株式会社ビヨンドザリーフ代表取締役社長。大学卒業後、会社員の経験を経てファッションライターに。女性ファッション誌編集部に在籍中の2014年6月、義母の編み物の技術を生かしたバッグブランド「BEYOND THE REEF(ビヨンドザリーフ)」を立ち上げる。2015年12月に法人化し代表取締役社長に。2018年7月に横浜市日吉にアトリエ兼ショップをオープン。すべての商品のデザインを手掛ける。
QORC: はじめに、BEYOND THE REEFの立ち上げの経緯を教えてください。
楠佳英さん(以下、敬称略): きっかけは、私の義母なんです。義母はいわゆる昭和の専業主婦で、義父が亡くなって子どもたちが独立したらやることがなくなっちゃったんですよね。当時70歳くらいで、これからの人生、まだまだ元気で時間もあるのに、目的なく一日をテレビと編み物で過ごしていて、時間をただ浪費しているように見えたんです。その時に、老後って、ただ時間を浪費するしかできないのかなと疑問に思い始めて。よく義母は編んだ物を私に贈ってくれたんですが、すごく上手なんですよ。このスキルと時間をどうにか活かせないかなって思って。
その当時、私はファッション雑誌の編集をしていて、ファッションやトレンドについての知識があったんです。この自分のスキルと義母のスキルを掛け合わせたら何かできるんじゃないかなと。義母にサンプルをつくってもらって、試しに出版社の編集部の人たちに見せてみたんです。そしたら「なかなかいいじゃん」って言われて、「この期間内で販売する準備ができれば、雑誌に掲載するよ」って言ってもらえたんです。たまたま義理の妹がWebデザインができるので、彼女にサイトデザインをしてもらい、私がバッグをデザインし、義母が制作するという、まさに家内制手工業でスタートしました。それが2014年の7月ですね。
QORC:お義母様がきっかけだったのですね。それにしても、作り手がお一人しかいないのは大変だったのでは?
楠:はい。義母のような編み物の好きなおばあちゃんは世の中にたくさんいると思って、編み手を探すことにしました。シルバー人材センターや老人ホームなど、いろいろまわって、やっとNPO法人のコミュニティカフェ「いのちの木」のシニア編み物サークルに出会いました。
QORC:それはどんなところですか?
楠:コミュニティカフェは、地域のコミュニティの場として、いろいろなものづくりをしながら社会との関わりを生み出しているところです。例えば、月曜は編み物、火曜は縫い物、水曜は絵を描く、とか。
QORC:そこで編み物をされている方に声をかけたのですか?
楠: まずは運営母体のNPO法人のオーナーさんに義母に作ってもらったクラッチバッグを見てもらいながら、「一緒にやってくれませんか?」とお願いしたんです。そしたらOKをいただけて、編み物サークルに来ていたおばあちゃん3人に入ってもらいました。その方々は、いまもずっと一緒にやってくれています。
QORC:楠さんの熱い想いで口説き落としたのですね。ブランドの構想から立ち上げまで、どのくらいで始められたのですか?
楠:実質2ヶ月半でしょうか。
QORC: すごいスピードですね!ブランドは最初から反響があったのですか?
楠:最初は全然売れなかったんですよ。2カ月か3カ月やって、そこから、「いのちの木」のおばあちゃんたちのことを聞きつけた方たちが仲間に入ってくれるようになって、徐々に大きくなっていったという感じですね。
QORC: BEYOND THE REEFが新しく見える理由って、デザイン性にあると思うんですよね。『おばあちゃん手作りの〇〇』って、よく道の駅とかお土産物コーナーでみかけますが、ほっこりさせてくれる感じはあっても、そんなにおしゃれじゃないものが多い印象があります。だからこんなにハイセンスなバッグをおばあちゃんたちが編んでいると知って、はじめはちょっと驚きました。
楠:ありがとうございます。これ、実は、すべての商品を私がデザインしているんです。
QORC:すごいですね!何かデザインのお仕事されていたんですか?
楠:いえ、全く。
QORC:急にデザインって、できてしまうものなんですか。
楠:「こういうのがあったらいいな」だけなんですよ。バッグって、女性にとって特別で、何十個も欲しいじゃないですか、服と一緒で。その感覚なんですよ。
QORC:自分が持ちたいものをつくっているということでしょうか?
