
鷹野
「人流市場」(じんりゅうしじょう)とは、現在はそれぞれ別のものとして戦略立案・実施されている「観光」と「移住」を結合し、人の移動の一連の流れとして捉えようという考え方です。観光に関わる人も、移住に関わる人も、同じ一つの市場に目を向けて、新規の観光客をリピーター化し、交流施策などでリピーターの移住意向を高め、最終的に移住や定住へとつなげていくというように連続的に考えてみようというものです。来訪人口を関係人口化し、最終的に定住人口化させていく構想と言うこともできます。

深谷
大きな背景として、現在、地方自治体は「人口減少の抑制」「成長力の確保」という課題をクリアするためにさまざまな取り組みを行っています。移住促進もその一つです。そのために一番重要なのは人を動かすこと。地域創生を支援する僕らとして、人が地域の資産などに興味関心を持つところから、自発的にその地域に移動し暮らすようになるまでの“流れ”をきちんとつくり出し、そのプロセスにしっかりと寄り添っていくような仕事をしていきたいというのが、この「人流市場」のベースにある僕らの考え方です。
鷹野
「人流市場」の枠組みを考える大きなきっかけとなったのが、LoCoBraチームが業務として携わった兵庫県の4市(神戸市、芦屋市、淡路市、洲本市)連合の移住促進プロジェクトです。そこで移住を検討している人を対象にインタビューを行ったのですが、移住を検討するプロセスにおいて、実は「立ち飲み居酒屋」が非常に重要なタッチポイントになっていることがわかりました。観光で訪れた町の居酒屋には、地元のディープな情報が蓄えられていて、地元の人との関係性をつくるきっかけになる以外にも、住む場所や働き口を探すのにとても重要な役割を果たしていた。そこから、観光と移住には大きなつながりがあることを発見したんです。
兎洞
そもそも移住には、大きく分けて「インフラ」「仕事」「人間関係」という3つのハードルがある。そのうちの「人間関係」は、わずらわしさから移住者の心的負担になる場合ももちろんありますが、それが心の支えになったり情報の貴重な入手先になったりと、大きなメリットにもなり得るんです。観光で接触したタッチポイントで、地元の人との良好な関係が築ければ、移住の話がぐっと前に進みやすいということもわかりました。

鷹野
そうですね。それから、ご当地ならではの深い観光体験をすることも、移住の意向をぐっと後押しすることもわかりました。
原谷
たとえばそのプロジェクトで言うと、現地住民の方々によって次のようなツアー企画が実施されました。淡路島では、地元の漁師町に住む主婦が講師となり、漁師が釣った魚をその場でさばくレッスン風のアクティビティや、芦屋の私邸でのフレンチ薬膳お茶会、神戸の里山の農家に滞在しデジタルデトックス体験などです。皆さん基本的には観光目的で参加されるわけですが、こういう深い観光体験をした結果、ホスト役の地域の方との深い関係性ができて、実際に移住検討まで進んだ方もいたと聞いています。
鷹野
最初から移住先を探している人であれば、直接行政の窓口に行きますよね。でもそうではなくて、最初から移住しようとは思っていなかった人は、観光体験を通して築いた人間関係が大きな動機になる。大事なのは地域とのご縁づくりなんです。観光においても、リピーターとして何度も来てもらうには絆をつくることが大事だし、移住においても、縁もゆかりもないところにいきなり住み始めるには抵抗がある。だったら、観光から移住へと、地域とのご縁を段階的に深めていけばいいんじゃないかと考えたのが、「人流市場」という枠組み、概念を考案した背景です。
兎洞
3~4年前の時点で、国や自治体の移住促進の取り組みはかなり広がってきていましたが、どんな人が移住をしたいと思っているのか?という肝心な部分は掘り下げられていませんでした。そこで、僕らが自主的に調査を行い、どんな価値観を持つ人が移住を意向しているのかを調査したのが、2016年にLoCoBraから発表した移住意向者価値観の7つのタイプ分類です。(*図解)

この分析をしてみて、人は本当に多様な価値観に基づいて移住を志向しているということがわかり、大きな発見でした。そして今回、同じような形で国内の観光意向者の調査・分析を行い、観光意向者の価値観を6タイプに分類しました(2019年発表)。

鷹野
観光も、移住と同様に、そこには多様な価値観があることが明らかになりました。さらに、それを移住意向者の価値観と照らし合わせて分析してみたところ、二者の間に想像していなかった関連性が見えてきたんです。
たとえば、子育て中のママの例です。彼女たちが移住を検討する理由としては、自然に触れ合えるような豊かな環境のなかで子育てをしたいと考える「教育移住志向」が高い。では観光するときの価値観も「学習志向」かと思いきや、実は観光においては「癒し・リフレッシュ」を求めている、という意外な価値観の二面性が現われてきたんです。
このように移住と観光をつないで考えることで、観光施策を立案する立場でも、移住施策を考える立場にとっても、プランニングの幅が大きく広がる可能性があります。

