世界最大のクリエイティビティの祭典、カンヌライオンズが今年も6/17-21フランス・カンヌにて開催されました。自身としては3年ぶりの参加ですが、特にこの3年間はテクノロジー進化が一気に進み、世界のマーケティング環境も劇的に変わった期間だったのではないでしょうか。EC市場の急激な拡大、AI技術の発展進化、静的・動的データの爆発的増加、新たな決済手段の台頭、購買経路の多様化など、テクノロジー進化の後押しによって生活者の買物環境も大きく変わりつつあります。世界中のマーケターがこの変化に対応することに腐心する中で、生活者を動かすクリエイティビティに対する注目は、かつてないほど高まっていると言えます。
今年のカンヌのテーマは”See the Future of Creativity”。本稿では「テクノロジー×クリエイティビティがつくる買物の未来」という切り口から今年のカンヌの動向を紹介していきたいと思います。
今年、最もカンヌの話題をさらったブランドのひとつがBurger King。もはやカンヌの常連とも言えるブランドですが、今年はアワードで「The Whopper Detour」の取り組みがTitanium・Direct・Mobileでのグランプリをはじめとする数多の賞を受賞しました。
ユーザーが競合ハンバーガーチェーンの店舗周辺に行くと、アプリを通じてWhopperが1円になるクーポンを手に入れることができる。背後にはアメリカ中の競合の店舗(14,000店舗!)にジオフェンスがあり、そのエリア内でのみモバイルのクーポンが手に入るというテクノロジーが使われています。テクノロジー自体に真新しさはないものの、ハンバーガーを食べたい!と思う瞬間を直接捉える位置情報データの使い方、そして競合を真正面からイジりに行く一貫したBurger Kingのやんちゃなブランドキャラクターがあるからこそ、人が思わずそこに悪乗りしてしまうようなアイディア。結果、9日間でアプリ150万ダウンロード・モバイルを通じたセールスの倍増・過去4年で最大の来店者数としっかりビジネス上の成果もあげています。
他にも、サンパウロで行われた競合の広告クリエイティブをアプリのカメラで写すと認識されて、燃えるARの演出→ユーザーはクーポン獲得ができる「Burn that Ad」。これはBurger Kingのパティが直火で焼かれている事実を訴求するメッセージにもなっています。
渋滞が日常化しているメキシコシティで、アプリの位置情報データから渋滞場所を判別・屋外サイネージとも連動してWhopperのデリバリーサービスを提供する「The Traffic Jam Whopper」も話題を集めました。
まさにテクノロジーとブランドで、今までになかったWhopperのモーメントを作り出したケースだと思います。
Burger Kingのセミナーで強調されていたのは、「(古典的な)広告ではないクリエイティビティへの注力」。具体的にはDesign・Technology・Productの3つを挙げていました。これらは、ブラジルやメキシコシティなど規模が小さく予算が少ない市場においては特に重要な役割を果たすとしています。グローバルのマーケティングトップが弁護士資格を持っている話も有名ですが、「広告」がモノを言うとされるファストフードという業態の中で、広告に留まらないブランドならではの「アクション」をブレずに、ギリギリのラインを攻めながらやり切るところにBurger Kingのクリエイティビティの高さとブランドの強さの源泉があるように思います。
メーカーが「サービス」を新たな競争力の源泉にする動きも、今年の大きなトピックと見ます。
L’Oréalは近年デジタルトランスフォーメーションを急速に進めているブランドのひとつ。ECの強化はもちろん、デジタルコンテンツの拡充やデータの利活用など、多くの取り組みに投資を行っています。
セミナーで出されたキーワードで注目したいのは、「Service are the New Products」。昨年買収した顔や肌の画像分析技術の特許を持ったModiface社の買収に触れ、自社でアプリを通じた肌診断やヘアスタイルシミュレーションサービスを通じた、顧客とのエンゲージメント強化や個人データを活用した取り組みについて紹介しました。
P&Gも、会場の一角にLife Labという未来のテクノロジーサービスのプロトタイプを展示するブースを設置していました。ここでは店舗向けに肌年齢測定や肌ケアのアドバイスを指南してくれるミラーや、AIを使った「肌ケアをしなかったあなたの20年後」の顔を生成するアプリサービスなどのプロトタイプが展示されていました。
