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生活者の真の「充足」を実現するために
──デジタル時代の新しい行動デザインモデル「PIXループ」

2019.11.22
#生活総研#行動デザイン研究所
現在、多くの生活者にとってSNSやスマートフォンは完全に生活の一部となっています。そのような「デジタル時代」における有効なコミュニケーション方法とはどのようなものなのでしょうか──。その問いに対する一つの答えが「PIXループ」です。このモデルを提唱している博報堂行動デザイン研究所の所長・中川浩史と、生活者の意識と行動の調査を続けている博報堂生活総合研究所(以下、生活総研)の所長代理・堀宏史に、PIXループのコンセプトや可能性について聞きました。

■生活者の動きにコミュニケーション設計を合わせる

──「PIXループ」が生まれた背景について聞かせてください。

中川
2つの視点があります。一つは、スマートフォンやSNSの普及によって、生活者の情報行動が大きく変化していることです。マスメディア以外から情報を得る機会が増え、他者とのつながりの中で得た情報を重視する生活者が年々増えています。もう一つは、多くの人が必要なモノをすでに手に入れていて、物欲や買物欲だけでは充足できていないということです。それらの変化を踏まえた新しい行動デザインモデルがPIXループです。

──従来の行動モデルとPIXループの違いはどのような点にあるのでしょうか。

中川
大きな違いは、「認知」をスタートにし「購買」をゴールにする直線的なモデルではないということです。自分に合った情報を引き寄せ貯めておく『Pool』、そこから「やってみたい」「行ってみたい」という気持ちに火が点く『Ignite』、そして実際にやってみて自分の世界を拡げる『eXpand』──。そのループが繰り返される中で、生活者の気持ちが充足され、どこかのタイミングで購買や契約などの消費行動が生まれる。それがPIXループの考え方です。
最近は、ネット検索はほとんどせず、SNSやウェブサービスのアルゴリズムによってスマホに自動的に入ってくる情報をもとに行動をする人も少なくありません。興味があって、役に立ちそうな情報によって形成される「じぶん情報圏」を多くの人が持っていて、それを行動の基盤にしているわけです。そのような新しい時代にフィットしたモデルがPIXループです。


コミュニケーションの施策によって生活者を動かすというよりも、すでにある生活者の動きにコミュニケーション設計を合わせるという点で、逆転の発想から生まれたモデルと言ってもいいかもしれませんね。

中川
もちろん、これまでのコミュニケーションモデルに役割がなくなったということではありません。適材適所でいろいろなモデルを使い分けていくべきであるというのが私たちの考えです。

■「貯めておき」「火が点き」「やってみる」

──『Pool』から具体的に説明していただけますか。

中川
すでにお話ししたじぶん情報圏に生活者が自ら情報を引き寄せ貯めておく行動が『Pool』です。じぶん情報圏とは、それぞれの生活者の日常の行動や欲求のコンテキスト(文脈)に合った情報によって構成されるいわばパーソナルなデータベースです。これが自分の脳内だけに形成されるのでなく、スマホやSNSを介してメモリやサイバー空間上にも生成されていると捉えるのがポイントです。商品やサービスを提供する側の視点から見ると、その情報圏に入り込めるコンテンツを展開していくことが必要になります。
では、どうやって入り込んでいけばいいのか。私たちは、生活者が情報を引き寄せる欲求は大きく4つのタイプに分けられると考えています。安心や安全を求める「安心系欲求」、他者からの承認による一体感を求める「同調系欲求」、他者を上回ることを求める「優越系欲求」、そして自己成長や達成感を求める「充実系欲求」です。


「欠乏型」と「成長型」、「自己完結型」と「他者関与型」。それらの掛け合わせによって欲求のタイプが異なるということですよね。

中川
そうです。「安心系欲求」「同調系欲求」はマイナスを埋めるための欲求で、「優越系欲求」「充実系欲求」はプラスを目指す欲求と言えます。また、「安心系欲求」と「充実系欲求」は自分自身に軸があるのに対し、「同調系欲求」と「優越系欲求」は他者との関係の中で生まれる欲求です。自社がターゲットとする生活者がどのような「情報引き寄せプール」を持ち、これらの欲求のどれに起因しているかを把握することによって、どのようなコンテンツを展開すればいいかが決まってきます。

──次の『Ignite』は「点火する」といった意味ですね。

中川
私たちは「気持ちに火が点く」といった意味でこの言葉を使っています。行動デザイン研究所の調査では、情報をプールしている人のおよそ4割が次の行動に向けた気持ちに火が点いていることがわかっています。商品やサービスを提供する側から見ると、気持ちに火を点ける「トリガー」を用意することが重要になります。有効なトリガーは、先に説明した欲求のタイプによって異なります。それを表したのが以下の図です。


生活総研が首都圏・阪神圏の20~60才男女を対象に隔年で行っている調査「生活定点」では、商品やサービスを購入する際、「ピンとくる」という感覚を重視している人が近年増えていることが明らかになっています。理性消費から感覚消費へ──。そんな傾向が見られるわけです。「気持ちに火が点く」というのは、この「ピンとくる」という感覚と非常に近いと言えると思います。

──気持ちに火が点くことによって、次の『eXpand』が生まれるわけですね。

中川
火が点いた気持ちから、何かを「やってみよう」という行動が生じる。それが『eXpand』です。その行動を受け止める「受け皿」をつくることが、ここでの企業側の戦略となります。その受け皿は、必ずしも店頭やウェブに限りません。また、「売る」ことを目的としたものとも限りません。例えば、「みんなに自慢したい」とか「インスタグラムで映える写真を撮りたい」といった欲求を満たせるような受け皿を用意することが大切です。私たちは、次のように企業のリソースとそれに対応した例えばのアイデアの切り口を一部リストにしてみました。


