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MaaSの本質とは何か──日本における「モビリティ革命」の実現に向けて

2019.10.28
#テクノロジー
馬車、帆船、鉄道、自動車、航空機──。人々の移動手段(モビリティ)は、時代とともに進化してきました。近年、新たな移動の概念として登場してきたのがMaaS(Mobility as a Service/マース)です。さまざまな交通手段がシームレスにつながって、人々の移動がより便利で快適になる。また、移動だけでなく、目的地の飲食や宿泊等のサービス連携によって、移動を含めた体験がより豊かになる。それがMaaSのもたらす価値ですが、その普及のためにはいくつかの課題もあります。博報堂DYグループでMaaSに関する取り組みを行う3人のメンバーと、経路検索サービス「駅すぱあと」の運営者として知られるヴァル研究所の代表取締役・菊池宗史氏、モビリティジャーナリストの楠田悦子氏が、日本版MaaSのあり方について語り合いました。

■MaaSは社会課題を解決するための手段である

堀内
国土交通省は、2019年を「MaaS元年」と位置づけて、先行モデル事業の支援を積極的に行っています。最近では報道などで「MaaS」という文字を見ない日はないほどです。楠田さんは、現在の日本におけるMaaSの状況をどうご覧になっていますか。

楠田
MaaSに注目が集まっているという点では、とてもよい状況だと思います。一方で、MaaSを推進すること自体が目的化してしまっている傾向があるとも感じています。MaaSとは本来、社会課題を解決する方法の一つであって、それ自体が目的になるものではないと私は考えています。
地域の住民一人ひとりがどのように心豊かに暮らしていくか。そのために、街をどう再構築して、移動手段をどのように活用していくべきか──。そのような問題意識がまずあって、その解決策としてのMaaSがある。そう考えるべきだと思います。

菊池
おっしゃるとおりですね。私たちは、人々の「移動」にともなう体験価値を向上させていくことを目標に掲げているのですが、そのベースになるのは「課題解決思考」であると考えています。
経路検索サービスを利用するユーザーの皆さんは、日常的に交通を利用する中でいろいろな困りごとを感じているはずです。例えば、路線バスが遅れると、その後に乗ろうと思っていた電車に乗れないという問題が生じます。その解決策として、バスの運行状況をリアルタイムで配信して、到着に遅れが生じそうな場合はタクシーの利用を提案する。そんな仕組みづくりが考えられます。

鵜沢
私たちのチームでも、「イシュー(課題)ファースト」が合言葉になっています。現在進めているプロジェクトでも、MaaSから入るのではなく、地域にお住まいの高齢者の方が何に困っていて、どうすれば解決できるのかなど、地域の課題を最初のステップで議論しています。例えば、高齢者の中には、足腰が不自由でなかなか買い物に行けないという方々が少なくありませんし、外出するきっかけがなくて家に閉じこもりがちになっている、という方々もいます。そのような困りごとを解決するうえで、MaaSというアプローチは非常に有効な手段の一つだと考えています。

堀内
MaaSによって解決できる課題は、小さなものから大きなものまでいろいろありますよね。サッカーの試合会場まで最寄りの駅からの交通手段がない。歩くと30分もかかるけれど、歩いていくしかない──。そんな課題もMaaSによって解決できるはずです。

■多様なプレーヤーを誰がつなぐのか

楠田
モビリティをめぐる日本特有の事情として、公共交通を民間企業が担ってきたことが挙げられます。欧州では国や自治体が公共交通を運用しているケースが多いので、異なる交通間の連携を比較的スムーズにつくることができます。それに対して日本の場合は、各交通会社が競合関係にあるので、どうしても顧客の取り合いになってしまい、連携を志向できない傾向があります。企業間の競争によって質の高いサービスが実現してきたのは事実ですが、今後は企業の垣根を越えた「マルチモーダル」という視点が求められると思います。

