専門は高等教育論・キャリア教育論。初等中等教育におけるキャリア教育と、高等教育におけるキャリア教育をつなげることを目指して活動中。
一般社団法人キャリア教育コーディネーターネットワーク協議会代表理事。内閣府の地域活性化伝道師、第6〜9期文部科学省中央教育審議会委員、東京都社会教育委員港区社会教育委員、杉並区立天沼中学校・天沼小学校運営協議会委員など歴任。
―これから始まる教育改革の全体像
立石
教育改革の全容はここでお話しするには大きすぎるので、私からは「キャリア教育」の視点からの話をさせてください。
まず大前提として、教育基本法は、教育の普遍的な使命を「平和で民主的な国家、社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成」としています。ですから社会の即戦力育成のためとか、経済的な必要性にかられてといったことではないことを覚えておいていただければと思います。
では、なぜ教育改革が必要とされているのか。
まず、これからの子どもたちが参画していく社会は、人口減少、高齢化、技術革新、グローバル化における日本の地位低下、子どもの貧困、地域間格差といった課題を抱えています。また、これまでの小・中学校教育では、学んだことを社会で活かせないという課題感がありました。そのため、大まかに言うとこれからの教育の方向性は「わかる」から「できる」へとシフトさせる必要があるとされています。
その際の重点事項として示されているのは、一人一人の「可能性」と「チャンス」を最大化させること。具体的にはICTを主体的に使いこなす力、他者と協働し人間ならではの感性や創造性を発揮しつつ新しい価値を創造する力を育成しましょう、とされています。
そのために必要な力として、1つは知識・技能、2つ目はそれをふまえた思考力・判断力・表現力。そして3つ目が学びに向かう力・人間性といった態度の側面が挙げられています。
参考:文部科学省HP「新しい学習指導要領等が目指す姿」
―「高大接続改革」とは?
皆さん学習指導要領が変わるとかアクティブラーニングの名はよく耳にされると思いますが、それらは「高大接続改革(=高等学校教育・大学入試・大学教育の改革)」というパッケージとして政策が進んでいます。
一部紹介すると、来年から学校教育改革として、新しいカリキュラムが始まります。学習・指導方法の改善と教員の指導力の向上、主体的・対話的で深い学びなどが重視されるようになり、評価面においても、小1から高3までの12年間を積み重ねる「キャリア・パスポート」という新しい仕組みが始まります。
ここでメインとなるコンセプトは、「社会に開かれた教育課程」。
子どもたちの教育目標を地域社会と共有し、子どもたちが自らの人生を切り拓くのに必要な資質・能力について各学校で明確化し、そして教育が目指すところを社会と共有・連携しながら実現させる、と教育指導要領にありますが、要するに学校の教育目標をふまえた評価横断的な視点で、目標達成に必要な教育内容を組織的に配列しPDCAサイクルを回していきましょうと。それを地域や外部資源も含めて活用し実現させましょうということです。
―キャリア教育のキーアイテム、「キャリア・パスポート」
では「キャリア教育」とは何かというと、学校教育全体を通して、子どもたちの自立に向けて必要な力を育てることです。これ(※下図)はある小学校の6年生のキャリア教育年間指導計画の例ですが、育成すべき力が一番上に示されていて、日常や教科、行事、特別活動など学校のどんな場面でその力を付けることができるかが下に示されている。たとえば「思いを伝える力」だったら、運動会でも国語でもつけられる。学校でのさまざまなシーンをリンクさせながら、伸ばしたい力を積み上げていこうという発想です。
そして、こうした計画と組み合わせて活用するのが、「キャリア・パスポート」(※図1・2)です。小1から高3まで継続して使うことで、行事の後などに残した感想などが積み上げられていくため、自分の成長をよく自覚できるようになるというもの。生徒が自ら一年ごとに目指す自分像を記入し、そこに向けてできることを自ら考え、各学期に記入し、自ら振り返りも行うというワークシートです。
こういう形で、“できるようになった自分”をよく知るということで、自立を促していくということです。教育学者として思うのは、教育は万能ではないということ。教育でできることには限界があるので、いかに地域社会の協力を得ながら目標とするところにつなげていくか、これからは問われて行くと考えています。
―NPO立ち上げを決意した学びの現状
生重
私のことを少し話させていただきますと、もとは長らくPTAをやりながら、教育庁と交渉して資金を集め公立学校の中に茶室をつくるとか、学校の図書館を改装させてもらうなどさまざまな取り組みを実践してきました。そのうち、勉強がつまらないといって高校を退学してしまう子どもたちと出会い、「学びの目的はどこにあるのか?」という疑問がわいた。「子どもたちが楽しく意欲を持って学べるような環境が必要なのではないか」。そう思って、平成14年に教育関連コンサルティング、教育コーディネートを行うNPOを立ち上げました。