受け皿をつくることは、火が点いた気持ちに応じた「体験」を提供することと考えてもいいかもしれませんね。フェスやコンサート、季節のイベントなど、限定された特別な時間に参加することでしか得られない体験価値を求める消費行動を生活総研では「トキ消費」と呼んでいます。自社のリソースの中から「トキ消費」につながる要素を抽出してみるのも有効な方法だと思います。

■アクチュアルデータがループデザインの基盤になる

──PIXループのデザインには、具体的にどのようなものがありうるのでしょうか。

中川
一例を挙げると、飲料の本来価値である「味」や「価格」ではなく、「見た目」から情報圏に入り込む展開があります。専用のドリンク用アイテムなどでいわゆる「映える」ビジュアルを演出し、その写真をSNSでシェアしてもらい、限定アイテムが手に入るポップアップストアの情報を発信し、実際にストアに足を運んでもらう──。そのような行動デザインです。


この場合、必ずしもストアで飲料やアイテムを購入してもらわなくてもいいわけですよね。ストアの行列に並んでいる写真を撮ったり、ドリンクの入ったアイテムの写真を撮ったりしてSNSにアップすることが楽しければ、それ自体が生活者の充足感につながります。そうやって情報をシェアしてもらって、またストアに足を運んでもらう。そのループの中のどこかで消費行動が生まれればいい。

中川
そうですね。「商品を売る」のではなく「生活者を充足させる」という目的でコミュニケーションをデザインし、その結果としてモノが売れるという考え方です。先ほどの例では、SNSでシェアされるポップアップストア展開がトリガーとして効いていますが、キャンペーンやテレビCMがトリガーになるケースももちろんありえます。重要なのは、それを単発で終わらせずに継続的なループにしていくことです。

──ループをつくるためには、データの活用が必須になりそうですね。


そのとおりです。とりわけ、ウェブ上での行動履歴やアプリ利用履歴、位置情報、購買情報といったアクチュアルデータから生活者のリアルな意識と行動、つまりインサイトを把握することが必要です。博報堂は、生活者の意識や行動に関するデータベース「生活者DMP」をもっていますし最近、生活総研ではデジタルデータをエスノグラフィ(ある集団や社会に属する人々の行動の傾向を実地調査によって記録していく手法)の視点で分析していく「デジノグラフィ」という方法論も開発しています。そういった手法を活用していただいて、生活者と自社の商品やサービスとの関係を認識することがループデザインの第一歩になると思います。

中川
もちろん、ループを回す過程でも、その都度データによって生活者の反応を見ていくことが大切です。アクチュアルデータをベースにしたプラニングとPDCAがPIXループのベースになると言っていいでしょうね。

■「決めない時代」のコミュニケーションモデル

──生活総研では「消費対流」という考え方を提唱しています。PIXループのコンセプトには、その考え方と共通するものがありそうですね。


「消費対流」とは、「決めない時代の決めない消費」を意味します。将来の見通しが立ちにくい現代において、物事を決めてしまわずに、生き方の可変性を担保したいと考える人が増えています。例えば、サブスクリプションやシェアなどは「買う」ことや「所有する」ことを決めないライフスタイルに適応したサービスと考えられます。こういった新しい価値観や行動様式が顕在化している今、企業が「売る」ことを直接的なゴールにしないPIXループは、確かに消費対流という現代の傾向に合ったモデルと言えるかもしれません。

中川
購買という「決断」に向けて生活者を動かすのではなく、さまざまな体験による「充足」によって自然と購買に至るサイクルをつくるのがPIXループです。まさに「決めない時代」のコミュニケーションモデルだと思います。

──最後に、今後の見通しをお聞かせください。

中川
クライアントの皆さまと一緒にPIXループをプラニングするワークショップを開催していきたいと考えています。ターゲットとなる生活者の「情報引き寄せプール」「欲求」を把握し、それを充足させるための「トリガー」と「リソース」をともに考えていく流れになる予定です。


単に手法をお伝えするだけでなく、生活者が「充足したい」という気持ちを中心とする新しいマーケティングの考え方を知っていただけるといいですよね。

中川
同感です。博報堂が一貫して追求してきた「生活者発想」の新しいコミュニケーションの形のひとつがPIXループである。そのことを多くのクライアントにお伝えしたいと思います。

プロフィール

中川 浩史
博報堂
行動デザイン研究所 所長

プロモーション領域を出自に、CRM、インタラクティブ、ナレッジ領域を経験。購買というKGIにコミットすべく、デジタルを活かしたIMCのアップデートと実践に従事。大手飲料、通信、電力、運輸等、プラットフォーム構築・運用の実績も数多く、キャンペーン型コミュニケーションにとどまらない、プロジェクト型の業務も多く担当。直近では、チャットボット、スマートスピーカー等テクノロジーを取り込んだ顧客体験や、デジタル/スマートフォン時代における購買行動モデルの研究・開発にも取り組む。

堀 宏史
株式会社博報堂 博報堂生活総合研究所 所長代理

1993年博報堂入社。これまでに広告業界でリアルとデジタルを融合させた新しい広告を実現し、カンヌフェスティバル、アドフェスト、ロンドン広告祭、クリオ、東京インタラクティブアドアワードグランプリ、文化庁メディア芸術祭グランプリ、モバイル広告大賞など受賞歴多数。カンヌフェスティバル等で審査員を務めるとともに、adtech等の国際カンファレンスでスピーカーとしても活躍している。

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