鵜沢
競争原理でサービスの質が担保されてきた一方、個別事業者が部分最適で行動してきたことによる弊害もあるということですよね。さまざまな交通手段をシームレスにつなげる「マルチモーダル」サービスを実現するには、企業群を束ねるビジョンやリーダーシップと、各企業が納得のいくビジネスモデルの再構築が必要になってきます。

堀内
最近になって、自治体が主体になって交通計画をつくろうという流れも出てきています。マルチモーダルを実現するには、異なるプレーヤーをつなぐ役割が必要になります。自治体にその役割が期待されているわけですが、博報堂のようなマーケティングカンパニーにもその役割を担えるポテンシャルがあると僕は考えています。
博報堂は、自動車メーカー/ディーラー、交通会社、不動産ディベロッパー、あるいは自治体など、街づくりやMaaSに関連するさまざまなクライアントとの幅広いおつき合いがあります。それらのクライアントとお話をし、共通のゴールや目標を設定し、そこに向かってともに進んでいく。そんな体制をつくることが可能だと思います。

楠田
それはとても重要な視点ですね。取りかかりは、さまざまな企業に対して「これからの商売をどうしたいとお考えですか?」という問いを投げかけることではないでしょうか。社会や市場の環境がどんどん変わっている中で、地域の企業が生き残っていくためには、しっかりしたマーケティングと経営戦略が必須になります。しかし、地方のディーラーや交通会社には、それがむずかしいと感じている企業が多いと思います。
将来予測をし、会社をこれからどうしていくのかを考えると、おのずと自治体との協力や他社との連携、あるいは顧客とのコミュニケーション改革などが必要であることが見えてくるはずです。それが結果としてMaaSの実現につながっていく。まずは未来の交通に関するシミュレーションをして、計画を立ててみることだと思います。その旗振り役を博報堂が務めるのは、非常に意義あることではないでしょうか。

常廣
博報堂は「生活者発想」と「パートナーシップ」ということを重視しています。生活者、つまりそこに暮らす住民の皆さんの視線でどう街をつくっていくか。そのために異なるプレーヤー同士がどういうパートナーシップをつくっていけばいいか──。そのような発想は、MaaSを実現する際にも必ず役に立つと思います。

■データの共有がMaaSの基盤になる

堀内
経路検索サービスでは、すでにマルチモーダルがある程度実現していますが、日本でもシェアサイクルや電動キックボードなどの新しい移動サービスが登場し、ますます移動手段が多様化していきそうですね。

菊池
経路検索サービスはいろいろなモビリティを組み合わせるのが前提ですが、移動ニーズの多様化にともなって、おっしゃるように、組み合わせはさらに細かくなっていくと思います。私たちが提供している、シェアサイクルと公共交通の複合経路検索サービス「mixway(ミクスウェイ)」もそういった多様化に対応したものです。昨年から今年にかけて、東京都内10区でシェアサイクル事業者と共同で実証実験を行って、サービスの有用性を検討しました。

鵜沢
さまざまな企業がMaaSのプラットフォームを狙っている中で、経路検索サービスはどのような役割を果たしていくことになるのでしょうか。

菊池
私は特定のプラットフォーマーが力をもって、そこにユーザーを呼び込んでいくといったモデルは、MaaSに関してはあまり有効ではないと考えています。まずやらなければならないことは、鉄道事業者、自動車メーカー、自治体などがそれぞれにもっている機能やデータを融合していくことです。機能に関してはAPI化して共有していくこと、データに関しては相互利用できる仕組みをつくっていくことが必要です。そうしてバックグラウンドを共通化した上で、それを活用してそれぞれのプレーヤーが独自にサービスを開発し、活発に競争していく。それが目指すべき方向ではないでしょうか。

堀内
データの共有がMaaSの基盤になるというのは、まさしくそのとおりですね。僕たちはこれまで、データをマーケティングに有効活用することに取り組んできました。多くの企業においても、データ活用の用途の第一はマーケティングだったと思います。そのノウハウをMaaSの推進に応用することは可能だし、それは、データを社会課題解決に活用するということに繋がっていくはずです。