深谷
こうしたマーケティング的思考を自治体が取り入れると、大きな変化が起こると思います。自治体は、自分の地域に存在している注目してほしい場所やコトを中心に考えてしまいがちで、来訪人口、関係人口が、移住にどうつながっていくかをつなげて考えるメソッドがこれまではなかったわけです。そこに人流市場のような考え方を取り入れて、観光に関わるプレイヤーと、移住に関わるプレイヤーが垣根を超えてつながっていけば、それぞれのスポットや観光体験を新たにマッチングさせることができるようになりますし、大きなブレークスルーになるのではないかと思います。
兎洞
特に移住というのは、簡単なことではありません。悩みもあったり、きっかけが必要だったりと、検討開始から実際に移住するまでのスパンが非常に長いんですね。でもこの長い段階も、観光を入り口にしてみると、検討の時間が短くなったり体験を深めるきっかけにすることができる。移住を促進したい自治体などにとっても、観光という視点から考えることで、効果や効率を上げられるはずなんです。一方で、観光に関わるプレイヤーにとっても、移住という視点から考えることで、たとえば地元の人との関係性を生むような観光体験を通してリピーターを増やすきっかけにできたり、移住に憧れる人が楽しめるような観光をプランニングできたりもする。双方にとってメリットは大きいと考えます。いままで交わらなかった両プレイヤーをつなげるという意味でも、この考え方が広まればいいと思っていて、僕らもぜひ手伝っていけたらと考えています。
鷹野
両者の相関関係は、具体的なプランニングに活かすことができます。たとえば先ほどの教育移住志向のある人に移住してほしいと考えたとき、将来教育移住志向を持ちそうなポテンシャルのあるママたちを、最初の入り口として癒し・リフレッシュ志向の観光体験を活かして獲得するということが考えられます。いままでだと子供と一緒に体験できる教育的コンテンツがよいのでは、と考えたであろうところを、実は癒し・リフレッシュ志向の方が関連性が強い人たちなので、ママさん単体で、育児を忘れて温泉やショッピングを楽しんでもらえるような観光コンテンツを提案したほうが効果的だろうと。あるいは逆に、特定の観光価値観を持つ人をリピーター化したいときに、移住価値観に着目してユニークな観光体験をつくるといったことも可能になります。
深谷
こういう考え方をすることで、観光のプランニングの幅もぐんと広がります。かつてのようにいわゆる観光地巡りをするのではなく、その地域の日常をそのまま体験するようなことも、魅力的な非日常体験となりうる。実際、すでにインバウンドの人がそういう旅を面白がっている様子もありますし、観光のメニューはものすごく多様化していくでしょうね。そしてそのメニューが増えれば増えるほど、移住意向者との親和性もつくりやすくなるでしょう。
鷹野
そうですね。そして両者の関連性を見るだけではなく、それぞれのターゲット特性に合わせて、観光から移住へつなげていくのがいいのか、はたまた観光要素は一切入れずに純粋な移住訴求をした方がよいのか、そのあたりの戦術も大きく変わってくると思います。
原谷
観光意向者も移住意向者も、共通して調査結果からわかるのは彼らの「理想の暮らし方」「理想の過ごし方」と言えますよね。移住意向タイプの意識や価値観は、日常的なライフスタイルに関する理想を描き、一方で観光意向タイプの意識や価値観は非日常的な時間の過ごし方に関する理想を描いています。この一見すると異なる理想の日常/非日常が、意識や価値観で関連している。観光意向と移住意向がオモテウラであるという側面も捉えられると思います。そうして、今まで表からしか見ていなかったものは、裏から見ると実はこんなターゲットも見えてきた…などの発見もあるんじゃないかと思っています。

鷹野
移住は人生にとって大きな決断です。でも実は、その決断のもとを辿っていくと、これまで何気なく行ってきた旅や観光での体験が大きかったりする。その関連性を知ることは、皆が旅行や観光のあり方について考え直すきっかけになるかもしれません。誰だって「この旅が、将来自分の人生を変えるかもしれない」と思えば、それだけで旅行の可能性はぐっと広がりますよね。その気づきを得るときこそ、企業にとってもさらには生活者自身にとっても、大きな転換点になるのではないかと思います。
鷹野
人流市場の考え方を広めていきたい、また、実際に活用して頂きたいという思いから、具体的にマーケティングに活用してもらいやすいような仕組みやサービスの開発を進めています。観光意向者の価値観と移住意向者の価値観の詳細な相関関係や、特定エリアに落とし込んだ移住ポテンシャルなどを把握する調査や、観光客が実際にどんなスポットを訪れているのかといった具体的な行動分析などに取り掛かっています。
深谷
長期的には、人の流れはもっと多様に捉えることができるようになっていくと思います。僕自身は、世の中の物事は基本的にすべてフローになっていくとすら考えているんです。言い換えれば、スポット自体に新たな価値をためていくというよりも、そこに関わる人がどれだけフローの中でブランディングしていき、価値を可視化させていくかが重要だと考えている。たとえば廃校になった小学校の校舎は、10年前だったら負の遺産として扱いに困っていたかもしれませんが、そこをリノベーションして別の用途に活用するということがあちこちで行われています。見方を変え、使い方を変えることで、そのスポットはいくらでも活きるということなんです。幸いいまは人が割と身軽になってきて、仕事にしても住む土地にしても、昔ほど場所に縛られることがなくなってきました。生き方も働き方も多様化しつつある時代の中で、僕らは地域と都市を回遊する人の流れをうまくつくっていき、それをサポートしていけたら、いままでとは少し違うことができるのではないかと考えています。

兎洞
僕らはつい移住とか観光という言葉にとらわれてしまいがちですが、実は、子どもの教育に役立つ体験をしたいという思いと、育児から離れて一人リフレッシュする時間を持ちたいという思いは、ある一人の人の一連の体験ストーリーでもあります。そこを可視化していくことも、これから「人流市場」のマーケティングとして挑戦していきたいところですね。
原谷
移住と観光に携わる担当者が縦割りで別々になっている今、移住と観光の相関関係を見ることで、両者をつなぎ、人の流れを一つの大きな市場として捉える試みが「人流市場」です。関心を持っていただけた自治体や企業の方々と力を合わせて、地域創生に取り組んでいきたいですね。
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