博報堂
スピーチライター
ひきたよしあき
1984年、博報堂入社。コピーライター、クリエイティブディレクター、ソーシャルプラニング局部長を歴任。東日本大震災 広報アドバイザーを一年間務め、明治大学経営学部で教鞭をとる。スピーチライターとして勤務する傍ら、明治大学全学部共通講義「広告と言葉」講師、朝日小学生新聞 小学生セミナー講師も務める。
その他、立教大学ホスピタリティマネジメント更新、岩波書店「広辞苑大学」講師など多数。
2年前に老人ホームに入った母が
お正月に帰ってきました。
今年、米寿を迎える母は、
すこぶる元気。歩くこともできますし、
頭もはっきりしています。
しかし、久しぶりに暮らしてみると
さすがに衰えを感じます。
歩く速度が、随分遅くなりました。
少しの坂で、すぐに立ち止まります。
高いところに洗濯を干せなくなりました。
「お鍋が重い」といい、食べる量も
以前よりは減りました。
それでも口は達者です。
ますます冴えてきているようです。
私が冷蔵庫に無造作にドレッシングを
戻したら、即座に
「元あった場所に戻しなさい」
とピシャリ。
使ったものは、すぐに元の場所に戻す。
これは子どものころからかなり厳しく
言われてきたことでした。
久しぶりなので、色々な話をしました。
昨年の私の仕事ぶりを聞き、今年の
展望を話していたら、
「あれもこれもやろうとしないこと」
と窘(たしな)められました。
これも子どもの頃からよく言われたことです。
「終わってないものを終わらせなさい」
こんな風によく言われていました。
面白いと思っても、すぐに目移りして
他のことをやろうとする。
自分に自信がないときに限って、
あれもこれもやろうとして心細さを
ごまかそうとする。
よくよく考えれば、これは
マーケティングで言われる「エッセンシャル思考」
と同じです。
それをやることに本当に価値があるかを
見極める。ひとつやるだけで多くのものが
満たされることを考える。
マーケティングで学ぶまでもなく、
母は日々のしつけの中に仕事のエッセンスを
溶かし込んでいるようでした。
正月の宴が終わると、母が一番に立つ。
キッチンに行って、洗い物をはじめる。
「こういうのは、すぐに片付けないとね」
とつぶやく。
88歳にもかかわらず、母は、
小さなタスクでも貯めずに、先延ばしを
回避する方法を体で教えてくれている
ようです。
その夜、こうした出来事をひとつひとつ
思い出しながら、こう考えたのです。
ビジネスの極意は、けして特別なものではない。
難しい理論や一部の人だけが実行できる
ものではない。
その極意の多くは生活の中にある。
つまりは、生き方と密接にかかわっている。
母の帰ったあと、静かになった部屋の中で、
思い出せる限り、母の言葉をメモにしました。
長きにわたり、できの悪い子どもを
見つめ、栄養価の高い食べ物を心地よい
環境を与え続けた言葉の数々。
それは、私だけに与えられた
ビジネス心得のようでもあり、
生き方の指南書にも見えます。
2020年。
私はこの心を胸に秘め、
天気晴朗なれど高い波の押し寄せる
新時代へと船を漕ぎ出しました。
<連載:経営のコトダマ>
第1回 あなたの会社が終わるとき
第2回 徹底的に戦いを省け
第3回 サービスとホスピタリティ
第4回 文学は、実学。
第5回 未来を五感で味わいつくせ
第6回 体調のコトダマ
第7回 座右のコトダマ
第8回 激励のコトダマ
第9回 未来のコトダマ
第10回 気くばりのコトダマ
第11回 変化のコトダマ
第12回 先輩のコトダマ
第13回 効率のコトダマ
第14回 短気のコトダマ
第15回 世代のコトダマ
第16回 信頼のコトダマ
第17回 肩書きのコトダマ
第18回 質問のコトダマ