楠田
新しいツールやテクノロジーが出てくると、それに警戒感を感じる人が必ずいます。インターネットが登場し、メールが使えるようになってからも、ファックスを使い続ける人がたくさんいました。個人や企業のデータをさまざまな用途に活用することに関しても、まだ“アレルギー”がある人が少なくないと思います。必要なのは、データを使うことによって人々がハッピーになれるモデルをつくること。MaaSはそのモデルの一つになりうるはずです。

■エリア開発や観光におけるMaaSの可能性

常廣
私は不動産ディベロッパーをクライアントとして担当しているのですが、最近のマンションや商業施設の開発は、「建てたら終わり」ではなく、そこで暮らす人たちや、そこに訪れる人たちがどう幸福になっていくかということを継続的に考えることが必要になっています。そこでMaaSやスマートシティ開発が果たす役割は非常に大きいと私は考えています。
例えば、商業施設やヘルスケア施設とモビリティサービスを連携させるというのが一つの方法です。シェアサイクルとジムの予約を一緒にできるとか、レストランでの食事とタクシーの割引サービスをセットにするといったものです。

楠田
エリア全体を視野に入れて、そこに住む人たちの生活を快適にしていくという視点で考えれば、いろいろなアイデアが出てきそうですよね。

常廣
そうなんです。それから、今後は地域におけるヘルスケアの重要性がさらに増していくと考えられます。そう考えると、「ヘルスケア版MaaS」のような試みもあっていいのではないかと思っています。自宅から病院まで高齢者を送迎する専用サービスや、車の中で健康診断ができる出張サービス、地域を回遊して見守りをするサービスなど……モビリティとヘルスケアの組み合わせにはいろいろな可能性があると思います。

鵜沢
特定領域の話で言うと、「観光型MaaS」も近年、注目されています。例えば、現在進めているプロジェクトの中で、日本でも有数の観光地で外国人も非常に多くいらっしゃる観光地があります。観光スポットがあちこちに点在していて見て回るのがたいへんだったり、ターミナル駅から観光スポットが離れていたりするために、有名な文化遺産を見たらすぐに他県へ流出してしまう。その解決法の一つとして、MaaSによって観光地全体の回遊性を高めるというアプローチをとっています。また、アプリとして提供すれば多言語対応ができるので、インバウンドのニーズにも応えられる。そういったサービスが実現すれば、旅行者の利便性が高まるし、観光収入の向上も見込めます。

楠田
観光型のMaaSには、プレーヤー間の連携がつくりやすく、かつ短期的なゴール設定がしやすいというメリットがあります。観光への取り組みで成功事例をつくって、そのノウハウを生活交通にいかしていくという方法はとても有効だと思います。

堀内
観光ならビジネスモデルがつくりやすく、マネタイズもしやすいですからね。

常廣
観光地を訪れる外国人が年々増えていますが、外国人が使いやすいモビリティは、高齢者や子どもが使いやすいモビリティでもあると思います。そんな応用ができたら素晴らしいですね。

楠田
MaaSにおけるユニバーサルデザインですよね。それもとても重要な視点だと思います。

■求められるサービス接点の多様性

菊池
MaaSの普及にはデジタル技術が欠かせないわけですが、実はアナログの部分も非常に重要だと私は考えています。「駅すぱあと」では現在のところ、バス停の位置やバスのダイヤ情報を人手で調べて一つ一つ入力しています。今後マルチモーダルが広がっていくと、人力で情報を集めなければならない場面が増えていくと思います。そのような地道な作業によってつくった基盤の上でデジタルを動かしていく。そんな発想も求められるのではないでしょうか。