メーカーが、単純に商品を販売するだけではなく顧客の課題を解決する「サービス」に注力する背景には、近年スタートアップを中心に細かなニーズに対応することで熱量の高いファンをつけ、オンライン上でブランディング・販売・CRMを完結させるD2C(Direct to Consumer)ブランドの台頭が指摘されます。顧客と直接接点を持ってブランド育成や顧客理解に欠かせないデータ取得ができる強みがある反面、これはニッチな市場をターゲットとするからこそとれる戦略とも言えます。
そうした中でL’OréalやP&Gなど、マスマーケットを対象とする巨大なブランドを抱えるメーカーが今「サービス」への投資に舵を切り始めている。テクノロジーを通じて、顧客の課題解決につながるサービスに昇華し直接顧客と繋がりをもつこと。さらにそこで獲得したデータを元に、よりパーソナライズされたアプローチを行っていくこと。メーカーが注力するテクノロジー×サービスの動きは、新たなブランド体験を通じた顧客との関係性を生み出していきそうです。
最後に紹介したいのが、新たな「買い方」の仕組みづくりです。
今回のカンヌでは特にセミナーで中国のTencentが複数のコマを提供するなどプレゼンスUPに注力していました。カンヌ一発目のセミナーでは、中国で圧倒的なシェアを誇るソーシャルプラットフォームWeChatのサービスを通じて実現する、新たなコマースのあり方がテーマでした。EC市場の伸長やキャッシュレス比率やニューリテールなど、買物のデジタル化で世界の一歩先を行く中国ですが、これからはオンラインとオフラインが統合化される「ソーシャルコマースの時代」の到来を提言します。
WeChatの機能のひとつである「ミニプログラム」は、個人や企業がWeChat上で自由に簡単に自社アプリをつくり提供することが可能です。例えばアプリ開発をするだけの予算がない小規模なお店でも、自社のオンライン店舗やポイントプログラムをもつことや、個人がサービスを提供する場として活用することができます。
そうしたプラットフォームをうまく活用していたケースが上海のKFCが行った「KFC: Pocket Store」。こちらは、Mobile・Creative eCommerce部門でゴールドを獲得しました。
まだまだ上海においては店舗が少ないKFCが、WeChat上でユーザーが自由にデザインをカスタマイズして「店舗」を出し、そこから店舗/配送のオーダーやプロモーションなどができるようにしたミニアプリ施策。オーダーごとに店舗を出したユーザーにマージンが入るようにしたことで、一気に友人同士のアプリ店舗間での購買が起きた、という施策です。初日で560,000ものアプリ店舗がオープン、100万ドルの売上を作った猛者が現れるなど、セールス上の成果の大きさにも驚きます。
ソーシャルプラットフォーマーが自社サービス/アプリを提供するだけでなく、外部の企業や個人が自由にサービス提供できる場として開放することで、ブランドのファンが店舗になり友人を通じて商品が売買される「ソーシャルコマース」が実際に生まれているのが分かります。実はやや空席が目立っていたWeChatのセミナーですが、こうした基盤を活用しKFCのケースの様に人を動かす仕掛けをうまく取り入れることで生活者の新たな「買い方」が生まれている点は、まさにクリエイティビティがつくる買物の進化の好例だと思います。中国ではこうしたプラットフォームのオープン化の動きが他領域でも進んでいますが、今後「ソーシャルコマース」が世界にどう波及していくかに注目です。
本稿を通じて、「テクノロジー×クリエイティビティがもたらす買物の進化」という切り口で見えた、3つのポイントを紹介しました。これらを通じて見えたのは、今までになかった買物行動が、「個」を主役にするブランドのアクションによって生み出されている点です。
・ データやテクノロジーの進化によって人それぞれのアプローチが可能となったことを単なる効率化や最適化に留めず、人が思わずやってみたくなったり、自分にとっての新たな発見をくれたり、友人同士でやってみたくなる行動を生む仕掛けにしているということ。
・ そしてそれが「広告」に留まらない、ブランドの存在意義に根ざして生活者に直接価値を提供するサービスやアクションになっていること。
その両輪をテクノロジーとクリエイティビティを掛け合わせ実現したものが、生活者の買物を進化させていくという未来をFuture of Creativityを占う今年のカンヌは見せてくれたように思いました。
2012年博報堂入社。以来TBWA\HAKUHODOにてブランド・コミュニケーション戦略の立案に従事した後、博報堂買物研究所を経て、現在は主に小売・CPGメーカー・通信会社等の企業が保有する顧客データや「生活者DMP」の活用によるマーケティングの高度化を支援。また、サイネージ・モバイル等の生活動線メディアを連携させ、都市の中で新たな情報体験の提供を可能にするメディアサービス・ビジネス開発を推進。