杉浦
このセッションは、今年のアドテックの中で唯一「PR」が冠されたセッションです。アドテックのアドバイザリーボードメンバーで話し合われた中で「PRとコミュニケーションの本質」という大きなテーマが設定されましたが、デジタルだAIだといった話題が多いアドテックにおけるこのセッションの意義って何だろうと、僕らも考えたんですよね。
廣澤
おそらくですが、広告業界内でPRに対する認識が揺れ動いていて、PRを理解して実践しないといけないといった危機感があるからかなと感じました。
太田
昔ながらの一方向的な広告の手法が効かなくなったといわれて久しいので、だからこそ顧客とエンゲージメントを築く策として、PRが注目される流れが来ているなという肌感があります。
石渡
そもそも僕ら4人でも、PRというものに対する定義や理解が違っていますよね。
杉浦
そうですね。僕自身、広報は広聴とセットだと思っているのと、来場いただく方ともぜひ一緒に考えられればと思って、今回は事前に公式サイトのセッション紹介ページからアンケートを取らせてもらいました。皆さんの関心が高かったものを、議題に挙げたいと思います。
はじめに「企業やブランドがSNSを通じて直接コミュニケーションすることについて、どう取り組んでいるか、そのメリットは」。生活者に情報を伝えるには、かつてはメディアリレーションを通したメディア露出が主でしたが、SNSが一般化しスマホが普及して、この情報流通が大きく変わっています。そのあたりについて、どうですか?
廣澤
僕はPR専業ではなく、花王でスキンケアブランド「キュレル」のマーケティングを担当する中でPRにも携わっています。まず「キュレル」ではTwitterアカウントを主にキャンペーン情報の発信に使っていて、人格をつくったり積極的に会話したりはしていません。個人的には、あまりにも人格や“中の人”が立つような使い方は、属人的になりすぎるのではと思っています。
冒頭のPRの定義にも関係しますが、いちばんポピュラーな定義でいうと「社会との関係構築」があると思います。その上で企業やブランドからの発信を考えると、主体が経営者か、それとも企業やブランドなのかによって発信する意味がまったく違いますよね。経営者だと、対象者に投資家なども入ってきたりもしますし。
石渡
そうですね。当社はまだ上場していないのでIRの観点はありませんが、社長の石川(代表取締役社長の石川康晴氏)がずっと個人アカウントとしてSNSを使っていて、直接お客様から不満などが届いたりします。目的のひとつは、先ほど杉浦さんがいわれた“広聴”です。一般的に、企業内ではどこかのポジションで情報が止まってしまうこともありますが、社長直だとそういうことがない。社長から関係部署へ、またはPRを統括する私が部署と連携して対応します。
杉浦
今回、太田さんはエージェンシーサイドから登壇いただきましたが、博報堂ケトルでもSNS運用支援をされたりしますか?
太田
ときどきありますが、キャンペーン期間中の告知的運用がほとんどで、人格形成まではいかないことが多いです。個人的には、恒常的な企業またはブランドアカウントなら顧客との直接のコミュニケーションで得られるものは大きいだろうと思うんですが、対話にはリアルタイム性が重要だったりして、そうすると数人のチームでの運用は難しかったりしますよね。
一方で、経営者が発信するのは、スペックではなく思想やパーパスでモノが買われる今、すごく有効だと思っています。プロダクトに込めた思いを、社長がストレートに言うとわかりやすいし、共感も得やすいと思いますね。
杉浦
ストライプインターナショナルでは、各ブランドのSNSはどうされているんですか?
石渡
各ブランドはその世界観を軸に、すべて内製でブランド内のSNS担当者がそれぞれ運用しています。また、インフルエンサーとのコラボも多いのですが、インフルエンサーを介した顧客との関係構築も当社ではスタンダードになっています。
廣澤
考えてみれば、昔ながらのメディアリレーションもメディアの中の編集長や特定の記者さんと関係を構築するのが肝心だったりするので、彼らが影響力のある個人だったともいえますよね。そこに今は、SNSで影響力のある個人が出てきてインフルエンサーと呼ばれています。
石渡
そして、マスメディアの報道を機にSNSが沸いたり、逆にSNS発の話題がニュースとして報道されたりが日常的になっています。マスに比べればSNSはまだユーザーが限定的で、広がる範囲や機能は違うと思いますが、この構造をまず理解した上で、単なる話題化ではなくステークホルダーとの合意形成を図っていく視点が大事だと思います。
杉浦
では次に、「キュレル」のPR戦略について聞きたいという声が複数ありました。20年以上愛されているブランドですが、どんな点に注力していますか?