楠:そうですね。私、ヨットをやっていて、週末は海に行っているんですけど、平日は都会でも働いているし。どちらでも使えたらいいなって。
QORC: 確かに。「BEYOND THE REEF」のバッグは、リゾートっぽいけど、都会でも使える感じですね。
楠:自分のパーソナリティーって、一概にくくれないじゃないですか。だから多様性があっていいと思うんですよ。その多様性もこのブランドに反映していて、おばあちゃんもいるし、お母さんもいるし、海でも街でも持ってほしいし。何かに縛られずに、自分の思うままにしてもらえたらという思いも込めて、いろんな素材をミックスしています。ミックスするのが好きですし、得意なんです。
QORC: 様々な要素をミックスする感覚はとても編集者らしいですよね。
楠: そうですかね。でも考えているのは、新しいものを生み出すのではなく、常に既存にあるものの、その組み合わせを変えたときにおこる新しい化学反応がどうか、ということ。例えば、編み物ってずっとあるもので、カゴもずっとあるもので、おばあちゃんたちもずっといるけれど、でも、それを組み合わせて、全然違う価値にしたということなんですよね。そういうものがこれからはどんどん生まれる時代なんじゃないかなと思って。
QORC:いままでの楠さんのすべてのご経験を活かされてるんですね。忙しいバリバリのキャリアウーマンの気持ちもわかるし、お姑さんとつき合うお嫁さんの気持ちもわかる。楠木さんの中にもいろんな立場の女性がいて、彼女達の気持ちを上手に編集されているというか。
楠: そうなのかもしれないですね。
QORC:あと、その組み合わせたものの1つに、お客さんの気持ちもあると思いました。おしゃれだけど温かみのある、ちょっと他の人と違うものが欲しい、みたいな。
楠:そうですね。すごく悩んだのですが、「おばあちゃんや若いお母さんたちが編んでます」というストーリーも含むことにしたんです。
QORC:なぜ悩んだのですか? それが売りなんだと思っていました。
楠:商品だけの価値で勝負しようとずっと思っていたんです。「何か社会にいいことをしよう」って大切なことなのですが、それを前面に出してしまうと、商品の売り上げは厳しい。フェアトレードやエシカルファッションもそうですが、日本は海外に比べるとそのあたりがまだ弱いようです。「ストーリーがいいから、おしゃれじゃなくても仕方ないか」と思われるのは、違うなと。うちの商品は手づくりで属人的になりがちなので、クオリティーを上げるためにすごくストイックにやってきました。
QORC:なるほど。
楠:でも、やっぱり私たちのブランドはそれだけじゃないってわかったんです。
QORC:何かきっかけがあったのですか?
楠:はい、お客様からのお手紙ですね。商品の中にメッセージカードを入れて、お客様から戻ってくるシステムになっているのですが、そこには、商品からぬくもりを感じたことや、作り手さんの名前が入っていることの喜び、届いたときのうれしさなど、メンタル的な付加価値のことを言ってくださる方が非常に多いんです。だからそれを無視するのはおかしいなと思うようになったんです。
QORC:サイトでもアップされていますよね。
楠:そうです。皆さん手書きで書いてくれて。「うちのおばあちゃんも昔は編み物をしていました」とか、「おばあちゃんと同じ名前でした」とか、そういう心の変化を書いてくれるから、それを届けることのほうが私たちは大事なのかなと思って。
これが全然今まで考えてなかった日本の超高齢化社会といったような社会課題について考えてくれるきっかけになるかもしれないじゃないですか。そこからしかしたらBEYOND THE REEFではない、また新しいブランドが生まれるかもしれないし。その可能性を提供することも私たちの付加価値の一つだなとは思っています。
QORC:おばあちゃんが編んでいるってすごくキャッチーで惹かれますが、そこだけ強調したくないということですよね。
楠:そうです。高齢者だけでなく、家事や育児とのバランスを取って社会と関わりたいと思っている女性がたくさんいる。うちでは、女性と高齢者の雇用を生む仕組みを作っていきたい、そして幸せに働ける場所を生み出したいと思っています。利益を追求しつつも、彼女たちの幸せな働き方を生むというのがこれからの形だと思うのですよね。
