2019年8月20日に行われた第3回では、株式会社中川政七商店の会長であり、そして現在は株式会社奈良クラブの社長も務める中川政七氏が登壇しました。
永井:「デザイン経営」宣言は主に大企業向けで、中小企業についての議論が足りていないという課題意識が僕の中にあって、中小企業の経営に長年関わってきた中川さんにお話を伺いたいと思ったんです。さっそくですが、中川さんは、「デザイン経営」についてどう思われますか?
中川:僕は「デザイン経営」という言葉を最初に聞いたとき、正直「なんだそれは?」と思ったんです。それから、いろんなものを読んだり話を聞いたりする中で、自分なりに理解できたとは思っています。ただ、僕自身のやっていることが「デザイン経営」かと言われたら、相変わらず違和感があるのです。
僕が目指している経営とは何か? 僕の中では、それは「美しい経営」ということになります。まずは「美しい経営」とはなんぞやということを話したいと思います。
みなさんは経営に「美しい/美しくない」という区別はないと思っているかもしれません。しかし、僕はこだわりを持って「ある」と言います。会社は法人格ですから、人にたとえて説明しましょう。
マズローの欲求5段階説というものがあります。これを法人に置きかえると、一番下の欲求が利益追求で、真ん中あたりに社会貢献、もっとも上位にくるのが自己実現だろうと思います。この構図をCSR(企業の社会的責任)が求められていた時代に当てはめると、利益追求と自己実現が重なり、社会貢献がその横に置かれていた。大きく利益を出している会社は、社会にちゃんと貢献していこう、ということですね。
しかし、最近では、会社はCSV(共通価値の創造)が求められています。このとき会社の3つの欲求は重なり合うようになりました。利益追求=自己実現=社会貢献。利益を追求し、自己実現することが、そのまま社会貢献になるように事業を生み出さなければならないという構造です。
我々、中川政七商店は、このCSVを追求している企業として取り上げていただくことが多いです。手前味噌になりますが、日本では数少ない、CSVを実行できている企業だと自負しています。
では、こうした経営を実現するためには何が大切なのか? 僕は「ビジョン」だと思っています。そして、ビジョンを大切にした経営を会社として成立させていくには、次の3つの要素が欠かせません。
それは「パッション」「ロジック」「ストラテジー」です。個人の熱い思い(パッション)からビジョンは生まれます。しかし、そのビジョンが具体的な事業とつながっていなければ(ロジック)、ビジョンはキレイ事を言っているだけの、いわば張子の虎になってしまいます。
そして、ビジョンと結びついた事業を成功させるためには、筋のいいビジネスモデルがなければなりません(ストラテジー)。要するに、パッションとロジックとストラテジーの3つが緊密に結びついて初めて、ビジョンはちゃんと機能するのです。
中川:僕は、「デザイン経営」は、ある種の怖さをはらんだ言葉じゃないかと感じています。
なぜなら、「デザイン」という言葉の定義をはっきりさせないままに、「デザイン経営」という言葉がひとり歩きすると、デザインを狭義に捉え、「優秀なデザイナーと協力すれば経営はうまくいくんだ」という経営者が出てくるかもしれません。でも当然ながら、そんな簡単なことじゃないですよね。
たとえば、デザインという目線で見たとき、僕はビジネスモデルにも、美しいものと美しくないものがあると思っています。ただ、それは経営者にしかわからない。
経営学者の楠木建さんは、経営におけるセンスを身につける秘策はないと言っています。身につける方法があるとしたら“カラオケ”しかないと。つまり、他社のものでもいいから、たくさん筋のいいビジネスモデルを見て、それを参考に何度も実践を繰り返すこと。そうすれば、「これは良い、あれは悪い」というフィードバックが得られるので、自然とセンスが磨かれる。
これはデザインも一緒ですよね。たくさんのデザインを見るから、デザインの良い悪いがわかり、やがて自分もできるようになる。だから、ビジネスモデルの美しさは、経営者にしかわからないと思っているのです。
「デザイン経営」という言葉には、現在の経営には過度に経済性の追求が求められがちなので、ちゃんと美意識とか社会性といった視座と両立させよう、という意味が込められていると思います。その趣旨には100%同意します。つまり目指すところは一緒だと思います。