立石先生からお話があったように、少子高齢化や格差拡大…と、日本社会はいま急速な変化の中にあり、課題山積です。そんな未来を見据えて、次の教育課程はどういう方向を向くべきなのか。子どもたちが、自分が何を知り何ができるかを理解し、さらにできることをどう使っていくか。それによって、変化していく社会において自分の人生をどう歩むかが問われることになります。指導要領にもあることですが、目的の中でいろんなことを考え、多様な文化のなかで協働しながら答えを見出すことができる力を育む、つまり「人間のための学習」が必要になってくるんです。さらに、学ぶことに興味関心を持ち、自分の生き方やキャリア形成と関連付けながら見通しを持って粘り強く取り組む、主体的な学びも必要。もはや一人の先生が30人の生徒に相対していては、文科省が言う「インクルーシブな教育」も実現できません。そのために個々で学習できるタブレットや、グループワークのアクティブラーニングも導入されるようになります。インターンシップについても、本来なら職場の背景にある数学的なこと、国語、英語、社会とのつながりを知ることこそが大切なはずが、ただ職場体験をさせるだけで終わっているケースも多いので、カリキュラムマネジメントの必要性も問われている。そんな状況において、NPOとして地域とのコラボレーションを促進し、子どもたちがやる気をもって学べる環境づくりを実現させようと考えたわけです。
さらには、NPOを始めてすぐ「これは全国的な課題だ」と気づき、経産省にかけあって、地方の産品を取り上げ小中高で活用のアイデア出しを行う「地域民間活性化プロジェクト」を実施しました。そして、それを継続するにはキャリアをコーディネートする専門人材が必要だと考え、経産省と一緒にキャリア教育コーディネーター育成事業も始めた。子どもたちの学習意欲を呼び覚まし、主体的な学びの促進をする。そして、リアルな社会とリンクさせてキャリア形成につなげる。そうした取り組みをいま全国で行っています。
―STEAM教育とコミュニティ・スクールの可能性
理数教育の重要性を説いたSTEM教育(※"Science,Technology,Engineering and Mathematics"科学・技術・工学・数学の教育分野を総称する語) についてはご存知だと思いますが、いま、そこにARTを加えたSTEAM教育の必要性が指摘されています。
今、福島のとある町で実施しているプロジェクトに、地元でとれる砂について、砂の研究者の先生と一緒に子どもたちが学ぶというものがあります。その砂は大手の化粧品メーカーの泥パックにも採用されている貴重なもので、幼児のころからその砂で表現したり、子どもたちが砂を使ったイベントを主導したりといった取り組みを行っているのですが、5年やった結果、学力が大きく伸びたんです。自分で何かに気付き、それを誰かに伝えたいと思ったときに真の学力が身につく。そういう教育が今後求められるのではないかと思います。そして、何でも学校に働きかける時代は終わっていますから、私たちは実社会につないで企業のリソースをいかし、他者との協働でもって、地域が関わる体験の場づくりを実現しようとしているんです。
文科省はいま法律改正までして、学校、家庭、社会が三位一体となって子どもを育てようという、地域学校共同推進本部、いわゆるコミュニティ・スクール(地域運営学校)の設置を進めています。SDGsもそうですが、これからは自分事だけじゃなく他者を巻き込んでいくことが求められるようになる。学校教育も同様で、コミュニティ・スクールでは、校長の経営方針の承認や教員の人事まで、私たちが意見を言ったり説明を仰いだりしながら、一緒に改善を進めていくことが求められます。こちらも意見を言うだけではなく、改善があればそれに対してデータを出し、「こういう結果だからあまり効果がないのでは」「こういうやり方の方がいいのでは」と提案することが大事になる。誰かに依存するのではなく、我々皆で子どもたちの育成成長に関与していくという場です。
―家庭で求められる教育とは
いつも保護者に伝えるのは、アウトドアでもインドアでも、小さいうちからさまざまな体験を親と共有し、親の感動が直に伝わるような、表層的ではない心からの言葉がけをしていくこと。そして家庭では、一緒にニュースを見ながら、父親としてはこう思う、母親としてはこう思う。あなたはどう思う?といって言葉を引き出していく。そうして子どもは言語をどう形成していくかを学んでいく。それが、家庭でできる最善の教育方法です。また勉強だってスポーツだって最初から一人で1時間できるわけではありません。10分、20分と積み上げていき、集中力を養っていく。こうした力は非認知能力と言われていて、感情豊かに、自分の語彙をたくさん持っているような子が、相対的に認知と言われる教科学習も得意になっていくことが研究でわかっています。是非実践していただければと思います。
Q要は、子どもに何をどう学ばせるべき?