いつまでも介護福祉ではだめだと思っているんです。国に頼ったり、ボランティアだけでは限界があるので、新しい産業の形にしていかないと。これから、どんどん高齢者が増えていくと思うので、その人たちが働ける仕組みをつくらない限り、ちょっと大きな話だけど、日本がだめになっちゃうなという感じがあるので、私は高齢者の方々が働いてきちんと稼ぐことができる仕事をつくりたいんですよね。
QORC:新しい産業の形ということですが、いままでの利益追求型の企業社会では、たぶん効率を求められてくるようなことが多いと思うのです。だけど1日に1㎝しかできないとか、すべてソールドアウトで、オーダー式で1カ月待たなきゃいけないとかもあるわけですよね。
楠:量産できないですからね。
QORC:そういうおばあちゃんたちのペースみたいなものと、ビジネスという点でちょっと相反するようなものがあるのかなと思ったのですが、その辺りはどういうふうにお考えですか。
楠:おっしゃるとおりで、本当に利益をとことん追求するのであれば、お尻を叩いて、ある程度機械生産にして、部分的に手づくりにすればいいと思うのですけど。でも、それだとちょっと悲しいじゃないですか。
ファッション誌で編集やっていたときは、3か月という短いサイクルで服を買っては捨て、捨てては買って、ということをしていたのですが、義母が編んだバッグを見たときに、全部手でつくられていることがすごく美しいと思ったのですね。感動して、そこから、モノを大事にする気持ちも生まれて、買う物は10分の1ぐらいになりましたね。
QORC:大きなきっかけだったんですね。
楠:レース編みのテーブルクロスだったんですけど、お義母さんはこれをつくるために、どれだけの時間と手間をかけたんだろうって思ったら、感謝の気持ちでいっぱいになってしまって涙が出てきて…。自分のために時間をかけてくれたということって、今は少なくなってきているじゃないですか。こういう感動を届けたいと思って、このブランドをやっているのだと思います。だから私たちは受注生産制をとって「あなたのことを思っておつくりします」と最初に言うんです。
QORC: だから、編み物なのかもしれないですね。一瞬でできちゃうものではなくて。
楠:一瞬でできても、いいものなら全然いいと思います。おそらく価値観の違いだと思うんですよね。これからの時代って、とにかく効率を重視して手軽になってくるものと、より付加価値を追求したものと、に両極化すると思うんですよ。
うち、いま、大体平均単価35000円ぐらいなので、もっと値段を上げるつもりなんです。ブランケットのような大きなものを始めたりすると、単価が15万ぐらいになってきます。我々は、そういう付加価値の高いものを売るという、後者のビジネスをしていこうと思っています。
QORC:量ではなく、質の充実?
楠:そうですね。でも、商品を届けるには、ある程度の量も必要なんですよ。いま、編み手さんが一気に20人増えて、新人研修が始まるところです。(2018年7月時点の話)
QORC:すごいですね!今は、全部で編み手さんが何人ぐらいいるのですか。
楠:新人も入れたら40人ぐらいでしょうか。
QORC:お義母さんが教えているのですか。
楠:いえ。インストラクターがいるんです。検品も全部インストラクターがします。1ミリでも間違えるとやり直しなので、作り手さんは大変ですね。編み物が“ちょっと好き”ぐらいでは難しくて。そこから、商品を編めるまでは、ここで相当研修を積んで、編み物の商品をつくるという感じですかね。
QORC:それだけ厳しいとみなさん続けるのも大変ですよね。モチベーションって何なのでしょうか。
楠:「ありがとう」って言われたいというのは人間の深層心理だと思うんです。義母をみていてもそうですが、自分にも役割や仕事があって、世の中から必要とされると感じることが、ポジティブに生きることへの力になると思ったのですよね。
「これつくって」とか、「こういうのできる?」とか、私がデザインしたものを「編んでみて」って頼まれたことがうれしいんですよね。
QORC:なるほど。作り手のみなさんは、ここに来て変わったことってありますか?
