経験的には他人を説得するプレゼンテーションで「3つ理由を挙げる」、「商品を説明するポイントを3つに絞る」、といった行動はよく見受けられる。「石の上にも3年」など、「3」を使った諺も多い。こうした経験に基づき「3」を使うのが効果的という主張もあるが、その真偽、あるいは「3」が有効な理由も解明されていない状況だ。
一般的に理由(根拠)や選択肢は多ければ多いほどいいと考えられるが、逆に多すぎると認知的過負荷(オーバーロード)がかかるとも考えられる(※)。理由(根拠)や選択肢の数は1や2よりも、3の方が好ましいのは自明と思われるので、「3で十分なのか、4つ以上のほうがよりいいのか」を明らかにすることにスタディをフォーカスした。本研究の目的は実務上に有用な示唆を与えることなので、0〜9の全ての数との比較をしなくても「3で十分なのか、4つ以上のほうがよりいいのか」が分かれば、コミュニケーションの送り手(企業や制作者)にとっても実務に役立つと考え、「3」と「4以上」の間に潜む差分に注目した。
なぜ「3」がよく使われるのだろうか?スタディから見えてきたその理由は、「3」という数字そのものに最も説得力があるからではなく、「3」が受け手(生活者)にとっても、コミュニケーションの送り手(企業や制作者)にとっても「扱いやすい数」であるために、よく「3」が用いられるのではないか?ということだ。その扱いやすさとは何か。送り手側に関してはそれは自明だ。理由にしても選択肢にしても、3つ目までは比較的容易に思いつくが、4以上を考えるのは意外に負荷(頭脳的コスト)がかかる。時間も費用もかかる。だから「3つもあれば十分と思いたい」というのが送り手側のインサイトだろう。では、なぜ送り手は「3つもあれば十分」と考えられるのだろうか。そこには、やはり受け手側の納得感といった、ある判断根拠があるはずだ。では実際に、受け手側は「3」をどう捉えているのだろうか。
まず、「3がよく使われる」という定説自体を検証したところ、数字を含む諺・故事成句の中では、「1」の次に「3」が多く使われている。
宗教的モチーフや巡礼参拝を起源とする観光で「3」が使われているものは多い。特に観光案内でよく見られる「日本三景」「三大夜景」などの語彙に関しては「二景」や「四景」というバリエーションは見当たらない。こうした歴史的・文化的背景から、結果として「3は特別」という意識評価が生まれているのではないだろうか。
文芸作品の題名などでも「3」が使われている名作がある。現代の広告やカタログなどで「3」を使うことが多いのは、こうした「3の記憶」が長い時間の中で蓄積されているからではないか。
日本語には「3つの文字や単語」をひとかたまりにした語彙がある。その意味性を分析すると※、
(1)“位置関係や全体像”を表現するもの、
(2)“リズム感や順序”を表現するもの
に大別される。(「上中下」「前中後」のように位置関係から順序関係に転用されるケースもある。)
「3拍子」という日本人に好ましいリズム感があるので、そのリズムからこれらの語彙が普及していった可能性もある。
洗濯洗剤と生命保険という違うカテゴリーに共通の傾向として、「第3の洗剤」「第3の保険」という広告表現は、「4」に比べて選ぶ人が約2倍になった。逆に、他の3タイプの表現(◯個の理由、◯ステップ、モデルが◯人)は結果にばらつきがあり、必ずしも「3」が効くとはいえなかった。つまり、「3」という量に関しては評価に個人差があるが、序数としての「3」(三番目の…)には高く反応するといえる(※注)。