A
生重
家庭が与えられる何よりもの教育は「体験知」を高めること。そして一方的な上意下達ではなく子どもの主体的な言葉を引き出す環境をつくること。自分の語彙でしっかり主張できるような力を家庭で身につけさせれば、非認知能力が付き勉強にもつながります。
立石
学習意欲が上がる勉強には、1.注目をひく、2.自分にかかわりがある、3.自分に解けそうだと思う、4.面白そうだという4つの要素があると言われています。このどれにも当てはまらなければ勉強したいと思いにくい。親が子どもに対して、「これはあなたにも関係する社会課題だよ」とフックをつくってあげるとか。最初は少しでも興味をもったことから始め、「学ぶことが嫌ではない」という土台がつくれたら、上記の4つの要素をうまく見せていくのも一つの手だと思います。
Qこちらの提案に子どもがなかなかのってくれないとき、どうすればいい?
A
生重
誘う誘わない以前の、親子の関係性が重要です。高校生になっていきなり関わろうとしても非常に難しいですから、小さい頃から時間の共有をし、しっかりした関係性を築いておくこと。不登校の子などと関わっていて思うのは、大事なのは相手の言うことを否定せずに耳を傾け、受け止めることから始めること。そして、親の人脈を使って学校とは全然関係ない面白い人に会わせたり、紹介する。何でもいいので興味を持ったことを続けさせ、そこの力が伸びていけば、ほかの力も引っ張られてじわじわと伸びていきますから。
立石
教育者一般に共通することで言うと、「付き合う」と「待つ」は重要かと思います。知り合いの話で、バスの補助席に座ることになった子どもに対し、先生が「〇〇くんは特別席ね」と言ったそうです。その子は帰宅して「僕特別席だったんだよ」と親に報告した。親は一瞬、その子に本当のことを言おうか迷ったそうですが、「それはよかったね」と伝えたそうです。いずれは気づくことでしょうが、一旦は子どもの言うことに乗ってあげる。それが積もり積もれば信頼関係の土台になるのだと思います。
Q改めて、受験はどう変わるの?
A
立石
民間の英語試験を活用する話は、繰り延べにはなりましたが実現に向け動いていくでしょう。長期的には記述式の設問を入れていくということもあります。また大学入試改革の取り組みとしては、知識理解だけではなく、思考判断表現とか、態度みたいなものが見える入試を目指すようになると思いますが、具体的にはまだまだ未知数です。
生重
立石さんのおっしゃる方向に行くのは間違いないでしょうね。いまは2次試験で小論文を書いた後に受験者同士でディスカッションさせるなど、かなり高度なことを要求することもあります。一方でAO推薦で入る子もたくさんいて、自分の得意な部分をきちんと把握し、狙いを定めて志望大学へ入るというやり方もあります。いずれにしても私は、学校の国語で作文ばかりを書かせるのではなく、論文教育にシフトすべきだと考えています。大学を出た先生なら国語教員じゃなくてもいい。テーマに応じて、エビデンスで裏打ちされた論旨で、きちんと主張できる力をつけさせること。そういう力がこれから求められていくと思います。
「博報堂・これからの教育ラボ」は、これまで博報堂が自社のCSR活動として行ってきた「H-CAMP」(※)など、子ども達や先生向けの多数のプログラム提供を通じて培った知見を生かし、これから始まる教育改革にむけて、情報共有・発信していくことを目的に立ち上げた活動体です。
主な活動は、教育改革を見据えた保護者や先生向けの情報発信、座談会やセミナーの開催などを予定しています。
(※)H-CAMPについて
2013年にスタートした、生徒の個性を育み、クリエイティビティを体験することを目指した博報堂の教育プログラムです。
現在は、3つのプログラムを行っています。
詳細は、以下をご覧ください。
→H-CAMP
→博報堂のCSR