今年9回目を迎えた、アジア最大級のマーケティングカンファレンス「アドテック東京(ad:tech tokyo)」。10月17日(火)、18日(水)の2日間に会場を訪れた人は1万4095人にのぼりました。本稿では、博報堂グループ関係者が登壇したセッションの模様を紹介します。
西井敏恭:オイシックスドット大地株式会社
執行役員CMT(チーフマーケティングテクノロジスト)
鈴木愛子:花王株式会社 デジタルマーケテイングセンター長
田口歩:株式会社サンリオ メディア部 ジェネラルマネージャー
木村健太郎:博報堂ケトル 代表取締役共同CEO エグゼクティブクリエイティブディレクター
博報堂 アジアパシフィック共同チーフクリエイティブオフィサー
「顧客中心主義とは何でしょう」と、3人のスピ-カーに問いかけたモデレーターの西井氏に対して、博報堂ケトルの木村CEOは「博報堂は30年前から生活者発想を大切にし、消費者を経済的な存在ではなく、生活する存在としてとらえてきました」と発言。顧客中心主義の背景について、「かつては消費者をマスアドによってコントロールしてきたわけですが、今やこの方法は通用しなくなってきています。この10年でコミュニケーション環境が大きく変わり、情報の選択や購買の主導権が企業から消費者に移ってきたからです」と解き明かしました。そして、「消費者の購買行動をコントロールするのではなく、インスパイアし、自発的にアクションしてもらうための仕掛けづくりをするべきです」と、発想の転換の必要を訴えました。さらに木村は「このように、ユーザーと同じ目線に立つことは日本では当たり前のような感覚でしたが、コントロール発想の強かった欧米では斬新な発想と受け取られることもあり、日本的だ、東洋的だといわれることがあります」と、海外での受け取り方の違いについても紹介しました。
サンリオの田口氏は「顧客中心主義と顧客第一主義は、似ているようでかなり違います」とし、後者は「企業が主体」がまだまだ抜けきっていないと説明しました。「お客様が自由に情報をとれるようになって、企業との情報格差がなくなり、企業がイニシアチブをとれなくなっています。そうした中では企業は、お客様に受け入れられるために努力することが大切です」と田口氏は言い、「それを顧客中心主義と呼ぶと思います」としました。続けて田口氏は「お客様は自由にいろいろな形でブランドと接触するが、企業側はそれをコントロールできないので集客は難しい」とし、主役であるお客様にひたすら寄り添う「追客」が求められるのではないかと主張しました。
花王の鈴木氏は「お客様をもっともよく知る企業になるとビジョンに掲げています」とする一方で、「それでもお客様のことはなかなかわかりませんね。そもそも100%わかるということはあり得ません」と発言。「だから、わかるために努力をすることが必要ではないでしょうか」と訴えました。
「では、ブランド体験の設計はどうすればいいのでしょうか」という西井氏の次の質問に対して、田口氏は「企業が語るストーリーはきっかけにすぎず、そこから先の体験はお客様自身ががつくっていくのだと思います」と回答。「お客様は、こちらが思い描いたカスタマージャーニー通りに歩いてはくれません。ですから、いろいろな接点に種まきをし、接触したところから望ましいストーリーが生まれるようにすべきではないでしょうか」と説明しました。
木村CEOも、これからはブランド体験は顧客によって違うものであってもいいのではないかと主張。「インテグレートキャンペーンで、すべてのタッチポイントに、金太郎アメのように同じビジュアルやコピーを用意したのが1.0。カスタマージャーニーのように、メディアのたどり方を設計したのが2.0。でも、設計図通りに人は動きません。そこで私が3.0と呼んでいるのが、リアル体験や口コミ、広告など複数のブランド体験から、それぞれの人がそれぞれのストーリーをつくるというものです。全員が違う絵本をつくるというイメージですね」と説明しました。
鈴木氏は「花王は消費材の会社なので、これまでは機能がもたらすベネフィットを伝えてきましたが、共感でお客様と手を握って、そこからブランドに結びつけることがあってもいいと考えるようになりました」と発言。「機能を求めているお客様がいてもいいし、それとは違う入り口から入ってくるお客様がいてもいいという感じでしょうか」と説明していました。
「ブランドを体験するいろいろな入り口があると、困ることはありませんか」という西井氏に、鈴木氏は「人にもいろいろな表情があるのと同じです」と答え、ブランドのある表情にひかれたところから、コミュニケーションが始まるとしました。田口氏も「ブランドはひとつでも、ユーザーの感じ方にはいろいろなニュアンスがあるということではないでしょうか」と同意しました。木村CEOは「従来の広告は球面のブランディングで、ひとつの世界観、ひとつのメッセージ、ひとつのタグラインを繰り返し語ります。それに対して多面体のブランディングは、たぶんにPR発想で、SNSやバイラルメディア、雑誌などいろいろな切り口で語ります。切り口によって顔が違ってもかまいません。でも到達するところは一緒なんです」と説明しました。
最後に、参加者からの質問を受け付けた上で、セッションを締めくくりました。なおこのセッションは、後日発表された人気ランキングで全セッション中3位になりました。
登壇した木村CEOは、「近年、世界中で、顧客中心主義やピープルセンタードといったビジョンやモデルを打ち出す企業が増えていますが、今回登壇した4人は、これをトレンドやツールでなく、もっと大きなマーケティングのパラダイムシフトと捉えていたから、すぐに本質的な議論になったのだと思います。ブランドを一元的に捉える従来のブランド論を超えて、生活者の体験に合わせてもっと多様にフレキシブルにブランドを捉えるという生活者中心の新しい考え方は、日本人のメンタリティーに近いので、日本がリーダーシップを取れるかもしれないと思っています」と語っています。
<プロフィール>
1969年神奈川県生まれ。1992年に博報堂入社後、ストラテジーからクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年、従来の広告手法やプロセスにとらわれない「手口ニュートラル」をコンセプトに博報堂ケトルを設立。マス広告を基軸としたインテグレートキャンペーンから、デジタルやアウトドアを基軸としたイノベーティブなキャンペーンまで幅広い得意技を持つ。これまで8つのグランプリを含む100を超える国内外の広告賞を受賞し、カンヌライオンズチタニウム&インテグレート部門審査員、アドフェストプロモ&ダイレクト部門審査員長、スパイクスアジアデジタル&モバイル部門審査委員長など20回以上の国際広告賞の審査員経験を持つ。海外での講演も多く、2013年から3年連続でカンヌライオンズ公式スピーカー。著書に『ブレイクスルー ひらめきはロジックから生まれる』(宣伝会議)がある。2017年4月より、博報堂 アジアパシフィック共同チーフクリエイティブオフィサーに就任。