脈でばかり語られるのではなくて、将来的にはもっともっと枠を広げていきたい。訪れた人に、日本の原風景とか、食べ物の美味しさ、素晴らしい日本酒、人の優しさ、温かさ……そういったことも感じてもらいながら、学んでもらいたいですね。
岡本
これから10年後くらいだったら、震災とかホープの要素と、もともとの福島の魅力がうまく合わさり、デスティネーションとして整理できていくかもしれませんね。
マクマイケル
それはまさに私の夢ですね。
私は子どもの頃から新渡戸稲造に憧れていて、太平洋の懸け橋になりたくて日本に来たんです。でも今は、福島アンバサダーズプログラムなどを通して、若い彼らが日本と世界の懸け橋になってくれたらと思っています。復興に向けて、まだまだこれから長い道のりですが、30年、40年という時間の中で、私たちの取り組みが継承されて、「震災をきっかけにこんな考えが生まれたよ」ということを伝えていけたらいいですね。それがまた福島の新しい魅力につながれば。
岡本
今回お話をうかがっていて、「何も隠さない」ことがこれからの旅の鍵になるのかなと思いました。「福島アンバサダーズプログラム」の最初の参加者も、自分の目で事実を確かめたくて来てくれたんですよね。受け入れる側が隠していたら何も起こらない。そこが何か、これから旅をする大きな動機になるような気がします。
実際に見たからといって何もかも分かるようになるわけではなく、その人なりに切り取り直すだけだとは思いますが、それは紛れもないリアルな感覚ではある。旅先の人たちも、自分たちを隠さずに、彼らに向き合って交流することで、そこで得たものが一緒に大きくなっていく……。広告ってきれいに見せるのが仕事なので、どうしてもラッピングしちゃえばいいじゃん、と思ってしまいますが。
たとえば石川県の金沢には昔の茶屋を活かした美しい街並みがありますが、すぐ近く、富山県の高岡にも職人さんの町があるんです。整備したらすごくフォトジェニックになりそうなところですが、実際は観光地というよりも、ちょっと雑然としていて住んでいる方たちの生活がにじみ出ている。でも旅人にとっては、そちらの方がリアルでいいということもあります。
マクマイケル
確かに、表面をブラッシュアップして、きれいに見せればいいという旅が一時期はありました。でもやっぱり、地元の人の本当の気持ちを聞けるような旅が、一番心を打つんじゃないかと思いますね。
岡本
「隠さない」というのは、言葉で言うのは簡単ですが、自分たちの生活や生き方そのものを見せることなので、とても勇気がいることですよね。どのデスティネーションもできることではないと思う。でもそういうのに触れられたときに、旅の満足度はすごく上がるし、本当の交流が生まれるのかなと思いますね。
マクマイケル
これからの旅人は、おそらくそれを求めていくでしょうね。もちろん三ツ星ホテルに泊まって豪華な食事がしたいという観光客もいるでしょうけど。本当のことを感じたいという方にどんどんフォーカスしていくことで、結果的に福島をもっと理解したいという人が増えて、そこから福島にもいろいろなことがもたらされるような……そんな好循環が生まれるように、これからも頑張っていきたいです。
岡本
僕も応援しています。今日はたくさんお話いただき、ありがとうございました。
wondertrunk & co.という「旅とインバウンドの会社」をはじめて3年がたちました。海外のメディアや旅行会社たちに日本の地域の魅力を伝えると、「その地域の魅力はわかったけど、、ところで、日本ってそのあと福島ってどうなったの?」と聞かれることが多々あります。やはり日本でインバウンドに携わるからには福島のことは自分たちできちんと向き合わねばと、福島のインバウンドをお手伝いしている中で、マクマイケル先生にお会いする機会を得ました。
マクマイケル先生の活動をお聞きすると、有名地をまわる観光としての旅だけでなく、なにかを学んだり、その土地の人に会ったり、一緒に未来を考えたり、そういう旅がどんどん増えていくんだろうと強く感じます。それは、美しい写真と言葉で演出された旅ではないかもしれないですが、みんなの価値観や生き方に影響を与えていく旅です。
異なるバックボーンや文化をもつ人たちが交流することで生まれる「カツカレー」の話がありましたが、マクマイケル先生は、2030年、自分の大事な人にはこういう「新しいカツカレーを作る旅」をプレゼントしたいとおっしゃっていました。僕たちも旅の仕事を通して、そういう「カツカレー」のような交流を創り出していきたいとあらためて思いますし、こういう「未来の旅を考えるヒント」をいろいろな方と話していただければと思います。
カナダ出身、2007年8月に来日後、福島県国際交流協会にて国際交流員として2010年8月まで勤める。2010年9月からは福島大学に特任専門員(国際交流担当)として雇用され、海外校との協定や、海外向け短期プログラムの計画など、福島大学における国際化推進業務に携わっている。東日本大震災では、震災直後から被災地での支援活動に関わり、留学生の防災支援など、国内外で東日本大震災に関する積極的な情報発信活動を続けている。
2005年博報堂入社。統合キャンペーンの企画・制作に従事。世界17カ国の市場で、観光庁・日本政府観光局(JNTO)のビジットジャパンキャンペーンを担当。沖縄観光映像「一人行」でTudou Film Festivalグランプリ受賞、ビジットジャパンキャンペーン韓国で大韓民国広告大賞受賞など。国際観光学会会員。