ただ、僕自身、それは「デザイン」という言葉を使わなくても、そもそも「経営」に含まれているべき考え方だと思うんです。だから、日々経営者として実践を繰り返すなかで、僕は自分が目指すものを「美しい経営」だと感じているのです。一番大切なことはビジョンであり、それがきちんと機能するためには、パッションとロジックとストラテジーが揃わないといけない。
僕は、それを「デザイン経営」と呼ぶより、「美しい経営」と呼んだほうが感覚的にしっくりくるんです。
永井:今日、事前にお会いしたときも、まず「デザインという言葉の曖昧さが気になる」とおっしゃられていましたね。
中川:僕は永井さんのおっしゃっていることはわかっているつもりなのですが、「デザイン」という言葉の意味する幅が広すぎると、「同じことを話しているけど、実はバラバラのことを考えている」ということになってしまうのでは、と思うんです。特に僕が主に仕事をしている中小企業では、誤解されて広まってしまうかもしれない。
山口周さんが『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』という本の中で、企業の進化の過程を説明しています。会社というものは、最初はクラフト、つまり現場改善で成長してきた。そこに限界が見えてきたら次はサイエンス、数字の管理で経営改善していこう、というアメリカのコンサルティング会社の手法が入ってきた。でも、最近になってサイエンスにも限界が見えてきたので、次の時代はAppleに象徴される、アートの感覚を取り入れた経営だというお話です。
「デザイン経営」という言葉も、この文脈で出てきたものだと思います。企業の経営環境が厳しさを増す中、経営に必要なものが増えているのは間違いないし、そこで足りないのはデザインの視点だっていうのはよくわかります。ただ、それはやっぱり、大企業向きのものだと感じるのです。
というのも、中小企業は、まだサイエンスすら入ってないところがほとんど。だから、サイエンスの手法で経営を見直すだけで、ぐっと決算書が良くなるんですよ。このフェーズをすっ飛ばして、いきなり「これからの経営はアートだ!」となってしまうと、まずいことになる。要は、クラフトもサイエンスもアートもみんな大切だから、間を飛ばしてしまわないで、ひとつひとつクリアしていくことが重要なのです。
永井:中川さん自身は、デザインをどのように捉えていますか?
中川:僕はどちらかといえばやや狭義に捉えています。もちろん、ブランディングのデザインではかなり上流からデザイナーに関わってもらいますが、先ほども言ったように、ビジネスモデルは経営側の領域だと思います。それに、経営には先ほど話した3つの要素だけでなく、組織運営力なども必要になります。じゃあ、デザインは経営の役に立たないのか、というとそんなことはなくて、そこは経営者の腕次第だと思うんです。
工芸の世界は衰退しているので、デザイナーが入って経営を立て直そうという試みがよくおこなわれています。でも9割が失敗するんですよ。それはデザイナーが悪いのではなく、経営者の責任です。経営者がサイエンスをきちんとできる状態でデザイナーを迎えればうまくいくんですけど、間を飛ばしてしまうから失敗する。
永井:なるほど。もちろん、僕らも「デザイン経営」で経営のすべてをカバーできるとは思っていません。経営者や組織のマネジメントをする人がデザインマインドを持つことで、これまでと違った観点から経営を見直すことができる、ということに気付いてもらいたいという思いがあるんです。
中川:大企業の経営課題を解決するヒントとして、「デザイン経営」という言葉はぴったりはまると思います。僕はデザイン経営を否定したいわけではなく、中小企業の現場が抱えている課題はもっと手前のところにある、と言いたいんです。
僕が問題だと思うのは、中小企業に向けた“学問”がないことです。ビジネススクールで学べるMBA(経営学修士)も大企業向き。中小企業向きの学問を作らないと、いつまでも中小企業の経営のレベルは変わりません。「デザイン経営」の前に、まずはちゃんと「経営」をやりましょう、と言っておかないと、中小企業の経営者のレベルが底上げされないと思っています。
永井:中川さんの心配されていることはよくわかりました。では、おっしゃる点に注意したうえで、「デザイン経営」が中小企業との接点を作った際、中小企業が得られるものは何があると思いますか?
