「ビジネスイノベーション」をテーマとする当セッションでは、博報堂DYホールディングスのマーケティング・テクノロジー・センター(MTC)室長、青木雅人が最初に登壇。
「生活のデジタル化はサイバー空間からリアル空間に移行しています。それによって生活者インターフェースの進化が進み、数々のイノベーションが生まれる──。イノベーションを起こすためには3つの取り組みが必要になります。すなわち、次世代インターフェース技術開発力、エコシステム構築力、そしてシステム実装力です。この3つの力が揃うことによって、バリューチェーン全体で生活者の新しい体験を設計することが可能になります」と説明しました。
続いて登場したのは、この当セッション最初のテーマである「ARクラウド技術を活用した次世代インターフェース開発」のスピーカーであるNYCメディアラボのエグゼクティブディレクター、ジャスティン・ヘンドリックス氏と、MTC上席研究員の目黒慎吾です。
ヘンドリックス氏が関わっているのは、NYCメディアラボとそこから派生したRラボという二つの研究機関です。研究領域は、エンジニアリング、コンピュータサイエンス、デザイン、メディアテクノロジーなどと多岐にわたり、大学や企業との幅広いパートナーシップが研究の基盤となっています。今年に入って博報堂もNYCメディアラボの参加企業の一つに名を連ねました。
「私たちは2030年を見据え、メディアや情報がこれからどうなっていくのかを常に考えています」とヘンドリックス氏は言います。
「今後、メディアから多くのデータが生み出され、一方でインターフェースが進化していきます。そうなるとメディア自体が私たちをとりまく環境の一部になるでしょう。環境とのインタラクションによって、人々の認知力はどんどん上がっていくと考えられます」
ヘンドリックス氏によれば、AIがコンテンツやキャラクター、アバターなどを自動生成する時代が間もなくやってきて、それがマーケティングの世界でも利用されるようになる。さらにそれが個人データと融合していくようになる。さらに、高速ネットワークの5Gが普及することで、データ収集とコンテンツのデリバリーのスピードが格段に向上する。そのような時代にシステムをどう構築し、コミュニケーションをどう設計するかが私たちに問われている。中心に置かれるべきは生活者である。新しい技術は、生活者にとっても社会にとっても好ましいものである必要がある。その前提を忘れてはならない──。そうヘンドリックス氏は語りました。
続いて目黒がNYCメディアラボでも研究が進んでいる「ARクラウド」について語りました。
「AR普及の鍵は2つあると私たちは考えています。“体験のリアルタイム共有”と“現実空間の高度な認識”です。それを実現するのがARクラウドです。
ARクラウドとは、現実世界のデジタルコピーとそれに関連するデータをクラウド上に保持して物理空間に重ねた仮想のデータを共有する技術です。これが社会に実装されると、現実空間のすべてがメディアに変わっていきます。この実現に向けて我々は、変化する現実空間と仮想情報を同期させる技術、そして、複数の人がリアルタイムに仮想空間を共有する技術の研究を進めています。
これらの技術が実現することによって、マーケティングコミュニケーションの軸は「平面」から「空間」に、「視聴覚中心」からトータルな「身体感覚」に変化してくことになります。
変化はバリューチェーンのいたるところで生じるでしょう。そのような未来を皆様と一緒につくっていきたい。そう考えています」と締めました。
2つ目のテーマでMTC上席研究員の山岡浩一郎が紹介したのは、博報堂が開発した対話音声解析システム「CONOOTO」です。
開発の背景にあったのは、製薬業界における課題からでした。製薬業界の企業の平均的な投資の内訳は、人件費とリベートと広告宣伝費がおおよそ6対3対1となっています。投資効率を上げるためには、営業活動の効率化が最もインパクトがある。そこでMTCが着目したのが、商談営業の効率化です。商談の音声を解析して、評価レポートを自動作成できれば、商談の段階的なブラッシュアップが可能になる。そんなアイデアを実現したソリューションがCONOOTOです。
「すべての商談を評価し、それを研修や指導に生かしていく。それがCONOOTOのコンセプトです。これまでの営業活動のKPIは顧客訪問件数でしたが、CONOOTOの導入によって、商談品質スコアを新たなKPIとすることができます」
また、CONOOTOを活用すれば、個人単位での営業活動の最適化も可能になる。それによって、営業個人ごとの活動計画立案、顧客別の情報提供方法の最適化、営業組織の最適化などが実現すると山岡は説明します。
「さらに現在、商談時の音声の周波数を活用して感情変化を検出する技術や、相手の音声を録音せず、営業自身の音声のみを録音可能なシャツの襟に装着して録音できる小型マイクの開発を進めています」
あらゆる業界の営業活動に活用できるこのソリューションの可能性を提示して、山岡はプレゼンテーションを終えました。