常廣
MaaSというと、どうしてもスマートフォンなどのデジタルツールが必須と考えてしまいますが、高齢者の中にはまだまだ電話などのアナログツールの方が使いやすい人が多いですよね。地方に住んでいる私の祖父母は免許を返納しているのですが、地域のコミュニティバスとオンデマンドタクシー、乗り合いタクシーの仕組みがしっかりしているので、外出にはあまり不便はないそうです。電話一本で家までタクシーが来てくれて、病院まで送迎してくれて、診察が終わったら看護師さんがまた電話でタクシーを呼んでくれる。そんなサービスなのですが、これをすぐにスマホやタブレットでの利用に切り替えるのは難しいと思います。

菊池
バックグランドはIT化によって効率化させることが必須ですが、サービスは電話などのアナログなツールから受けられる仕組みがとくに地方では必要でしょうね。いろいろなサービスの接点があることが大切だと思います。

堀内
社会をよりよくしていくためには、「本質的な課題は何か」という視点が重要だと僕は思っています。今後、MaaSやスマートシティ開発に取り組んでいくに当たっても、社会やエリアの課題と向き合い、どのような生活者ニーズがあるのか?を、忘れないようにしたいですね。そして、今日の座談会の出席者の皆さんとともに、いろいろな場面でのよりよい社会づくりに尽力していきたいと思います。今日はありがとうございました。

菊池 宗史
株式会社ヴァル研究所 代表取締役

大阪生まれ大阪育ち。
大学卒業後、大阪の印刷会社に営業職として入社。
東京への転勤を機にインターネット広告代理店へ転職。消費財、化粧品メーカー、ECなどのクライアントに対してe-マーケティング全般のセールスを担当。2013年より株式会社ヴァル研究所で経路探索「駅すぱあと」のプロモーション担当と広告部門の立ち上げを担当。
その後同社のセールス部門、マーケティング部門、サービス開発部門のソリューション事業部の統括部長として従事し2019年7月に代表取締役に就任。

楠田 悦子
モビリティジャーナリスト

心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化と環境について、分野横断的、多層的に国内外を比較しながら考えるモビリティジャーナリスト。自動車新聞社のモビリティビジネス専門誌「 LIGARE 」初代編集長を経て、 2013 年に独立。「東京モーターショー 2013 」スマートモビリティシティ 2013 編集デスク、「交通政策審議会交通体系分科会地域公共交通部会」で臨時委員、自転車の活用推進に向けた有識者会議の委員を歴任する。国内外の MaaS 事例取材、自治体の地域交通や国の有識者会議委員、講演、プロジェクトのコーディネーター、プロモーションツールの作成など、活動は多岐に渡る。

堀内 悠
博報堂 CMP推進局

京都生まれ京都育ち。2006年博報堂入社。入社以来、一貫してマーケティング領域を担当。
事業戦略、ブランド戦略、CRM、商品開発など、マーケティング領域全般の戦略立案から企画プロデュースまで、様々な手口で市場成果を上げ続ける。
近年は、新規事業の成長戦略策定やデータドリブンマーケティングの経験を活かし、自社事業立上げやマーケティングソリューション開発など、広告代理店の枠を拡張する業務がメインに。
※執筆者の部署名は、執筆時のものであり現在の情報と異なる場合があります。

鵜沢 修平
博報堂 CMP推進局

起業・事業譲渡を経て、大手教育企業に入社。toCのマーケティング業務や事業開発を担当。
博報堂に入社後は、事業会社での経験を活かし、一般消費財や金融業界を中心に新商品開発、ブランド戦略、コミュニケーション立案に携わる。現在は、5G/IoT技術を活用した、業界・企業横断のスマートシティやMaaSプロジェクトを中心に取り組んでいる。

常廣 智加
博報堂 第二プラニング局

2018年博報堂入社。ストラテジックプラニング職として、不動産ディベロッパー、自動車会社、飲料・食品会社などのクライアントを担当。コミュニケーション領域の戦略立案に加え、商品・サービス提案や、MaaS領域の業務にも取り組む。

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