楠:それ、よく言われるんですけど、もともと明るい人たちではあるんですけど、編み物が好きというのは、ちょっと内向的じゃないですか。お家にいることが苦にはならないタイプですよね。だから、まさか自分が編み物でこういう仕事をするとは思ってなかったから、それは衝撃だったと思うんですね。大きな違いは仲間ができたことじゃないですかね。ビヨンドザリーフに関わらなかったら70歳を過ぎて新しい仲間と遊びに行くことなんてなかったと思います。
QORC:楽しそう!おばあちゃんになっても新しいチャレンジができるっていいですね。楠さんご自身は、老後どうしたいとかありますか?
楠:正直言うと、老後どうしようとかはないです。何かおもしろいことをやれればいいかな。健康であれば、お金はなくとも、何とかなるじゃないですか。いまビヨンドザリーフをやっていて、自分の未来も何かおもしろいことができるんじゃないのかなって思えるようになりました。
QORC:いま楽しく生きているから、不安もないと。
楠:将来の何か楽しいことを自分で生み出せると思えるからでしょうか。やりたいと思って動けば何とかなるから、いいんじゃないですかね。そんなに考えてないですけど。まあ、楽しけりゃいいかな(笑)。
QORC:楠さんの考え方と行動力、女性として憧れます。ビヨンドザリーフとしては、お店も新しくできて次の段階へと進むところだと思いますが、何かお考えになられていることはありますか?
楠:この店というか場を作った理由は、商品を「売る」ことだけにフォーカスされるオンラインや百貨店でのポップアップ出店を続けてきていて、少し物足りなくなってきてしまったからなんです。
本当は、こういうコミュニティって、人がつながって、何か人の心を癒すものだと思うんです。そういうことがオンラインと百貨店では表現できなくて。そうなったら、自分たちの場所をつくるしかないと。ここは活動拠点みたいなものなんです。いつでも、誰でもここに来ることができる。この地域も活性化したらいいな、というような想いもあります。夫とケンカしたときに逃げ込む場所でもいいですしね。ビヨンドザリーフで活動するような人たちが地域にいるということが、価値があると思うんですよね。場所があることで女性や高齢者の可能性を可視化できるし。
QORC:最初にブランドを立ち上げられたときの思いと、運営されはじめてから、思いつくこともいろいろあると思うのですが。お話を聞いていると、すごく柔軟に対応していらっしゃるんですね。
楠:そうですね。ビジネスモデルはどんどん変わりますよね。最初は、自分の義母を何とかしようと思って始めたことでしたけど、同じ様な立場のおばあちゃんも何とかしたくなって、徐々に若いお母さんたちも入って来て。そうしたら、バリキャリではないゆるキャリのお母さんたちも仕事を求めているんだということがわかって。おばあちゃんだけじゃない、女性と高齢者の雇用を生み出す仕組みをつくりたいなって、その人たちの居場所をつくりたいなって思うようになって…。
QORC:ビヨンドザリーフは今後どうなっていくのでしょう?
楠:「売る」という面では、海外に出ようかなと思い、越境ECサイトを今つくっています。「活動」としては、いまは、私は編み物という手段、ファッションブランドという表現方法を通じて、女性や高齢者の雇用創出の仕組みをつくろうとしていますが、別にこの手段でなくてもいいと思っているんです。女性と高齢者が活躍できるものであれば、さらには女性が幸せを感じられるものであれば何でもいいかな、と。その二次的なものとして、ワークショップ事業を大きくしています。おばあちゃんたちって、自分たちが持っている技術を継承したいという気持ちがあるんですよ。後世に何か残していきたいという本能があるようで。若い方もおばあちゃんにこそ教わりたいって。ワークショップはとにかく人気ですね。
QORC:切り口次第で見え方もずいぶん変わりますよね。
楠:そう、切り口ですね。同じようなものをどう見せるかだけなんですよね。手を変え、品を変え、同じものを違う方向から見せる。
これからはプロデュースをできる人間を集めて、プロデュース集団をつくりたいとも思っています。いま、地場産業や伝統工芸の世界でもプロデュース次第でもう一回輝きを蘇らせることができていますよね。例えばサバ缶とか。こういうことでいろんな女性や高齢者を元気にしたいですね。
QORC:ありがとうございました。
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