廣澤
1999年にブランドが誕生してからずっと、第一のステークホルダーは顧客ですが、その他にも重要なステークホルダーである医師や大学の先生方とリレーションを図ってきたことがひとつのポイントだと思います。
「キュレル」は「乾燥性敏感肌を考えたキュレル」というコピーで、乾燥からくる肌悩みを解決する商品を提供してきました。そういう性質なので、ブランドから肌荒れについて扇動的に言及されたいか、“乾燥性敏感肌”がバズれば買うかというと、少し違う。そして、悩みが深い人はお医者さんに相談することも多いので、そうした専門家からも支持いただけるように関係を築いてきており、今は多くの医院で患者様にご紹介いただいています。
杉浦
そこからの接触は大きいでしょうね。
廣澤
我々の大きな強みですね。僕が事業活動におけるPRの役割として大事だと思っているのは、競争環境を自分たちにとって結果的に有利にすることです。ステークホルダーは顧客だけじゃないと捉えて、医師や大学とも関係を築けていることは、間違いなく我々の優位性の一つです。
競争優位をどうつくるかは、専門家の推薦のほかにも業界の標準規格を刷新するとか、法律を変えるとか、いろいろありますよね。そして、それは自分たちがどのポジションを狙うのかに立脚するので、事業戦略と結びつけて考えた上で手段を選べばいいのだと思います。
太田
今のお話しからも「キュレル」は自分たちがサポートしたい顧客像が明解で、そこに価値を提供するという意志にブレがないのがわかります。そこに集中している決断が、潔いなと思いますね。
石渡
規模の拡大については、どういうスタンスなんですか?
廣澤
もちろん潜在顧客への接触は大事にしていますが、悩んでいる人が増えてほしいわけではないので、扇動的に市場の規模を広げたいとは考えていません。もし乾燥性敏感肌の人がゼロになったら、このブランドは一つの役目を終えたということで、別の軸へポジションを変えるか花王の中でまた違うブランドが意義を果たしていくのだと思います。それは、いろいろなブランドを擁する会社ならではですね。
杉浦
ストライプインターナショナルにも、今年20周年の「earth music&ecology」を中心にたくさんのブランドがありますよね。
石渡
そうですね。「earth music&ecology」はすでに認知度が80%以上で、新規獲得というよりはエンゲージメントを高める方向に向かっているので、PRとしてもブランドの理念を伝えることに注力しています。今年は「エシカル」をブランドメッセージに据えてコミュニケーションを図っています。一方で「AMERICAN HOLIC」や「koé」など、数年目のブランドは、ニーズを捉えて出店を進め、トレンドを追求して拡大するフェーズです。
杉浦
経営戦略や事業戦略にのっとって、それぞれPRコミュニケーションの処方を考えているわけですね。
石渡
ええ。よく、広報やパブリックリレーションズのKPIは何ですかと聞かれますが、個人的にはパブリックリレーションズは経営とかなり近い概念だと考えているので、「経営のKPIです」というのが私の答えです。
杉浦
3つ目は私からの質問です。10年後のPRはどうなっているでしょうか? ここまでのお話しだと、SNSの登場による変化などありながら、変わらないブランドやコーポレートコミュニケーションの姿勢もあります。
廣澤
先ほどインフルエンサーの話が出ましたが、個人の発言力が強まっているのは否めないので、ステークホルダーはもっと細分化しそうです。タッチポイントが増えるとも言えますね。
石渡
たとえば10年前だと、ちょうどスマホが出てきて、まだ普及率が10%程度でした。当時、マーケティングリサーチの会社にいたのですが、そのときは生活者アンケートをとっても「スマホは必要ない」という人が大半でした。それがこんなふうに当たり前になった。少なくとも、生活者と関係を築く手がかりを得るには、顕在化した意見を捉えるだけでは不十分でしょうね。
太田
今、どの業界でも「イノベーションを起こそう」と言われていますが、スマホだって黎明期はそんな状態だったのだから、じわじわと「いいよね」と合意を得ていく必要性が今後はますます増していくんじゃないかと思います。今はまだ普及途中のキャッシュレスも、同じようなプロセスで普及するのでは。イノベーションを仕掛けていくなら、合意形成からは逃れられない、宿命的なことになるのだろうと感じています。
廣澤
スマホやキャッシュレスなどの技術革新以外に、合意形成の起点になる要素ってありますか?
太田
そうですね、商品の価値やスペックは変わらなくても、社会風潮の変化にかぶせるような形で生活者の見方を変えるというのはあると思います。最近の例でいうと、女性のエンパワーメントという文脈において、生理をタブー視しないといった切り口が生まれていました。その中でわざわざ紙袋で隠さなくてもいいシンプルなパッケージのナプキンを模索されている企業もありました。商品自体は変わらないけど、あれは人々の認識を変えていくという点で、イノベーションの兆しとも言えると思いました。
石渡
当社の例だと、新品の洋服が借り放題の「メチャカリ」というサービスでは、「服は買うもの」から「借りるもの」へと皆さんの意識を変えたい、新しい習慣をつくりたいと思って運営しています。これも技術革新ではないですが、まさに合意形成を目指しているところです。
廣澤
今のお二人の意見で興味深いのは、社会潮流に乗るという話と、潮流自体をつくるという話の両方が出たことですね。この2つの側面は昔も今も、たぶん10年後も変わらないPRの在り方なのかもしれない。
太田
中盤で廣澤さんが「競争優位をどうつくるか」という話をされましたが、これがすべてだと思います。乗っかるにしてもつくるにしても、時代の潮流をどう有利にもっていくのか。そう考えると、マーケティングを左右する部分をPRが今握っているんだなと感じます。
石渡
同感ですね。法律を変える話も、日本だとまだまだマイナーですが、たとえばGAFAなどトップ企業はガバメントリレーションズにとても熱心です。もしそういうキャリアを志向するPRパーソンがいたら、日本ではこれから狙い目かもしれないです。
杉浦
では最後に、皆さんが考える「PRとコミュニケーションの本質」とは?