3つ目のテーマは「ASEANマーケティングプラットフォーム構築」、MTCグローバル開発グループの福井昭一が登壇しました。
現在博報堂は、ASEAN地域においてプラットフォーマーと協業し、マーケティングプラットフォームの構築を進めています。
「ASEANのプラットフォーマーが取り組むB2CビジネスをB2B2Cに拡張することによって、新しいマーケティングプラットフォームをつくり出すこと。それがこの協業の狙いです」
それはどのようなプラットフォームなのか。福井はそれをオンラインとオフラインの融合を指す「OMO行動デザインプラットフォーム」と表現しました。
「デジタルとフィジカルの両方で顧客接点を持つプラットフォーマーのその接点において、生活者の行動データも蓄積しています。それらのアセットを活用し、生活者の行動のモメントを捉え、デジタルとフィジカルを融合した体験を提供するのがコンセプトです」
「現在、ASEAN5カ国で実証実験を行っています。今後は、ASEAN全域で実証実験を展開していきたいと考えています」と話しました。
A Track A最後のテーマは「マーケティングシステムコンサルティング局のイノベーション創出力&システム実装力」。同局マーケティングシステム部の上田周平が登壇しました。
上田は、「これまでのマーケティングで主に使われていたのは、生活者の行動などを記録するシステム(SoR=System of Record)でした。それに対し、今後必要となっていくのは、生活者とのさまざまな接点をつなげるシステム(SoE=System of Engagement)です」と説明しました。
「システム開発の重点はSoEに移っていきますが、その基盤となるのはあくまでSoRです。したがって、その両方の開発力が必要になるのですが、実際に開発プロジェクトを進めてみると、なかなかうまくいかないケースが少なくありません。SoE開発とSoR開発では、エンジニア人材も開発手法も開発言語も異なるからです。これまでSoRを担ってきたのは主にIT部門です。一方、SoEを担うのはデジタル部門やマーケティング部門です。必要なのは、その二つの領域を融合させるクロスボーダー体制です」
それを実現しているのが博報堂マーケティングシステムコンサルティング局です。事業コンサルタント、システムエンジニア、デザイナーなど、多様な職能をもったメンバーをワンチームにまとめ、構想、設計から、実装、運用までを一気通貫で支援する。それが、同局がもつ独自の機能です。この機能を生かし、これまで、飲料業界のクライアントの事業戦略策定や新規事業開発の支援、保険業界のクライアントの営業組織改革や業務システム開発支援など、数多くの実績を重ねてきました。
「今後、生活者インターフェースをさまざまな場面で実装していくには、SoR領域の確かなエンジニアリング力と、生活者とのつながりを重視するSoE発想の融合が必要になります。その両方をつなぐクロスボーダープロジェクトチームづくりにこれからも取り組んでいきたいと考えています」
最後に、ARクラウド技術、音声解析技術、オンラインとオフラインを融合した行動デザインプラットフォーム、そして職種横断のクロスボーダー体制──。それらを結ぶエコシステムを構築して、リアル空間の生活者インターフェース化を推進するという方向性をモデレーターである青木雅人室長が改めて確認しました。
「生活者インターフェース市場へ。我々は動き出す」。その博報堂のビジョンを多くの来場者と共有いたしました。
1989年博報堂入社。マーケティング・ブランディング・買物研究等の業務に従事。
現在は、データマーケティング、マーケティングテクノロジー領域の研究開発を推進。
最先端技術の集積都市としての街づくりを進めるニューヨーク市によって設立された、
産官学連携を促すイノベーション創発組織NYC Media Lab所長で、
VR/AR・空間コンピューティングの拠点となるRLabの
設立エグゼクティブ・ディレクターも兼任している。
2007年博報堂入社。FMCG領域におけるデジタルマーケティング業務、グローバルPR業務に従事。
2018年より現職で、ARクラウドを始めとして生活者との新たなタッチポイントや
コミュニケーションを生みうる新技術の研究を行っている。
主に製薬マーケティング分野の研究に従事。
現在はCONOOTOサービスのプロジェクトマネージャーとして
技術ベンダー・システムベンダーなど各社との調整及び
出力品質コーディネーションを主務として従事。
2016年博報堂入社。2018年より、Grab社との協業による、ASEANにおけるデータマーケティング実証実験プロジェクトを担当。現在、商用化に向けた「マーケティング実務者参加型の実証実験」をGrab社と準備中。
SI企業を経て、2005年よりマーケティングシステムのサービス企画、
プロジェクトマネジメントに従事。企業のデジタルマーケティング実行への
コンサルティング~システム導入~運用までシームレスに支援。