中川:たくさんあると思います。すぐ思いつくだけでも、ブランディングにおけるデザインという視点は、中小企業にも大切です。
永井:中川さんは著名なデザイナーとの付き合いも多いと思いますが、そこでも戦略的に「こういう課題解決には、この人」のように考えて、業務を依頼しているのですか?
中川:そうですね。みなさん「デザイナー」という肩書で仕事をしていても、実は守備範囲はそれぞれ異なりますよね。狭義のデザインが専門の人もいれば、経営に近いところまでやる方もいる。だから、お願いしたいこととデザイナーの方のタイプにズレがないように見極めてから、お願いする。そこを間違ってしまうと失敗するので、すごく意識しています。
永井:中小企業の中には、狭義のデザイン、たとえば商品パッケージのデザインを変えるだけでも、売り上げが良くなったりすることがありますよね。だから、デザイナーと仕事をすることで得られるインパクトっていうのはあると思うんです。ただ、地方の中小企業は、デザイナーとの接点が少ないですよね?
中川:ええ。講演をすると、「どのデザイナーにお願いしたらいいですか?」とよく聞かれます。デザイナーは「企業の主治医」のような存在、と例えられることがありますが、デザイナーが提供する基本的な解とはデザインを活用したコミュニケーションの設計とブランディングです。それは、僕の中では「膝の治療」だと思っています。
永井:「膝の治療」とは、どういうことでしょう?
中川:「企業の主治医」をイメージすると、主治医がやらないといけないのは、膝だけではなく“全身”のカルテを読むことだと思うんです。それは企業においては決算書なんですよ。決算書を読むことなく「企業の主治医」という言い方をすると誤解を生むんじゃないか……って気がしていて。
僕からすると、デザイナーは「膝の専門家」だと思うんです。しかも、大抵の人って膝が悪いので、専門家に診てもらうと、確かに膝は良くなる。ただ、中には膝どころか、実は心臓が止まりかけていますって人もいるわけです。僕らがコンサルティングをする際、必ず決算書を読むところから入るようにしているのは、それが理由です。
「先生、膝が悪いんです」と相談されても、まずは全身をスクリーニングして、「その前に心臓を何とかしないと死んじゃいますよ?」と伝える。各部位の専門家にお願いするのは、先にベースの体力を整えてからだと思っています。
永井:ということは、デザイナーにお願いする企業は、心臓までが悪いわけではないんでしょうね。
中川:いや、心臓が悪い人もデザイナーにお願いしちゃうんですよ。僕が怖いのはここなんです。中小企業の経営者はデザイナーとの付き合いがない人がほとんどだから、「とりあえず何とかしてくれそう」で頼んでしまうんです。さらには、デザインを何とかしたほうがいいのに、プロデューサーみたいな人を呼んじゃうってケースも多発しています。
繰り返しになりますが、まずやるべきことは全身のカルテを読んで、どこが悪いのか見極めることです。そのうえで優先順位をつけて、どの順番で治療していくかという戦略を立てる。そして具体的な治療に入るときに、それぞれの専門家を呼んでチームを組成する。僕らがやっているのは、こういうことなんです。
永井:ということは、中川さんはデザイナーに対して、決算書が読めるようになってほしいという問題意識がありますか?
中川:そうですね。デザイナーの方にお願いしたいのは、「先生、何とかしてください」という人が来たら、そもそもどこが悪いのか見極められるようになってほしい、ということ。それで「心臓が悪い」とわかったら、「先に心臓の治療をしてから来てくださいね」と言うべきじゃないかって思うんです。
永井:最後に、経営者とデザイナーとの付き合い方について、アドバイスはありますか?
中川:経営には経営のロジックとクリエイティビティがあるし、デザイナーにはデザイナーのロジックとクリエイティビティがある。それぞれプロにしか出せないクオリティがあって、僕らも日頃からデザイナーの方にはとてもお世話になっているし、感謝しています。僕自身、経営者よりデザイナーとのお付き合いのほうが多いくらいです。
それぞれの領域で強みを発揮することで、レベルの高いものができる。だからこそ、お互いの守備範囲をよく理解したうえで付き合っていけば、すごくいい関係が築けると思っています。