廣澤
そうですね、PRを「社会との関係構築」とすると、関係構築の対象である「社会とは何ぞや」と思うんです。アメリカから「society」という言葉が入ってきたとき、福沢諭吉が「社会」という造語をつくってそれを表したそうです。「世間」という言葉がすでにあったのに、それとは異なるものとした。いずれも言葉の定義によるので議論が難しいですが、PRもアメリカから入ってきた概念なので、個人的には社会との関係構築において日本人的な距離感も意識することが大事な気がします。
太田
廣澤さんのスケールとは対照的ですが(笑)、パブリックリレーションズも突き詰めると人と人とのコミュニケーションだと思うので、そんな見方だと、私はたとえば家庭で夫との合意形成に腐心していたりします。異なる意見の者同士が溝を埋め、それが数人単位に拡大して、その延長で社会の皆さんでの合意形成があるのかな、と。基本は人対人で、どうやって同じように「いいね」と思えるのかを探ることが、本質じゃないかと思います。
石渡
コーポレートコミュニケーションを担う立場からは、「チャンスの最大化とリスクの最小化」が本質だと思っています。広報の活動は目に見えづらくて、その点で難しさを感じる方もいると思いますが、活動したらもしかしたらチャンスが最大化されるかもしれない。売上や集客増、あるいはその勢いを見て投資家が興味を持つとか、採用のドアを叩いてくれる人もいるかも。その可能性を広げる役割はあると思います。
一方で、たとえば今年は災害が多く、当社も店舗の臨時休業などの対応をしましたが、ほかにもネットでの炎上や不買運動などの予期せぬことにも体制を整えておかないと、とたんに崩れてしまう。このリスクマネジメントも、社会と関係を築くことの本質だと思います。
杉浦
マクロから家庭の単位まで、幅広い話になりましたね。
石渡
パブリックリレーションズは、決してPR部門だけに関係する概念ではないので、どの立場の方もぜひ意識して仕事に生かしていただけたらと思います。
モデレーター
早稲田大学法学部卒。株式会社ベクトルに入社後、サイバーエージェントの子会社の立ち上げを経て、2010年に独立。独立後は複数社の経営を行う。2014年にベクトルとマイクロアドの合弁会社ニューステクノロジーの立ち上げに伴い再度ベクトルにジョイン。2015年よりNewsTVの経営に携わる。
スピーカー
2015年に花王株式会社入社。
デジタルMK部にてデジタルMKの推進を3年間行い2018年1月より現職。現在はデジタルだけにとどまらず1ブランドの商品開発・販売・プロモーションなど様々な業務に携わる。
早稲田大学を卒業後、輸入車販売店や市場調査会社を経て、国内最大手のマーケティングリサーチ会社インテージに入社。2社のリサーチ会社を通じて、日用消費財や耐久消費財、流通・小売、エンターテインメント・サービス、広告会社、コンサルティング会社など、企業各社のマーケティング・リサーチ・データ分析500件以上に従事。新商品開発や集客促進、顧客満足度向上、広告効果測定など、様々なマーケティング課題のリサーチを経験。その後、自社の事業戦略や販売促進、新規事業を担う部門に所属。新設のマーケティング部に異動し、マーケティングマネージャー、広報統括マネージャーを歴任。2018年6月、earth music&ecology、koé、藤田ニコルプロデュースのNiCORON、欅坂46や日向坂46のCMでお馴染みのメチャカリなどを展開しているストライプインターナショナルに入社。現在、パブリックリレーションズ本部の本部長として全社のPR・マーケティングを統括している。
2001年に博報堂に入社。ストラテジックプラナーとして、様々な企業の経営戦略、マーケティング戦略の立案や商品開発に参画。2012年PR発想で統合コミュニケーションを実施する博報堂ケトルに参加。ストラテジックプランニングを軸足とする強いターゲットインサイトの発掘と、PR的な合意形成スキルを融合し、新しい形の統合コミュニケーションを得意とする。2015年に博報堂ケトルにPR専門チームを設立、そのリーダーを務める。2018年SPIKES ASIA PR部門審査員。